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「ツクヨミ、やはり他生物が我々に与えた影響は深刻よ。我々がこの星の生存競争の一部に加えられたことで”生死”と名付けた現象が多発していて…魂が肉体と分離し二度と動かなくなるもの…つまり”死”が蔓延している」
遠い昔、地球原初の生物群とされる存在達よりも前からこの地球上に暮らしていた民族が危機感を覚えていた。民族の中で最も優秀な頭脳を持つとされた者、ヤゴコロは彼ら民族のリーダーであったツクヨミにそう進言した。
「ツクヨミよ、ご決断を。我らは住み慣れたこの地上の世を捨て、あの天空に浮かぶ穢れ無き浄土…”月”へ旅立つか否か」
この時代、生死の概念が発生したばかりであったこの民族は、皆が今の人類では幼いとされる外見をしていた。ヤゴコロもツクヨミも例にもれず、人間でいえば10歳ほどの若い姿だった。
「…分かった。俺たちはあの”月”へ向かう」
ツクヨミがそう決定すると、彼らは早速月へ移り住み、月の民と名乗るようになった。
しかし、地上の世界にて僅かながらに穢れがうつってしまっていたせいで、彼らには今の人類と同じく”成長”や”老化”といったようないずれは”死”に直結する肉体的概念が宿ってしまっていた。
…それから、数え切れないほどの月日が流れた。
「月夜見王、最近めっきり老け込まれたような気がするんだが」
「確かになあ。御髪も一気に抜けてきて、若々しかったころの覇気が無いような…」
最愛の娘である嫦娥が罪人として蟇蛙の姿にされて幽閉されてから、月夜見王は誰が見ても急激に老化したように見えた。力なく玉座にもたれかかり、その目は虚空を映している。自分から進んで歩き回ることもなく、一日中ずっと腰かけたまま呆けており、月夜見王親衛隊はその様子を心配していた。
しかし、そんな状態の王は月の賢者たちにとっては都合がよく、議会の席であっても…
「月夜見王、我が月の都そのものに発生した寿命による穢れの浸食を食い止めるには、やはり膨大なエネルギーで一度都を満たし、洗浄するしかありません。そこで、我々は”超月光発生装置ツキノカク”の製造計画案を作製しました。目を通した後、証印を」
「うむ…」
「そのためには八意オモイカネ及びカグヤ・モトナルヒメの身柄を確保する必要がありますが…」
「続いて、第四槐安通路の封鎖に伴う”幻想郷浄化計画”ですが…軍備を整理し”月の客”を編成したく…」
月の都を存続させるために地上の世界そのものを滅ぼしかねないエネルギー装置を開発し、その装置に組み込むための二人の蓬莱人をつかまえ、そのついでに幻想郷を浄化する、といった賢者たちの提案した計画。もはや月夜見王にとってはその全てがどうでもよく、賢者たちに操られるがまま、それらの計画を進めていった。
(そうか…これは俺か…)
そんな過去の自分自身を別の視点から見ていた現在の月夜見王は心の中でそう呟いた。
(なんと無気力で…愚かで…この時から俺の時間は止まっていたのだな)
だが、月夜見王親衛隊が幻想郷を調査する過程で入手した情報を聞いた時、月夜見王の中で何かが静かに燃え上がった。長らく感じていなかった感覚だ。
「ドラゴンボール…だと?」
「はい。何やら幻想郷には、念じれば何でも願いをかなえてくれるというアイテムが存在するようです。もしも我々が手に入れる事が出来れば月夜見王のお役にも立てると考えたのですが…」
親衛隊のひとり、覇乙女蛇班はそう報告した。
その時、月夜見王は思った。どうせ八意を月の都へ連れ帰ってくるというなら、彼女なら嫦娥の姿を元に戻せるのではないか。もしそれが成功したなら、自分もこの老いた状態ではなく、娘と別れた時と同じくらい若返って、失われた時間を取り戻したい。
「能し、持って来い」
(そうだった…なぜなら俺は王だから…家臣や民の言う事を無暗に否定してはならぬ。王の特権を乱用してはならぬ。だが俺が若返る事が出来れば、あの勝手な賢者共にこれ以上デカい顔はさせん)
でも…
(ああ…月の都は、さっき俺がこの手で消したんだった…)
「何故そんな事をしたのだ?月夜見王殿」
月夜見王は背後から声が聞こえ、振り返った。すると、そこには月の賢者たちがずらりと並んで立ち、彼を睨みつけていた。月夜見王は震える足で後ずさる。
「貴様がそれほどまで愚かな王だったとはなァ、どんなに若返っても耄碌した脳は治らなかったのか?」
親衛隊の覇乙女蛇班までもが現れ、月夜見王に指差しながら罵倒を浴びせる。
「この己も失望した!自らの保身の為に治めるべき土地を破壊した王などもう要らぬ!」
同じく親衛隊の不動紡馬もそう言い放ち、その横では覇乙女明嵐が何も言わずに目線だけで月夜見王に失望の念を送っていた。
月夜見王は汗をかきながら後ずさり、踵を返して走り去る。しかし、その身体は年老いたように上手く動かず、自分の足に躓いてその場に倒れ込んだ。すると、いつの間にか目の前に茶色い蟇蛙が座っており、その目が自分と合った。
「じょ、嫦娥…!」
「父上、貴方はいつも自分の意志を持たない。月への移住を提案したのも別の者、ツキノカクで都を救う計画を建てたのも別の者、ドラゴンボール探しを提案したのも別の者…貴方はただ周りの意見に同調して、それを実行しただけに過ぎないのですよ」
