「紅蓮、アンタ…」
そこで霊夢は気付く。紅蓮は暗黒一星球から奪い取れるだけのエネルギー全部を絞りつくし、それを自身の肉体を使って爆発させようとしている。刺し違えてでもあのライという男を倒すつもりだ、と。
「さぁ、貴様らは今のうちに遠くへ行くのじゃ。コイツは私が倒す」
現に、紅蓮は下腹部にはまった暗黒一星球から瘴気をどんどん吸い上げ、その全身を赤黒く染め上げていた。暗黒ドラゴンボールは紅蓮に寄生すると同時に瘴気を分け与え、ボロボロに崩れかけていた肉体を元の状態にまで回復させていたが、これでは過剰な瘴気によって再び体が崩壊してしまう。その崩壊に、これまで吸い上げた瘴気と自身の霊力を乗せることで強力な自爆をしようとしているのだ。
「はやく行け」
霊夢はそれに従い、動き出そうとするが、怨霊の少年はその場から動こうとしない。自分にも、何かできないか…
だが、自分はすでに大昔に死んで、今はただの幽霊だ。物に触れることはできても、大きく動かしたりする事はできないし、大した戦闘力もない。
(いや…僕は幽霊なんだ…)
だがその時、見つけた。遠くで気絶しているサザンカの姿と、幽霊である自分にしかできないことが。
そう思い立ったらじっとしていられない。
「ちょ、ちょっと!」
少年は霊夢の制止も振り切ってその場から走り出した。
「ははははは、いつまで防ぎ続けられますかねぇ!」
ライは全く攻撃のペースを緩めることなく、紅蓮へ向けてエネルギー弾を撃ち込み続ける。もう紅蓮の体内の瘴気と霊力は爆裂寸前だ。はやく霊夢たちにここを離れてもらわなければ、溜めすぎた瘴気で紅蓮の方が先に壊れてしまう。
だが、紅蓮にそんなことをさせるわけにはいかない。永い眠りから覚め、曲がりなりにも幻想郷の為に戦い続けたこの女性に、そのような顛末を迎えさせるわけにはいかないと。
だが霊夢にも手立てがないのが事実。しょうがないと思い、いよいよその場から立ち去ろうとするが…
「え…!?」
突然、ライの背後で何かが跳躍し、空中で回し蹴りを繰り出す。その一撃は紅蓮に気をとられていたライの側頭部にクリーンヒットし、大きく倒れ込んだ。
「何です!?」
ライも紅蓮も霊夢も何が起こったのかと疑問を顔に出す。
「大丈夫ですかああああ!?」
「サザンカ…?いや、さっきの少年!?まさか…」
「僕は今この人に憑りついて操っています!何とか制御はできているので…一緒に戦いましょう!」
少年によって操られているサザンカは、なんと超サイヤ人3に変身を遂げる。さっきまで以上に変身時間は短くなるなるだろうが、それでも本来のサザンカと変わらぬ戦闘能力を発揮するだろう。
「そうか…では頼むぞ」
紅蓮は体の緊張を解くように腕をだらんと下げると、全身を埋め尽くしていた赤黒い瘴気の模様がスーッと消え、元の状態へ戻る。
少年と紅蓮は並び、倒れているライを睨みつける。
「素晴らしい!利用できるものはなんでも利用して勝利をもぎ取る!私の理想とする戦い方がそれですよ!」
ライも素早く起き上がり、目を輝かせながらそう叫ぶ。そして次の瞬間、背中で起こした爆発を利用してライはふたりに一瞬で近づき、加速した巨大な拳を振り下ろした。
しかし、少年はサザンカの体を使って跳躍し、紅蓮も同様に躱す。
「いいですね!」
さらに次々と爆発を起こし、それに吹っ飛ばされることでこの場を自由自在に駆け巡るライ。その合間合間に繰り出される打撃攻撃は、やはり紅蓮では手に負えず、いくらサザンカが加わったところで実力の開きを埋めることはできなかった。
「あうう…」
1分が経過したころ、サザンカは超サイヤ人3を解除され、元の状態へ戻ってしまう。同時に少年もサザンカの体から弾き出され、地面に倒れ込んでしまう。やはり少年にはサザンカのパワーを長時間操ることは難しすぎたようだ。
同時に紅蓮も強烈な攻撃を後頭部へ食らい、顔面から地面に叩き付けられてめり込んでいく。
