もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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【The another “REIMU”】
第282話 「空色デイズ」


幻想郷は、冷たく乾いた風が吹きすさぶ冬の季節だった。

そんな寒空の中を、スカーはあてもなく気ままに流離っていた。

 

「今日はどこで寝るカ…」

 

スカーは、およそ6年ほど前に幻想郷へとやってきた謎のからくり人形である。体内に電気を作りだす機構を持ち、主に電撃や「左手に持っている左腕」を武器にして戦う。

既に、ヴァンパイア王国での戦いから5年の年月が経過していた。これまでの間、幻想郷では大した事件も戦いも起こらず、平穏無事な日々が続いていた。当のスカーはと言うと、毎日毎日何をするでもなく、幻想郷を放浪するだけ。本来は数日に一度だけ眠るだけで体の機能を維持できるのだが、やることもないので1日に何度も眠りについている。

スカーは林の中にあった古びたお堂の屋根の上に降り立つとそこに寝そべり、静かに目を閉じた。

 

…しばらくすると、夢を見る。いつも見る夢だ。

5年前、ひとり爆発を防ごうとその場に残ったシロナ。自分がどれだけ手を伸ばしても、遠く小さくなっていくシロナには触れることができない。

 

 

 

「しっぺい太郎は来てないな」

 

何者かが呟く声がかすかに聞こえる。スカーは眉間にしわを寄せながら目を開け、声がする方を見やる。

 

「何ダ?」

 

「今宵今晩このことは、しっぺい太郎に知らせるな」

 

続いて同じ声が聞こえる。スカーはその声がする方へふわふわと浮かびながら向かってみると…

そこでは、体長が5メートルはあろうかという大きさの猿のような化け物がいた。細身の下半身に反して、上半身は分厚い筋肉に覆われ、その全身の白い体毛が逆立っている。そしてソイツの目の前には、気を失った人間の女性が寝かせられていた。猿が手を伸ばすと、その女性は目を覚まし、猿の化け物を見たとたんに悲鳴を上げた。

 

「きゃあああああ!!」

 

「おいオマエ、ワタシの寝床のそばで何してんダ」

 

スカーがうしろからそう声をかける。

 

「あぁ?」

 

猿は顔だけでスカーの方を振り返りつつ、手を軽く振っただけで女性の頭部を潰し、息の根を止めた。それを見たスカーは額からパリパリと電気を発生させながら怒りを露わにする。

 

「おい!やるなら私が気の付かないとこでやれヨ!!」

 

「何を怒ってやがんだ人間~~!!」

 

猿も血にまみれた拳で胸を叩きながら負けじと言い返す。

 

「そんな光景見せられたラ、嫌でもオマエを始末しなきゃならねェだろうがヨ!面倒ごとを起こすんじゃねェ!」

 

スカーが左手に持った左腕を空高く振り上げると、そこから雷が発生し、猿に向かって落ちていく。

 

「カミナリ…!?」

 

猿は驚いた様子を見せるも、難なくそれを躱す。その間にもスカーは電気を纏った腕を振りかぶって次に攻撃に移っていた。

が、猿はにやりと笑うと、わずかな土煙を残してその場から消えた。いや、猿はスカーでも集中して目で捉えるのがせいぜいなほどの速度でジグザクの軌道を描いて移動していたのだ。

 

(な…速ェ…!)

 

「この900年生きた『袁鬼(えんき)』サマに…勝てると思ったんかァよォ!!」

 

袁鬼と名乗る妖怪が放つ拳が、スカーの腹に命中した。その衝撃でスカーの腹が割れ、中身の配線や部品などがこぼれ落ちてしまう。

 

「ぐうッ…!」

 

「んん?はははァ、人の匂いがしねぇと思ってたらからくり人形かよ!んじゃあ猶更ワシには勝てねぇなァ!」

 

袁鬼はさらに腕を振るった一撃を繰り出し、スカーを殴り飛ばした。吹っ飛んでいくスカーはお堂の壁を壊してその中に突っ込んでいき、埋もれるようにして動けなくなってしまう。

