「確かにある!」
霧雨魔理沙はそう語った。
「お前が霊夢に勝つためにアイツの技を私に聞きに来たのは良い判断だと思うぜ。霊夢が編み出した究極の奥義のようなものがあるからな」
魔理沙は机に向かい、何かスープのような飲み物を口に運びながら話す。
「それはどんな技かだって?色々あるが、霊力の光弾をいくつも放つ『夢想封印』に、八角形の結界の陣で攻撃する『八方龍殺陣』…最近は紫に倣って異空間から物体を召喚する術も習得したらしいが、武術を真面目に取り込んだ今の霊夢がどんな戦い方をするかは私にも皆目見当もつかないな」
スープの器を置き、今度はナイフとフォークを皿の上の肉に当てる。
「あとは…そうだな、『夢想天生』!これが最も厄介だろうな。…そんなに知りたいのか、だったら教えてやろう。夢想天生は霊夢の最終奥義的な技だ。いや、”技”というよりはひとつの”状態”に近いかな。霊夢がこの世の中のありとあらゆるものから浮かび上がり無敵となる。誰も霊夢に触れられなくなり、不透明な透明人間になってる。死、痛み、疲れ…ありとあらゆる現象が干渉できなくなるんだ。これはもともと霊夢が生まれもって身に付けてたものだが、私が夢想天生と名付けてスペルカードの一つにすることで遊びにさせた。そうしないと勝てないからな」
切った肉を口に頬張り、もぐもぐと咀嚼する。
「夢想天生を発動した霊夢には一切の攻撃が当たらなくなる。対峙した者は『攻撃が透けてしまい当たらない』と思うだろうが、実はそれはただの錯覚で、実際には”認識できない程の超スピードで半自動的に攻撃を避けている”だけに過ぎないんだ。だが、無敵と言ってもこれにももちろん弱点がある。それは霊夢自身がこの状態を思うようにコントロールすることができないことだ。夢想天生は霊夢ですらわかっていない条件を満たすと勝手に発動する。初めて見たのは、確か霊夢が永琳や輝夜と戦った時だったかな?…そしてそうなってしまうと霊夢は明らかに興奮し、性格が途端に粗暴で荒々しくなる。本来は敵の攻撃の無効化を主とする防御の状態なのに、霊夢本人は興奮して好戦的になる。いわゆる矛盾をはらんでるってわけだ。それが弱点。もっとも、さらに夢想天生を極められるようになればそれも消えると踏んでいるが、あの様子じゃまだまだ先の事だろうな~」
「うるせぇこのドサンピン!!」
怒気を含めた荒々しい言葉を投げかける霊夢は、異形の風貌を醸し出していた。掴んで受け止めた月夜見王の拳を握りしめ、持ち上げるようにして力を込める。
「おりゃああああ!!」
そして、片腕だけのパワーで月夜見王を投げ飛ばした。
「む…何が起こったのだ!?」
月夜見王は両腕を広げて気を放ち、空中で何とか踏みとどまる。
改めて霊夢をまじまじと見つめ、その変貌を眺める。開いていた目は閉じ、心なしかまつ毛が純白に輝いているように見える。まるで水中にいるかのように後ろ髪が広がって揺らめき、全身からは基本となる赤い霊力のオーラに混じって青色の気がわずかに混じっている。
「変身…?」
その異様な姿を見て月夜見王がそう呟く。
「気が圧倒的に増えた…それにあの雰囲気はいったい…」
「そうさ、今度の私は一味違うよ」
霊夢もそう言うと、ビュンと飛んで加速しながら月夜見王へ迫る。そして、流れるような拳の連打を浴びせようと放った。
月夜見王は咄嗟に両腕をクロスさせてそれを全てガードする。霊夢からの攻撃のスキを見て、自身も手刀による突きを仕掛ける。
「!?」
しかし、霊夢は次なる攻撃の手を休めず、最小限の首の動きだけでそれを躱した。霊夢本人はその事を気にも留めず、避けようと意識して避けたわけではないのだろう。
さらに追撃の猛攻を仕掛ける月夜見王。だがまるで自分の攻撃が無意識に霊夢を避けてしまっているかのような錯覚に陥ってしまうほど、攻撃は空を突き続ける。
(なんだ、まさか避けられているのか…?何故当たらん?)
