…これより語るのは、うつけ者のどうしようもなくつまらなくて、くだらない過去の記憶───
私は、レッドリボン軍の工房で目を覚ました。隣には、人造人間4号と5号がいた。
私は兵器として人間の代わりに戦う人造人間として造られた。造物主たる科学者、そして軍の上官である人間に言われるがまま、戦場で人を斬り続けた。
「た、助けてくれ…」
「痴れ者が、恥を知れ。戦場にて敵に命乞いとは」
血で刀が錆び、戦場の硝煙で傷むと自分で刀の手入れをした。やがて、もっとたくさんの人間を殺して戦に勝てるように、虚空に向かって刀を振るうだけで人を斬る機能を与えられた。しかし、誰も私の体の中を見てはくれなかった。当時の私は自分の機構を自分でメンテナンスできるほどの器用さも知能もなかったからだ。
それもあって、30年余りの時が経過する頃には、目に見えて関節の錆びや軋み、思考器官の乱れを実感するようになっていた。
…しかしそんな折、彼女が現れた。
「やあ。今日から私が君専属についた機械整備士だよ、よろしくねー」
「ふむ、よろしく頼む」
「じゃ早速中を見てみようかねー、スリープモードにするよ」
「え?」
「うん、もう関節とエネルギー炉がボロボロだね。傷ついたらすぐに修理しないと。君たちは私たち人間と違って、人の手を借りないと怪我も治らないんだから」
良い手際だった。私はあっという間に眠りに落ち、各部の関節を取り外された…という感覚だけをおぼろげに味わった。しかし、不思議と悪い心地ではなかった。
次に目が覚めた時には、体の軋みや重さが嘘のように消えていた。
「はい、終わり!」
「素晴らしいな。心なしか生まれ変わったような気分だ、感謝する」
「そう?じゃ、お礼に備品の買い出し手伝ってよ。ひとりじゃ多すぎて持てないんだよねー」
「はあ…?」
町に出る時さえ、彼女は顔に黒い油の汚れをべったりとつけたまま、作業服姿を気にもしない。おそらく、普通の感性を持つ人間であれば不潔だと嫌悪するだろう。
「ちょっと…やめてよ!」
そばを離れていた隙に、彼女がガラの悪い男に絡まれているのを見た時、冷たい怒りの感情が体内を巡り、私は思わず刀の柄に手をかけた。
しかし、すぐに柄から手を離し…
「やめないか」
と、一声かけるだけに留めた。
以前の自分であればすぐさま斬り伏せて黙らせていただろうが、この場で人など斬ろうものならたちまち騒ぎとなり、軍の関係者である彼女にも迷惑が被るという考えに至る事が出来たのは、きっと彼女のおかげだろう。
その後、すぐに紛争地の戦に編成された。だが…
「私としたことがしくじった。榴弾の破片を腹に受けるとは」
私の左腹部が吹き飛び、左足ははるか遠くに転がっているのが見える。私にトドメを刺そうと、手投げ弾を振り回した敵兵士たちがこちらへ向かってくる。
「ここまでか」
口ではそう言うものの、私の体は必死に生き延びようと地面を這っていた。何故かは知らないが、この状況に陥って急に彼女の顔をもう一度見たくなったからだ。また、彼女の工房へ戻って自分の体を修理してもらいたい。
…そのまま、どれくらいの時間が経っただろう。気が付いた時には、私は軍の工房で寝かされていた。
「よかった!目が覚めたんだ!」
体内のエネルギー炉で作り出される偽物の体温ではなく、柔らかくて血の通った正真正銘のぬくもり。それに包まれるような抱擁を受け、私は無事に帰って来られたのだと理解した。
彼女はきっと滑稽だと笑っただろう。単なる鉄の塊に合皮を被せただけの人形が、人間を慕うなど。体の強度、思考の速さ、寿命…どれをとっても人間を上回るはずの人造人間が人間に慕われたいと思うなど。
だが、それが叶わぬと言う事は理解できる。私は、ただそっと彼女の幸せを守りたいと願うようになった。私が無限に作り鍛えられるこの刀は、彼女を守るために振るおうと。
だが…
「レッドリボン軍総本部襲撃ィ~!!レッドリボン軍総本部がピッコロ大魔王を名乗る者によって壊滅された模様!!」
その日は、戦場で散っていった友たちの墓参りをしていた。
その知らせを聞いた私は、風のように走って総本部へ戻った。途中、何回も転んだり岩にぶつかったりしてボロボロになった。
ピッコロ大魔王とは何なのか知らないが、きっと彼女も他の整備士たちもとっくに避難しているはずだと思い込もうとした。有事の際には、非戦闘員を優先して退避させるよう兵士たちは訓練されているからだ。だが、敷地内に入ったとたんにそこらかしこで倒れている兵士たちの死体、破壊されて煙を上げる戦闘機を見るたびに嫌な予感が全身を支配し、エネルギー炉が早鐘のように蠢いている。
「3号、戻ったか!お主も拙者らと共に防衛に参加せよ」
そこには同時期に造られた4号と5号がおり、共に本部の防衛に努めていた。
「邪魔だ、どけ。私は工房を防衛する」
「それは悲しくも命令違反だ、3号よ」
「3体でまとまっていても意味がない、3体ともバラバラに行動すべきだ」
私はそう言うと、4号と5号を置いて工房へ足を進めた。
このような状況になっても、やはり一番に頭に浮かぶのは彼女の事だった。頼むからここから逃げていてくれ、頼むから無事でいてくれ。
カッ… ドン!!
