「目標、パオズ山。人造人間の拠城に動きはありません」
特定の地点を取り囲うようにゆっくりと大気圏外を旋回する人工衛星群があった。搭載された光学レーザー兵器の主砲はパオズ山に留まっている、蠢く居城を正確に捉えている。これらはすべてAA財団が極秘裏に配置したもので、政府非公認である。
「現在の時刻、フタサンマルマル。あと1時間、記憶兵器が奴らを足止めしてくれれば、長年にわたる戦いに終止符を打つことができる」
「ヒロイシ…」
ミルは、砕け散ったヒロイシの骸の中から、『カッターナイフ』のチップを拾い上げる。そして、机の端にかかっていたマスクを付けると、今度はミルがヒロイシに代わってシロナの手術を続行する。
(記憶兵器には、かつてアイバーにチップを渡した旅の医者が持っていた、医学の知識も継承されている…。私もヒロイシには劣るけど、簡単な手術ならこなせる!)
ミルはそう思いながら、シロナの右腕にメスを入れて切開し、その内部にカッターナイフのチップを埋め込む。
「さぁ、あとはシロナ次第…といったところかしら」
四肢それぞれに記憶兵器のチップを宿すことにより、ヒロイシたちが成し遂げようとしていたことは全て終えた。あとはシロナの体と精神力次第である。
(本来、記憶兵器はひとりにつきひとつのみしか扱えない。記憶兵器としての力に人間の体が耐えられないからだ。複数の記憶兵器…ましてや4つの記憶兵器をこの小さな体に宿して平気でいるとは…)
その時、シロナの体に変化が現れる。ミシミシと骨や筋肉が軋むような音を立てながら、シロナの受けていた傷が凄まじいスピードで治癒していく。釘の突き刺さった傷もふさがり、潰れた足もだんだんと元の形に治っていく。
「やりましたわ!これなら…」
シロナは蘇ることができるかもしれない。皆が望み、託した希望…シロナに生きていてほしいという願いが、叶えられるかもしれない。
「…はっ」
サタンが目を覚ますと、先ほどとは状況が打って変わっていた。近くでは、アールは死にかけの虫のようにぴくぴくと痙攣しながら床の上に転がっている。
「私が気を失っている間に…バルバルス君はアールを倒したのだな。ぐ…ボロボロになった私の足はまだ完全には治っていない…レーザー砲がこの地へ降り注ぐまで残り1時間もないが…動けないサニーを破壊するくらい、私にもできる!」
サタンはふらつく足取りでゆっくりと、未だに膝をついて頭を垂れたまま動けないサニーへ近づいていく。
(記憶兵器が来た!死にぞこないのサタン如きでも、全く動けずに防御も取れないウチを殺すことは十分に可能…!はやく、動かなければ。だけど、エースやアールの二の舞だけは御免だ…かくなるうえは…)
サニーは全身に渾身の力を籠め、何とか偽のスカール人形の命令による呪縛から解き放たれようとする。その間にも、サタンが両腕を巨大なペンチプレスに変え、こちらへ歩いてくる足音が迫る。
(動け!動くんだウチの体!時間が無いんだ…本物のスカール様は、ウチに命令などしていない!あれはスカール様じゃ…ない!!)
ギシギシと大きな音を出しながら、サニーはゆっくりと立ち上がりつつある。
「まずい、サニーが動く…!はやくケリをつけなければ…」
サタンはサニーを握りつぶしてしまおうと、ペンチに変えた手を伸ばす。しかし、それよりも早く、サニーが伸ばしていた手が偽のスカール人形の顔に触れた。
グシャン!
次の瞬間には、サニーの手がスカール人形の顔面を握りつぶして破壊していた。スカールそっくりの顔面が原形を留めることなく潰され、そのままサニーが腕を振り下ろすと上半身からバラバラに崩されていく。ついに偽スカールの呪縛から解放されたサニーは、真っ先に後ろへ迫っていたサタンを腕の一振りではるか後方へ吹き飛ばす。
「偽りのスカール様はいなくなった!自由は取り戻した!今は一刻も早く本物のスカール様をお連れして、この地を去るよ!」
偽スカールが破壊されたことにより、サニーと同様に他の人造人間たちも動けるようになり、天井から続々と落ちてくる。そしてそれと同時に、床がボコンと大きく盛り上がり、その下に居る何か巨大な物体が這い上がろうとしていた。
「何だ…あれは…!」
背中から壁に激突したサタンが口から血を流しながら声を漏らす。
床下から出現したのは、すさまじく巨大な翼竜の化石だった。全長は50メートルほどあり、実物の翼竜の骨格を使い飛行機のように構成されたそれはまことに信じられないような事ではあるが、スカールによって作られた「翼竜を模した飛行機型の人造人間」であると推察できる。
「人造人間め…初めからあれで空を飛んで逃げるつもりだったのか…。現在は11時12分、レーザー砲発射まであと50分もなかったというのに…!」
「さぁ、乗り込むがいい!”全世界に散って我々を狙い忌々しく盾突き続けてきた記憶兵器をひとつ処へおびき寄せ、自分たちで用意した兵器によって自滅させる作戦”は成功した!」
サニーが高らかにそう叫ぶと、現在残っている数十体の人造人間たちは次々と翼竜の腹部にあるゲートから内部に乗り込んでいく。
「仲間たちよ、スカール様と共に新天地へ行こう。次の地は害悪な記憶兵器がひとりもいないパラダイスだ。そこで我々はふたたびスカール様の望むままに存在し続けようじゃないか」
