スカーがクウザンと戦っていたころ、幻想郷を守るためにひとりでレイムと戦っていた豹牙天龍。
天龍はレイムに対してほとんどまともなダメージを与えることはできていないが、逆にレイムからの攻撃を受け続け、気もかなり小さくなり相当体力を消耗していた。
双方の実力の開きから言えば、とっくに一撃で天龍が粉砕されていてもおかしくないほどの歴然とした差があることは確かだ。しかし、レイムはいまいち天龍に対して攻めきれずにいた。
「ちょこまかと鬱陶しい…!」
レイムは天龍に向けて連続でエネルギー弾を発射する。しかし、10倍界王拳よりもさらに強力な20倍界王拳を発動した天龍は周囲を鋭角な動きで縦横無尽に駆け回り、それを避け続ける。そのまま、攻撃の合間を縫ってレイムへ接近し、天龍も気功波による攻撃を仕掛ける。
レイムは全身から波動を放ってそれを打ち消し、天龍を睨みながら口の中に青紫色の火炎をくすぶらせる。レイムが吐き出そうとしている炎には周囲一帯を焼き尽くすほどの威力が込められていると感じ取った天龍は慌てて距離を取る。
ボゴッ!
が、突然天龍の背後の地面から白い巨大な物体が飛び出し、しなりながら天龍を串刺しにしようと襲い掛かった。レイムが自らの霊尾を地面に潜らせ、口に溜めた炎に注意を向かせている間に地中から奇襲を仕掛けたのだ。
「なっ…!」
咄嗟の事で硬直する天龍。しかしすぐに頭を切り替え、地面に向かって気功波を撃つことにより、その反動で素早く上へ退避する。外れた霊尾はついさっきまで天龍が居た場所で渦を巻くように滅茶苦茶に回転し、再び地面の中へ潜ると地割れを引き起こした。
天龍はゾッとした…自分の行動が1秒遅ければ、自分はあの場所で木っ端みじんにされていただろう。
(チ…外したか…。まあいいわ…)
レイムは9本の霊尾を展開し、それぞれ振り回しながら天龍への攻撃を再開する。しかし、天龍は全くスピードを落とすことなく、それを躱し続ける。
「いつでも勝てる」、その確かな手ごたえが無意識のうちにレイムの攻撃の手に粗を生む。あるいは、天龍の気迫に圧倒されているのか。そのどちらの可能性もあるはずだが、いずれは確実にレイムに軍配が上がる勝負であることは正しい。
(俺はまだ闘える…!やっと、やっとカカロットに近づけている…!)
アドレナリンの大量分泌によって自身は絶好の状態だと錯覚するも、10倍、そして20倍の界王拳を長く使用している反動ダメージ、直撃はせずともじわりじわりと毒のように天龍の命を削るレイムの猛攻、それらによって天龍の命の灯火は徐々に刻一刻と、小さくなり続けているのだった──
「太陽拳!!」
その時、視界を真っ白に覆うほどの閃光があたりに放たれた。
「か…!?な、なによ一体…!」
目を焼かれ一時的に視力を失ったレイムは動揺し、手で目を覆いながら霊尾を滅茶苦茶に振り回す。
その隙にどこかから颯爽と現れた影が、同じく視力を失っている天龍を抱きかかえた。
「何かいるな…?逃がすか!」
だが、目が見えずとも何者かが現れた気配を感じ取ったレイムは、霊尾を振るってその何者かを叩き殺そうとする。
「もう、ひとりで何やってるんですか天龍さん!」
「その声は…美鈴か…」
天龍は、この光を放ち、弱った自分のもとへ駆けつけてくれたのが紅美鈴であると気付く。美鈴は自分をさらに鍛えるために外の世界へ修行の旅に出たきり、天龍とは一度も会っていなかった。
「…あの見た目だけ霊夢っぽい邪悪な者は貴方では勝てない…それくらいは自分で分かるはず」
美鈴は天龍を抱えたまま、襲い来るレイムの攻撃を避けながらそう言った。すると、天龍は歯を食いしばりながら悔しそうな表情で言った。
「確かにそうだが…それでは俺に幻想郷を任せてくれたカカロットに向ける顔がない…!」
その言葉が流れた瞬間、レイムが闇雲に放っていた攻撃がほんの数秒の間のみぴたりと止んだ。これをチャンスと見た美鈴は天龍を抱えたまま全身から激しいオーラを噴射しながら高速でこの場から飛び去っていった。
レイムが視力を取り戻した時には、既にその場に美鈴と天龍の姿は影も形もなかった。レイムは悔しがるでも追おうとするでもなく、ただ黙ったままゆっくりと地面に降り立つ。
「ッ…!」
ぞわっ…
だが、その直後にまるで冷たい風にでも背筋を撫でられたかのように全身をガタガタと震わせたのだ。その強張った表情は、何かに怯えている様子だった。
───もう何年前の話になるだろうか。
確か、18年も前になるか。私はビッグゲテスターとドクターウィローの頭脳によって、薄暗い部屋の試験管の中で生まれた。そして私が生まれた理由…それは、ウィローが最強の生身の肉体を”造る”ことを実行したがゆえだった。
コンピュータが私に教えた…ウィローは幻想郷で博麗霊夢やカカロットといった戦士たちの肉体を奪うことに悉く失敗した。その主な原因は戦士たちの意志や精神が強靭すぎたがゆえに入り込む余地が無かったためだ。そこでウィローは考えた…では初めから意志や精神など持たぬ、空っぽで最強の肉体を、初めから人格を移すためだけの”器”を造ってしまえばよい、と。
