「…大変な事になったな」
天界に存在する御殿にて、シュネックが重苦しい様子でそう言葉を発した。額に汗をかき、片目を瞑っている。
その周りには、他の5人の賢者が集結していた。悪の賢者であったガーリックを覗く、かつて7つの幻想郷のドラゴンボールをそれぞれ所持していた最高の賢者たちだ。シュネックに続き、食の賢者ヤッメノコ・カムイペ、境界の賢者八雲紫、後戸の賢者摩多羅隠岐奈、山の賢者茨木華扇、教の賢者である三つ目の少女。その中で、紫だけはレイムに負わされたダメージが回復しきってはおらず、隠岐奈の肩を借りるようにして気を失っている。
「全くですね、シュネックよ。この幻想郷に、あのフリーザ以上の脅威が来襲した」
カムイペが真剣な面持ちでそう言った。
「うむ…人間たちは病人も含めてなんとか我が後戸に避難させたが、肝心の幻想郷はこれからどうなってしまうのか。あのレイムと名乗る邪悪な存在は、この地を焼き尽くす気でいるぞ」
隠岐奈が紫を畳の上に寝かせている。
「あのカカロットの娘も奴にやられ、消息が掴めていないわ」
華扇はかつてはカカロットに修行を付けてやっていたこともあり、彼の娘であるシロナの事が気がかりなようだ。
「…私はこんな悲劇の物語は認めない」
三つ目の少女は正座したまま拳を握り、怒りを露わにしていた。
「豹牙天龍や、紅美鈴を初めとした戦士たちも歯が立たなかった…つまり、敵わぬことは承知の上だが、残された矛は我々だけとなった…ということじゃ」
シュネックの言う通りだった。現在の幻想郷で最強の戦士、豹牙天龍たちですら敵わなかった相手に、他の妖怪でも相手にならないだろう。そして、自分たち賢者ももはや戦いの役には立てないはずだ。しかし、幻想郷を創造し、守護してきた者として、最期まで戦い抜くという選択肢を捨ててはならない。
「あの時、カカロットたちが守り抜いた幻想郷を…みすみすあの邪悪な存在に好きなようにさせてやるわけにはいかん。ゆくぞ」
「な、なんだアイツは!」
幻想郷に住まう妖怪たちは、空を飛ぶ青い影を見て喚いていた。青い影は妖怪たちの真上で停止し、そのまま猛スピードで急降下してくる。
「博麗の巫女か!?」
「いや違う…分かんねえ!!」
次の瞬間、そこにいた妖怪の一団はレイムの吐き出す青い火炎によって消し炭となってしまった。
レイムは、生き残った妖怪たちが自分を見上げ、恐怖の眼差しを向ける様子を眺めてにやりと笑った。すると、レイムの血流に力がみなぎり、筋肉が一瞬だけ膨張した。
「私を恐怖しろ、そして憎め」
恐れをなした妖怪は逃げ去り、きっとレイムの存在を仲間たちに知らせるだろう。だが、それがまるで好都合だとでもいうかのように、レイムはさらに口の端を耳まで釣り上げて笑った。
「くく…くははは…カーッカッカッカッカ!!」
楽しそうに歪んだその目は、まるでレイムの内なる巨大な怪物が片鱗を見せているかのようだった。
「さて、次は…」
レイムは目だけを横へ向け、次に体で振り返る。その先には、東の山の上に建つ博麗神社が遠くに見えていた。
「もはやあんなものは必要ない。ここから破壊してやる」
薄く開いた口の中に青紫色のエネルギーが溜めこまれ、それはみるみるうちに大きくなり、同時にレイムの口も大きく開かれていく。ずらりと並んだ釘のような歯が剥き出され、いよいよエネルギー砲が発射された。
それは真っすぐに博麗神社へと向かい、直撃すると、その場ですさまじい爆発を起こした。
「…何だ?」
