第1魔界の城塞跡地で繰り広げられる激闘を尻目に、戦闘に参加することが出来ないパンジとネバはいったん離れた場所へ退避することにした。城塞跡地の方からは絶え間なく何か重い物同士がぶつかり合うような低い衝撃音や、そのもっと遠くからは雷鳴や何かが砕け散る音が響いてくる。
パンジはそんな激戦地を不安気に見つめながら、城塞跡地の外へと抜けられる街路を歩いていた。
「おじいちゃん、大丈夫?」
パンジは速足で歩いたのち、ネバがついて来られていないのに気付いて足を止める。少し後ろではネバがゆっくり歩いていた。
「ああ、大丈夫だ」
「…っていうか、おじいちゃん空飛べてなかったっけ?」
「はて、そうだったかな?老体では疲れてしまっての」
「まあいいけど、でもここまで来れば大丈夫そうだね」
パンジがそう言ったその時。城塞跡地の方角から、何かが飛んでやってきた。
「って、えええ!?なんでタマガミがここに…!!」
この場へ現れたのは、タマガミナンバーワンだった。
タマガミは地面へ降り立つとネバの元へ歩み寄り、何かを手渡した。
「…ちょっと、おじいちゃん…それどういうこと…?」
タマガミがネバに渡したのは、なんと魔のサードアイのひとつだった。そう、タマガミはパストの額から外れたサードアイを密かに回収し、ネバの元へ届けたのだ。
パンジは嫌な予感を感じ取り、後ずさりながらネバを見つめる。
「すまんのう、お嬢ちゃん。わしには…もうこうするしか残されていないようだ」
ネバはパンジを見ながら申し訳なさそうに笑ってそう言うと、受け取った魔のサードアイを額に押し付け、装着した。
「離れていなさい」
そして、ネバを中心に紫色の魔力が溢れ、暴風となって周囲に吹き荒ぶ。
彼のしわくちゃだった深い緑色の肌は魔力で潤うかのようにハリを取り戻し、鮮やかな黄緑色になる。曲がっていた背筋が伸び、細身だった体に筋肉が盛り上がる。
「ふう…」
ネバの面影は残しつつも、体格や風貌は若返ったかのように清新さに溢れ、爆発的な気と魔力を放出している。
そして、尻もちをついて驚いているパンジを一瞥すると空へ飛びあがり、城塞跡地の方角へ消えていった。
「…!!」
(なんだ、この気は…!)
城塞跡地で、それぞれの戦いに臨んでいた者たちは、突然現れた巨大な気と魔力を感じ取って硬直した。感じたことのない種類の気だった。
霊夢とウスターはほぼ同時に飛び立ち、その気の出元へと急行した。
「…アイツは…」
「ネバさん?」
荒れ狂う気の渦の中央に立っているのは、見た目的にナメック星人であることは間違いないが、その巨大すぎる気は明らかに異質。しかしその中に微かに感じられる親しみのある気は、あのネバであると気付くには十分だった。
「あのジジイ、サードアイを使いやがったのか…!」
ネバの額には先ほどまでは無かったはずの魔のサードアイがしっかりとはめ込まれている。
感じられる気、そしてナメック星人だと判別できる程度の外見という共通点はあるが、やはり視界に移るそれは全くの別人。
「すまんな、お前たち…」
ネバの小さな呟きを聞いた次の瞬間、霊夢とウスターは同時に地面へ叩きつけられた。
「…!?」
波乱の余波を感じ取ったのは、カカロットも同じだった。グロリオを生き返らせるための儀式の最中、彼の魂が離れないように話をして引き留めようとしていたが、豹変したネバの気を感じ取ってついそちらの方へ顔を向けてしまう。
「なんだこの気…!」
「これ、あんたはグロリオの魂を引き留めることに集中せい」
「あ、ああ…」
(霊夢、ウスター…大丈夫なのか?)
霊夢とウスターの気が大きく乱れているのを感じる。一体、戦場では何が起こっている?
