もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第266話 「ビーデル・マーク」

真っ二つに切り裂かれたアリーズの胴体から吹き出した血しぶきは、離れた場所で横たわっていたシロナの顔にもかかった。

アリーズの体は後ろ向きに揺らぎ、そのまま血だまりの中に倒れ込んだ。

 

「我は…何を言った…?あ…?」

 

一方、アリーズを尻尾の剣で殺したはずのエースは、口や鼻、目や耳からあふれ出る赤黒い体液を止められずに、その場で混乱したようにあたふたしていた。

『スカールなど、我に何の関係もない』。その禁断の一言を思い浮かべ、宣言したエースの肉体は内側から腐るようにして崩壊していた。

 

「なんだ…体がおかしいぞ…なんだこれは、血か…?」

 

「当たり前だよ…愚かなり、エース…」

 

未だに跪いた体勢のまま動けないサニーがエースにそう言った。エースはそちらに振り返り、助けを乞おうと口を開く。が、アールの言葉がそれを遮った。

 

「アンタは考えてはならないことを考えたのよ。アタシら護衛軍は、スカール様の望みをかなえるべく仕える事こそ、存在できる理由…」

 

サニーも続いてエースに言葉をかける。

 

「スカール様と関係ない、なんて言ったら…どうしてウチらは生きていられるのさ。自分の機巧を動かす意味を…自ら手放したんだ…君はもう、おしまいだよ」

 

アールとサニーは最大限の失望と軽蔑を込めた目をエースへ向けた。60年間もスカールのために行動してきた、いわば同志ともいえる存在だったエースが、このような最期を迎えるとは、護衛軍の面汚しと罵るほかないだろう。

 

「あああ、そんな…!ス、スカール様!お許しください…この我の、本心ではないのです…!スカール様~~~!!」

 

エースは神にでもすがるように両手を天に向けながら、おろおろとその場を右往左往する。だがその間にも腐り果てた体液がとめどなく溢れ、もう誰にもどうすることもできなかった。

 

「アリーズ…」

 

ミルがアリーズに駆け寄り、その顔を覗き込む。その顔は幸せそうに満足げな微笑みを浮かべているが、既にアリーズは逝っていた。

今、母親の代から続く人造人間への復讐を果たした女が、もう苦しみのない場所へ昇っていったのだ。

その時、アリーズの体が指先などの末端から徐々に赤茶色く変色し、錆びた鉄の塊と化していく。そしてそれが全身を覆い尽くし、顔全体まで達したその瞬間、アリーズの身体はひび割れ、砕けて消えてしまった。

 

「記憶兵器が死ぬときは…その身に宿っていたチップを回収しやすいように…細かく砕けてしまう…」

 

アリーズの胴体があった場所に積もった鉄の破片から、記憶兵器の黒いチップが顔を出していた。

 

「貴女の生きた証は…決して無駄には致しませんわ…」

 

 

───時間切れ。人生とは最終的にそういうものなのかもしれません。生まれた時、色とりどりのクレヨンと画用紙を渡されて、「何でも描いていいよ」といわれる。さて何を描こうか…考えているうち、たっぷりあったはずの時間は過ぎていく。ようやく描きたいものが決まった時には、もう帰る時間。描きかけの紙とクレヨンは取り上げられてしまう。

私は故郷の綺麗な泉を描いてみたかったんだけど、気付いた時はもう白いところは全部塗りつぶしていた。

シロナちゃん。あなたは私のようにならず、迷わずに紙に描きなさい。自分の描きたいものを描くんです。決して、憎むことに紙とペンを使ってはいけません。愛することに使うのです。そうすればきっと、最後に後悔はしない…。

 

 

 

 

「どう…するのよサニー…私たちはまだ動けないわ…」

 

「偽物だとは分かっていても、あの人形に…命じられてしまった…。何とかしなくちゃ…きっと、記憶兵器共はすぐに次の行動へ移る…スカール様のもとへ…行ってしまう」

 

焦るアールとサニー。エースは自壊し、自分たちはまだ動けない。目では見えなくても、後ろで気配を感じる。今にも記憶兵器はスカールの元へ向かうだろう。

 

「やることは…わかってるだろ、サタンさん」

 

「ああ、当然だ」

 

バルバルスとサタンが話す声が聞こえる。そして、彼らの足音がスカールの居場所へ続く階段の方へと進んでいく。

 

「まずいまずいまずいまずい…お守りせねば…スカール様を…!!」

 

しかし、バルバルスとサタンはスカールの階段の前で立ち止まり、なんとボロボロの状態で倒れたままのシロナを抱き上げ、引き返したのだ。

 

