第82話 「謎の失踪!犯人は博麗の巫女!?」
幻想郷は、月の民たちとの戦いから実に三年ほどの年月が経過していた。
この地に住まう全ての者を巻き込んだ壮絶な戦いの後、しばらくの間平和が続いていたが…現在の幻想郷では、各地で妖怪たちが相次いで謎の失踪を遂げていた。
一番初めは山の河童が一匹残らず消えた。続いて命蓮寺の住民が激しい戦闘の跡を残して消えた。そのほかにも様々な種族や団体の妖怪がまとめていなくなり、基本単独で生活している妖怪も同様に姿を見せなくなった…。
「でりゃああ!!」
場所は変わり、天界。そこでは、豹牙天龍と紅美鈴が戦いを繰り広げていた。
攻撃を仕掛ける美鈴にあえて接近し、懐に潜り込んで足を抱きかかえるようにしてバランスを崩そうとする天龍。後ろへ倒れる美鈴だが、すぐに体を持ち上げて天龍を振り払い、後ろへ飛んだ。
「ふん!」
天龍はすぐさま接近し、美鈴の頬に肘をぶつけた。美鈴も負けじと反撃を繰り出し、天龍の顎を蹴り上げた。
お互いに一瞬睨み合うと同時に距離を取り、美鈴は腰に手を回し七色の気を溜める。天龍は両手を前に出し、そこに青い気の球を作り出した。
「『華光玉』!!」
「豹牙流奥義…『豹牙螺旋弾』!!」
両者の気功波がぶつかり合う。辺りに衝撃が響き突風と共に粉塵が巻き上げられる。
だが両者はまだ相手が無傷であることを確認すると、同時ににやりと笑い、再び飛び出して交戦を開始しようと仕掛けた。
「そこまでじゃ!」
がその時、どこからか老人の声が聞こえて二人は動きを止めた。
「おっとっと…」
「見事じゃ。もはやこのわしですら、敵わんかもしれんな」
杖を突きながらやってきたシュネックがそう言った。
「いや、そんなことはないでしょう。俺はまだシュネックさんには及びません」
「そうです。まぁこれからそうなるとは思うんですがね」
「ほっほっほ、言ってくれるわい」
シュネックがそう言った時、突然この場所に別の何者かが飛んできた。赤いオーラを解くと、そこにいたのは博麗霊夢であった。かなり慌てた様子で汗をかいている。
「大変よ、例の失踪事件がまた起きたわ。強い気を感じて現場へ行ったんだけどもう遅かった…」
「…行ってみましょうか」
「ああ、そうしよう」
霊夢、美鈴、天龍の三人はすぐに事件が起きたという場所まで飛んでいった。
ついた場所は花畑の中。だが花は目茶目茶に踏み荒らされていて、家らしき建物も半壊してしまっている。
「ここは幽香が住んでたところよ」
「まさかあの人まで…」
相次ぐ謎の失踪事件は数日前から続き、必ず現場には失踪者と何者かが争ったと思われる戦いの跡がのこされている。
幽香の姿は見えず、周囲には強烈な気が残り香のように漂っているだけだった。
「毎回、失踪事件が起こるときは強い気を感じる。でも気付いてその場所へたどり着くころにはもうすべてが終わっているってわけ。しかも場所は毎回バラバラ…」
「これじゃイタチごっこってわけか」
その時だった。霊夢は強い気を感じ、ビリビリと反応を示す。
「出た!場所は…向こう側!」
霊夢が指差す方向を見て、美鈴は青ざめた。
「あっちは…紅魔館の方角…!」
「でもここからならそう遠くないわ、運が良ければ間に合うかも!!」
三人は一斉に飛び立ち、全身にオーラを纏って高速で移動を開始した。
始めは霊夢だけが感じていた強い気も、近づいていくにつれて美鈴と天龍も感じられるようになって来た。二人は初めて感じる狂気的ともとれる邪気に恐れを抱いたが、この気は身近で感じた事のあるものと似ていると思った。
「やっぱり…根源は紅魔館だわ」
「…すでに遅かったのかも」
三人は紅魔館が見える場所にまでやって来たが、すでに紅魔館は壊滅状態で、何者の気配も感じない。
中に立ち入ってみるも、やはり激しい戦闘が行われていたようだが、中には誰もいなかった。
「誰もいない…お嬢様も咲夜さんも…みんな消えてしまった…」
美鈴は下を向きながら肩を落とした。
「美鈴さん…気を落とさないでください。まだ気は感じられる…敵は今でもこの館内にいるようですよ」