「ここまでか…」
力及ばず、再び気を失ってしまう紅蓮。
「…ふむ、いいことを思いつきました。そこの君、このふたりを殺しなさい」
「え…?」
ライは少年に近寄ってそう言った。
「簡単ですよ、今みたいにどちらかに憑りついて、片方の首をこう…ストン、と。どうせろくな人生ではなかったから幽霊なんぞになったのでしょう…最期くらい役に立ってみなさい」
「だめよ!そんなこと聞く必要ないわ!」
霊夢がそう言いながら駆け寄ってくるが、ライは人差し指を霊夢へ向け、小さな空気弾を発射した。それを食らった霊夢は小石の様に吹っ飛ばされ、後ろの木にぶつかって倒れ込んだ。
「うぐ…」
「雑魚は引っ込んでいなさい。さぁ、はやくやってくださいよ」
ライは影を落としながら少年を見下ろす。その圧倒的な威圧感に睨まれた少年は恐怖に支配され、歯が鳴るほどに震える。
人が抱く感情の中で最も恐怖すべきものは”恐怖”である。
恐怖に支配され盲目となり正常な判断力も失われれば、簡単に悪魔の言うことさえ信じてしまう。
しかし…少年は違かった。何のためにサザンカと紅蓮の戦いを見たのか、何のために紅蓮の言葉を聞いたのか。
気付けば震えは止まり、炎のような闘志が胸を燃え上がらせていた。何百年間も長らく冷え切っていたその体が熱を帯びる。
「お前が僕の人生を、勝手に評価するな!!」
「何ィ…?」
「自分が助かるために他人を死なせるなんて、僕のモノサシじゃ一番最低な事なんだ!だから絶対に、お前の言うことなんて聞くもんか!」
ライは冷静な表情を保ちながらも、額には青筋が浮かび、瞼はぴくぴくと痙攣している。当然、これほどの怒りを買ってしまえば、自分などどうなってしまうかわからない。
「…僕ってこんなに大きな声を出せるんだ…」
「ではもういいですよ…一思いに、ここにいる全員まとめて消します。さようなら」
ライの言葉。しかし、少年はそれを遮って再び声を張り上げる。
「来い!トラジ───ッ!僕はここにいるぞーッ!!」
「…!」
ダッダッダッダッダッ…
「何を言っているのです?あの獣は君を喰らおうとしていたのでは?まあ…喰らいなさい…」
ライはいよいよここら一帯を吹き飛ばそうと、エネルギーを解放しようとするが、突然木々の間から飛び出してきた巨大な物体に飛びつかれ、体勢を崩す。
「なんです!?」
「ゴルルァァァアアアッ!!」
突如として出現した禍虎がライに飛び掛かった。鋭い爪の揃った手を振り下ろし、ライは腕でそれを受け止めるも、予想だにしていなかった急襲を受けて反応が遅れ、覆いかぶさられてしまった。
禍虎は彷徨う亡霊や魂を喰らう妖獣である。絶好の獲物である怨霊の少年を横取りしようとしていたと思い込んだ禍虎は、敵として認識したライを執拗に狙うだろう。
「ハァ~~~…何とかなりそうだ…」
気力を使い果たした少年はその場でへたり込んだ。
「よ、よぉ…お前、大したもんだな…」
目を覚ましたサザンカがふらふらと立ち上がりながら少年にそう言った。
「咄嗟に…アタシの体操るなんて…やるじゃねえか…」
少年はニコッと笑みを浮かべて返し、紅蓮も木の根に寄りかかりながらその様子を見ていた。
一方、禍虎はライの力でも容易に跳ね除けることができず、背中から立ち上っていた紫色の鬼火が禍虎の全身に燃え広がり、その紫炎の中にぼんやりと浮かぶ骸骨のような禍虎が吠える。
「ガアアアアアアッ!!」
禍虎の脳裏に思い返されるのは、遠い昔の日々。
─────
「おっ母、ネコ飼っていい?」
「トラジ、これも食べていいよ」
「トラジ、虫を持って来ちゃだめだよ」
「あははは!くすぐったいよトラジ」
トラジ、晴太すき。ひとりで寂しくて、苦しかったオレを助けてくれた。晴太と過ごした時間、とっても幸せだった。
でも…
「ニャウン!」
なぜ晴太を連れていく?なぜ晴太を縛る?なぜ晴太を山へ置き去りにする?なんで、晴太が食べられてる?
