───それは、何てことはない在りし日の出来事…
シロナがまだ幻想郷で暮らしていた頃、永遠亭でバーベキューをさせてもらった。永琳や輝夜、そしてスカーは屋敷の縁側で休み、庭のバーベキューセットの傍にはシロナ、史奈、そして和解したばかりのキヨヒロが集っていた。
「ねー、そっちのやつ焦げてるよ?」
「キヨヒロくーん、それまだ焼けてないよ?」
シロナと史奈は椅子に座って皿を持ったまま、忙しなく野菜と肉が刺された串をひっくり返しているキヨヒロに向かってそう言った。
「うるさい!文句を言うなら自分の食べる分は自分で焼いたらどうだ!?」
キヨヒロはそう怒鳴り声を上げた。
「じゃあしょうがない、私がいっちょ替わりますか!」
シロナは袖をまくり、キヨヒロに変わって次々と串をひっくり返す。だが、ゆっくりとしか焼き目がついていかないのを見てじれったく思い、史奈に頼んだ。
「史奈ちゃん、あとお願い…」
「まかせて!妹紅ちゃん、いくよ」
史奈は自身に憑りついている妹紅の力を使い、鉄板を熱している炎の勢いを急激に高めた。
結果、鉄板そのものが炎に包まれ、凄まじい勢いで具材が焼けるどころか燃えていく。
「ああ…楽しみにしてたお肉が…」
シロナと史奈は、焦げた肉が乗った皿を見て呟いた。
「「ぐえーッ、マズイ──!!」」
それを齧ってみてもやはりサクサクした食感と墨の味しかしなかった…。
「私をここへ連れてきてどういうつもりよ?」
シロナが史奈に手を引かれてやってきたのは、迷いの竹林の内部に位置する永遠亭だった。
部屋の中に連れられたシロナは椅子に座り、史奈から手当てを受ける。
「別にいいって、私はこれくらいすぐ直る…」
「え?そうなの?」
だがシロナは腕を振り払い、そっぽを向いた。
「…ねぇ、私の事わかってるよね?」
前まではあれほど仲が良かったシロナが、こんなにも素っ気ない態度を取ったことに不安を感じた史奈が思い切った様子でシロナにそう聞いてくる。
「いいや、知らないしわからない。気を悪くしないで…私に3年より前の記憶はないの」
しかし、ミラと出会う以前の記憶を失っているシロナには、史奈の姿を見てもピンとこなかった。史奈はショックを受けたように顔を伏せる。と、そこへ紫との戦闘から離脱してきた永琳が何事もなかった様子でやってきた。
「シロナは記憶喪失なのよ」
「それは分かってるけど…」
「シロナ。何があったか、よかったら話してくれない?」
永琳はシロナにそう言った。
「は?なんで私があなたたちに自分の事を喋らないといけないのよ」
「私は石病の正体をある線まで突き止めている。それと交換…なんてどうかしら」
石病。数日前に幻想郷で発症が確認された謎の病。まず発熱や体の各部の関節痛に始まり、症状が悪化すると関節部が全く動かなくなり最後には全身が石のように固くなって意識不明となる。幻想郷へ帰って来たシロナが外の世界から病を持ちこんだとされているのだ。
「…まあ、減るもんじゃないし…。大事故に巻き込まれたって言う私が目を覚ました後からのことよ」
シロナは全てを打ち明けた。人造人間を破壊するために活動している記憶兵器の仲間になったこと、そこで起こった戦い、パオズ山での戦い、死んでいった仲間の事。
「というわけで、私はここへやって来た。あのスカールを破壊するために…」
シロナの壮絶な戦いの話を聞いた史奈と永琳は、静かに察した。光の反射しない、シロナの深く沈んだ瞳の奥には彼女では抱えきれない程の無念と悲しみが秘められていることを。
(だからこそ、この子にはやっぱり…)
永琳はそう思うと、口を開く。
「っていうことらしいですよ、スカーさん」
「え!?」
その時、突然に腕を組んで寝そべった姿勢のスカーが何もない空中に浮かんだ状態で現れた。シロナは咄嗟に右腕をカッターの刃に変え、威嚇しながら叫ぶ。
「なんでお前がこんな場所にいる!?」
「まあまあ落ち着いてシロナちゃん!」
史奈がそんなシロナを後ろから止める。
シロナは仕方なく刃をおろすが、それでもスカーに対しては並々ならぬ敵意を込めた視線をぶつけている。
「…なぜお前がここにいるんだ?」
「オマエに何があったのか聞き出して笑ってやろうと思ってヨ…」
「なにぃ…?」
「私が先に客人として呼んでたのよ。姿を消してたから、いると気付かなかったの」
永琳はそう言うと、真面目な顔でシロナを見る。
「それで、聞いてほしい事があるの。今人里を脅かしている奇病、”石病”について…」
「…話してちょうだい」
「主な症状はもう聞いたかしら?発熱や関節痛に始まり、それから約2日間経たぬうちに体が石のように硬化し、意識もなくなる…。私は初期の患者を診た時は、やはりウイルスによる病かと思った。すぐに症状を和らげる薬の調合に取り掛かったけども、体が硬化した患者には既に効果が無かった…何とか薬の投与が間に合った患者は入院させて経過を見ているけど…」
どうやら永遠亭の病棟の方にはいっぱいに患者が入院しているらしい。