しかし、レイムは違和感にすぐに気付いた。自分の攻撃は、博麗神社に直撃などしてはいない。その直前に、何らかの障壁に阻まれ、それにぶつかって炸裂しただけに過ぎないと。
「…くっくっく、何度も見た光景だ。幻想郷の賢者共ね」
腕を組んだレイムが言う通り、シュネックを含めた6人の賢者が結界壁を作り、レイムの一撃から神社を守っていた。
「なんて威力じゃ…」
「奴も本気で撃ったわけじゃないのだろうが、それでもこれは何度も受け切れないぞ!」
しかし、その一撃を防いだ結界に力を送り込んでいたシュネックや隠岐奈たちの腕が痺れ、皮膚が裂けて血が流れていた。この分では、おそらくあと数回ほどが限度だろう。
「少し遊んでやるわ」
レイムはシュネックたちがいるであろう方向へ右腕を向け、その手の平から細かなエネルギー弾を連射した。
「シュネック、バラバラに散りましょう」
カムイペがそう言うと、6人の賢者たちは四方八方へ散り、レイムの攻撃をかわした。しかし、レイムは不気味な笑みを崩さず、さらに連射するエネルギー弾は離れた場所を飛行する6人それぞれを追いかけていく。
賢者たちは何とかそれを避けていくも、外れた攻撃は幻想郷の大地へ降り注ぎ、爆発を起こしていく。黒煙が噴き上がり、木々が燃えて地面がめくれ上がる。
「くっ…!」
その様子を見たシュネックは、レイムへ向けて目から光線を放った。
「弱い弱い」
青白い毛に覆われた霊尾を前に掲げ、それを難なく防ぐレイム。さらに右腕を振るって突風の如き衝撃波を発生させ、シュネックを吹き飛ばした。
「ぐあああッ!」
さらに次の瞬間、レイムの姿が一瞬で消えたかと思うと、淀んだ青色のオーラと共にカムイペの頭上へ現れた。驚いて上を見上げ、目を見開くカムイペだが、既に遅く…振り下ろされたレイムの蹴りを受け、眼下に広がる森へ落下していった。
レイムの下から睨め上げるような恐ろしい目が、次なるターゲットである華扇を捉えた。
「くっ…こうなったら…!!」
華扇は自身の右腕を構成していた包帯を解き、帯のように伸ばしていく。そして、どこからか飛んできた茶色く干からびた右腕を巻き取り、自身の右腕としてくっつけた。その瞬間に華扇の体を淡い桃色の閃光が包み、頭に付けていたシニョンキャップを突き破って一対の角が伸び、その姿が変わった。
「ほう…」
華扇は自身の仙界に保管していた右腕を呼び出し、それと合体することで本来のパワーを引き出したのだ。桃色のオーラと共にレイムに向かっていき、肉弾の攻防戦を仕掛けた。華扇が激流の如く繰り出す拳や蹴りの連打を、レイムは押されながらも捌いてゆく。
「大昔に斬られた腕を呼び戻したのか…鬼としての本当の力を得たわけね。しかし…」
だが、華扇の頭上から目に見えない衝撃波が降り注ぎ、その体に無数の拳サイズの凹みができる。華扇は口から血を吐き出し、地上へ向けて落下していく。
「その姿は、並行世界の幻想郷にて既に12回も見た」
恐らく華扇が激突したであろう地表で桃色の爆発が起き、そこで華扇は右腕と分離し、元の姿で気を失っていた。
それを見下ろしていたレイムであったが、今度は自身の背後に何かの気配を感じ、霊尾を振るう。それを受け流すようにして躱して見せたのは、額に浮き出た第三の眼を最大限に開いた三つ目の少女であった。
「私には満足に戦えるほどの能力はない。でも、こういうことはできる」
三つ目の少女は服の中から本を取り出し、それをレイムに対して広げて見せた。次の瞬間、本のページから巨大な虎が飛び出し、レイムに襲い掛かった。
