もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第265話 「赤くて、温かい雨」

突然、居城の内部が静寂に支配された。「頭を垂れてつくばりなさい」、偽のスカール人形がそう命令を下した瞬間、護衛軍の3体はその命令に逆らう事が出来ず、床に座り込んで跪いたまま全く動かない。他の記憶兵器も、これから何が起こるのかと固唾を飲んで見守っている。

 

「動けないのですか?」

 

その時、アリーズの言葉が静寂を破る。

 

「それも当然ですね、あなた方が主と心酔してやまないスカールからの命令…逆らう事はできません」

 

「お、おのれ…何故貴様ら如きが…」

 

エースは無様に額を床に押し付けたまま、震える声でそう呟いた。

 

「気になりますか?教えてあげます。この通り、あなた方はスカールの命令には絶対服従、逆らう事は決してできません。そこで、私とヒロイシは戦闘後に採取したエースとアールの肉片を解析したところ、細胞のひとつひとつがある特定の周波数が含まれた音声に反応することを発見しました。その周波数を乗せた人工音声を作り、それをブラックの協力で作成したスカールそっくりの人形に搭載しました。だからあなた方はこの人形の下す命令に逆らえない」

 

その通り、護衛軍たちはピクリとも動くことができない。まるで周りの空気が、固まったセメントにでも変わってしまったかのように、指の一本すら動かせないのだ。

 

「あれなら、レーザー砲の発射時刻の零時まで足止めしておける。そうすれば大逆転が起こるぞ…」

 

「しかし、あれが発動されたという事は…アリーズさんは覚悟を決めたようだ…。我々は、その邪魔をしてはならない」

 

バルバルスとサタンがそう小さな声で話した。

 

「本当は、これは使いたくはなかった…ですが、あなたの一言でこれを使う気になれました。エース、積もる話でもいたしましょうか」

 

『あの日、貴様の姉の血は温かかったぞォ』

 

アリーズは先ほどのエースの言葉を思い起こす。これからアリーズが行おうとしていることは、実の姉のアギエルバを惨殺したエースに対する報復と復讐だ。もちろん、記憶兵器の使命としてスカールを倒すことも重要だが、それ以上に…エースに対する並ならぬ敵意と復讐心による衝動のほうが強かった。

 

「あれ…は…スカール様ではない…」

 

エースは虫の鳴くような小さな声でつぶやく。その指先が痙攣するように動き、ゆっくりと拳を固めていく。

 

(あれはスカール様ではない…スカール様はあの後ろの階段を上がった先におられる。だからこれはスカール様ではない…!そう思えば…)

 

「我は動ける!!」

 

次の瞬間、エースは唇を噛み千切って顎から下が真っ赤に染まるほどに力を籠め、何とか立ち上がることに成功する。だが、それ以上は動くことができず、再び固まったように静止した。

 

「へぇ、あなたは動けるんですね。ま、いいですが…エース、あなた…スカールに対する忠誠心が足らないんじゃありませんか?」

 

「アリィィィィィズ!!!!」

 

エースは大口を開け、顔を歪ませながら怒鳴り声を轟かせる。口の端から血の混じった唾が飛び、アリーズの頬にかかる。だがアリーズはちっともそれに驚くことも臆することもなく、指先で血をぬぐい、表情を少しも変えることなくエースを見つめる。

 

「だって、他の2匹はまだ這いつくばったままじゃないですか。なんであなただけ立てているんですか?」

 

「ふ、ふ…ふざけるな…スカール様は階段の先におられるわ。これは偽のスカール様だ…」

 

「そうですか。ならどうして、そこまで分かっているのにそれ以上動けないんですかね?エース…」

 

アリーズは腕から生やした鋸の刃の切っ先をエースの顎に当てる。

 

「なぜ我は動けぬ…?こちらが聞きたい!!動け、動け我の足よ!!」

 

「ずっとこの時を待っていましたよ、動けない護衛軍を思う存分罵ってやれる時を。あの時、”私”の村に大災をもたらした時のように」

 