早速、ウィローはビッグゲテスターの科学力を利用し、宇宙から幻想郷へ向けて小型スパイロボットを送り込んだ。ロボットは博麗霊夢を初めとする幻想郷の戦士たちの細胞、幻想郷の妖怪と生物数種類の遺伝子情報を採取し持ち帰った。
そうして、博麗霊夢のクローン体をベースにして、採取したそれらの遺伝子情報を組み込んで造り出されたのがこの私だった。全ては、ウィローにとって最強の器となるためだけに…。
しかし、ウィローは試験管から培養カプセルに私を移動させる際、気が付いた。この私には既に固有の精神と人格が生まれ、脳に定着していることに。研究と計画は失敗に終わった…ウィローは憤りながら私を宇宙空間へ放逐した。
だが、ウィローには誤算があった。それはこの私の成長スピード、そして環境適応能力を大きく見誤っていた事だ。私は宇宙空間にて急激に成長するとともに自力で地球へ到達し、そのまま幻想郷へ侵入した。全ては、自分のオリジナルともいえる博麗霊夢をこの世から抹殺するためだった。私は憎んだ…まっとうに生きているであろう博麗霊夢へ並ならぬ憎悪と殺意を滾らせた。
私が博麗霊夢の住処へたどり着いた時には、私が生まれてから数年の時が経っていた。さぁ、どうやって博麗霊夢を殺してやろうか…。当時の私は今よりもまだ格段に弱かったが、それでもデータ上の博麗霊夢を殺すことは十分に可能だった。
だが、博麗霊夢は誰かと共にいた。ひとりはデータでのみ知っていたカカロットという男。もうひとりはデータには存在しない小さな者。カカロットは私が敵意を見せたとたん、鬼のような勢いで迎撃してきた。
もし私にも本能というものがあるのなら、それが大きく告げていた。「逃げよ」と。
私は逃げ惑った。圧倒的な強者から繰り出される暴力から。私は知らずの間に叫んでいた…無様に、愚かしく。赤子のように泣き喚いていた。
(そうだ…あの時だった。私がこの世に生まれ出でてから初めてあの感情を持った…そう、『恐怖』という忌々しい感情を)
それが今、カカロットという人物の名を聞いて再び蘇った。あの時の痛み、焦燥、足の震え…鮮明に呼び起こされる。
あれから私は数多もの並行世界の幻想郷へ渡り、行く先々でその時空の博麗霊夢を倒し、幻想郷を絶望の底へ叩き落とし、滅ぼしてきた。10年以上、それを繰り返して遥かに力をつけ、私は元いたこの世界の幻想郷へ戻った。博麗霊夢を今度こそ叩き殺すために…。
だが、もう博麗霊夢はこの世から消えていた。カカロットもそうだ。しかし、それでも本能に刻み付けられた憎しみも、そして恐怖も消えずに、たった今ぶり返した。
パチン
レイムは指を鳴らした。その時には既に震えは止まっていた。
すると、そこへ現れたのは、黒い三角帽と黒いマントを纏った、紫色の長い髪を持ついかにも魔女のような風貌の女だった。
「マリサ」
「何か用か?レイム」
「シロナの死体を探せ。生きていたら完璧に命を消せ」
「おいおい、自分の不始末を私に任せるのかよ?」
マリサがそう軽口をたたいた瞬間、レイムの霊尾の一本が素早く伸び、マリサの首を締め上げた。マリサの足が地面から離れて宙に浮き、口から血が流れ始める。
「余計な口を叩くな。お前は私の命ずることのみすればいい、私の言う事が正しいのだ」
「わ、分かってるさ…レイム…」
レイムはマリサを解放する。
「はやく行きなさい」
「ああ、行くよ」
マリサの姿は一瞬で消えた。それを見届けると、レイムは口元に青い炎を燻らせながら空に浮かび上がり、幻想郷の景色を憎々しげに睨みつけた。そして、口から特大の火柱を吐き出しながらどこかへ飛び去っていくのだった…。
時間はやや遡り、地球の衛星軌道上に浮かぶビッグゲテスターに、助手のコーチンと共に二人乗りの宇宙ポッドで向かった、シロナの体を乗っ取ったドクターウィロー。ふたりはついにビッグゲテスターへと足を踏み入れていた。
「ドクターウィローよ、本当にメインの脳を壊してしまうおつもりか?二度と肉体へ人格を移す事ができなくなり、一度死ねば終いになってしまいますぞ」
「言っただろうコーチン…この世にわし以外のドクターウィローはいらぬ。よって私直々に、今のこのパワーでこの世から消し去ってやる」
ふたりは一面に銀色の光沢を放っている廊下を抜け、大きな広間へ抜けた。
「こ、ここは…」
コーチンが驚いた反応をする。
この場所は、太陽の光が降り注ぎ、草が風に揺れ、虫の鳴き声が聞こえる。目の前には煉瓦でできた大きな家も聳えている。そう、ここにはどこかの家とその庭先が、建物の内部に再現されているようだった。
「出て来い、わしよ!ここに居るのは他ならぬこのわしが知っているぞ」
シロナの体を奪っているウィローは邪悪な笑みを浮かべながらそう言った。
すると、玄関がゆっくりと開き、中から大柄な体格をしたひとりの男が姿を現した。この男こそが、ビッグゲテスターに保存されている唯一のメインブレインと共にここにいる、ドクターウィローだった。
「わしも、わしがここへ来ることは何となく感じていた。ようこそ…わしの家に」