驚きつつも、霊尾を振るった一撃を喰らわせて虎を消し去るレイム。しかし、さらに本の中から現れた骸骨の巨人や龍のような鯉、四足の鳥といった様々な怪物がレイムに向かっていく。
「面白い能力だ、楽しませてくれる」
怪物たちの噛みつき攻撃を全身で受けてしまったレイム。しかし、なんとその怪物たちの方がレイムの膨大な邪気を口内に流し込まれ、頭部が破裂してしまった。
後退する怪物たちに向かって霊尾の一本を向けると、その先端からレイムが使役する傀儡であるウドンゲが分離し、それが放つ無数の弾丸のようなエネルギー弾が全身を打ち抜かれ、煙のように消滅してゆく。
「空っぽの傀儡を使役できるくらいで出しゃばるんじゃないわよ、雑魚め」
さらに、別の霊尾から分離したサナエの攻撃を受け、三つ目の少女は遥か彼方へ吹っ飛ばされてしまう。
だが、残った摩多羅隠岐奈がレイムに休む隙を与えない。レイムの頭上に突如として巨大な「扉」が現れたかと思うと、その扉は開くと同時に降下し、レイムを呑み込んだ。
「ヴァンヴァア」
レイムが入り込んだのは、隠岐奈が自在に出入りすることができる異次元空間、「後戸の国」の中の最深部、最も隠岐奈の神力に満ちている場所だった。
そこには、横向きに蹲った姿勢で、頬が無く歯の剥き出した顔をこちらに向ける本来の姿となった摩多羅隠岐奈がいた。八雲紫が自身の支配する「スキマ空間」内において真の姿を見せたように、隠岐奈も秘神としての真の姿でレイムを迎え撃ったのだ。
「ヴォンヴェアアアア」
隠岐奈の全身から針のように鋭利な触手が伸び、レイムを貫こうと襲い掛かった。しかし、やはりと言うべきか、レイムが霊尾を掲げるだけでそれらは弾かれ、逆にレイムの放つ邪気の波動によって粉々に折られる。さらに波動は隠岐奈自身にも直撃し、全身と口から緑色の血液を噴き出した。
「お前はその醜い姿のまま死ね」
レイムの口元に青い炎がくすぶり、次の瞬間に火柱を発射した。
だが、それが隠岐奈に命中する直前だった。何者かがその場に颯爽と現れ、隠岐奈の体を抱えると再び一瞬で消え去ったのだ。空ぶった火柱は遠くにあった見えない壁にぶつかり、爆発した。
「おっと」
周囲が歪んだかと思うと、レイムは元の場所に戻っていた。
(さっきのは誰だ…?いいや、分かっている…恐らくは八雲紫か)
レイムがそう考えた瞬間、復帰したシュネックが彼女のすぐ背後まで迫り、渾身の力で突撃を仕掛けていた。レイムはそれを片手で受け止めるも、シュネックは勢いを緩めず、レイムの腕が押し返される。
「むおおおおお!!」
「死にぞこないが、楽しませてくれるわ」
「ゲホッ…紫か、助かったよ…」
紫によって間一髪のところを助けられた隠岐奈は、傷だらけの状態で血を吐き出した。まだレイムによって受けたダメージが完全に回復こそしないものの、この場に駆け参じた紫は空で行われているシュネックとレイムの攻防を見ると、小さな声で隠岐奈に囁きかける。
「どうしても伝えたいことがあって」
「伝えたいこと…だと?」
「ええ。さっき、少しだけレイムと戦った時…違和感があったのよ。私は少しでもヤツの動きを鈍らせようと、その全身を結界で包んでいた。まあ効果は全く無かったんだけど、その時にヤツは言った…」
『この未練がましい結界を解きなさい、八雲紫』
「私に『解きなさい』と言った…。つまり、ヤツは
「結界が…弱点…?だが、話を聞く限りヤツはあの博麗霊夢の細胞から造られた人造人間なんだろ?結界に対して耐性を持っていてもおかしくないじゃないか」
