もしもカカロットが幻想郷に落ちていたら   作:ねっぷう

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第439話 「今度はたくさん、抱き締めて」

あれはもう…30年くらい前。

 

当時の私は何者をも見下し、人を人とも思わぬような歪んだ思想を持つ…何も知らない嫌な女だった。

 

実家は昔栄えたとある化粧品メーカー、その社長の娘として生まれた私はそれに見合った環境で育ち、何も不自由なことなど無く生きてきた。幼い頃から私の周りには何でも言う事を聞く大人と、虐めると音の出る同級の子供しかしなかった。

当然、私は己が世界の中心だと叫んでいるかのような歪んだ考えを持つ大人へと育ち、父の会社にも顔を出すようになった。

 

そんな時に出会った…ただひとり、私が生涯で愛したダーリンと。

彼は父の会社に入社した新人だった。見た目も逞しく爽やかで、非の打ち所のない人格者だった。私はすぐに彼に惚れこみ、あの手この手で気を引こうとした。しかし…

 

「すみません、貴女の好意には応えられません」

 

私の全てに亀裂が入り打ち砕かれたような気分だった。今まで自分が絶対、望んだもの全てが手に入る何不自由のなかった人生の中で初めて行き詰まった。

 

(何故…?)

 

何故私の好意が届かなかったのか理解できなかった。容姿も美しく、金もいくらでも使い放題な自分。きっと自分と一緒になれば、同じく不自由のない一生裕福な暮らしが保証できるというのに。

 

諦めきれなかった。彼の横に立つに相応しい女となるため、己の何から何までを改めた。遠くから彼の振る舞いや他者との関わり方を学び、日夜文学や物語に目を通し勉強をした。

子供のころに迷惑をかけたたくさんの人々に謝って回った。わがままを言い続けてきた使用人や父にも素直な気持ちを述べた。そんな私を、彼も見てくれていた。

 

私はもう一度、彼に自分の好意を伝えた。

 

「ありがとうございます。まだ自分を好いていてくれて嬉しいです。高く留まるようなつもりはないですが、僕からもお付き合いさせていただけませんか?」

 

私たちはその後半年も経たないうちに結婚した。父も納得し、将来は私と彼が会社を継ぐことになった。父は結婚記念パーティーを、洋上の豪華客船で開いてくれた。

彼から指輪と上等なペンダントを受け取る。社員一同がその場に会し、私は幸せの絶頂にいた。

 

 

しかし

 

 

突如として船が強く揺れ、一気に傾くと同時に私は船外へ投げ出されていた。

暗い海上で、浮かぶ残骸に必死でしがみ付き、顔を上げると、そこには地獄が広がっていた。海を泳ぐ巨大な何かの塊。それが真っ二つになった船に対してさらに突進を繰り返し、念入りに破壊している。

 

頭がどうにかなりそうだった。

 

眩暈がして呼吸が止まりそうになった時、私は腕を掴まれてしがみ付いていた残骸の上まで引き上げられた。そして白いコートを上から被せられ、これが彼のものであると気付いたとたんに不思議な安堵感が生まれ、そのまま気を失った。

 

 

目が覚めると、空は青く、太陽が斜め上で輝いていた。ぼんやりとした頭で何が起こったのかを思い出し、起き上がって辺りを見渡す。

案の定、彼が傍にいた。残骸の上に上半身だけを乗せ、ぐったりと項垂れている。私は彼を起こそうと肩を叩いたが反応はなく、腕を引っ張ってみると…

 

「ひっ…」

 

海水に浸かっていた彼の腰から下が無くなっていた。赤い肉に小さな魚が何匹も食らい付いており、そこもふやけて何が何だか分からなくなっている。

 

現実を受け入れられずに、残骸の上で白いコートにくるまり何日もうずくまった。彼の遺体に海鳥がたかり、初めは泣きながらそれを追い払っていたが体力もなくなり、それに背を向けて何も見ないことにした。

やがて、私を乗せた残骸は無人島へ漂着した。

 

それから数日間、私はここで生き延びた。今まで触れた事すらなかった虫を食べ、木の実を集め、川の水を飲んだ。だがだんだんと気力がなくなり…気が付いた時には私はどこかの施設で療養していた。