 

「今日は余興があって面白かったなぁ」

 

邪魔者がいなくなったことを確認した袁鬼は、先ほど殺害した女性の四肢をもぎ、それらを口に運びながらのそのそと移動を始める。

 

「今宵今晩このことは、しっぺい太郎に知らせるな」

 

そして最後にわざわざ警告するように言い残すと、突然飛び跳ねて物凄い勢いでこの場から消え去るのだった。

 

「な…何だったんダ…今のはヨ…」

 

スカーは瓦礫の中から顔を出しながらそう言った。

 

(ワタシはこんなに…弱かったかヨ…?)

 

あの袁鬼という妖怪は、妖怪としては強力な力を持っているが、それでも全盛期のスカーと比べれば袁鬼はそれに大きく劣り、かなり実力に開きがあったはずだ。なのにスカーは袁鬼に負けた…ということは、スカーの実力が以前よりも格段に落ちているという事実に他ならない。

あのような極悪な妖怪が現在でものさばっているという事はゆゆしき事態である。何故ならば、今の幻想郷にはあのレベルの妖怪を退治できるような実力者はいないからだ。

 

 

 

「おい、『しっぺい太郎』って何のことだヨ?」

 

朝、スカーは香霖堂の店主である森近霖之助が暖簾を掲げた瞬間に背後から開口一番にそう言った。きょとんとした霖之助であったが、すぐにお得意の「うんちくモード」に切り替わる。

 

「しっぺい太郎…それは旅のお坊さんがしっぺい太郎という名の犬と共に、毎年生贄を要求していた狒々を退治するという伝承の物語だね」

 

「詳しく教えろヨ」

 

…昔々、国中を旅するお坊さんがいた。お坊さんは秋祭りをしているという村を訪れたが、祭りの日だというのに村人たちが妙に暗い様子なのを不思議に思った。訳を聞くと、毎年秋祭りが近づくと家に白羽の矢が射られ、その家の娘を村の神様に差し出さなければならないという。

神様がそんな悪い事をするはずがないと思ったお坊さんは神様の正体を見極めるべく、隠れて様子を伺う事にした。捧げられた娘の入った棺のもとへやって来たのは、なんと大きな猿の妖だった。「しっぺい太郎は来てないな。信濃の国の光前寺、今宵今晩このことは、しっぺい太郎に知らせるな」そう妖は歌いながら娘をお堂の中へ連れ去っていった。

お坊さんはしっぺい太郎という人物を探して信濃の国へ向かった。だがしっぺい太郎は見つからず、次の年の夏になってしまった。しかしそんな時、お坊さんはしっぺい太郎という名の犬に出会う。お坊さんは犬を飼っていたお寺に事情を説明し、しっぺい太郎と共に村へ戻った。

村に戻った日はちょうど翌年の秋祭りの日で、今にも生贄の娘が棺に入れられるところだった。そこでお坊さんとしっぺい太郎は身代わりとして棺に入り、みごと猿の妖を退治した。

 

「という話だよ」

 

「しっぺい太郎は今どこにいル?」

 

「ははは、流石にもうどこにもいないと思うよ。ただ、しっぺい太郎も普通の犬ではなかったらしいからね。山犬の子供だったらしい…だからもしかすれば幻想郷にいるかもしれないね」

 

霖之助がそう言い終えた時には、既にスカーはその場からは消え失せていた。

 

 

 

「とはいえ、やっぱりアイツの言う通りいるわけねぇよナァ…」

 

もうお昼を過ぎたころ、スカーは疲れた様子で人間の里の建物の屋根の上に座っていた。今まで幻想郷中を駆け回ってしっぺい太郎と思しき強そうな犬を探していたが、そのような犬に出会うことはできず、途方に暮れていた。

 

「…いいや、そもそもワタシが他のヤツに頼るなんテらしくネェ…もう一度あの袁鬼とかいうヤツを探してぶっ倒してやル」

 