隠岐奈の言う事も正しい。レイムの元である霊夢は自力でほとんどの結界を解くことが出来たほか、自身も結界を作ることに秀でた才能を持っていた。
「だからこそよ。確かに霊夢が元だけど、その他に色んな戦士や妖怪の細胞も組み込まれている。その結果、結界に対する耐性が逆転している可能性もあるわ。だから、ヤツを上手い事強力な結界で動きを封じてやることも不可能ではないと思うの」
「…試すのか?」
「もちろんよ、その価値はあるわ。でも今はまだダメ…一番ベストなタイミングは、”ヤツが大きな隙を晒した時”。そのためにはヤツが大きく怯むほどの強力な一撃と、ヤツの動きを制限できるほど強力な結界を用意する必要がある」
「そんなものをどうやって用意するつもりだ?もう頼みのシロナは死んだはずだろ…豹牙天龍や紅美鈴も、ヤツに有効打を与えることはできないぞ」
「いいえ、シロナは必ず生きているわ。そして、もう一度戦ってくれると信じている」
傷だらけの顔だが、真っすぐな瞳でそう言った紫を見た隠岐奈も、何故かその通りな気がしてきた。あのカカロットと霊夢の実の子供であるシロナであれば、その可能性を信じる価値は確かにある。
「強力な結界も、考えだけならある…これもシュネックに話しておかなくちゃ」
「でもこの場はどうする?シュネックも流石にあれ以上は持たないぞ」
「俺に任せろ」
しかしその時、何者かがその場に現れた。
「弱い!弱くてくだらないわ!」
レイムは霊尾でシュネックを殴りつけ、吹っ飛ばした。シュネックは息を切らし、レイムを睨む。既に限界以上の力を使っているシュネックは今にも気を失いかけていた。
「ハァ…ハァ…!我々では…どうしても敵わぬ…!強すぎる…」
絶望するシュネックを見たレイムの体が、またしても一瞬だけ力が漲るかのように肥大化し、元に戻る。レイムはにやりと笑い、片手に青色の気を込める。
「十分に絶望したか?お前たちはやはり虫けらのように死ぬしかないのだ、小さき者どもよ」
「黙れ。さっきから聞いていれば口ばかり達者で、何故すぐに殺さない」
レイムがその声のする方を振り返ると、そこにいたのは…
「お、お主は…」
魔人ウスターだった。かつてこの幻想郷において開催された武道大会にして圧倒的な強さを賢者たちに見せつけた、魔界出身の戦士だ。あのフリーザとの戦いを生き延びた歴戦の猛者で、その絶対的な戦闘力はまさに最強格と呼べるだろう。
「お前はウスターか。確かお前の細胞も、この私の体内に含まれているのよ」
「だから何だ?くだらない事を言いやがる暇があるなら一思いに殺してみたらどうだ?他の賢者共も死ぬほどのダメージは負っていない。何か、こいつらを生かしておきたい理由でもあるのか?」
レイムは余裕の笑みを崩さずにウスターを一瞥すると、背を向けた。
「ふふ、まあいい…雑魚の相手は飽きた。お前たちを殺すことなど後でもできる、ただそれだけよ。この幻想郷をじっくりと死に至らしめてから、お前たちもあの世へ送ってあげるわ」
レイムはそう言うと、ウスターやシュネック達を無視し、遠くへと飛び去っていった。
「ウスター…助かったぞ」
「俺は何もしていない。それよりも、八雲紫が何か考えているらしい。話を聞いてみろ」
幻想郷の賢者たちの力を使っても、やはりレイムを止めることはできなかった。しかし、彼らは信じている…シロナは必ず帰って来て、再び戦ってくれると。紫の考えた策、そしてウスターも幻想郷の戦いに加わったことにより、微かに打倒レイムの光明が射した…のだろうか…?