次の瞬間、凄まじい揺れと熱を感じ、閃光が走ったかと思うと、目の前が真っ暗になった。
「どれだけ…時間が経った…?」
私が何とか瓦礫の間から這い出た時には、既に月の形状から見て3日以上は経過しているようだった。私は煙を吐き出してぎこちなくしか動かない壊れかけの体を引きずって瓦礫の山を転がるように降り、かつて工房があった方へ向かっていった。
既に、爆発が起こる前に軍の非戦闘員用の緊急脱出車は全て出発していたのを見た。つまり、彼女もとっくに逃げていたという事になる。私は安堵し、彼女が無事ならそれでいいと、そのまま永久の眠りに就こうと膝から崩れ落ちた。
「あ…あああああ…」
しかし、私は見てしまった。膝をついてうなだれた時に、砕けた眼球で辛うじて見えたもの、良く見慣れた作業靴を。
そこには彼女がいた。両足があらぬ方向へひしゃげ、背中を瓦礫に押しつぶされて息絶えている彼女の姿が。それだけではない…彼女の腰には銃創があった。
きっと、彼女は他の整備士たちと共に脱出車で逃げようとしたに違いない。だが、他の何者か達によって銃で撃たれ、車を奪われたのだ。が、彼女だけは銃撃で死ななかった。這ってでも逃げようとしたが、両足が潰され、さらに背中への瓦礫の落下でトドメを刺された。私はその状況を想像したとたん、自分の中の何かが燃え尽きて灰となり、完全に闇の中へと溶けて消えていった。
どれだけの時間、闇の中にいただろう。再び目覚めた時には、私はスカールの僕となっていた。人造人間1号ことスカールという者の一派がレッドリボン軍総本部の残骸から壊れた人造人間をサルベージし、新しいスカールの僕として改造し復活させたのだ。
過去のほとんどの記憶を失った私はスカールの手下として活動した。同様に復活した4号と5号と共に。
しかし…私の中で何かがそっくり抜けて穴が空いているような気がしていた。その穴の正体が何なのか分からないまま、私は動き続けた。私はそれは強さなのではないかと思い、ひたすらに強さを求めた。強くなければ…守れないからだ。強くなければ、何かを守れないから…。
やがて、記憶兵器とやらとの決戦に備え、私はさらに強力に改造を施された。しかしそれでも、ぽっかり空いた穴が何なのか分からないまま、私は粉々に破壊されて再び闇の中に沈んだ。
だが、愚かしくも、またしても私は復活した。人造人間2号ことハーレクインが消え去るスカールの居城の中から私のコアメモリとエネルギー炉を回収したのだ。私は4号と5号のエネルギー炉を取り込み、さらなる改造によって以前よりもかなり強くなって蘇った。
…が、結果はこのざまだった。
もう守りたいものなどとっくに存在しないというのに、大切なものが一つも残っていない世界で生き長らえたかったわけでもないのに、無意味な殺戮を繰り返し続けた。生きた屍みたいだった。うつけ者の悪魔のようだった。
それが、私のどうしようもなくつまらなくて、くだらない”死んだバラと悪魔のはなし”だ。
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2度目の落雷を受けたクウザンは内部から体を焦がされ、外皮がボロボロと焼け崩れていく。しかし、体はほとんど崩壊しているというのに、クウザンは刀をスカーに向けたまま決して膝をつかなかった。
(まだ…膝はつかない…膝をついたら…また…見えてしまう…)
棒一本になってしまった片足でフラフラと歩き、折れてひしゃげた腕で刀を振り上げる。
「コイツ…まだ動くのかヨ…!」
スカーは次なる電撃を放とうと額に電気を集中させる。
──クウザン、もういいんだよ
クウザン…それは彼女にだけ呼ばれていた人造人間3号の名前だった。クウザンは耳元でそっと囁かれると、原形をとどめていない顔に微かな笑みを浮かべた。それを見たスカーは電撃を放つのを一瞬躊躇った。
次の瞬間、クウザンは振り上げていた刀を自分に向けて振り下ろし、無数の渦状の斬撃を発生させた。超至近距離で放たれた斬撃はクウザンの体を細切れにし、その場には積み重なった残骸だけが残った。
「…最期は自分で自分ヲ切り刻みやがった…一体何がしたかったんだコイツは?」
スカーは怪訝な顔でクウザンを一瞥すると、今度は先ほどシロナとコーチンが消えていった天井の先を見つめ、一気に跳躍して上の階へと突入した。
しかし、そこにはカタパルトのような発射台が設置されているだけで、何もなかった。あるものといえば、煙の臭いくらいか。
「シロナはどこへ消えタ?」
スカーが辺りを見渡しながらそう言った。
「恐らく、この地球の衛星軌道上に浮かぶビッグゲテスター本体へ向かったのでしょう。ここには宇宙ポッドが”2台”あったはずです」
サニーが答える。護衛軍たちは、押し付けられた雑用の一環としてこの宇宙船発着場の整備をしたこともあるので、様子を知っていた。
「チッ、さすがにもう間に合わんカ…。宇宙ポッドとやらはもう無いもんナ?」
「もうありません。既にシロナの体を乗っ取ったウィローはビッグゲテスターへたどり着いてしまっているでしょう」
と、アールが答える。
「んじゃア仕方ねぇカ…今のこの力でレイムをぶっ飛ばしに行くヨ!」
「はい!」
とりあえずシロナを追う事を諦めたスカーは、新たに得た力を使ってレイムを止めるため、この研究所を後にするのだった。
猗窩座…