もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第300話 「幽鬼傀儡、あるいはその愛と再生」

シロナには、ウィローのやるせなさがよく理解できた。

ウィローは小さい頃から、妹とも姉とも呼べるスカールに振りかかる理不尽はすべて自分が振り払う気概だった。彼女をいじめる者があれば、自前の体格とパワーを使って蹴散らしてきた。

しかし、病だけはウィローにはどうしようもできなかった。その身体の大きさも、力もウイルスに対しては全く使い物にならなかった。

 

 

 

ウィローは、病院の庭で曇天の空を見上げたまま立ち尽くしていた。横を人々が通り過ぎていくがそんなものは気にもせずに、ひたすら雨が降り注ぎ始めてもただ立っているきりだった。

 

「俺は…」

 

何もできなかった。ただ自分の無力感に打ちひしがれ、体を濡らす雨も、冷えていく体すら、もはやどうでもいい。

 

「ウィロー」

 

その時、背後から自分を呼ぶ声がした。振り返ったウィローは息を呑み、唇を噛んだ。そこには、かつての親友のゲロの姿があった。髪は汚れていて髭も生えっぱなし、目の下には大きな隈が出来ていて、何日もまともに寝ていない様子だった。そして、その手には何かの薬品が入った小瓶が握られていた。

 

「ゲロ…それは」

 

問題を起こして退学になり大学への進学も取り消された自分とは違い、ゲロはそのまま医大へと進学したはずだ。

 

「石病のワクチンさ、僕がひとりで作った。臨床試験もまだで、使用なんて認められていないが効果はある」

 

ゲロのその言葉は大いに信用できる。ウィローも良く知っているゲロの天才的な頭脳があれば、あの石病の対抗薬さえも作り出せると納得できた。

 

「スカールのために…作ってきてくれたのか」

 

「でも間に合わなかったみたいだね。この間、君には内緒でコーチンさんに連絡を取ってみたんだ。そしたらスカールが石病にかかったって聞いて、急いだんだけど…」

 

「スカールは集中治療棟の中で、誰にも看取られずに死んだ。でも、既に昏睡していたから少しも苦しまなかっただろう」

 

ウィローはゲロを慰めるつもりでそう言った。しかし、その言葉は逆にゲロの怒りの琴線に触れてしまった。

 

「君が!!くだらないことで学校を辞めなければ!!」

 

ゲロはウィローに対して怒鳴る。

 

「いや、僕と一緒に大学へ行けていれば、一緒に研究ができた。僕たちふたりでなら、もっとはやくワクチンを完成させることもできたはずだ!なのに君は一時の感情に身を任せて問題を起こし、何も言わずに去った…」

 

「だ、だが…」

 

ウィローが弱々しい声で反論しようとした瞬間、頬に鈍い痛みが走った。なんと、あの大人しかったゲロが自分の顔を殴ったのだ。鼻から血の筋が垂れ、顎から滴り落ちる。

 

 

『これをここに取り付ければ、肩の可動域を人間と同じにできるんじゃないかな』

 

『そうだな…しかしそうなると、ゴム繊維の筋肉が張り過ぎる。もっと長くしないとな』

 

ウィローは数年前の事を思い出す。ゲロとふたりで、人間に限りなく近いからくり人形を作ろうとした時の事だ。人の体の仕組みをより深く理解するために、人と同じ体機能をからくりで再現したロボットを。

 

『俺のはまだまだ考えなきゃいけない余地がありすぎるな…。それに比べて、ゲロのはすごいじゃないか』

 

ウィローが製作しているロボットはまだまだ完成には程遠いが、既にゲロの作るロボットは大まかな骨組みが完成し、この状態でも今にも動き出しそうなほど完成度が高かった。

 

『いや、まだ駄目だよ。ウィローのように、人体の構造を再現できそうにない。僕のは機械工学に基づく構造を取り入れているからね』

 

ゲロは自分のロボットは自分の家に持ち帰ったが、あれ以降俺は途中で製作を断念し、今も家の倉庫の中に造りかけのものが放置してある。だが…もうあれをふたりであれこれ話し合いながら造ることは無いだろうと確信した。

 

 

「…思えば、俺とお前は今まで一度も喧嘩ってのをしたことがなかったな」

 