夢想天生。突然霊夢に訪れた変化は、かつて魔理沙が語ったその状態そのものであると言える。
不透明な透明人間と化した霊夢には攻撃が透けて当たらない。しかし、それはただの錯覚に過ぎず実際にはただ認識できないレベルでかつ最小限の動作のみで攻撃をかわしているに過ぎない。
今までこの状態の霊夢を見た者はその光景を見て「攻撃が透けている」と述べるほど、認識は困難である。しかし、それを「避けられている、当たらない」と感じた月夜見王は流石というべきか。
「オラオラどうした!!」
霊夢はそう叫ぶと、前に出した両手から一発のエネルギー弾を放つ。月夜見王はそれを見切るとすぐにかわす。が、横を通過していったエネルギー弾は背後で旋回し、再び自分に向かって飛んでくる。
さらにそれをかわすが、霊夢は腕を振り回しながらそれを操作し、何度も月夜見王を狙う。
「ばかが、その程度いくらでも避け続けてやるわ!」
「バカはアンタだよ」
エネルギー弾は突然分裂し、今度はそれぞれが別に動きながら月夜見王を狙う。それに対応しきれなかった月夜見王は片方の一発を後頭部に喰らい、痛みに顔をしかめるが何とかもう片方を殴って潰す。
月夜見王は霊夢に飛びかかり、殴り合いをしかけた。霊夢もそれに乗り、お互い強烈なラッシュが飛び交う。黄金のオーラと赤と青のオーラが炎のように揺らぎ合い、無数の衝撃波が空中に展開される。
「小賢しいわ!」
月夜見王は拳を放ち、そのまま手を広げる。
「お前が全ての存在から一歩浮くのならば、俺はその次元をさらに飛び越えるだけだ!何故ならば俺は、月の王だからな!!」
なんと月夜見王は夢想天生を発動した霊夢の無意識の中に圧倒的な力により干渉し、無理やりに霊夢に腕を伸ばし、パンチをその顔面に命中させた。
無意識という領域を超えて攻撃を当ててきた月夜見王に、霊夢は驚いた表情を浮かべながら、回転しつつ吹き飛ぶ。しかしすぐに踏みとどまり、口から垂れる血をぬぐった。
「くっくっく…どうした?その力も、俺の前では無力なようだな。コツさえつかめば攻撃を当てることは可能だ」
「…いや、今触れられて少しわかった…アンタが永琳に執着する目的がね」
「…なんだと?」
霊夢はにやりと笑い、静かに言う。
「娘、嫦娥か」
「!!」
「ほうほう…数千年前、実の娘の嫦娥は永琳の作った蓬莱の薬を飲んだ。それを禁忌とした月の民は嫦娥を醜いカエルの姿に変え、牢に閉じ込めた。それからアンタは急激に老化が進んでしまった。そしてある日ドラゴンボールの存在と、永琳がカエルに変えられた嫦娥を元の姿に戻すことができる唯一の存在と知り、ツキノカクを作って地上から連れ帰ることに決めたと…」
「そうだ…その通りだ…どうやら今の貴様は、触れられた相手の心すら読むことができるようだな…。だが、全てが俺の意志により決定された事ではない!!月の都崩壊の予兆に気付いた月の賢者共がツキノカクを提案し、嫦娥の姿を変え幽閉したのも賢者共だ!いくら最終決定権は俺にあるとはいえ、奴らの圧力を前に俺は王としての面体を保つほかなかった…しかし!永琳を連れ帰って嫦娥を治させ、輝夜と共にツキノカクに組み込み都を救い、ドラゴンボールで若返り邪魔な賢者共を皆殺しにし、失われた時間を嫦娥と共に取り戻すのだ!」
「でもアンタは自分で月を壊した。もう月の都は復活できないし、せっかく若返ったのにその意味もない。それに嫦娥はもういない」
「嫦娥は薬を飲んで不死身だ…それに、あの子だけは安全な場所にいる」