「すぐに患者からウイルスを採取して解析に乗り出そうとしたんだけど、一度患者の体内に入ったウイルスは神経組織と深く融合して採取することができなかった。だけどその正体はウイルスではなく、人の体に寄生して影響を及ぼす微生物であると分かった。人の体内に付着すると剥がせないけど、他人に感染する際のみ宿主から離れていく。もちろん、そんな都合のいい生物が自然で生まれるとは思えないし、今のシロナの体からも検知できない」
永琳はこの寄生型微生物を拡大した絵図を見せた。それは全身が肉でできたハエかアブのような、気味の悪い外見の生物だった。こんなくだらない虫けらが人間たちを苦しめていると思うと怒りが込み上げてくる。
「じゃあもしかして…」
「そう、何者かが人為的にこの生物を作製し、人に寄生させた疑いがある」
「一体、誰が何のために…」
「それはわからないわ。でも…面白いものを見つけたのよ」
永琳はそう言いながら、ある冊子を広げて見せる。それはどうやら新聞記事のようで、紙面の角が黄色く焼けていることから発行されて結構な年月が経っているようだ。
「何か手掛かりはないかと過去に流行した病気なんかを調べてたんだけど…その中で発見したこれ。74年前に外の世界で流行した伝染病なんだけど、症状も何もかもが一致している。石病という名前も、そこから名付けた。外の世界じゃ数年で沈静化したみたいだけどね」
ピピピ…
その時、永琳のポケットから電子音が鳴った。
「いけない、患者が呼んでるわ…ちょっといってくるわね」
そう言うと、永琳はシロナと史奈、そしてスカーを残して部屋を出て行った。
…3人の間には気まずい空気が流れたが、そんな時にシロナがぼそりと言った。
「アンタらは石病は大丈夫なの?」
「私は妹紅ちゃんが守ってくれるから」
「ワタシは機械だからナ」
「アンタには聞いてない」
シロナがスカーに辛く当たるが、スカーは顔をしかめるだけで何も言い返さない。どうやら、先ほど聞いたシロナの壮絶なエピソードを聞いたせいだろうか。
「シロナちゃん、保存用の乾パン食べる?」
「…いただくわ」
シロナは受け取った缶詰を素手で開け、中の甲板を取り出して口に入れた。
「…まあ、不味いな」
「ごめんね、食べ物はみんな患者さんたちに回してるから…」
咀嚼した乾パンを飲み込んだシロナ。だが次に、シロナの口からは衝撃の言葉を口にした。
「まあ、でも…バーベキューの時の焦げ肉に比べたら、ずっとマシだけどな」
「「え…?」」
史奈とスカーは同時に驚きの声を漏らした。
「焦げ肉…って、ほんとにあの時のバーベキューの…時の事だよね…!?」
「まさカ、オマエ、記憶ガ…!」
「もう戻ってるの?」
「だったら、何だって言うのよ」
背中を向けながらそう言い放ったシロナを前に、ふたりはそれ以上追及できなかった。
「私が記憶を思い出したら、今の状況が何か変わるのかよ。私の為に命を捨てた人たちが戻ってくるの?それでアンタたちが救われたとしても何も変わらないだろう。記憶なんて、悲しいだけよ…」
(…でも、シロナちゃん…すごく苦しそうだよ?)
ゴゴゴゴゴゴ…
「何の音だ?」
その時、どこからかすさまじい轟音が響いてきた。同時に地面が揺れ、突風で建物が震えている。シロナ達は急いで外に出ると、そこで驚愕の光景を目にした。
体長が15メートルはあろうかという巨大なロボットがそこにいた。鏡のように滑らかな光沢を放つずんぐりとした銀色のメタルボディに、両手は蟹のようなハサミ状で、蛇のような尻尾をくねらせている。さらに、頭部と思われる場所は透明なケースで覆われ、その中は沸騰する液体で満たされている。その下には目の役割を果たしている赤いレンズが爛々と輝いている。
ロボットは眼下に永遠亭があることに見向きせず、シャッターのように開いた口の中に赤いエネルギーを充てんし、その直後にレーザー光線を発射した。
光線は着弾した地点を高熱で溶解し、赤熱するマグマがドーム状に盛り上がる。そして、その後にとてつもない爆発を起こした。
「きゃああああっ!!」
その衝撃と爆風によって永遠亭の屋根が吹き飛ばされ、壁が一部倒壊する。病棟の方から一般人の恐怖の悲鳴が聞こえてくる。中には、小さな子供が泣き叫んでいる声も混じっている。
その瞬間、シロナはロボットをにらみつけ、全身にオーラをみなぎらせる。今まで全部消していた気を一気に開放する。その気は今までスカーや史奈が知っていたシロナの力とは大きくかけ離れていた。
「シロナちゃん、どうする気…!?」
「…アイツ、子供を泣かせた…」
そう言うと地面を蹴り、一瞬にして跳躍してロボットの目の前まで移動し、その拳を振りかぶる。
「ウラアアアアアアア!!」
それを見た史奈は安心した。「アイツ、子供を泣かせた」、そう言って怒ったシロナの目は、自分が良く知る以前のシロナのものと変わっていなかった。いくら辛い出来事に遭って深い悲しみを背負っていても、シロナの根底は何も変わっていない。弱い者の為に怒り、いくらでも強敵に立ち向かえる。
(シロナちゃんだったら、どんなクソな状況も何とかしてくれる!)
シロナの拳がロボットのボディにヒットし、大量の火花が散った。