だがカカロットにはそれを確認することは許されなかった。
「術を続けさせて頂きまする、タカヤベルネ様。この人造魔人の体を、さらに断ち分けてくだされ!」
「了する!」
そして、マーバの呼びかけに答えた精霊王タカヤベルネはパストの身体をさらに細かく切り分けた。今度は腕や胴、頭といった部位だけでなく、それらをさらに指や臓器、舌や脳味噌といったような器官ごとに分割されている。
儀式を続けるマーバを横に、カカロットはグロリオと会話を続ける。グロリオの声はカカロットの頭の中に直接響き、アリンスにも聞こえていた。が、アリンスは術の成功を願って余計な口は挟まないようにしている。引き留め役を命じられたのはカカロットであり、恐らくそれは「縛り」や「契約」上そうなっているため、アリンスが割り込むべきではないと分かっているからだ。
「俺は…幻想郷って土地、その地底世界の出身だ」
(幻想郷…?それは魔界のような異世界のことか?)
「ああ、似たような感じだな。赤ん坊だった俺は、ある日に空から幻想郷へ飛来しその地底世界まで墜落してきたんだと。そこにいる妖怪…ここでいうトコロの魔物みたいな連中に拾われて育てられた…」
カカロットは自分の生い立ちを話しながら、その時の記憶を脳裏に巡らせる。
「強くなれよ、カカ坊」
「あ~あ、なんでお前はそこまで弱いんだ」
「お前が弱いと私らまで弱いと思われるだろ~」
うるせぇな…
「うるせぇよテメェら!俺だって好きで弱いんじゃねぇよ!」
急に暴れだすカカロット。襖を破り、畳を爪で引き剝がし机をひっくり返す。
「わあ、やめろやめろ!」
周りにいた鬼たちがカカロットを押さえ込み、屋敷の外へと締め出した。
「バカ野郎、コンチクショーめ!勇儀を出せ!アイツが言ってるんだろ、ぶっ殺してやるからよォ!」
星熊勇儀の屋敷の門扉を凄まじい勢いと形相で叩き続ける。いつも自分を弱い弱いと言い続けて貶めてきた勇儀に堪忍袋の緒が切れ、いよいよ黙らせようとしているのだ。
しかし
「コラァ!そこで騒がれちゃ迷惑だろうが!!」
その時、突然カカロットがぶん投げられ地面を転がった。
「うぐ…勇儀ィィ…!」
そこにいたのは、目当ての勇儀本人だった。
「いつも言ってるだろうが。お前は一体何になりたいんだ?凶暴な暴れん坊かと思えば弱く、弱いかと思えば身の程も分からず何事にも噛みついて迷惑かけてばかりじゃないかい。世間ではよぉ、力を示して上に立つか、その下に就いて上手く世話を回していくかのどっちかを求められるんだ…どっちつかずのまま好き勝手にやってちゃいけないだろ」
勇儀がそう説くも、カカロットはギリリと歯を噛みしめながら聞く耳持たずといった感じで再び勇儀に殴りかかる。
「うるせェ───!」
はあ、と溜息をついて頭を掻くと、勇儀は立ち向かってくるカカロットを殴り飛ばすのだった。
カカロットの体が宙を舞い、弧を描くように吹っ飛んで街道の端に積まれていた木箱の山の中に突っ込む。
「少しは頭冷やしな!」
カカロットは腫れた顔をそのままに旧都の外れを歩いていた。帰る訳にもいかなかったので、どこか知らない場所で夜を明かそうかと考えていると、木々の生い茂った空き地を見つけた。
「ここは…始めて来る場所だな…」
カカロットは木を倒して寝床を確保しようとその中に入る。すると、苔と落ち葉で汚れた、大きな球状の物体が押されていることに気づく。
「これは…?」
大きく凹んでいる箇所がいくつかあり、長らくここに放置されていた物であるとわかる。苔などを手で払い落すと、その質感は金属のようで、地底では見たことのない材質だった。
不思議に思っていろいろ触っていると、ガラスになっている部分がガシャンと外れた。驚いて飛び上がるカカロットだが、中から何も出てこないと分かると恐る恐る近づき、外れた部分をもっとこじ開けて中をのぞいた。
「一体なんなんだよ…」
これが何なのか見当もつかなかったが、恐らくは中に入って動かす乗り物なのではないかと考える。そして、さらに中を探ってみると、その内側に何か文字が彫られている金属板が取り付けられているのに気付いた。