スカーが気を取り直して立ち上がろうとしたとき、その耳にある言葉が聞こえてきた。

 

「タローこれあげる!」

 

「タロー…?」

 

スカーは声のする方へ高速で移動し、地面に降り立つ。そこには、よぼよぼの白い犬が里の子供たちに構われていた。スカーは子供らに近づいて声をかける。

 

「なァ、この犬は太郎って言うのカ?」

 

「うん。ここにいつも座ってるんだ」

 

「野良だけど人懐っこいから、昔は飼われてたのかなぁ」

 

スカーは子供たちが立ち去るのを待ってから、太郎という犬に近寄った。太郎は既に年老いた老犬であり、毛はところどころ抜け落ちて薄く、ハリがない。スカーが目の前に来ても目を開けて視線を向けるだけで、立つことも吠えることもしない。

 

「…オマエモ、今はもう帰ってこなイ人間を待ち続けてるのカ…」

 

スカーは太郎の姿に自分と似た影を感じ、手を差し出した。しかし首に触れようとすると、太郎は低く唸りながら牙をむいた。どうやら、首に巻かれている古びて汚れた首輪を触られるのが嫌ならしい。

 

「結局しっぺい太郎は見つからなかっタ…オマエがあの袁鬼を倒せるほど強そうナ犬には見えないからヨ…」

 

そう言いながら飛び立とうとした時、太郎は立ち上がった。よろよろと歩きながらスカーの足に体を擦りつける。

 

「…オマエも来てみるカ?」

 

スカーのその問いに肯定の意志を見せたような気がした太郎と共に、スカーは空へ飛び立つのだった。

 

 

 

…夜のとばりが幻想郷に降りた。

 

「しっぺい太郎は来てないな。今宵今晩このことは、しっぺい太郎に知らせるな」

 

袁鬼は夜の里を駆ける。家の屋根から屋根を飛び移りながら、今日の狙った娘の家へと向かう。いつもであれば家の窓のわずかな隙間から部屋へ侵入し、娘を攫い、わざわざしっぺい太郎の来ないような場所まで移動してから食べる。

しかし、今日はそのようにはいかなかった。

 

「よォ、また会ったナ猿のジジイ!」

 

スカーの放つ電撃が落雷のように袁鬼の目の前へ落ちた。袁鬼はそれを避けながら屋根から飛び降り、里の通りへ降り立つ。

 

「なんだァ、昨日のガラクタ人形じゃねぇか!」

 

その瞬間、袁鬼は目にもとまらぬスピードで跳躍し、スカーとのすれ違いざまに強烈なパンチを何発も叩きこんだ。動きを全く目で追えなかったスカーはいとも簡単にダメージを受けてしまう。

 

「コ、コイツ…やっぱり強イ…!」

 

だが、スカーも負けじと額から電撃を放つ。が、やはり袁鬼はそれを躱しながらスカーへ接近し、その顔面を蹴り上げた。スカーは地面を転がり、震えながら起き上がろうとする。

 

「ワシの邪魔をするな…今度は殺すぞ」

 

袁鬼はスカーの頭部を掴み、ギリギリと力を込めて握りつぶそうとする。

 

「グ…ア…!」

 

「わん」

 

その時、太郎がわずかな鳴き声と共にスカーに近づいてきた。

 

「太郎…!」

 

スカーがそう言ったのを聞いた袁鬼は太郎を見ると驚いたように目を丸くし、スカーの頭から手を離しながら恐怖の表情で後ずさる。

 

「太郎だと!?」

 

しかし、すぐににやりと笑う。

 

「…いや、驚いたがなんてことはねぇ!この犬はただの老いぼれだ!しっぺい太郎じゃねぇ!」

 

袁鬼はそう言いながら気を取り直し、拳を振り下ろす。スカーは片腕で太郎を抱えながらその場で回転し、攻撃を避ける。だが、袁鬼の指の先が太郎のつけていた首輪に触れ、首輪は千切れて落ちてしまった。

 

