飛ぶ。飛んでいく。
今宵、幻想郷の夜空を、銀色の流星が覆い尽くす。そして、不可思議にもその流星は全て、天空に輝く月へ向かっていたのである。
「なんだこの飛来物体は?地上からの攻撃か!?」
槐安通路の中、「ガロミの陣」の中に位置する月夜見王の旗艦の中で、1人の兵士が外を見ながらそう言った。
「い、いや…!これは全てわが軍の兵士です!敗北した兵士が、全部この槐安通路を通って月へと戻っていきます!」
「何だと…?」
それを見た月夜見王は怒りに拳を震わせた。
「我が軍勢が、たかがこんなちっぽけな世界に住まう者どもに敗れ、敗走していくだと…?我々は未だなんの目的1つ達成できていないではないか!」
周りの乗員たちが黙って月夜見王に目を向ける。
「幻想郷の民の殲滅、幻想郷の破壊…そしてカグヤと八意の確保とドラゴンボールの入手!親衛隊は何をしておる!?」
「は、ただいまこの戦艦に到着したようです」
「そうか、ならばまた奴らを出撃させよ。紡馬は二人の捕獲へ、覇乙女姉妹はドラゴンボールの捜索に向かわせろ!」
「は!」
一方、そのころ。
五行山での輝夜と永琳は…。
「くっ…!」
アンニンは後ろへよろめいて倒れ込んだ。そこにこいしが心配そうに駆け寄る。
前に立つ永琳の手には光の弓矢が握られており、もう片方の手からは煙が上がっている。大方、永琳はエネルギー弾を放ってアンニンを攻撃したのだろうか。
「永琳とやら…あなたどういうつもりなの…?」
アンニンはムッとしながらそう言った。
「アナタだって見てたでしょ?」
そう言って永琳は頭上に浮かんでいる窓のようなものを指差した。今は何も映っておらず真っ黒だが、これはシュネックが作ったもので、今まで幻想郷での戦いの様子を眺めていたのだ。
「霊夢やカカロット…他のみんなが戦っているのに、私たちだけ隠れて待ってろですって?よく考えたらそんなのおかしいわ、私はここを出て戦いに行くわ」
「馬鹿な事を…死んだカカロットの想いを無駄にするつもりか?お主がここで出ていけば、月の客の思う壺!すぐに捕えられるのがオチだぞ」
と、シュネックが言った。
「アナタもアナタよ、幻想郷最高の賢者なんでしょ?こんなところでビクビクじっとしてて何も思わないの?」
「むう…わ、わしは…」
「ならんぞ、私はここで戦ってでも、お前たちを帰すわけにはいかないんだから。それにお前が付き従う姫様はどう思っているのかねぇ?」
アンニンは永琳の後ろで様子を伺っている輝夜をチラリと見た。
輝夜は少し下を向いたが、すぐに顔を上げて言った。
「…私も、戦いたい。私も永琳と同じこと考えてた」
「本気かい?」
尋ねるアンニンに対して、輝夜は頷いた。アンニンはその目を見て、呆れたようにため息をついた。
「はぁ…しょうがないわね。でも絶対に捕まらないこと!いいね?」
「もちろん分かってるわ。…だったら、安全に敵の所まで行ける乗り物みたいなのが欲しいわね」
と、輝夜。
「乗り物…そんなのはここにはないよ」
「そもそも、そんなものが幻想郷にあるとは思えんのだがの…」
その時だった。
永琳は空からまっすぐこちらに近づいてきている不思議な反応を感じ取り、そちらに顔を向けた。
「何か来る…!」
「まさか、月の客か?この場所が気付かれたのか!?」
「いえ、これは…」
ガシャアアン…
突如、彼女らの目の前に何か巨大な物体が墜落してきた。物体はザザーッと地面を滑り、八卦炉の壁にぶつかって止まった。もくもくと立ち込めてきた土煙が収まり、その物体の全貌が明らかになる。
「…船、かしらこれ?」
「乗り物の方からこっちに来た…!」
そう、この場所に墜落してきたのは、月の客の戦艦に吹っ飛ばされ、追い立てられてきた聖輦船そのものであった。装甲や外装が損傷してはいるものの、流石の強度というべきか、そこまでひどく壊れていない。
「いてて…ん?」
その時、中から村紗が顔を出した。あたりを見渡し、永琳たちの顔を見て驚く。
さらに聖や魔理沙たちまで顔を出し、村紗と同じ顔をした。
「え?乗せていってほしい?」
「ええ」
永琳たちからそう頼まれた村紗は思わず困惑した。
「でもカカロットから聞いたよ、アイツは君らを隠すためにここへ連れてきたんでしょ?」
「それはもちろん承知の上よ、だから…」
「…まあしょうがない、今さら私たちが止めようとしたところでどうせ無理だろうからね」
それから、村紗たちは墜落した船を正しく起き上がらせ、無事に飛行できるように直した。そこへ永琳と輝夜が加わり、彼女らを乗せた聖輦船は飛び立とうとする。
「あ、あれは!」
その時、残ったアンニンが声を上げた。指をさす方向には、3隻ほどの月の客の戦艦がやってきていた!