「…『カカロット』…?俺の名前が、なんで…」
さらに、その金属板の下にも別の金属板が貼り付けられている。そこにも長い文章が書かれていた。
「『これを読んでいるサイヤ人へ、貴殿にはその惑星の制圧を任せている、遂行するように』…。んだこれ…」
意味が分からず困惑するカカロットだが、よくよく考えてみると全てが繋がった。自分はある日地底世界へ降ってきた赤ん坊だと伝えられた。その為、自分がどういった妖怪、種族なのかも分からず、どこから来たのかさえ分からなかった。
だがこれを見ると不思議と納得できる。自分はサイヤ人という種族であり、ここに書かれている目的のためにここへ送られたのだと。
「おい勇儀!!ありゃ一体どういうことなんだよっ!!」
その後、カカロットは速攻で勇儀の元へ戻り、問い詰めた。
「サイヤ人だのなんだのって事は今まで話してくれたこともねぇじゃねぇか!隠してたのかよ!?」
勇儀は手に持っていた酒の注がれた杯をゆっくりと下ろし、口を開く。
「そうだ、隠してたんだ。私たちにもサイヤ人だの惑星の制圧だのってのは、何が何だか分からん事だからな、自分が分かりもしないことをお前に教えられるわけないだろう」
「でも…!勇儀は俺に言ってたじゃねぇか!お前は何の妖怪だかわからないがきっと良い妖怪に違いない、って…あんな事書かれてあっても、そう思ってたのかよ?」
勇儀は合間に酒を呷って言った。
「…だって、お前にはどう足掻いても無理だろ。お前はこの地底で、ずっと人目に憚らず生きているのがお似合いなんだよ」
「ッッ…!!もう知らねぇ!!」
カカロットはそう言ったきり、もう勇儀のところへは戻らなかった。
──今思えば、勇儀の言うことは当たり前のことだ。人を束ねる訳でもなく、従う訳でもなく、群れに属さず我儘に振る舞う。そんな迷惑なことは世間が許してはくれないだろう。特に地底の旧都では妖怪の種族間での上下や役割分担に厳格だった。だから勇儀はそういう世界で俺が馴染んでいけるように教育しようとしてくれたんだと思う。
「…まあ、俺も子供が出来てからその気持ちも分かった。どう考えたって厄ネタだもんな…ガキにそんな事は言えねぇよ」
(カカロットにも子供がいたのか)
グロリオがカカロットに尋ねた。
「まあな。俺は何年もかかって地底を抜け出して地上へ行ったんだが…それからが色々あってな、霊夢やウスターと出会ったのもそこでの話だ…」
カカロットにとっても、そこから全てが始まったと言えるだろう。霊夢と出会い、ようやく強くなることに目覚め、ウスターを始めとする様々な強敵たちと戦ってきたこと。
それをグロリオに話し始める横で、マーバとタカヤベルネによる儀式は進行してゆく。
「『脳』よ、おまえは明確な意思を持ってグロリオへ伝達の魔術を使ったことを覚えておるか?」
輪切りにされるパストの脳。
「『口』と『肺』よ、おまえたちは息を吸い込み、酸素と共に魔力を体中へ巡らせたことを覚えておるか?」
切り取られた唇と舌、ざく切りになった肺。
「今一度『腕』よ、酸素と共に送られた魔力を血液と協力して手の平へ伝えたか?」
腕は皮膚と筋肉、骨にまで分割されている。
「今一度『手の平』よ、腕から運ばれた魔力を、脳からの命令を受け取り魔術として使用したか?」
手の平は指の関節ごとに切り分けられ、それらもまた肉と骨に分けられている。
(ああ、『手の平』は伝えられた魔力を魔術にして放ったわ)
(『腕』もだ、血液と共に魔力を末端へ送り込んだわね)
(『脳』は覚えているぞ、魔術という叡智をコントロールするには意思が必要だ)
(『口』と『肺』も覚えている!)
分割されたパストのパーツは、組織ごとに切り分けられたとてまだグロリオを殺したことをしっかりと認識しているようだ。となれば、この儀式はまだ続くことを意味する。
「そうかい。タカヤベルネ様、更に細かくこの者を断ち分けてくださいませ」
「了する!」