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4000年以上昔、月の都。
「お前たち玉兎には労働を与える!我々月の民を豊かにするのだ!我々が豊かになれば、お前たちにも恵みが巡ってくるだろう!」
月の民の上級階級らしき者が、平原に集められた玉兎たちの前でそう高らかに叫んだ。
玉兎たちは与えられた仕事…縄を綯ったり、巨石を削りだしたり、それらを使って道路を造ったりといった労働を課せられ、毎日それに明け暮れていた。
「はっ…何が”我々月の民”だよ。もともとここに住んでたのは私たちで、お前らは地上から移って来ただけだろ」
「全くだよな。僕たちの森を切り開いて都を造っても、主にそこで暮らせるのは奴らだけ。むしろ僕らの住処は減って、今じゃこんな荒れた平原に雑な小屋を建てて暮らすしかない」
「しっ、聞こえるでしょ」
遥か昔、月へ移住してきた月の民は、先住民族であったこの”玉兎”たちを発見した。初めは彼らと不干渉の立場を貫き、互いに接点などはあまりなかったが、玉兎の生息域、そして彼らの技術が月の民の発展に有効利用できると気付いたとたん、月の民は玉兎を支配し、彼らを奴隷として扱った。
「このままではなりません!玉兎に対し、まずは清潔な住居を与えます!それから貴族の皆様方の所有する土地を削り、彼らの力を借りてそこへまた新しい居住区を造成します」
議会の席にて、月の民の皇女たる嫦娥姫はそう宣言した。
嫦娥は宣言通りにまともな住居を玉兎たちに提供したうえで労働力として手厚く支援する政策を実施した。
「それは…気に入らぬな…」
しかし、当然月の賢者たちはそうなっては面白くない。賢者たちはどうにかして嫦娥姫を失脚させるため、あの手この手を考え始めるのだった…。
「嫦娥姫様…貴女の御活躍のおかげで、我が月の都は見違えるように発展いたしました。玉兎たちも労働力として毎日活気あふれ、我々に多大な幸福をもたらし、我々もまた彼らに幸福をもたらすことができるでしょう」
賢者のひとりが嫦娥に対してそう言った。
「ありがとうございます。ですが私は当然のことをしたまでですよ」
「左様でございますか。しかし、私は心配でならないのです…」
「心配?何がでしょうか?」
「もしも、貴女様が突然倒れられ、急に死に至ってしまったら…もしも貴女様が突然の事故に巻き込まれてしまったら…もしも貴女様が…今の政策をよく思わない賊によって暗殺でもされてしまったら…」
賢者はうつむきながらそう呟いた。しかし、下からのぞき込むことが出来たとすれば、その顔は到底嫦娥を心配しているとは思えない下卑た表情を浮かべていた事だろう。
「貴女様の事が誇らしいといつも仰っておられるお父上殿…月夜見王にも申し開きができませぬ…」
…かつて月夜見王は、自分たちの民族が地上の世界において生き辛くなると分かるや否や、すぐに月への移住計画を考え、実行した。その実の娘たる嫦娥にも、その行動力が備わっていた。
「もし、八意オモイカネ様…でいらっしゃいますよね?頼みたいことがあります…」
嫦娥は月の民最高峰の頭脳の持ち主にして薬師、八意永琳の元へ向かい…
「な、何ィ~~!?我が娘、嫦娥が禁忌の薬を飲んだだとォ!?」
月夜見王は腰かけていた椅子を叩き壊しながら立ち上がり、声を荒げた。
禁忌である蓬莱の薬は服用すると、魂が自らの存在の主軸となり、肉体に死が訪れても魂が別の場所に新たな肉体を作り直す事で蘇る事が出来るようになる、実質的に”不死身”になれる。賢者たちとの会話で自分が死んでしまった場合を危惧し、嫦娥は不死身となる決断をしたのだ。
「あの薬を造ったのは八意だな?ならば八意にすぐさま効果を打ち消す薬を…」
「しかし、月夜見王…いくら効果を消しても、あの禁忌の薬物を服用した、という事実は変えることができませぬ。まさか、貴殿ほどともあろう者が、己の娘の身可愛さで…罪を不問にしようなどと考えているのではないでしょうな?」
賢者たちに詰め寄られた月夜見王は何も言えず、ただ嫦娥へ刑罰を与える書類に判を押す事しかできなかった。
嫦娥は醜い蟇蛙の姿に変えられ、地下監獄に幽閉される事となった。その後、綿月豊姫と依姫の姉妹が”月の使者”のリーダーとなり玉兎たちを束ねることで彼らの待遇は守る事が出来たが、賢者たちの思惑通り、嫦娥は月の表舞台から姿を消したのだった。
───……
「許せるものか!嫦娥を救い出すためには八意オモイカネ…あの女の頭脳と技術がどうしても必要なのだ!!」
そう叫ぶ月夜見王の言葉を、永琳は船の甲板上から聞いていた。
「くくくっ、嬉しいねぇ…アンタが永琳に執着するワケってのが聞けちまった」
月夜見王の拳を掴んで止めているサザンカは、そう言いながら力を強めていく。
「アンタ、王様なんだよな…?だったらなんで、最低な賢者共を自慢の力でねじ伏せて娘を守らなかったんだよ?」
そして、サザンカは月夜見王の拳を掴んだまま、反対の腕を振り下ろし、渾身のパンチを月夜見王の顔面へ叩きつけた。そのままさらに力を込め、一気に殴り抜けると聖輦船が墜落した方とは逆方向へぶっ飛ばした。
その時、不思議な事が起こった。空は晴れ、朝日が照りだしているというのに、突然空から一筋の雷が落ちたのだ。それはサザンカに直撃し、サザンカは光の球体に一瞬包まれた。そしてその中から光を振り払うようにして現れたサザンカは、すかさず月夜見王を追って飛ぶ。
「なぁ王様…そっちの世界じゃありふれた事なのかもしれねぇけどな…こっちじゃあ突然の事故や病気、生まれつきのハンデ、家族のいさかい…テメェじゃままならねぇ事が山ほどあんだぜ」
(コイツ…何か変わった…?)