晴太かわいそう。突然幸せをぶち壊されて、最低などん底に叩き落されていく。なんて不親切で理不尽な世界。
それから長く、数え切れないほどのお日様を見て、生き続けて強くなったトラジが思うことは…もっとはやく、トラジが晴太をこの理不尽な世界から解放させてあげるべきだった。
─────
「離れなさい、ケダモノめ…!!」
なんだコイツ。せっかく、やっと晴太見つけたのに邪魔しやがって。晴太はオレが殺してあげないと、満足に天国に行けないだろ。
「ガルルルルッ!!」
大口を開けた禍虎の牙がライに迫り、さすがのライも焦りの表情を見せる。しかし、自身の背中で気の爆発を起こし、それに乗って禍虎ごと宙へと飛び上がると、その額に埋め込まれている6つ星の暗黒ドラゴンボールを掴む。
「このカスめ…これでお終いですよ」
そして爆発を利用して禍虎のみを地上へ叩き落すように引き剥がし、暗黒六星球をもぎ取った!
「ガァァ…」
寄生していた暗黒ドラゴンボールを失った禍虎は全身を包んでいた紫炎を失い、その巨体も小さく萎みながら地面に墜落していく。
「とりあえず…目的のものは入手できました。ひとつだけですが…まあ大目に見てもらえるでしょうかね」
ライは空中に浮かんだまま、手に持った暗黒六星球を眺めた。そして、眼下の地上には、立ち上がったサザンカと紅蓮、そして倒したはずのトランクスもこちらを睨んで応戦の構えをとっている。ライは改めて、眼下にいる戦士たち…特にサザンカとトランクスに注目する。
(タイムパトロールのトランクス…そして、彼が助けを求め、それに応じたと思われるサザンカという名の時を翔ける少女…と、その他諸々。なるほど、役者は揃っているのですね)
「私はこれでいったん引き上げるとします。しかし、私は今六つ星の暗黒ドラゴンボールを手に入れました…つまりいずれは、アナタたちが集めた分と私が集めた分を、どちらかが奪い取るためにもう一度相まみえることになるでしょう。その時には私は容赦しないつもりです。どうです?今、そちらの持つドラゴンボールを渡してくれては?」
「ハッ、前頭葉がボケナスかおめぇ…誰がテメェなんざの言いなりになるかよ!」
「そうだ。ライ、次は俺たちが勝つぞ」
「ああ、ぶっ飛ばしてやんぜ!」
「そうだそうだ」
後半のふたりはアザミとカズラが便乗しただけであるが、サザンカとトランクスは慄然たる態度でそう豪語した。
それを見たライは愉快そうに微笑むと、突然暗黒を纏った。
「!!?」
同時に、それまで勇んでいたサザンカとトランクスが青ざめる。ライから発せられていた威圧感が、一瞬にして何倍…いや、何十倍にも膨れ上がった。例えるなら、滝に打たれるのに慣れてきたと思ったら突然津波に襲われるような感覚だった。明るい緑色と紫色の濃いオーラに包まれるライ…その眼球は真っ赤に染まり、瞳は緑色に…その全身の筋肉がさらに膨張し、首筋や顔には太い血管が浮かび上がっている。
「これでも、勝てるとおもいますか?」
「…ああ、勝つぜ」
「当然だ」
サザンカとトランクスは気力を振り絞り、震える声で言葉を発した。上から叩き付けてくる圧倒的な威圧感は、まるで質量を持っているかのようにふたりを押しつぶそうとし、足が震えてくる。
その言葉は、ハッタリや強がりに近いものだった。ライはそれを見抜いていたのかそのまま受け取ったのかは定かではないが、すぐにその変身を解いた。
「…そうですか。次は、期待していますよ」
そして最後にそう言い残すと、虚空の中に消えていくのだった…。