2か月前───
“縛り”を用いて、モロに対するファントムシロナの性能を向上させるため、シロナは紫と共にとある街中を歩いていた。
「それで、その
「ええ」
ふたりが見上げているのは、どこの町でもありそうなデパートだった。
「屋上にいるはずよ」
「…うん」
シロナは周りの人目が無くなった瞬間を見計らって壁に足をかけると、ものの一瞬で屋上まで駆け上がる。その後を紫がふわりと浮かびながら追い、ふたりは屋上の手すりの上に飛び乗った。
「あら、意外と早かったですね」
目の前に立っていたのは天弓千亦という者。虹のような色彩を放つパッチワークの衣服に身を包み、青空のような紺色の髪が風に揺れる。
「アナタが…天弓千亦?」
「はい。そういう貴女は博麗シロナ…姿を拝見したのは、幻想郷が無くなった時が最後ですね」
紫曰く、この天弓千亦はかつて幻想郷で信仰を取り戻すために、虹龍洞から掘り出される龍珠を用いてアビリティカードなるものを幻想郷で流通させるという異変を起こしたことがある。その時は博麗霊夢や霧雨魔理沙たちの手によって鎮められたそうだが、幻想郷亡き現在は外の世界の市場を転々としながら力を繋いでいるとのこと。
「千亦…今日貴女に会いに来たのは──」
紫がそこまで言いかけるが、シロナがそれを制する。
「千亦さん。私からお願いがあるの」
シロナは、地球へ迫るモロという宇宙人の脅威を語った。
「なるほど。そのモロを倒すために、私に何をしてほしいのですか?」
「私にアビリティカードを作って欲しい」
「ええ、いいですよ」
「速いね!?」
すんなりと即答した千亦に驚くシロナ。
「構いませんよ?材料が必要ではありますが、私の力の籠ったカードは人の手に渡るほど私に信仰が集まりますのでね。ですがゆめゆめ心に刻んでください。私は市場や商売の神です。私と取引をするということは、互いに信頼を交わし合うということ…貴女は、どんな信頼を差し出せますか?」
「え…」
「いいえ、すみません。貴女は自分から望むものを提示した…私も望むものを提示することにしましょう。シロナさん、貴女はカプセルコーポレーションを知っていますね?」
「うん、知ってるけど…」
「そこはこの世界有数の、非常に大きな市場であると言えるでしょう。私をそこに住まわせなさい。これが信頼です」
恐らく、千亦は一日に何億何十億という金額が動いているカプセルコーポレーションに祀られることで市場の神としての信仰を集めようとしているのだ。それに対するシロナの回答は…
「いいよ」
「速いですね!?」
千亦もまたシロナの即答に驚くのだった。
シロナはファントムシロナの持つ変形能力や自己再生能力を封じるという縛りにより、代わりに単純な戦闘力を大きく向上させた。変幻自在さによる手数の種類と不死性が大きく損なわれたが、全ての要素を総合・加味した場合最もバランスの良い戦闘能力の上昇が見込まれたのが現在の状態である。
そして、シロナは戦闘力の向上と引き換えに失った手数を、外付けの能力で補うことにした。
それこそが天弓千亦の協力により作成した「アビリティカード」であった。
(これは…!?)
突如出現した氷山に半身を呑み込まれ、拘束されたモロが「これは未知の能力」だと感じた理由は、第一にこれがシロナの力により引き起こされたものではないとすぐに分かったからである。
氷の妖精の能力を宿したカードにより発動した効果は、使い手、つまりシロナの強大な魔力によって増強されている。
そして、身動きを封じられたモロにサザンカが迫る。拳による一撃が飛んでくるが、モロは動けないながらも片腕でそれをガードする。
(…!今のは…?)