「もういっぱつゥ!!」

 

続けて追撃を放つ袁鬼。スカーももう駄目だと思ったその時…

 

「ワンワンワンワンワンワンワンワン!!」

 

太郎が怒りの形相になり凄まじい剣幕で吠えたてた。そしてそれに怯んだ袁鬼の喉元へ噛みつき、牙を突き立てる。

 

「こっ、このクソ犬がァァ!!」

 

袁鬼は叫んだ。太郎を今すぐに引き剥がしたいが、しっぺい太郎に対する恐怖心が一気に湧いてきた所為で太郎に触れることができない。代わりにその場で飛び跳ねながら振りほどこうとするも、太郎は決して袁鬼の首から口を離さなかった。

 

「太郎…オマエ…」

 

スカーが太郎を見ていると、その周囲には騒ぎを聞きつけた里の人間たちがぞろぞろと集まってきていた。

 

「なんだあれは…!」

 

「アイツだわ!アイツが最近若い子ばかり攫っている妖怪だわ!」

 

ひとりの女性がそう言うと、里の男たちが石や食器を次々と袁鬼に向かって投げつける。その光景を目撃したスカーは奮い立ち、その場で立ち上がった。

 

「おうおうおう!!犬っころや弱っちい人間どもも戦ってるってのにヨ、このスカー様が何もしねぇわけにャいかねぇだろーガ!」

 

「離れろォ!!」

 

だが、ついに太郎は力尽き、袁鬼によって振りほどかれてしまう。袁鬼は自分へ向けて無謀な攻撃を繰り返す人間たちに目をつけ、吠えながら両腕を広げて襲い掛かる。

スカーは左手に持った左腕を上げて指先を天へ掲げ、そこへ全身の電気エネルギーを集中させる。心なしか空にはゴロゴロと雷雲が現れたようにも感じられ、次の瞬間には特大の落雷が袁鬼へ命中していた。

 

「ぎいいやあああああああ!!」

 

袁鬼は叫び声をあげ、その場で硬直する。スカーはそのまま袁鬼へ突進し、その胸を腕で貫いた。

 

「カ…はああああ…テメェ…!」

 

そして、さらにもう一撃の雷を刺したままの腕に集中させると、その電撃は体内から袁鬼の肉体を破壊し、やがて袁鬼は焦げるようにして煙となって消えていった。

 

「ふう…」

 

「そこの人!ありがとおおおおおお!!」

 

「おわっ、なんだヨ!?」

 

里の人間たちを困らせていた妖怪を退治してくれたスカーへ賞賛と感謝の声が次々と投げかけられる。それに対してポカンとしていたスカーであったが、何故かその胸中には何だかよくわからない充実感が生まれていた。

 

「そうダ、太郎…!」

 

スカーが辺りを見渡すと、足元には舌を出している太郎がいた。

 

「悪かったナ、下手だけど直してやるヨ」

 

千切れてしまった首輪を何とかつなげてもう一度首へ巻いてやる。すると、太郎は礼を言っているかのようにスカーの手を一舐めし、自分がいつも座っていた場所へ目指してゆっくりと歩いていくのだった。

 

(…さっき、ワタシはあの犬と自分が同じだと言ったガ、それは違うナ…。だって太郎の瞳には…いつでも空が映っていたかラ)

 

太郎は今は亡き主人を見ているのではない。その目はどこまでも無限に続く空を見ていた。自分自身も、いつまでも過ぎ去った人間に固執しているわけにはいかない。死んだ人間は戻らない。自分もこれからの事を考えようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

ヒュウウウ… ドン!!

 

踵を返したスカーの背後に、何かが降って来た。それは凄まじい音と衝撃を立てながら地面に命中し、土ぼこりを立てる。ゆっくりと晴れてゆく煙の中にいる人物の姿を見たスカーは、すぐにそれが誰なのか理解できた。にわかには信じられなかった。姿や雰囲気こそ以前と大きく違っているが、それでも間違えるはずがない。

 

「シロナ…!!」

 

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