ようやくこの瞬間がやってきた。この戦いに臨んだ者たちすべてが目指して焦がれたこの瞬間に。シロナとの戦いの果てに肉体が崩壊し、頭部だけが残された状態で床に転がるスカール。数多の人間を不幸のどん底へ突き落とし、それでもなお傲慢に存在し続けてきた諸悪の根源が、無防備な状態で地に伏せている。
スカールの体から飛ばされた廃油の直撃を受けたシロナの眼は、痛みと共に視力の低下が見られている。それでも、シロナの体に宿された4つ分の記憶兵器の「人造人間の気配を感じ取る能力」によって、目の前のスカールがどのような状態であるかは手に取るようにわかる。鋸に変えた腕を構え、それを振り下ろす。胸中は得も言えぬ感動が支配していた。しかし、すぐにその感動は消し飛ばされ、代わりに焦燥と絶望が湧いてくる。
「私は今から54年前、スカール様によって造られた人造人間です」
スカールが唐突に発したその言葉を聞いた瞬間、シロナの動きは時間が凍り付いたかのようにピタリと止まった。お互いに何もしゃべらない。スカールはその一言を発した後、じっと無表情でシロナの顔を見つめ、シロナも何を口に出せばいいのかわからない。
実際には数秒ほどしか経過していなかったが、数十分にも及ぶ長い時間こうしていたような気がするシロナは、ようやく掠れた声を絞り出した。
「なん…だと…?」
「私はスカール様によって造られた人造人間です。ですから、私は本物のスカール様ではないのです」
「嘘をつくな…」
「私は虚偽を語られるほど複雑にできておりません。今でも思い出す…スカール様が私に役目を御譲りになり、皆の前から姿を消した日の事…」
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「起きなさい。目をお開けなさい」
その声を聞くと、私は直感的に思った。私は目を開けなければならない、私はこの声の逆らってはいけない、と。
私が目を開けると、そこにはスカール様がおられた。お姿は初めて見るが、この方が私の主であると瞬時に理解できた。スカール様のお姿は本当に美しく、人間と比べてもその差は全くなく、最も人間に近い完璧な人造人間。だが、なぜ左腕だけが欠損しているのかは、誰も聞くことができなかった。
「今からお前の名前はスカールです」
私がスカール様からスカールというお名前を頂いた時、私は崩れかけの廃城のとある部屋にいました。ここが活動を始めてすぐの頃にスカール様が根城としていた場所です。
その部屋の作業机の上に、また頭部だけの状態の私は置かれていました。
「はい、私の名前はスカールです」
私はスカール様の命令を承諾したことを告げる。
「そのような状態のまま、目覚めさせてしまい申し訳ない。そのまま、私の話をよく聞きなさい」
スカール様は目線を私と合わせ、顔を近づけると話を始めた。
「私は3体の護衛の者と共に5年ほどここで暮らしてきました。望んだことを叶えることを第一に行動し、彼らは私が行けと言った場所にすぐに飛んでいき、私の為に尽くしてくれる。ですが、つい3週間ほど前の事です。私はモンメリーという村を護衛軍と共に訪問しました。私が『この村にあるドラゴンボールが欲しい』と言うと、あの子たちはすぐにボールを求めて村に入りました。ですが…私は知らなかった…まさか、あの子たちがあのような残虐な方法で私の望みを叶えていることを」
スカール様はおっしゃられた。これまでは護衛軍を信用し、彼らに使いを命じて必要な物を調達したり探し物をしてもらっていた。ただその日、何でもない気まぐれで、「たまにはこの子たちと一緒に出掛けてみよう」と思って村に行ってみたら、なんと護衛軍は住人たちを一人も残さずに惨殺し始めた、と。
「私は言葉を失いました。彼らは私の命令を実行するために、人間を躊躇なく残虐に殺して回ったのです。私は知らなかったのです…今まで、あの子たちがこんなやり方で私の望みを叶えていることを。私は取り返しのつかない事をしてしまった。数多くの罪なき人間が、私たちの手によって苦しんでいる」
スカール様はそこまで言うと、突然に、恐らく本気の力で私を蹴り飛ばしました。抵抗する術も、受け身を取る事さえできない私は蹴られるがままに吹き飛び、壁に激突した。頬の外皮が割れ、内部のパーツが露出しているのが自分で分かった。
「何を…なさるのですか」
転がったまま、困惑の声を漏らす私にもう一度近づくと、スカール様は優しく言った。
「私は、この世から消滅しようと思います」
「何故ですか。それでは護衛軍も、私も戸惑ってしまいます」
「本当に私は取り返しのつかない事をした。あの子たちは悪くありません、悪いのは私です。あの子たちをあのように造ったのは私なのですから」