今、サザンカの攻撃から感じた微妙な違和感。それを判定するよりも先に、モロは半身を封じる氷を内側から砕き、人が抱えられるくらいの大きさの氷塊を魔力で次々と投げ飛ばしサザンカを狙う。
しかし、サザンカはそれらを喰らいつつももっと巨大な氷塊を片手で掴んで持ち上げ、思いきり振り下ろしてモロの脳天へ叩きつけた。
粉々に砕け、煌めく塵となった氷の粒が激しく舞う。さらに未だ漂う冷気は呼吸をするだけで体内が凍り付いてしまうほどだった。
モロは息を止め、顔に霜が張るのも構わずに周囲に目を凝らす。
「ッ!!?」
だが、突然視界のど真ん中にシロナの顔が現れ、モロは心臓が飛び出そうなほど驚きその場で硬直する。その直後、サザンカの蹴りが視界の端に見えたので身を屈めて躱し、そのまま地上へ降りる。
(なるほどな)
モロは自分を追って降りてくるシロナとサザンカを見上げながら考える。
(小娘が多彩な攻撃手段で隙を作り、猿餓鬼が殴ってくる。重力の男もこれに加わるつもりだったのだろうが、まあどうでもいいな。それにあの猿餓鬼の打撃…何か妙だ)
迫るシロナはカードを取り出すと、それを顔の前で掲げる。シロナは四本の腕があるため戦闘の最中にカードを持っていても両手が空になり、問題なく攻撃を続行できることも利点だった。
頭上から特大の落雷が発生し、シロナはそれを四本の腕に吸収して纏わせ、強力な連撃を見舞う。だがモロも片腕でそれらを捌き、背後に迫るサザンカを片足で蹴り飛ばす。
シロナの前面に黒い靄のような淀みが浮かび上がり、シロナはそれを掴むと布のシーツのように広げて動かし、モロに被せて視界を奪う。
その隙にサザンカの蹴りが太ももに当たり、シロナのパンチが鳩尾に刺さる。
モロは気を放って闇を払い、シロナの腕を掴んで引っ張り地面へ擦り付けながら蹴り上げる。そしてエネルギー弾を命中させて吹っ飛ばし、背後で拳を構えていたサザンカの顔面を殴打する。
が、サザンカは鼻血が噴き出すほどの威力の拳を受けながらも一切怯まず、構えたままの拳骨を振り上げモロの鳩尾をぶん殴った。
(…これだ)
モロは一歩後ずさり、攻撃を放った後に視界から消えたサザンカを探る。
(どういう理屈か、猿餓鬼の打撃にはオレのエネルギーを引き剥がす効果がある)
───モロとの決戦が始まる2週間ほど前の事。
ハーツと共に、ヤードラット星から帰還したサザンカは、風呂上がりの髪を拭きながら全員に説明する。
「アタシがあの星で覚えたのは、『スピリットの強制分離』だ」
「何それ?」
とシロナが尋ねる。
「簡単に言えば合体や融合を強制的に解除する力だ」
ハーツがサザンカの代わりに答えた。
「加えて、これは吸収にも適用される…つまり、サザンカ君はモロが吸収したエネルギーを引き剥がすことができる」
「そういうことだ。例えばだが、アタシがこれを使って姉貴を殴れば、中にいる連中が飛び出てくるかもな」
「やめてね?」
シロナは冗談になっていないサザンカの言葉を苦笑いで返した。
「つまり作戦としては、俺とシロナ君が攻めまくり、サザンカ君がモロのエネルギーを減らす。そうすればモロは弱体化し、最終的に俺達で十分制圧できるレベルまで落ちるだろう」
その時、話を聞いていたスカッシュが申し出た。
「なるほど。じゃあそれってよ、フュージョンも解除できるってことか?」
「たぶんできるだろうな」
「じゃあシロナ、頼みがあるんだが、サザンカのアビリティカードを作ってくれねえか?今のところはただの勘だが、アタイは絶対にその強制分離が必要になる時がくる気がする」
「いいよ~」
(とは言うものの…)
サザンカは同じくヤードラット星で習得した『スピリットの隠蔽』により存在感を消しつつ、何度もモロへの攻撃に成功している己の拳を擦った。
(こっちは最初からずっと地平線の向こうまでぶっ飛ばす気合で殴ってんのに、なんで力の底が見えねぇんだよ…!)
シロナは怒涛の連続攻撃を得意とし、サザンカは強力な一撃を見舞う事を得意としている。よってサザンカがスピリットの強制分離を習得するという考えがあったのだが、皆からお墨付きをもらうほどの怪力を持つサザンカの全力でさえ、モロへ有効打を与えられず、強制分離が発動しても目に見えてエネルギーを減らすには至らない。
さらに、ビルスはセブンスリー吸収後のモロを幾度もぶっ飛ばしていたことから、改めて戦闘力だけに留まらない破壊神の圧倒的なパワーと技量を痛感する。
だが、モロも依然として余裕を崩しこそはしないが若干の危機感も覚えていた。
(オレは破壊神との戦闘の後遺症でセブンスリー由来の能力はもう使えない。オレ自身のコピーは既にオレへ還元されているので問題ではないが、それを剝がされるとなると話は変わる。猿餓鬼の攻撃を受けるたび、オレのエネルギーと魔力出力が下がり、そうなれば体内で閉じ込めているセブンスリーの抵抗が強まり同調が阻害される)
現に、喰らっている当の本人からすれば肉体の鈍りや魔力の低下を感じてきているところだった。
「クククッ、あの小娘は相変わらずつまらんが…よかったなぁ猿餓鬼。お前はオレの主菜といったところだ」
「そうかよ、せいぜい喉に詰まらせねぇようにな」
ちなみに、第一部の頃の月の客編~Dr.ウィロー編の間の期間に、東方虹龍洞の異変が起こって解決されています。