「このまま逃がしてたまるかーッ!」
サタンはペンチの手を振り下ろし、サニーをぺしゃんこに押しつぶそうと攻撃を繰り出す。しかし、サニーはそちらに見向きもせず、自身の周囲に配下の人造人間を呼び寄せ、彼らに持たせた黒い刀を何本も投げ飛ばし、サタンの全身を貫いた。
「動けるようになった今、どんな記憶兵器もウチの敵じゃない」
「シロナの体は元通り回復した。4つの記憶兵器が無事に作用している証拠…なのに何故、目を覚まさないの?シロナ」
手術は無事に終了し、シロナの肉体も問題なく再生し、バイタルサインも正常値を上回り完全に元に戻った。しかし、それだというのにシロナはベッドの上で目を閉じたまま、一向に目覚める気配が無かった。
「…ですが、私の仕事はここまで。私は記憶兵器の本分である人造人間の破壊に向かいます」
が、シロナはやはり何のリアクションも起こさない。
「やはり、貴女は狂気と倦怠と暴力のイノシシ娘…もしくは、小汚い子供に過ぎないのかしら」
ミルは最後にシロナへ向けてそう吐き捨てると、諦めたようにテントの外へと出て行った。しかしその時、眠っているシロナの眉毛がピクピクと動いていることには気が付かないのだった。
「スカール様!ただいまより、この地を離れたく存じます…そこの階段を降り、巨大飛行型人造人間『ケツァルコアトルス』にお乗りください!」
サニーは階段によって天井のさらに上まで続く通路に向かって、そう声を張り上げる。側には全員の刀が突き刺さってダウンしたサタンが血だまりの中にうずくまっている。
しかし、そこまで言ったところで後ろからミルが猛スピードで接近している事に気付き、そちらの方へ振り返って目を向けた。
「今さら記憶兵器が何人かかってきたところでウチの相手じゃないけど…邪魔な芽はここで抓んでしまおうか」
「サニー、お覚悟を!」
ミルは右腕に巨大なドリルを作りだし、それを前方へ向けたまま突撃を仕掛ける。サニーはそれに対し、左手の人差し指を向けてそこから強力で細かな空気弾を発射する。
が、それはドリルの回転力の前にはじき返され、無効化される。そのままミルのドリルはサニーの顔面へ向かって迫り続けている。
「おっと」
サニーはドリルの切っ先を素手で掴み、強靭な握力でもって無理やり回転を止めようとする。しかし、ミルはその隙にドリルに変えた足で死角から蹴りを放っていた。
「あはは、やるね」
サニーもそれに気付き、反対の腕の拳で蹴りを受け止めた。
「だったら、また剣に撃たれてみるかい」
サニーは手に黒い刀を握り、それで連続した突きを繰り出し、ミルの胴体を何度も刺して貫いた。ミルは口から血を吐き、いったん距離を置いて呼吸を整えようとする。
「『
ミルはすぐに再び地面を蹴って飛び出し、サニーに対してラッシュ攻撃を仕掛ける。が、サニーはその全てを躱し続け、ミルの首の後ろを肘で打ち、ミルは前のめりに体勢を崩す。
「ウチ相手にひとりでよく持ちこたえるものだね。ウチも楽しみたいけど、時間が無い…しつこくされるのは御免だよ」
サニーが足を振り上げて蹴りを放つと、それはミルの鳩尾を下方から打ち、ミルの背中から突き抜けた衝撃波がハッキリと見えた。ミルは苦しげな表情で唾を吐き出し、その場に倒れ込んでしまった。
「所詮は記憶兵器もこの程度。あのテントの中には何があるのかな?確か、死にぞこないの子供がいたと思うけど、もうどうでもいいよね。壊しちゃってよ」
その命令を受けた他の10体ほどの人造人間は、一斉にシロナの眠っているテントに群がっていく。それぞれが腕や頭部を変形させて鋭い剣や銃などの武器を出し、それをテントに向ける。
「やって」
サニーの一声で彼らは動き出し、一斉にテントへ攻撃を仕掛ける。倒れたまま起き上がることができないミルもやばいと思い、焦った表情でそちらへ目を向ける。
「やらせるか!」
しかしその時、復帰したサタンがその場に現れ、その身で人造人間たちの攻撃を全て受けたのだ。左手首が斬り落とされ、銃弾が腹にめり込み、その他無数の打撃が打ち込まれる。
「サタン!」
「がふ…私は…ここまでだ…」
サタンはその場でガクリと倒れ、動かなくなってしまう。
「邪魔が入ったね。でもいいよ…もう一度やって」
命令を受けた人造人間たちは再び武器を構え、今度こそテントを破壊しようと準備する。彼らはじりじりと近寄り、いよいよ武器を高く振り上げる。
「シロナ──!!」
ミルがシロナの名を叫ぶ。だが、その声色は焦りや心配の色は無く、ただシロナを真っすぐに信じ、その名を呼んだだけのようだった。
次の瞬間、テントが内側から弾けるように爆発した。その衝撃で周囲の人造人間たちは粉々に吹き飛び、その爆炎と煙の中から何者かの影がものすごい勢いで飛び出してくる。
「やっぱり…扱いやすいイノシシ娘ですわね…」
「だぁれが、イノシシだって~~!?」
シロナは床に降り立つ。右腕はヒロイシの『カッターナイフ』、左腕はアリーズの『鋸』、右足はビーデルの『錐』、そして左足はバルバルスの『斧』に変化していた。
鋸で自分の前方を一閃すると、煙が晴れる。目は黄色く変色し、全身に仄かな赤いオーラを放っており、それはシロナが怒り状態へ変身を遂げていることを意味している。さらにその時に見えたシロナのなびく頭髪は、なんと煌めく金色と化していた。