嫦娥は月夜見王にそう言葉を投げかける。そして、またしても月夜見王が後ろへ下がったのを見たとたん、嫦娥の姿が急激に巨大化し、大きな前脚を月夜見王に叩きつけ、そのまま踏みつけた。
「なんであの時、私にあんな刑罰を言い渡したのですか!?」
「すまん嫦娥…!俺が悪かった!」
「今さら遅いですよ…私が蓬莱の薬を飲むに至った理由に感づいていながらも賢者たちの圧力に屈した愚かな王め」
嫦娥はそう言いながら大きな口を開け、その中に生えそろった恐ろしい牙を月夜見王に突きつける。月夜見王は抵抗しようとするが全く力が及ばず、ついに牙の先端が胸に刺さった。
「やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
絶叫する月夜見王の元へ、どこからともなく三ツ星の暗黒ドラゴンボールがふわふわと近づいてくる。そして、嫦娥の牙によって傷ついた胸に触れると、ボールはその体内へ容易く入り込んでいった。
月夜見王は暗黒ドラゴンボールの魔力を己の力として受け入れた。
「ふん…何が月の都だ、俺にとってはそんなものはもうどうでもいいのだ。俺には嫦娥だけがいてくれればよい」
「そう思うんだったら、なんで嫦娥を牢屋にぶち込んだんだよ?」
しかし、湧き上がる万能感と気分の高揚の邪魔をしたのは、サザンカだった。
「ええい、あくまで俺の邪魔をしたいのか!無関係の地上人のくせに!さっきあの博麗の小娘に言われたように、俺は嫦娥さえ元に戻せればもう他はどうでもいい!それだけが叶えばもう何もせぬと約束する…だからこのまま俺を見逃せ」
「そいつァ、できねぇな…」
が、サザンカは月夜見王の言葉に対して否定した。
「なに…?」
「テメェは大昔、地上に住んでた頃から王様だったんだよな?」
「そうだ」
「だったら、快適な城で毎日眠れて、食べ物にも不自由ねぇって事か?」
「まあな」
「家臣はみんなテメェの言う事を聞くんだろ?」
「ああ、俺は月の王だからな」
「だよな。でも、それならなおさら…そんな絶対の力と権限を持つ王様のくせに、娘の誤解を解こうともせずただ周りにいいように操られて二の足踏んで、自分の意志ってやつに背中を向けてこんなことやってるテメェが…どうしても許せねぇのよ」
サザンカにそう吐き捨てられた月夜見王は眉間にしわを寄せ、だんだんと歯を食いしばって額に青筋にを浮かべ、ついに感情を爆発させる。
「そんなことは分かっている!!俺がこの世の誰よりも恵まれていて、どれほど強い権力を持っているのかも!だがそれが俺にとって幸せかどうかは、俺が決めるんだよ!」
必死に叫ぶ月夜見王の言葉を、サザンカは黙って聞く。
「何も自分で決めないで、ただ何もしないで歳を取っていく事の何が『恵まれている』のだ!?俺はなぁ…!」
そう言うと、月夜見王はいつの間にか遠くの方に聳えていた岩山を指差した。恐らく、月夜見王の精神が月の世界の風景を映し出しているのだろう。
「例えば『あの山を登った』って言いたいんだ!俺は自分で決めて、自分で考えて自分でやったんだ!今回の事もそうだ、ドラゴンボールを使って若返り、嫦娥を元に戻す!これだけは月の賢者の提案じゃない、俺が決めた事なんだ!!…ただ、それだけの自分で決めた事ができなきゃ、俺は何のために生まれてきたのかわからないじゃないか…」
「確かに…テメェの幸せは他人の顔色伺ってちゃ掴めねえよな。それでもよ、テメェにはまだ、待っててくれてる奴がいるんだろ?」
サザンカは拳を振りかぶりながらそう言うと、それを聞いた月夜見王は思わず嫦娥の顔を思い浮かべる。
「待っててくれてる奴がいるんなら、とっととそこへ帰りやがれ!!」
次の瞬間、この空間そのものが炎のように揺らめきだし、月夜見王の胸にはまっているドラゴンボールから眩い閃光が漏れ出した。同時に、その閃光に押し出されるようにしてドラゴンボールが外れ…
…
「まだだ!わしはまだ負けてない!」
月夜見王の精神空間から抜け出したものの、前のガーリックの時とは異なり、サザンカは月夜見王の体内にはまっているドラゴンボールを奪う事が出来ていなかった。確かに胸にはまったドラゴンボールはもう少しで外れそうで、月夜見王を侵食していた暗黒の瘴気は失せ、元の姿に戻りつつある。しかし、月夜見王は頭を片手で押さえ、頭痛に顔をしかめながらもサザンカに向き直る。
「そうかよ!じゃあもう一回いこうぜ!」
超サイヤ人2となったサザンカにとっては、暗黒ドラゴンボールによる強化状態が解けかかった月夜見王は敵ではないだろう。サザンカは拳を振りかぶり、一気に繰り出した。
「きええぇぇい!!」
月夜見王も足を振り上げ、渾身の回し蹴りを放つ。両者の攻撃は互いに黄金のオーラを纏って尾を引きながら交差し…月夜見王の蹴りはしゃがんだサザンカの頭上を空振り、大きな隙を晒す。
次の瞬間、サザンカの拳が月夜見王の顔面に深くめり込んだ。
「ぐああああっ!!」
「これでトドメだ!!」
大きく後ろへ体勢を崩した月夜見王に対し、サザンカはもう一度パンチを繰り出そうと構える。流石の月夜見王もこれが命中すれば無事では済まないだろう。
ゴイィイイン…
…が、サザンカの拳は月夜見王には当たらず、代わりにそこには、サザンカの横っ面へ拳を叩きこんだアザミの姿があった。
「ちょっと待てコラァ!!」