「依姫たち月の使者を消したかったのも、娘との時間欲しさか」
「ええい黙れ黙れ!お前に我が子との時間を奪われた俺を語らせてたまるか!もうよいわ、あの世へ送ってやる!!」
月夜見王は怒って怒号を上げ、渾身の気を込めて霊夢に殴りかかった。
しかし、拳は霊夢にまで届かなかった。霊夢の顔の前で拳は止まり、腕を伸ばしてもやはり届かない。
「なにが起きた…まさか!」
「…どうやらドラゴンボールによる若返りの効果は終わっていなかったようね」
月夜見王は自分の手を見つめ体を見渡してようやく気が付いた。そう、彼の肉体は縮み、少年のような体つきに戻ってしまっており、今まで着ていた服がだぼだぼに纏わっている。
「ちくしょう!俺は月の王だ!地上人なんかに負けてたまるか!」
再び攻撃を仕掛ける月夜見王。しかし、霊夢は軽くそれを避け、腹に強烈な蹴りを叩きこんだ。苦しそうにうめき声をあげる月夜見王の顔面にビンタをかまし、頭頂部に手刀を叩きこむ。
「ぐ、ぐは…ア…!」
「…やめだ」
追撃を加えようとしていた霊夢だが、突如その手を止める。
「なんだと…」
「もうアンタは今の私よりも格段に弱くなってしまった。そこで私はもうアンタを倒すことに意味を感じられない。地球を滅ぼすパワーを秘めたツキノカクも月と共に消えてしまったからな。もう若返りが進行することはないと思うが、安全な場所にいるっていう嫦娥と一緒にどこか遠い場所で二人で暮らすがいい」
月夜見王は鼻血を流したまま、涙を浮かべながら霊夢を睨む。霊夢はそっぽを向くと、遠くにいるカカロットの場所を目指して飛び立った。
「お、俺は月夜見だ…月の王だぞ…」
だが月夜見王には、それが屈辱であった。片手にエネルギーを溜め、放とうと狙いを定める。
以前の大人だった月夜見王なら潔く負けを認め、戦意を喪失していただろう。しかし精神も見た目相応に戻ってしまった彼は、まだ諦めることができなかった。自分を完膚なきまでに越えた地上人を、許すことができないのだ。
「俺は世界の王なのだ!!」
腕に溜めたエネルギー球体状に全身に纏い、一発の気功波をそこから放った。ぐんぐんと迫る邪悪な気に反応して、霊夢が振り返り、歯を見せて顔をしかめる。
「…バカが!私は最後のチャンスを与えてやった…それを無駄にしやがって。アンタが一人前に娘を想う父親だったから、それに免じて逃がしてやろうと思ったのに!幻想郷を守る博麗の巫女として言う…もうくたばれ月夜見王!!」
霊夢はそう叫ぶと、腕から特大のエネルギー弾を撃つ。色とりどりに輝く光弾は、月夜見王の気功波とぶつかり合い、わずかの間拮抗する。が次の瞬間には霊夢の光弾がそれを押し破り、月夜見王の肉体を包み込む。
「むぎゃ…ッ…!!」
「アンタはどうしようもない奴だった…娘に蓬莱の薬を服用しないようにしっかりと言い聞かせ、もし飲んでしまったとしてもそれを父である自分が咎め、身に余る罰を与えようとする周囲の有力者に自慢の戦闘力で反抗すればよかったはず。そうしなかったのは、アンタに邪悪な思惑があったから…月の民の王であるという高慢さが、地上をも巻き込もうとしたんだ」
その場で光弾は大爆発を起こし、七色の閃光を放つ。それに飲み込まれる月夜見王は爆発の衝撃で粉々に消滅していく。
胸中には何が浮かんでいたのか…最期に空へ伸ばした手の先には、何もない暗闇だけがあった。
「…終わった」
霊夢はそう呟き、夢想天生状態を維持したままカカロットの元へと急ぐのだった。
夢想天生と身勝手の極意ってなんか似てますよね