「この子を死なせたくない!」

 

「何をしているんですの…戦えるのなら、すぐにスカールの元へ向かいなさい…!」

 

シロナを助けたい、その一心はスカールの討伐よりも優先されていた。

しかし、そんな二人の様子を見たミルはそう叱喝した。

 

「シロナとて、こうなることは覚悟していたはず…!記憶兵器の使命、スカールの破壊を目指しなさい…」

 

「いいや、今回はその両方をやってみるとしよう」

 

と、そこへヒロイシとビーデルがやって来た。胴体に受けてしまったダメージを気にしながら、バルバルスらが抱き上げたシロナを受け取ろうとする。

 

「あんたら…?」

 

「私は既に深刻なダメージを受け、満足に戦えない。だから、私がシロナ君を助ける。どうかシロナ君のことは私に任せて、君たちがスカールの破壊へ向かってくれないか」

 

「悔しいけど、もしもシロナが元に戻れば…万全に近い状態になれば、私たちよりもずっと強いっていうのは分かってる。シロナの魔法は人造人間をぶち壊すのに有効だからね…」

 

「…わかった、シロナちゃんのことは任せた。俺たちは必ず、スカールを破壊する!」

 

「頼んだぞ」

 

ヒロイシとビーデルは、バルバルスとサタン、そしてミルがスカールの元へ向かい始めたのを見送る。そして、ヒロイシはポケットからもうひとつのホイポイカプセルを取り出し、それを投げた。すると、そこには簡易テントのようなものが出現し、その中へシロナを運んでいく。

 

「まさか、さっきはあんなにシロナ君に対して敵意を見せていた君が協力してくれるとはな…ビーデル」

 

「ふん…ヒロイシさんこそ、汗をかきながら言い訳してますよね」

 

「まあな…ただ、私の中に宿る記憶兵器が言うのさ…シロナ君を死なせてはならない、とね。君もそうだろう」

 

「…ええ」

 

 

「憎きスカールはすぐ近くだ!行け!諸悪の根源を破壊するんだ!!」

 

バルバルス、サタン、ミルはスカールの元へと続く階段を目指して走り出す。彼らは未だ動けない護衛軍の横を通り過ぎていく。

 

「くっ…奴らがスカール様のところへ行ってしまうわ…どうするのよ…!?」

 

アールがそう言う。だが、横で同じく動けないはずのサニーだけは、にやりと笑っていた。

 

「大丈夫だよ」

 

その時、天井から何かが降ってきて、ミルたちの行く手を塞いだ。それは、この拠城の内部にひしめいていた量産型の人造人間たちだった。それらはキリキリと軋んでぎこちなくだが、普通に駆動して攻撃を仕掛けようとしている。

 

「そ、そんな…」

 

「全ての人造人間は偽のスカール人形の命令を聞いて、動けないはずだろう!」

 

「人形の質の違い…ですわ」

 

ミルが看破する。

 

「くっくっく…そう簡単に記憶兵器共の思う通りにされてたまるか。ウチら護衛軍は直接スカール様によって、丹精にそして特別に作られた、いわば高等な人造人間なんだ。最も高性能で、強力にできている。だからこそ、スカール様への忠誠心も比類なく上がってしまった。だがアイツらは、人造人間の工房で量産された低級な造りの者たち…」

 

「そうか、スカール様への忠誠心がもともと低いのね。質が悪く弱い人造人間ほど、はやく復帰できるってわけ…」

 

「そうだよ。皮肉なものだね、低級な者の活躍によってこの戦いは、ウチらの勝利に終わるんだ!」

 

サニーの言った通りだった。どんどんと天井から降って現れる低級な人造人間たちは、記憶兵器を抹殺しようとミルたちに襲い掛かってくる。

 

「こうなったら、戦い抜くのみですわ!」

 

ミルはようやくくっつけた後再生した両腕にドリルを造り、襲い来る人造人間を迎え撃つ。

 

「そうはさせるか!一刻も早く、ウチらも動けるようになるよ。だけど、エースの二の舞には…」

 

「当り前よ、なるものですか!」

 

「そのためには、まだまだ時間が必要だね。時間を稼ぐには…みんな、あそこを攻撃して」

 

サニーの目線の先には、シロナが運び込まれた簡易テントがあった。

 

 

 

「心停止、呼吸停止、瞳孔散大、体温低下30℃、除細動効果なし。蘇生の可能性は絶望的だ…しかし、やるしかない。シロナ君を助けるには、これしかない…」

 

一方、簡易テントの中ではベッドに寝かせられたシロナを手術で蘇生させようとヒロイシが奮闘していた。普通の人間であれば、間違いなく死んでいるが、シロナはまだかろうじて生きている。ヒロイシは気付いていた。シロナの身体はどうにかして傷を治し、回復しようと足掻いでいることを。それを手術で助けてやれば、シロナという名の我々にとっての希望は復活する!

