「わっ、わっ!」
「お前、いつもみたいに心を無にして見な」
声を上げるこいしをよそに、ドラゴンは大口を開き、二人をその口の中におさめた。
すると、飲み込まれた二人をまばゆい光が包んだかと思えば、ドサッと音を立てて地面に落下した。
「いてて…」
「どういうこと?」
ぶつけた尻をさするカカロットに、こいしがそう尋ねる。後ろを見ても、ドラゴンはおろか先ほどの武者集団でさえも見当たらない。前方には五行山の道が伸びており、それ以外には何もない。
「やっぱりな…今まで見ていたのは全て幻だったのだ。あの魑魅魍魎共は、俺たちの怖いとか恐ろしいって感情を察知して、あんな化け物どもを見せていたんだ」
「それを、心を無にすることで克服したって事?」
「ああ。お前のように何も考えて無ければ、心を読まれるも何もないからな」
二人はさらに歩みを進め、ようやく五行山の頂上にまでたどり着いた。目の前には鬼の顔を模したような洞窟の入り口があった。鬼は口を開けて、その中から熱気が漏れ出している。
「ここだな」
洞窟を抜けると、そこには岩に囲まれた広い場所に繋がっていた。
「な、なにこれ!?」
こいしは思わず叫んだ。その場所にあったのは、大きな炉であった。緑色で赤い装飾がされていて、高さと大きさはあの地霊殿と同じくらいあるだろうか。上から見ると八角形に見える炉に、大きな炎が炊かれている。
「デカいな…しかもこの炎、ただの炎じゃなさそうだ」
よく見れば、この炉の上に大きな鍋が置かれていて、何かがぐつぐつと煮え立っている。その湯気が空高くまで登り、まるでここが火山の河口のように見える。
「おい、太上老君のアンニンとやら、いないのか?」
カカロットはそう大声で叫んだ。声がこだまし、やがて消えていく。
「は~~い、誰か呼んだ~?」
返事が聞こえた。まるで、この広間中に響き渡っているかのようだ。どこから聞こえるのだろう、とあたりを見渡し、ふと上を見た時、カカロットとこいしは度肝を抜かれた。
鍋から上がる湯気の中で、巨大な人型のシルエットが浮かび上がっている。この巨大な炉と鍋よりも倍ほど高く、長い髪に肩が突き出た衣服がハッキリとわかる。
「な…」
「待ってて、今行くわね~」
ズン… ズン…
湯気の中のシルエットが動くと、辺りに大きな足音が響き渡る。しかし、突然湯気の中からそのシルエットが消え、足音が止んだ。
不思議に思っていた二人。だが背後に感じた強大な気配を察して、後ろを振り返った。
「あら珍しい、この八卦炉に生きたお客さんだ」
そこに居たのは、普通の人間と大きさが何ら変わらない、ただの女性だった。触角のような飾りがついた兜を被っており、中国風の赤い鎧のような服を着ている。つりあがった鋭い目をしているが、その表情はポカンと呆けているようにも見える。
「お、お前が太上老君のアンニンってやつか?」
「如何にも。このあたしが八卦炉の管理者である太上老君ことアンニンよ~ん。ところで、あなたたち誰?」
「俺はカカロット。幻想郷から来た」
「私は古明地こいし!同じく幻想郷から来ました!」
「へぇ、あの映姫ちゃんの幻想郷から」
「頼みがある、お前超神酒って酒持ってるんだろ?少しでいいから俺に寄越してくれないか」
「…あなた、この私がどんな人だか知ってるワケ?」
「はぁ?」
アンニンはいつの間にか手にしていたお椀の中にある麺をフォークで巻き取り、口に運んだ。
「それなりの態度ってもんがあるんじゃない?まぁ超神酒くらいあげてもいいけど」
「…くれ」
「…」
「…ください」
「いいわよ、でも試練があるのよね、超神酒を生きた者が手に入れるには」
「試練?」
そう言うと、アンニンはカカロットたちから少し離れた。
「このあたしに認められることが超神酒を手に入れるための試練よ。過去に何人もの鬼が超神酒を求めてやって来たけど、クリアできた者はたった1人しかいないわ」
「なるほど…簡単で分かりやすいな」
「殺しはしないわ。ただダメだと言われたら諦めて帰ってちょうだいよね」
アンニンは背後に手を回すと、何処からか見事な薙刀を取り出した。グルグルと回転させ、腋に抱えながらカカロットへと突撃する。
「うおっ!」
繰り出される薙刀をしゃがんで避けるカカロット。素早く、的確に振り下ろされる刃を見て、このアンニンの実力は自分を上回っていると感じた。
「はっ!!」
だが、それはこれまでの話である。カカロットは気合を込め、紫色のオーラを発した。
「うそ!?」
「滅越拳だ!!」
アンニンの薙刀を持った腕を掴み、こちらへと引き寄せた。そのまま、腹へ拳を入れ、肩を回し蹴りで蹴りつけた。