そこはAA財団の施設だった。私は海を彷徨っていたところを記憶兵器と名乗る方に助けられたらしい。その際、ひどく錯乱し、度重なる自傷によって体も弱っていた。

 

「このまま何もせずに余生を過ごすか、奴らと戦って破壊し復讐するか」

 

私は、船を破壊したのが人造人間と呼ばれる者たちの仕業であると聞かされた。これは後のシロナとの旅の果てに分かった事だが、今思えば偽スカールが拠城を大きくするために船を襲い、その残骸を回収していたのだろう。

だが、私は冷静だった。たまたま空いていた「ドリル」を受け入れ、私は記憶兵器となった。

 

私はただただ人造人間を壊し続けた。そこには意味も理由もない。他の記憶兵器は、確かに奴らに対する怒りや復讐心が戦う原動力だろう。だが、私は一刻も早く戦いを終わらせるために戦っていた。他の記憶兵器たちと違い、意志を託すという事は嫌いだった。何が何でも、全てが終わった後の世の中に生きて見たかった。本当なら私がいたはずの未来を…。

それを表には出さずにただただ廻り続けた…いつかこの地獄を終わらせるための、ひとつの歯車のように。

 

 

「ヴァンパイア王国の調査…ですか」

 

私に一件の任務が言い渡された。どうやら、秘境に隔絶されたヴァンパイア王国という場所に、人造人間を生み出したとされるレッドリボン軍に所属していた科学者が潜伏しているとの報せがあったようだ。

王国へ潜入した私は、そこで信じがたいものを見た。科学者によって人造人間へと改造された吸血鬼を、その圧倒的な戦闘能力で叩きのめしたシロナという少女の、その躍動を。

 

死なせたくない、と思った、これをみすみす死なせるわけにはいかない、と。

私は爆心地からシロナを回収し、財団が抱える医療施設へと連れ帰った。内臓はズタボロにかき回され、強い衝撃を受けた所為か記憶と理性さえ無くし獣同然に振る舞うシロナにすべての事を教え直した。

 

僅かな希望と打算で助けただけだが、まさか本当にシロナのおかげであの地獄が終わるとは思わなかった。人造人間は滅び、私は責務から解放された自由な日々へと足を踏み込んだ。

 

だが…

 

何かが足りない。大切な何かが、そこには存在しないのだ。

だから私は…

 

 

 

 

 

 

ミルはケツァルコアトルの頭蓋骨にしがみ付きながら、右手を巨大なドリルへと変えた。シリアル星は目前、間もなく大気圏へ突入しようとしている。

 

「ふふっ、今度は貴方を助けることになりますとはね…」

 

ケツァルコアトル…かつてパオズ山の決戦にて、全てを焼き払うレーザー光線から逃れるために乗っ取った、翼竜型の人造人間。記憶兵器が人造人間を守る…昔では考えられないことをしている、と思いミルは小さく笑った。

 

「今、私は最高にカッコつけたい気分なんですのよ。なんてったって…最期の大舞台ですから」

 

ミルは右腕のドリルをこれ以上ないほどに巨大化させ、ケツァルコアトルの機体を先端からすっぽりと覆った。そしてその直後、大気圏へ突入し、一気に圧縮された空気による凄まじい熱と衝撃が襲い掛かる。

 

「く…!!」

 

ドリルと自分の体が末端から焼失してゆく。記憶兵器による肉体の再生が始まり、焼失の速度が遅くなるが、完全にカバーできているわけではない。ミルの顔と左腕が崩壊し始め、ケツァルコアトルを包んでいるドリルも解けてくる。

だが、そのピンチと諦めの悪い心が、記憶兵器に刻まれた極限の力を呼び起こす。

ブラックとの戦闘時以来となる、“極限状態”の発動。頭部の形状が、ドリルのように巻き上がった一対の角を持つ頭骨のように変形し、その能力全てが著しく向上する。ドリルは元通り再生すると同時にさらに巨大化し、ミル自身の身体もようやく焼失と再生力が釣り合うようになる。