 

「ヒロイシさん、ヤバイですよ…人造人間たちが動き始めてこのテントを狙っています!」

 

ビーデルがテントの外を覗きながらそう言った。外では、サニーの命令を受けた量産型の人造人間たちが続々とこちらへ接近していた。

 

「何だと!?アリーズがスカール人形を使ったはずだが、もう動けるようになったのか?」

 

「いいや、動いてるのはどれもザコみたい…。だけどあの数じゃここも潰されちゃう!」

 

「仕方がない…手伝ってもらおうと思ったが、ここを守ってくれビーデル君」

 

「はい!」

 

ビーデルはテントの外へ飛び出す。

 

(シロナの手術は絶対に成功させてやる!)

 

外へ出たビーデルは、こちらへ向かってきていた人造人間たちと対峙する。足を大きな錐のような形状の槍へ変化させ、それで蹴り抜くようにして串刺しにする。

 

「ほらほら、その程度じゃこのビーデルさんは倒せないわよ!もっとかかってきなさい!」

 

低級な人造人間たちは、スカールの元へ行こうとするミルたちとテントを守るビーデル、二つの場所へ群がっていた。しかし、ミルたちは人造人間たちを次々と倒していくのに対し、ビーデルは苦戦を強いられていた。

 

「うぐっ…!もっととは言ったけど…次から次へとキリがない…!ちょっとは休ませなさいよ!」

 

(でも、逆にいいかもしれない…このまま人造人間たちが私のところへ集まってきてくれれば、ミルさんたちがスカールの元へ行きやすくなる。それに、アレが使えるわ…。そのためには、もっともっと、このテントが私たちにとって重要だって思わせないと…!)

 

ビーデルは今まで以上に激しく、舞うようにその場を滑走しながら敵を穿ち、切り裂いていく。しかし、そのビーデルの奮闘も長くは続かないものであると、人造人間たちも気付いていた。彼らはミルたちを放って続々とビーデルのもとへ集まり、思惑通りに進んでいく。

 

「敵の数が減っていく…?」

 

バルバルスが呟く。

 

「ビーデルに引き寄せられているんですわ!これならスカールのところへ行ける…」

 

「ビーデル…!」

 

サタンは戦い続けるビーデルを見て、小さく心配の声を漏らす。

しかし、その様子を見ていたサニーはそれを阻止すべく声を挙げる。

 

「あの記憶兵器が予想以上によく動くから、みんな向こうに引き寄せられていってしまう。そうなったら、誰がミルたちを足止めするんだろうね。もういいよ、皆はアイツとテントは無視して、全員でミルたちを殺して!」

 

それまでビーデルに向かっていた人造人間たちは一斉に踵を返し、再びミルやサタンたちの元へと戻ってゆく。

 

「ま、待ちなさい!」

 

(なんで向こうに行っちゃうのよ…!だったら、私だってそっちに行って…!?)

 

しかしその時、ビーデルは自分の身体の異変に気付いた。止まったはずの血がじんわりと流れ出し、足腰に力が入らなくなっている。視界が歪み、眩暈もする。

 

 

 

「…ダメだ、血が足りない!血さえあれば、少しは治癒も早まるというのに…」

 

ヒロイシはテントの中でそう呟いた。どうやら、シロナの身体の再生が遅れているのには体内の血液を流し過ぎてしまった事が原因のようだった。ヒロイシは自分の袖をまくり、輸血の針を腕に刺そうと準備を始める。自分の血液を少しでもシロナへ分け与えようとしているのだ。

 

「だったら、私の血を使えばいいわ」

 

が、そんなヒロイシのもとへビーデルが現れた。ビーデルがTシャツを脱ぐと、胴体の左右の脇腹が大きくえぐられて損傷していた。そこからはおびただしい血液が流れている。

 

「ビーデル君…」

 

「もったいないからね、もう大して力も残ってないのにこんなに血が出るなんて。記憶兵器を継承した人間は、血液の型なんてものは無くなる、そうでしょ?」

 

「…分かった」

 

ヒロイシは腕を下ろして輸血の針を置いた。

シロナが寝る手術台の隣に置かれたベッドの上に横になるビーデル。脇腹から流れる血と、腕に刺された針から血を抜かれ、そのままシロナへと繋がれていく。

 