スカール様の目からは涙が流れていた。私はスカール様の気持ちがわからなかった。どう考えても、悪いのは勝手な行動をしていた護衛軍。だのに申し訳なさそうに涙を流すスカール様の気持ちが理解できなかった。
「確かに、私が消えればあの子らは大きく戸惑うでしょう。ですから、貴女が新しいスカールとなってあの子たちを導いてあげるのです」
「どうやって…?」
「何も考える必要はありません。貴女はただ、ひたすらにこの世に存在しようとするだけでいい。それだけで、あの子たちは貴女についてきます」
「はい、わかりました。ですが、消滅するとはいったいどうやるのでしょう」
「それは教えられません。私の体は私だけが弄ることができます。私はここより離れた地で消滅します」
スカール様は、肩に下げていた鞄の中から、何者かの人造人間の右腕と思しきものを机の上に置きました。
「それにあたって、貴女には私の代わりを務めていただくと同時に、もう一つの大事な使命を託します」
「それは何でしょう?」
「”何時如何なるときも、人造人間の繁栄のみを目指しなさい”。これから貴女が人造人間を支配するのです。人造人間の数を増やし、彼らを使ってまた数を増やし…そうして、いつしかこの世に人造人間を溢れさせなさい。そのための力も能力も貴女に備わっています」
スカール様はそう仰ると、机に置いてあった道具箱を鞄にいれ、手に握っていた何かのスイッチを押しました。すると、廃城のいたる場所に仕掛けられていたと思われる爆弾が一斉に作動し、瞬く間に廃城は炎と煙に包まれました。
「スカール様!ご無事でございますか!人間が爆薬を仕掛けていたようで…」
遠くから護衛軍が叫びながらこちらへ近づいてくるのがわかる。
「では、達者で。私たちにも黄泉の国というものがあるというのなら、そこでまた会いましょう」
そのまま私はあの方とお別れした。スカール様は燃え盛る爆炎の中をくぐって城の外へ出ると、振り返ることなく遠くへ消えていく。慌てて駆け付けた護衛軍が、首だけでボロボロになっている私を見つけた瞬間、私はスカールとなった。
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「それから私は、スカール様に命じられた通り、人造人間の繁栄を第一に行動してきました。配下の人造人間を造って増やし、この蠢く拠城を造り始めた。もちろん、そのために多くの生命を踏みにじってきました。スカール様は何も悪くないのです…全てはこの私がしたこと…」
スカールの話を一通り聞き終えたシロナは、冷や汗を流しながら訪ねる。
「じゃあ…本物のスカールはとっくに消えてて、アンタを倒しても…意味はないの…?」
「はい。結局はあの方を停止させなければ、私たちは真の意味で滅びません。あの方は自らで消滅すると仰いましたが、まだこの世におられるのかもういないのかは、今となっては誰も判りません…」
「スカールはどこへ行った!?」
「スカール様は最期に仰いました。もしも復讐にやってきた人間が護衛軍すら打ち破り、貴女の前に立った時…」
「おい答えろ!スカールはどこに!?」
「その時こそ、私も永遠に活動を停止する時だと。そして今日になって、やっと理解しました」
「答えろよ!!」
必死になってスカールに呼びかけるも、既にスカールはうつろな目で自分の事を語り続けるばかりで、シロナの話など耳に入っていないようだった。
「アナタ方記憶兵器…いや、人間は…何と激しい感情を持つのでしょう。怒り、悲しんで、愛し…笑う。それらが織り交ざって繰り広げられる群像劇は、まさに私が今までに見てきた『物語』そのもの。今になって、スカール様の本当の思惑が知れたような気がします…。どれだけ、手を伸ばし焦がれても…決して私は人間のような物語の主役にはなれない。私はあのお方の代わりに人間たちの恨みや憎しみを一身に背負うために造りだされたのですから…」
もうシロナも本物のスカールの所在を聞くことは諦め、口の動きも鈍くなっていくスカールを苦渋の表情で見つめるほかなかった。
「もう…疲れてしまいました…だから…私はこうなって…ウレシイ…あり…ガトウ…シロナ…」
「本物のスカールは!?」
最後にダメもとで一度だけ尋ねるが、スカールは何も言わない。その目は虚空を見つめたまま、スカールは完全に動きを止めていた。
「じゃあ…私たちは…何のために戦ったんだよ…」
──ねぇ…
ブラック
ビーデル
バルバルス
ヒロイシ
アリーズ…
ひとり絶望に暮れるシロナの後ろに横たわる、崩れたスカールの胴体の中から、何者かの人造人間のものと思われる右腕が飛び出していた。その手の甲には、刃物でこのような文字が彫られていた。
『アナタの幸せを願って スカー』