アリーズの目の中に、別の人物の色が宿っているような気がする。アリーズは「鋸」の記憶兵器を通じて思い出しているのだ、母親であるアイバーが経験した、モンメリー村を焼かれ、村人を残酷な方法で皆殺しにされた時の記憶と屈辱を。

 

「本当は護衛軍なら誰でもよかったんですけど…あの時、あなたが姉さんを殺したりするから…。役立たず、ゴミ、ボンクラ、薄らトンカチ、マヌケ、バカ、ブサイク、なんでこの世に生まれてきたんですか?何か楽しくて生きてたんですか?」

 

「こ、この…!スカール様に造っていただいた我に…スカール様が与えてくださった命に…よくもォォォォ!!!」

 

「おほほほ、これは失礼しました、せっかく体を新調してもらったんですものねぇ!」

 

「こんな…こんな屈辱は生まれて初めてだ…。ああ、スカール様…このエースは怒りでどうにかなってしまいそうです…」

 

エースは煮えたぎる怒りによって顔を赤黒く腫らし、目を丸く大きく見開き、心の底から震えだす。

 

「エース、悔しいですか?それなら、この私がいいことを教えてあげますよ。それは動けないあなたが動けるようになって、ムカつく私をすぐに殺せる魔法の呪文です」

 

アリーズはエースの顎を指でくいっと持ち上げる。

 

「な、なにィ…?」

 

「『スカールなど自分に何の関係もない』。そう思ってみてください」

 

「あぁ…!?」

 

エースは困惑したように唸るが、他のアールとサニーはその言葉を聞いたとたんに床に顔面をくっつけたまま、ヒューヒューと過呼吸を起こしている。

 

「驚きました?でも、考えてみてください。あなたに『つくばえ』と言ったあの人形は確かに本物のスカールではない…私たちが造った、ただの人形に過ぎません。あなたもそれは分かったのでしょう?だったらなんで動けないんですか?それは…あなたが自分で勝手にやってるんですよ」

 

そう言いながら、アリーズはエースの後頭部に手をまわし、慈しむように優しく撫でる。

 

「人造人間は知らないと思いますけど、人間は無意識に行動や言葉がある方向に導かれることがあります。それを”暗示にかかる”と表現しますが、今のあなたは暗示にかかっているんですよ。崇拝するあまりに作り上げた、幻のスカールのね…きっと、ここ何十年も引きこもられてしまっているから相手にされていないんでしょう…」

 

確かに、エースたちがもう何十年もスカールの顔を直接見る事が出来ていないのは事実であった。

 

「だから、思ってみてください。自分とスカールは何も関係ない、と。そうすれば、あなたは自由ですよ」

 

「うるさい!」

 

その瞬間、エースの腹が裂け、内部から突き破るようにして大きな蛸の触手を伸ばしてアリーズを殴り飛ばした。今の肉体の中に存在する、エースの本体であるコアが直接攻撃を放ったのだ。

 

「我がそのようなことを考えるものか莫迦め!我はスカール様のお望みをかなえて差し上げるために生まれたのだ!!」

 

エースは一本の触手でアリーズをひたすら殴り続ける。

 

「愚かですね、そんなネズミのフンよりもチンケでくだらない使命を捨てればこの莫迦をすぐに殺せるのに!」

 

アリーズは全身から血を流しながらも挑発を続ける。

 

「はははは、これだけでも貴様を殴り殺すのにはワケないわ!どうだアリーズ、痛いか?痛いだろう!?いくら記憶兵器とて、体は硬くはない…このまま嬲り殺してやる!!」

 

「ええ、痛いですね…」

 

 

(私には…もう続けられない…)

 

(しっかりしなさい、姉さん!)

 

私が記憶兵器になってから、唯一の肉親である姉にかけた言葉は「しっかりしなさい」、ただそれだけだった。母親からAA財団の設立と『鋸』の継承を頼まれ、姉は財団の頭首を、私は記憶兵器を務めた。

表向きでは姉であるアギエルバが『鋸』を継承していると偽造し、姉は自らを餌として人造人間をおびき寄せ、私がそれを始末する。しかし、姉は立場の重圧と人造人間に狙われ続ける異常な毎日に疲れ果て、よく弱音を吐いてこの世から消えようとしていた。それを私は厳しい言葉で叱喝し、頬をひっぱたいた。

 

(私が裏で鋸を継承します。姉さんのことはこの力で私が護ります)

 

どちらが財団の頭首か記憶兵器になるかを決めるとき、そう言ったのは私だった。しかし、そのおかげでどうなった?