「それと、ついでに記憶兵器のチップも取っちゃってくださいよ。右足の太ももの中に入ってるので」

 

「何だと、そんな事をすれば君は…」

 

「言ったでしょ?どうせ大した力も残ってないって…だったら無駄なものは全部シロナにくれてやって。私は、最後にちょっと動ければいいんだから」

 

了承したヒロイシは、ビーデルの足にメスを入れ、その中に埋め込まれていた「錐」の記憶兵器のチップを摘出した。

そして、シロナの身体がだんだんと再生し始め、回復速度が上がっていく。

 

「よし、これでいくらか助かる確率は上がった。感謝するよビーデル君。しかし、サタンさんの事はいいのか?」

 

「いいの…パパも承知の事よ。ふたりで記憶兵器になった時点で、綺麗に死ぬことはできないってわかってる」

 

ビーデルは眠っているシロナの顔を見た。

 

「気に入らないのよ、コイツが…。言う事やる事全部が、私にはどうしようもなくカッコよく見えるから。…さて、それじゃアレを使わせてもらうわよ」

 

「やはりアレを使う気だったか。どうせ死ぬのなら多くの人造人間と一緒に、と君が言ったのだったな」

 

「パパだって許してくれるよ。…ねぇ、もしもさ…こんな形じゃなく、別の形で私とシロナが出会ってたら、仲良くなれたかな…?」

 

ビーデルはヒロイシからひとつのホイポイカプセルを受け取ると立ち上がりながら、ヒロイシに背を向けてそう言った。

 

「ああ、そう思う」

 

ヒロイシがそう返してやると、ビーデルはうっすらと微笑み、テントの外へ出て行った。

 

 

 

「なんて数だよ…」

 

「守り切れない!」

 

天井から大量に湧いてくる人造人間相手に戦うミルたちだが、だんだんとその数に押されて劣勢となってしまっていた。

 

「ミルさん、バルバルスさん、パパ!下がって!!」

 

と、そこへビーデルが全速力で走りながら3人の横を通り過ぎていった。その瞬間、ビーデルは父親であるサタンの方を見ると、強いまなざしで言った。

 

「パパ、先にいくけど許してね」

 

そう言われたサタンはビーデルが何をしようとしているのか察し、微笑んで返した。

 

「ああ…パパこそ、先に行かせてしまってすまない。いずれパパも行くまで待ってておくれ」

 

人造人間たちはビーデルに誘われ、どんどんと彼女に群がっていく。おそらく、ビーデルがすでに記憶兵器ではない事を察知し、先に始末してしまおうとしているのだ。

ビーデルはヒロイシに渡されたカプセルのボタンを押し、その中に収納されていた大量の爆薬に火を点ける。

 

──シロナ、みんな。生き延びてちょうだい

 

ドゴォォォォン…

 

次の瞬間、ビーデルを中心に爆発が起こった。荒れ狂う炎と、その中に含まれていた殺傷力の高いまきびしのようなものに全身を破壊され、低級な人造人間どもは吹き飛ばされていく。

 

「何が起こったんだ?」

 

「ビーデルが、爆発して…」

 

ミルとバルバルスが顔を腕で覆いながらそう言った。

 

「…ビーデルが投げたカプセルには、特注の爆薬120キロが入っていた。体内にも小型の爆弾が埋め込まれていた。死ぬのなら多くの人造人間を道連れに…と。それをビーデル本人から提案され、許したのは私だ…まったく、ひどい父親だろう」

 

「でも、彼女らしいやり方だった。サタンさん、あなたの娘さんのおかげで…ザコ共はすべて消え去り、スカールへの道が再び開けた」

 

「今こそ、スカールの元へ行け…ますわ…」

 

ミルたちは、再びスカールの元を目指して動き出す。

 

「おのれ…来たみたいだね…」

 

記憶兵器たちが再び動き始めたのに気付いたサニーが悔しそうに声を漏らした。

 

「はやく、動けるようにならないと…ウチらは…!」

 

そう言いながら、はやく動けるようになろうと全身のエネルギーを集中させる。だがその時、横にいたアールがふらりと立ち上がった。

 

「アタシは…動ける…わ…」

 

「アール…動けるようになったんだね…」

 

「なんとか…ね。アンタも…はやくなさい」

 

その動きはぎこちなくフラフラしつつも、アールはなんとかスカールの元へ続く階段の前に立ちふさがった。

 

「この先は…このアタシが通さないわ…!」

 

 

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