大方、聖輦船を完全に破壊するためにここまで追って来たのだろう。
「くっ、ついてきてたのか…」
急いで浮かび上がる聖輦船。しかし、さっそく砲身にエネルギーを溜め始める敵の戦艦たち。
「まずい、避けられないかも」
船の舵を切ろうとする村紗だが、なかなか上手く行っていない様子。
「どうすんだ、喰らったらやばいだろ!」
魔理沙が焦ったようにそう言った。
だが、それを見かねた永琳が村紗の横に立ち、代わって舵を取り始める。
「私に任せなさい、勘で動かせるわ!」
「うわぁ!」
永琳が操縦を代わった途端、物凄いスピードで旋回する船。そして、戦艦から放たれた砲撃をいとも簡単にかわして見せた。
さらに、すぐにこちらも砲弾を放ち、逆に戦艦に命中させ、大破させるほどのダメージを与える。
「ざっとこんなもんね」
「行くなら急ぎな!たぶんもっとこれから敵がここに来る!」
アンニンが下からそう叫んだ。永琳は頷くと、幻想郷の方角目指して五行山を後にするのだった。だが、残る戦艦がそれを許さない。砲門を広げ、全速力で聖輦船を追いかける。
ゴシャ
だが、その戦艦は即座に地面に引きずりおろされ、激突して砕け散った。アンニンが巨大化し、戦艦を破壊したのだ。
さらに残る一隻の戦艦から出撃してきた兵士たち。彼らの前にはシュネックが立ちはだかる。
「カァッ!!」
目から光線を放ち、次々と兵士を撃破していく。
「ここは私たちに任せて!」
「ありがとう!」
永琳はそう言うと、今度こそ五行山を抜け、幻想郷の空へと進出する。
「博麗霊夢だ!倒せ~!!」
一方、槐安通路の手前までやっとのことでたどり着いた霊夢。しかし、通路の中から大量に沸いてくる兵士たちを前に、苦戦を強いられていた。
「波ッ!!」
特大の気功波を腕から放ち、目の前の兵士たちを一掃する。だがさらに湧き出る兵士の数が多く、それらの放つ銃弾が顔や腹を掠った。
そして明嵐との戦いでのダメージも回復せぬまま、これだけの激戦を潜り抜けてきた霊夢は、既に限界が近づいてきていた。
「く…さすがに、これ以上は厳しいか…」
そう呟く間にも、無数の兵士が四方八方から剣先をこちらへ向けて襲い掛かる。
霊夢ももうダメかと思い、目を瞑って諦めかけた。
「『魔激烈弾』!!」
「…え!?」
その時、大きな叫び声と共に目の前の兵士の一団が、巨大なエネルギーの柱によって吹き飛ばされた。
霊夢がその方を振り返ると…。
「ウスター!」
「はぁ…はぁ…ようやく見つけたぞ…お前に最後の届け物があって来た…」
「届け物?」
霊夢がそう聞くが、他の兵士たちが攻撃を仕掛けて来る。
「時間が無い!俺はもう持たん…なので俺の残るパワーをお前にくれてやる」
ウスターはそう言うと、霊夢の腕を掴んだ。そして気を全身に纏うと、それを全て霊夢の体へと送り込んだ。霊夢は全身にパワーがみなぎるのを感じ、勢い余って全身から気を放出した。
「な、何だとォ~~!?」
その気の波動に、兵士たちは一気に全滅していく。
気を分け与え終わると同時に、ウスターは気を失い、落下を始める。危ない、と思い手を伸ばすが、突如現れた別の影がウスターの体を抱きかかえた。
「アンタは確か…武道会の審判ね?」
「ハイハイ、どーもどーも!」
なんと、霊夢の前に現れたのは武道会の審判役を務めていた式神だった。よく見ると、何やら背中に大きな袋を背負っているようだ。
「それは…?」
「これですか?皆さんから、霊夢さんへの贈り物です」
「贈り物?」
「ええ…紫様からお聞きしました、私たちの好きにさせてくれたお礼とのことです」
「紫が…なるほど、そう言う事ね…」
審判は袋を手渡し、霊夢はそれを受け取った。
「では私はこれで、ウスターさんを地上へ置いてきます」
「うん、ありがとう」
「…頑張ってください。今度ばかりは近くで実況する事は出来ませんが、霊夢さんが勝つことを、私は望んでいますので」
そう言うと、審判はウスターを背負って地上へと戻っていった。
「さてと…一体どんなものが入ってるのかしらね…。って、あらま!」
袋を開けた霊夢は、中身を見て驚いた。
「これなら、奴らなんて一網打尽だわ」
「…まだか?」
「まだまだ、少しくらい頑張れ」
一方、後戸の国の中の一角で、隠岐奈による潜在能力開放の儀式を受けているカカロット。もう背後で行われている何かについては気にならなくなってきたが、それでもまだ時間はかかりそうだ。