ウィローはそう言いながら立ち上がり、ずかずかとゲロに近づいていく。抵抗しようとするゲロの手を強引に振り払いながら、その腹へパンチを喰らわせた。

 

「うぐっ…!」

 

「何故だかわかるか?それはお前じゃ俺に全然敵わなくて、喧嘩にならないからだ」

 

ゲロはうずくまり、呼吸を荒くしている。ウィローの言う通り、親友であったふたりの頭脳は並んでいても、その身体能力には天と地ほどの差があった。

 

「言いたいことは…それだけか…?」

 

ゲロがウィローを睨みながらそう言った。

 

「だったら言わせてもらおう。俺があの日、クソ野郎どもを叩き潰したのはスカールを守るためだ!あのまま放っておいたらスカールの性格上、相手がエスカレートしていって最終的にどうなるかは容易に想像できた!」

 

「だけどそうした結果どうなった!?スカールはワクチンを待たずして死んでしまっただろう!」

 

ウィローは何も言い返せなくなり、黙ってしまう。確かに、自分の浅はかな感情を暴走させた結果、スカールは助からなかったのかもしれない。もしも自分が穏便にあの場を治めていれば、今頃スカールはワクチンを投与されて回復の兆しを見せていたかもしれない。

 

「僕はね…スカールの事が好きだったんだよ。でも、分かっていたさ…スカールが好きだったのは、血のつながっていない双子の君だ」

 

それを聞いたウィローはハッとした。そして、ゲロの顔を見ながら静かに言う。

 

「違うさ…スカールは俺にとって…昔から妹や姉みたいなもので…家族だ。きっと、アイツがそう言う意味で好きだったのは…ゲロ、お前だ」

 

ゲロの顔は影になっていてどんな表情をしているのか分からない。だが、ゲロは何を言い返すでもなく、ゆっくりとウィローに近づくと、その手に握っていたものを差し出した。

 

「これは君が持っていてくれ」

 

ウィローはゲロが作った石病のワクチンを受け取った。ゲロはそのまま後ろを向き、雨の中を歩いてこの場から去っていった。

ウィローはただその姿を見送り、その後、ふたりが会う事は二度となかった。

 

(…待てよ)

 

だがその時、ウィローの頭の中にある考えが浮かんだ。

 

「石病でスカールが死んだから何だ…?居なくなったなら、もう一度造ってしまえばよいのだ」

 

 

 

…それから、幾ばくかの年月が過ぎた。ウィローは医学に関するバイオテクノロジーを研究する科学者の道を進んだが、やや過激な実験や研究が目立ち、その業界からは疎まれていた。

 

「ついに、ここまで来たか…」

 

ウィローは自分の研究室に座るようにして佇んでいる、ひとつのからくり人形を見てそう呟いた。このからくり人形はかつてゲロと共に研究しながら作っていたもので、彼と離別してからはウィローひとりで研究の合間に製作を進めていた。

ここで、ウィローの記憶を見ていたシロナは気が付いた。この人形はスカーにそっくりだった。いや、というよりも石病で亡くなったスカールに瓜二つの姿をしていたのだ。

そう、ウィローは以前作っていたからくり人形をベースに、スカールの生き写しともいえる人造人間を完成させたのだ。

 

「ふふふ…あとは起動させるだけだ…」

 

不気味に笑いながら、猫背の大柄な体で立ち上がってコンピュータの元まで行き、起動プログラムを入力する。

すると、人造人間はゆっくりと目を開け、目の前のウィローを見た。

 

「私がわかるか?今からお前の名前はスカールだ」

 

「おはようございます、我が造物主よ」

 

「おお…私の事は、ウィローと呼んでおくれ…」

 

「はい、ウィロー」

 

シロナは思った。間違いない、この人形はスカールの生き写しとして造られたが、自分が良く知るスカーと全く同じ存在だ。この時のスカーはまだ右腕も残っていて、目の部分にもしっかりと眼球がはめ込まれており、損傷しているような箇所は見当たらない。

新たに造り出したスカールは、料理も家事も、ウィローの研究の手伝いもそつなくこなした。おまけに、そのパワーや身体能力、手先の器用さも遥か人間を凌駕しており、ウィローが新たな技術を完成させた瞬間でもあった。

 

 