よろよろと後ろへ下がるアンニン。
「ふ、ふふ…珍しい術をつかうじゃない。だったらあたしだって…」
次の瞬間、アンニンの肉体がみるみるうちに巨大化し始めたではないか。ついには八卦炉や鍋よりも大きくなってしまう。
さっき湯気の中で見た巨大な影の正体はこれか、とカカロットは心の中で納得した。
アンニンの兜から伸びる触角が鞭のようにしなり、カカロット目がけて振り下ろされた。カカロットは難なくそれを避けるが、もう一本の触角による二撃目が繰り出された。
「わっ!」
ギリギリ、前転でそれを回避する。次々に振り下ろされる鞭は、まるで雷のようにカカロットに襲い掛かる。
「ええい、素早いな」
「ふっふっふ…もっと素早くもできるんだがな」
「なに?」
カカロットはそう言うと、全身から紫色の激しいオーラを放った。スパークを纏い、その髪は激しく逆立っている。
それを見たアンニンは思わず目を丸くして驚いた。
「いくぜ!」
一気に飛び上がるカカロット。目にもとまらぬスピードで、正に流星の如くアンニンへ突撃する。
アンニンはそれを両手で受け止める。手の平を突き破るかのような勢いのカカロットだが、アンニンは難なくこれを押さえていた。
「…ん?」
しかし、自分の手の異変に気付く。
「あ、あちゃちゃちゃ!!」
カカロットの限界突破滅越拳によるオーラの熱気が、アンニンの手を焦がしていた。あまりの熱さに、アンニンが手を退けると、カカロットはそのままの勢いで前へ飛び出し、アンニンの顎に激突した。
「うわ~」
後ろへ倒れ込むアンニンを見て、こいしがそう呟いた。
カカロットは元の場所へ戻ると、もう一度格闘の構えを取る。
「やったわね~」
アンニンは地面を揺らしながら起き上がり、自分の手をさする。
「むんっ!」
そして両手の指を突きだし、体の前で真っすぐにカカロットへ向けた。次の瞬間、兜の触角が再び伸び、カカロットへ迫った。またその攻撃か、と思ったカカロットは触角を軽く避けた。今の限界突破滅越拳を発動した状態ならば、造作もない事だった。
「え!?」
が、突然地面に穴が開き、その中からも赤い帯のような布が伸びてきた。これには流石に反応できずに、カカロットは両足を絡めとられてしまう。
「八卦炉の鍋の中を見ておいで!」
そのまま頭上高く投げ飛ばされ、八卦炉と鍋を越える高さにまで到達する。どこから見えたのは、黒い大なべの中でぐつぐつと煮える白い液体であった。
布は足から離れ、カカロットは下を見るが、もうアンニンが追撃してくるような素振りは無い。
「…なんのつもりだ?」
八卦炉の鍋の縁に着地したカカロットは、アンニンにそう言った。
「これは八卦炉と言ってね…あの世とこの世を繋ぐのに重要な役割を果たしているのさ」
アンニンは続ける。
「この八卦炉の上の鍋から立ち込める湯気が、あの世とこの世の出入り口になってるのさ。死んだ魂はみんなここを通るんだ。三途の川を越えた魂は五行山の道を通り、やがてこの湯気の中を通る。そして地獄行きか天国行きか冥界行きかを決めてもらうため、閻魔大王のところへ行くのさ」
とくに、ここを通るのは地球での死者限定である。その中でも幻想郷で死んだ者の魂はこの湯気の中を通ると、四季映姫が担当する閻魔宮殿にまで行けるのだ。
「…つまり何が言いたい?」
「うん、申し分ないさね。前に来た奴よりずっと強いらしい」
「本当か!?」
「ああ。ところで超神酒は、沸騰してこの鍋からこぼれ出たわずかな汁が元に出来るんだ」
アンニンはそう言うと、超巨大な升を取り出した。大きいが、この巨大化したアンニンが使うには丁度良いサイズなのだろう。その升を使い、鍋からこぼれた汁をすくって中に溜めていく。
そしてそれを飲めそうな温度まで冷ましてやると、カカロットの前に置いた。
「ほら、好きなだけ持っていきな」
「これが超神酒…!」
カカロットとこいしは中を覗き込んだ。
「これで勇儀も元に戻るんだな」
そう言いながら、カカロットは一口だけ手で超神酒を口に入れた。
「ん…何だこりゃ、こんなんであの勇儀が満足するのか?」
確かに酒であることは分かるが、正直この程度の味ならばどこにでもありそうだ。
「その状態じゃあたり前よ。はやく材料集めに行っておいで」
「材料集め?」
カカロットは首を傾げた。
「なによ知らずに貰いに来たの?超神酒が完成するにはある材料が必要なのよ。『50年に一度花を咲かせる”龍向日葵”の種の油』、『オオナマズの皮膚の出汁』、『天界の桃の果汁』の三つ」
「な、何だってー!?」
なな、なんと…超神酒を完成させるには、まだまだ材料が必要らしいのであった!
さて、カカロットはどうするのだろうか…