 

 

「ミルさん…!」

 

船内から外は見えなくなったが、カズラやスカッシュたちは心配そうにミルの名前を呟く。その時、窓の外が明るくなった。シリアル星の空が広がり、遠くには連なった山々が見える。

 

 

…やがてケツァルコアトルは大分速度が緩やかになり、もう突入時ほどの熱は生じていない。あとは落下し地上へと不時着するだけなのだが…

 

(…わかっていた)

 

それを包んで防護していたドリルは焼け崩れ、切り離された右手を失ったミルが傍らで力なく落下している。既に再生能力が追い付かなくなり、再び肉体が燃えて散っている。

さらに、ミルのその手の末端が赤茶けた錆び鉄へと変質し始めており、その顔にも亀裂が走る。

 

──ここまで何十年と酷使した体だ、もうとっくに限界は訪れている。普通の記憶兵器は10年も活動できれば長い方だ…でも私は、自分の命を懸けたり捨てるような真似はできなかったから。

では、私が今こうしているのは何故?いいえ、理由は分かっている…私はきっと…もう生きていることに疲れてしまった。30年、ダーリンのいないこの寂しい世界で生きてきた。だから、そろそろ…また会いたい。

 

ゆっくりと目を閉じ、まるで泥のように体が溶けていく感覚。

 

 

 

 

 

 

 

違和感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっちこそ、シリアル星まで頼んだよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふ、本当に無粋ですこと…」

 

脳裏に過ったのは地球を出発した時にシロナと交わした言葉だった。

そう、まだシリアル星には到着しきってはいない。ケツァルコアトルはこのまま地表へぶつかれば、補脚を展開できずに衝突し大破してしまうだろう。

 

(私の仕事はまだ終わっていない)

 

記憶兵器は、死ぬときに体が末端から赤茶けた錆びた鉄へと変化し、それが全身に達して最期には粉々に砕け散る。これは体内に埋め込まれた「破壊屋の七つ道具」のチップを取り出しやすくするために起こるものだが、これが始まってしまったらもうどうやっても止めることはできない。つまり、錆び鉄化が始まった時点でもう───

しかし、ミルは空中で身を翻し、ケツァルコアトルの本来補脚が展開される部位にしがみ付く。そして下へ向けた両足をドリルへ変形させて高速で逆回転。

 

(何故あの時、私がヴァンパイア王国でシロナを助けようと思ったのか…本当は…)

 

私はシロナに同情していたのかもしれない。私は人造人間と戦う宿命を受け入れてはいたが、自らの命を犠牲にするつもりはなかった。そんな事は馬鹿らしいと思っていた。だから、命を捨ててまでヴァンパイアから仲間を守ろうとするシロナを見て…そんなことする必要はない、貴女は自分のために生きてください、と…伝えたかったのだわ…

 

ズシャアアアア!!

 

そう考えている間にも、ミルが支えるケツァルコアトルは地面へと衝突し、そのまま地面を削りながら滑走する。着陸するための補脚の代わりとなっているミルには耐え難い衝撃と反動が伝わり、ドリルへ変えた両足がガリガリと削れていく。

 

(シロナ──もう、私とダーリンの話を貴女に聞かせることはできない。でもきっと、私のような善人とは…天国でまた会えますわ…)

 

ガガガガ…

 

(ああ、ダーリン…)

 

首から下げていたペンダントが目の前で割れ、中にはめ込んでいた彼の写真が舞う。

 

「今…いきます…だから、今度はたくさん、抱き締めて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルさん…」

 

ケツァルコアトルは無事にシリアル星に不時着した。全身から煙を噴き上げ、もうボロボロにくたびれているが、それでも中に乗っていたスカッシュやピッコロ、アザミとカズラはひとつも怪我することなく、こうして船を降りてシリアル星の大地を踏みしめていた。

 

「ありがとう」

 

地面に散らばった、赤茶けた鉄の破片。その一番先端の方には砕けずに形を保っている左手だけが残されており、それはしっかりとケツァルコアトルを持ち支えていた。

 

 




この話を書くために、ミルというキャラクターを作りました。
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