吹っ飛ばされながらも、月夜見王はサザンカの変化を感じ取った。
「その点、娘さんはすげぇよ…やりたい事の為に自分の力だろうが人の手だろうが何でも利用した。だがテメェは自分の力に目を逸らして二の足踏んで…自分の居場所すらぶち壊しやがって…!ほんとゴキゲンだぜ、おめえ!!」
サザンカの金髪はさらに鋭く逆立ち、剣山のように天を突く。溢れんばかりの黄金のオーラは互いに衝突し合って弾け、スパークを起こす。
”超サイヤ人2”へ覚醒したサザンカは月夜見王の顎を蹴る。さらにサザンカは追撃を加え、ふたりは殴り合いながらどんどん聖輦船がある場所から離れていく。
(何故だ、この小娘に何が起こった!)
月夜見王は、鬼のようにすさまじい気迫で自分に肉迫するサザンカの攻撃を捌きながらそう思った。
(まだパワーではこの俺の方が上の筈!なのに何故ここまで俺に喰らいつける!?)
「信じられん…ただの地上人が…!この俺は月の王だぞ!?」
「うるせえよ!そっちが月のなんちゃらってんなら、こっちは金色のお天道様だ!さぁとっくに夜は明けてるぜ、お月様はそろそろおねんねしてなァ!!」
サザンカの頭突きが月夜見王の顔面にめり込み、月夜見王は歯を食いしばりながらも怯んでしまう。その隙に、目の前では全身に漲った黄金のオーラをこれでもかと噴出させ、拳を大きく振りかぶっているサザンカの姿があった。
「まさか!まさか!まさか!!まさか!!」
「いくぜ月夜見ィ!!」
次の瞬間、全身の体重を乗せたサザンカ渾身のパンチが、月夜見王の胸に埋め込まれた三ツ星の暗黒ドラゴンボールに直撃した。気の波動が波紋状に広がり、それと同時に月夜見王は悲鳴を上げ、暗黒ドラゴンボールはまるで胎動しているかのように震え出す。そして瘴気が噴き出したかと思うと、サザンカの姿は吸い込まれて消えていった。
一方、蟇蛙の姿の嫦娥を連れたトランクスとアザミは槐安通路を抜け出し、幻想郷へとやって来ていた。あたりを見渡しながら飛んでいると、眼下に何やら船のような物体が墜落しているのを発見した。
「あれは…」
トランクスたちが降り立つと、そこには霊夢と永琳、輝夜がいた。
「あ、さっきの人」
霊夢はトランクスの姿を見つけるとそう言った。
「無事だったかい?えっと、サザンカちゃんと月夜見王ってやつは…?」
「あのふたりは戦いながらあっちの方へ行っちゃったわよ」
霊夢はそう言いながら遠くの方角を指差した。
「そうか…心配だ」
だが、それを尻目に永琳はあの嫦娥がここまで来ているのに気が付き、地面の上に座っている嫦娥に近寄った。
「嫦娥…貴女ここまで来てたのね」
「お久しぶりです、八意様…この度は父がご迷惑をおかけしました。ですが、それも元を辿れば私が貴女に蓬莱の薬の製作を依頼したことが起因…。父は私の身を案じて、今回の事件を起こしたに過ぎないのです。責任は私にもあります…ですのでどうか、父だけを責めずに私も…」
その嫦娥と永琳のやり取りを聞いていたアザミは、何か思う事があったのか真剣な表情で下を向いていた。昔、自分が幼かったころ、当時はまだ生きていた実の父親は立派な軍人であり、アザミに空手や柔道を教えてくれたりもした。母親はアザミに対してあまり関心を持っていなかったが、父親だけはアザミを気にかけてくれていたのだ。
嫦娥と月夜見王を自分と父親の関係に照らし合わせ、その境遇に数奇な共感を覚えたアザミはいてもたってもいられなくなり、その場から走り出した。
「ちょ、ちょっと!どこに行くんだ?」
「サザンカのアホんとこへ行ってくる!」
トランクスが呼び止めようとするも、アザミはとんでもないスピードで一瞬で見えなくなってしまった。