「よっ、ほっ…」
地底世界へと通じる大きく深い穴を降りたカカロット。穴の丁度いい縁の窪みを掴み、ぶら下がるようにして眼下に広がる地底世界を眺める。
「帰って来たぜ…地底世界!」
「こら、遊びに来たんじゃないのよ」
『竿打』と名付けられた大きな鷲の足に掴まっている華扇が、弟子であるカカロットを叱るようにそう注意をした。
「私の友人の様子見と、アナタの修行の一環として故郷に連れてきたあげたのだから、軽率な行動は…って」
華扇がそう小言を履いている間に、既にカカロットは彼女の視界から消えていた。慌てて探すと、既に穴の縁から飛び降り、旧都の方角へと落下を始めていた。
「待ちなさーい!!」
「へへへ、ちっとも変わってねぇなここは…」
旧都の繁華街を歩きながら、カカロットが呟いた。そう、この地底世界は皆もご存じのはず、カカロットの乗っていた宇宙ポッドが落下し、その後育ってきた故郷であるのだ。
約2年ぶりに帰って来た地底は、カカロットが居た頃とあまり変わったような印象は持たなかった。基本薄暗い地底世界だが、この旧都の繁華街だけは店の明かりや街灯などで地上と大差ないほど明るくなっている。賑わいだけは地上よりもすさまじいだろう。
「おーい、カカ坊!」
「…お、ヤマメ!」
少し遠くからカカロットを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、金髪を茶色いリボンでポニーテールにまとめた少女が手を振っていた。カカロットはその声にこたえ、手を振り返してやる。
「久しぶりだね~、地上に行ったって聞いたけど帰って来たのかい?」
「ああ、少し寄るだけだがな」
この黒谷ヤマメ、こう見えても土蜘蛛という本来は超狂暴な妖怪である。病気を操る能力の持ち主で、地上ではよく川を汚したり感染症をまき散らしていたらしく、地底へと封印されてしまったらしい。と、このように地上の鬼以外の妖怪のほとんどは、地上で忌み嫌われ仕方なく越してきた者が多い。
そう言った妖怪とは、カカロットは割と心持の良い関係を築いてきたようだ。彼が苦手とするのは遥かに実力で見下されてきた鬼だけであるらしい。
「上へ戻るときは言っておくれよ、何か食べ物渡してあげるさね」
「そうか、楽しみにしてる」
「あなた意外とこっちの知り合いいるのね」
「まあな」
その後も歩いていると、水橋パルスィやキスメといった旧都の妖怪たちとすれ違うたびに言葉を交わした。地底での生活が嫌で地上に来たと話を聞いていた華扇は、その様子を見て心の中で少しほっとした。
「今日は勇儀の具合が悪いって言うから来たんだけど…変な行動は起こさないでちょうだいね?」
「分かってるってそんな事…」
そして、とうとう目的の場所へ着いた。大きな屋敷だ。緑色の壁に、赤と金の装飾が成されている。ここで勇儀は暮らしていて、カカロットも赤ん坊のころはここで育てられたらしい。つまり彼の生家ともいえる。
二人は屋敷に上がり、大部屋の衾を空けた。
「勇儀、来たわよ」
「…ああ、華扇に…カカ坊…まで」
その勇儀の姿を見た途端、カカロットは少し胸が悪くなった。痩せた顔は色が悪い。寝間着姿のまま布団にくるまっており、むくりと上半身を上げた。その言葉にも元気が無く、今にも消えいりそうだった。
「勇儀…」
あのいつも大声で笑い、酒をかっくらっていたこれまでの勇儀の面影はほとんどない。
こうなってしまった原因は、やはり一年前の幻想郷一武道会にあるのだろう。2回戦での試合で、勇儀は自信満々でウスターに戦いをしかけた。が、結果はウスターの圧勝…コテンパンに痛めつけられ、なおかつ心無い言葉に胸を刺された勇儀は、一時は廃人のようになってしまい、ある程度回復した今でもこんな調子なのだ。
「おや、お前たちも来てたんだね」
と、声が聞こえた。今カカロットたちが入って来た方とは反対側の戸が開き、そこから伊吹萃香が現れた。彼女も幻想郷一武道会に出場した1人である。その手には盆が持たれていて、上には切ったリンゴなどの果物が置かれている。
「すまないねぇ…」
「いいから黙って食べな」
萃香は勇儀の口に果物を運び、食べさせた。
「ずっとこんな調子なの?」
「ああ、前よりは幾らかよくなったんだけど、まだだめだね。酒も喉を通りゃしない」
「どうにかして元みたいに鬱陶しいほど元気にできないのか?たとえば、めちゃくちゃ絶品の酒を飲ますとか…」
とカカロットがきいた。
「そんなんがあれば苦労はしないけどねぇ…」
と萃香。
「”超神酒”…」
その時、勇儀がぼそりと呟いた。
「…何だって?」
「超神酒…って酒を知ってるか?」
「もちろん知ってるわ…。超神酒…この世で最も美味だとされる極上の酒よね?でも、そんなものおとぎ話よ、実在するとは…」
華扇が人差し指を立てて説明する。が、華扇も同じくそれを聞いていた萃香も、首を横に振った。萃香は酒好きの鬼という事で話だけは聞いたことが有るが、何人もの鬼がそれを追い求め、やがては帰ってこなかったという逸話があるくらいだ。