ある日、ウィローはスカールを連れて食料や生活用品の買い足しをするため街へ買い物へ繰り出した。

 

「寒くないか?」

 

「大丈夫です」

 

「つまずくなよ」

 

「大丈夫です」

 

ウィローはスカールの前を歩き、たまに振り返って言葉をかける。だが、スカールは淡々と無表情で最低限の言葉を返すのみだった。しかしそれでも、スカールとの失われた日々を取り戻したいウィローにとっては至福の時だった。

ウィローは一時だけ、スカールから目を離して自分の見たい売り場へ行っていた。その間スカールはおとなしくじっとウィローを待っていたのだが…

 

「ねぇお姉さんひとり?今から俺らとお茶でもしない?」

 

そこへ2人組の若い男が声をかけてきた。スカールはそちらへ顔を向けるが、うんともすんとも言わないで黙っている。

 

「あれ、無視?」

 

「ちょっと聞いてる?」

 

次の瞬間、腕の一振りで若者ふたりの胴体が真っ二つに切断され、平和な商店街に血飛沫が舞った。

一方、どちらのデスク用の椅子を買うか迷っていたウィローのところへスカールがやってくる。

 

「おっと、すまないな…待たせたか?つい夢中になってしまったようだ」

 

が、スカールの姿を見たウィローは思わず固まってしまう。その全身は人間の返り血に汚れ、腕の先からは臓物の欠片が滴っていたからだ。思えば、向こうの方が何やら騒がしい。

ウィローは即座に察した。このスカールはやってはならない事をしたのだと。

悪い夢でも見ているような感覚に囚われながら強引にスカールを連れて急いで研究所へと帰る。通報はされただろうが幸いにも自分の姿や顔は見られてはいない。

 

「何故だスカール…なぜ人など殺した!」

 

スカールの肩を揺さぶりながらそう詰め寄るウィロー。しかし、スカールはきょとんとしたまま何も言わない。

 

「人の命を奪うという事が、どういうことか…」

 

「イノチ、って何ですか?」

 

無垢な顔でそう問い返してきたスカールを見て、ウィローは自分がとんでもないものを造ってしまったと気付いた。自分が犯した業の深さを思い知った。

モデルとなった人間と瓜二つの姿で言葉を話し、自由に動くことができるからくり人形。定期的なメンテナンスさえし続ければ永久にこの世に存在でき、歩むはずだった、病気などに奪われた残りの人生を存分に楽しんでほしい。その一心で作り上げたが、どうやら肝心な人間としての感情は持ち合わせていなかったらしい。

そもそも一度死んだ人間を蘇らせようとするのが間違っていた。全ては私の責任だ。

ウィローはスカールの首に手をまわし、そのまま渾身の力で締め上げた。

 

「ぐ…ウ、ウィロー…」

 

「苦しいか?苦しいだろう…息をするように造ったからな。だがお前は、決してあの人のようにはなれない…さようなら、スカールとは違うガラクタよ…いいや、スカー…」

 

スカーとは、かつて顔に大きな傷跡があったスカールが陰で呼ばれていたあだ名である。ウィローは彼女が最も傷つくであろう言葉を発し、抵抗しないスカールの首をへし折った。

事切れ、動かなくなったスカールをその場に捨て置き、ウィローは立ち去った。次の日に警察が訪れた際には既に研究所を捨てて別の場所へ向かった後だった。

 

「間違っていたのは私だ。捨てられたお前は…何も悪くない」

 

ウィローは永久凍土とされるツルマイツブリ山という地に新たに研究所を構えた。その頃には歳をとり自分の診療所を閉めたコーチンが助手という形で彼についてきていた。その場所で、ウィローは愚かだった自分の罪を滅ぼすためにひたすらに研究に明け暮れる。

 

「コーチンよ、我々の研究しているバイオ工学がさらに発展すれば、人類の…そしてその医学薬学にとって多大な進歩となるだろう。心臓を悪くした子供に新たな臓器を…手足を失った兵士に自在に動く生身の義手や義足を…そして独り者をささえる人造人間…全て、人類の進化の礎となる。どうか私が死ぬその時まで、付き合ってくれるな?」

 

 

…しかし、ウィローの記憶はここで終わりではなかった。




今回で300話に達しました。もう4年以上もこの物語について考えていると思うと、やばいですね
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