護ると宣言したはずの姉は、勤めを立派に果たして死んだ。姉さんの方が、もっと痛かったろうに…。

 

 

「はあっ!!」

 

アリーズは腕に生成した鋸で反撃の斬撃を放ち、エースの触手の先端部分を切り落とした。蠢く肉片がボトリと床に落ち、エースは追撃を加えようとしてもギリギリ、アリーズに触手が届かなくなってしまった。

 

「くそ…届け…!!」

 

「惜しかったですね、あと一歩動ければこの私の細首をつかまえられるのに」

 

「ぬううう、許さんぞ記憶兵器め…アリーズゥゥ!!」

 

「なら、なんて思うんでしたっけ?」

 

「だめよ…エース…敵の思い通りになってなってどうするのよ…」

 

口を動かせるようになったアールが、掠れるような声でエースに囁いた。エースは一瞬だけ冷静になり、アールに視線を向けた。

 

「そうです…わ…」

 

その時、アリーズの背後から聞きなれた声が聞こえてきた。アリーズは振り返りこそしないものの、自分の後ろにはミルがいるとわかった。ミルは両腕を切断された上に大ダメージを受けてダウンしていたが、何とか意識を取り戻して立ち上がっていた。

 

「そんなことをすれば…シロナも…悲しみますわ…。私は、貴女の気高さと実力を心から尊敬いたします…ですから…」

 

シロナ…シロナ…。ミルが連れてきた、協力者の子供。我々には理解しえないほどの圧倒的な戦闘能力と特殊な異能を持つ不思議な少女。

アリーズの頭の中で、死んだ姉の姿とシロナの姿が重なる。

 

(姉さん、もはや私には人の血は流れていない。私の血は冷たく凍った、闇の色をしている。こんな私を、嫌ってください)

 

──嫌いになる訳ないよ。アリーズさんはとっても優しいから

 

その時、目の前に現れたシロナの幻が、アリーズにそう言った。

アリーズはそれを聞くと、一度だけうつむき、決意したように顔を上げる。

 

「…さぁエース、決心はつきましたか?スカールの永遠の歯車奴隷が、望みをかなえるために存在するだなんて笑わせないでください」

 

エースはこれまでにない、臓物が焼け焦げるような激しい怒りに支配され、ギギギと軋むような音を立てながら足をゆっくりと振り上げる。

 

「よしなさい、エース…考えてはいけない…」

 

アールがそう止めようとするが、もはやエースの憤怒は収まらなかった。ただ、この目の前にいる命知らずの馬鹿を怒りに任せて殺す事のみに執着している。

 

「スカールなど、我に何の関係もない!!」

 

エースはそう高らかに叫ぶように宣言し、その次の瞬間にはその場から飛び出していた。目を血走らせつつも口元はこれから行う殺戮の快感を想像し、笑っている。腰の後ろから尻尾を伸ばして振りかぶり、その先端についた鋭い剣のような部位を使ってアリーズの肩から下腹部まで一息に切り裂いた。

 

「ふ…」

 

しかし、アリーズは微笑んだままエースの頬に手を添える。

 

「お馬鹿さんなエース…護衛軍が、自分が生きる理由を手放して存在できるものですか。あなたはもう…お終いですよ」

 

アリーズの身体から、打ち上げ花火のように鮮血が吹き出して辺り一面を真っ赤に染め上げる。エースの顔も返り血に塗れ、そのまま愉悦の表情を浮かべるが、すぐに異変に気付いて凍り付く。

 

「え…あ…?今…我は何を言った…?」

 

立っていられない程にエースの足が震え、口からどす黒い血のような液体がドバドバとこぼれ出す。存在する意味を失って死んだ細胞が体内を駆け上がり、口から排泄されているのだ。

 

「我はァァァァァ…!!」

 

城の中に雨が降る。なんて赤くて、温かい雨───

 

 

 

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