「馬鹿だね、本当にあるのさ。私は呑んだことがあるんだ…」
「勇儀、それは本当かい?」
「ああ…まだ私が妖怪の山に住んでいたころだ。ひょんなことから一口だけ呑んだんだが…ありゃ一度呑んだら忘れる筈がない…あれが呑めれば、どんな病気も吹っ飛び気合と元気がみなぎるんだ…」
「それがあれば、勇儀はまた元気になるんだな?」
「もちろん」
カカロットがスクっと立ち上がり、大声で言った。
「よし、俺がその超神酒を勇儀に飲ませてやる!」
「ほ、本当に言ってるのかカカ坊…!例え超神酒が実在していたとしても、そりゃ手に入れるのは無理だ!伝説によれば、あの世とこの世の境目にあるっていう五行山に住んでる太上老君の飲み物って話だ。お前じゃ無理だと思うよ」
「だが俺は行くぜ。俺としても勇儀のそんな姿は見ちゃいられないからな」
「カカ坊…」
「んで、あの世とこの世の境目ってどこにあるんだ?」
「それなんだが、ここは旧地獄。あの世である今の本物の地獄に行くには、あの地霊殿の灼熱地獄跡から繋がる現灼熱地獄へ移動し、そこから五行山を目指すしかない」
「地霊殿だな。分かった!」
「カカロット、気を付けてね?」
「ああ、大丈夫だ。すぐに戻るから待ってろよ!」
カカロットはそう言うと支度をし、急いで出かけて行った。
目的は勇儀を元気づけるため、超神酒を手に入れる事。超神酒を持っているという太上老君に会うため、まずは地霊殿を目指すのだった!
「あっ、でも…灼熱地獄跡からじゃ現地獄には…」
「ついた!久しぶりだな、地霊殿!!」
カカロットが走ってたどり着いたのは、聳える大きな西洋風の屋敷だった。似たものでいえば紅魔館が挙げられるだろうが、色や形状がやや異なっている。印象的なのは、大きな窓のステンドグラスだ。まるで熱や光でも帯びているかのように、常に七色にキラキラと輝いている。
「…む?」
鉄柵のような門を抜けて庭に入り込んだとたん、どこからか現れた大きなライオンがカカロットの目の前に立ち、鋭い目で睨みつけた。緊迫した空気が流れる。
次の瞬間、ライオンはカカロットに飛びかかる。だがカカロットもにやりと笑うと、八重歯を剥き出し、ライオンに手を伸ばした。
「久しぶりだな~!元気だったか!?」
「ガウ!!」
飛びかかってじゃれてきたライオンの頭をグシャグシャと撫でる。そうとう仲が良かったようで、お互いに警戒の色などは全くない。
「悪いが、今は急いでるんでな、主人に会わせてもらうぞ」
カカロットはそう言うと、地霊殿の入り口の扉を開けた。ロビーの階段を上り、辺りを見渡す。
二つの通路、どっちに館の主人が居るのかと迷っていると、後ろに何者かの気配を感じて振り返る。
「おや、勝手に入るとは感心しませんね」
「…あ、さとり!久しぶりだな」
「え…?その声はカカロット?でも…」
さとりは細い目を更に細めて、顔をカカロットに近づける。
「なんか、背も大きくなったし、雰囲気だって全然…」
「そんな事はどうでもいいから、灼熱地獄跡ってのはここにあるんだろう?場所を教えてくれ」
「どうやらカカロットのようですね、尻尾もなくなって前と随分変わったので分からなかったわ…あ、変わらないと分からないって一文字違うだけで似てて何かおもしろ…」
「ああー!だから、勇儀が…」
「いや、いいです、喋らなくても…」
さとりは目を閉じ、口の前に指を当てる。カカロットは黙ると、不思議そうにさとりを見つめる。
カカロットは地上を飛び出す前、一時は地霊殿で暮らしていたのだ。庭に居た動物と仲が良かったのもそのためだ。目が悪いさとりでは、背も伸び尻尾もなくなったカカロットを認識できなかったのも仕方がない。
「なるほど…寝込んだきりの勇儀を元気づけるために、幻の超神酒を…そのために灼熱地獄跡を…」
心が読めるサトリ妖怪であるさとりは、カカロットの心を読み、事情を理解した。
「やっぱ言わなくてもわかるんだな。分かったら灼熱地獄に…」
「貴方に情報を教えた伊吹萃香が間違っていたようだから訂正するけど、この地霊殿の地下にある灼熱地獄跡と、今の地獄の灼熱地獄跡は繋がってないわよ」
「え!?それは本当か?」
「ええ、確かに昔は繋がってて、亡者がこっちに来ることもあったんだけど、地獄の偉い方に見つかってしまって、それ以来繋がってないのよ」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「地上の幻想郷にある三途の川を渡るしかないわね。丁度渡った先に五行山があるはずよ」
「よし、了解した。じゃあな」
カカロットはそれを聞くと、走るように地霊殿を飛び出した。
果たして、カカロットは無事に超神酒を手に入れることができるのだろうか?
明けましておめでとうございます!!心機一転ということで、新章開幕です。面白くなる…はずなのでぜひ見てくれええええ