「…ちょっと見て、あれ…!!」
霊夢は、館内の広間に異様なオーラを放つ謎の人物が立っているのを発見した。巫女服を着た黒髪の女性のようだが…服の胸部に血が滲んでいて、顔には包帯を雑に巻き付けていた。
その女は霊夢たちに気がつくと、包帯から除くギョロリとした左目を動かして睨みつけ、歯を剥き出したような口を開いた。
「アアアアアアアアアア」
空気を震わすような叫び声と不気味な姿を見て、三人は怯んだ。
「な、なんだアイツは…!」
天龍がそう呟くのも束の間、女は赤黒い気を放出し、一気に霊夢たちとの距離を詰めた。そして、まず最初に美鈴に膝蹴りを命中させ、彼女を吹っ飛ばした。
美鈴は背後の壁に激突し、崩れた瓦礫の中に埋もれた。
「美鈴!?」
今度は自分たちに攻撃が来る、と思い構える霊夢と天龍だが、なんと女は二人に目もくれずに横を素通りして真っすぐに美鈴の方へ向かい、瓦礫の中の彼女を引っ張り出して殴りつけた。
「なんで!?私たちを無視した…?」
「…美鈴さんをはなせッ!!」
天龍は怒りをあらわにしながら、美鈴をいたぶり続ける謎の女に飛びかかり、渾身のパンチを顔面に叩きこもうと放つ。
しかし女はこちらを見ることなく天龍の拳を片手で掴んで受け止めた。その時、天龍は掴まれた女の手を見てギョッとした。
「何なんだ…この女、指先が無い!」
そう、天龍が見た通り、この女の両手には指先が無かった。その傷口から絶えず血が滲んでおり、手は真っ赤に染まっていた。女は今度は天龍にも敵意を露わにし、天龍の拳を掴んだまま振り回し、上へ放り投げると片手からのエネルギー弾を放ち、命中させた。
「ぐあっ!」
天龍が、攻撃を食らった箇所から煙を吹きながら落下していく。
「もう許さないわ!」
続いて霊夢も女へ攻撃を仕掛けた。全身から霊力を赤いオーラとして放出し、蹴りかかる。
女は片腕で足を掴んで蹴りを受け止め、ギリギリと力を込めながら霊夢を睨みつけ、もう片腕もかざし、霊夢へエネルギー波を放とうと構えた。霊夢もヤバいと思ったが、とんでもない馬鹿力からは逃げられず…。
「はっ!」
だがその時、美鈴が女の背中に一発のエネルギー弾をぶつけた。軽い爆発が起き、女はグルリと頭を美鈴へ向けた。
その瞬間に霊夢がこれがチャンスだと思い、渾身のパワーで女の顔面を殴った。
しかし、霊夢の拳は直撃はせず、寸前で女が避けようとしたため拳は顔の表面を滑るようにして突き抜けてしまう。その時、女の顔に巻かれていた包帯がズレて解け、はらりと宙を舞った。
「うっ…!」
…露わになった女の顔を見た霊夢は、思わず気持ち悪さと不快感が込み上げた。
その顔は顎から上の皮膚が剥がれていて、赤く乾いた肉がむき出しになっている。唇も鼻も頬も無く、全ての歯が丸見えになってしまっていた。さらに、右目は潰れて無くなっていて、残された左目も黄色く濁り、怒りと狂気に燃えていた。
「ウウウアアアアアアアアアアア」
女はこの世のものとは思えない絶叫を響かせ、落ちた包帯を拾い上げた。それを顔に被せて見えないように覆うと、慌てた様子で半壊の紅魔館を飛び出した。霊夢は追おうとするが、今は天龍と美鈴の身の方が大事だと判断し、やむを得ず逃がした。
その日の夕方。三人はあの謎の巫女服の女の行方を捜したが、見つかることは無かった。
もう空は薄く青みがかっていて、限りなく夜に近づいていた。三人はひとまず手がかりの残っていそうな紅魔館へ戻ってきて、焚き木を囲んでいた。
「さっきのやつが失踪事件の犯人なんでしょうか?」
天龍がそう言った。
「もう失踪ってよりは殺害事件って感じね。アイツ、とんでもない怒りのオーラを持ってた…一体何に怒ってるのかはわからないけど」
「今まで消えた方たちがアイツに殺されて消滅させれたとしたら、もうお嬢様たちは…」
「…気の毒だけど、そうなるわね。アイツは幻想郷各地に現れて、妖怪たちを殺して回ってる…。それに、私ともあろう者が恐怖しているなんて…」
霊夢は自身の体が微かに震えているのを感じていた。
「そ、そうだ!アイツは一体何者なんだ?恐ろしいほど強いのは確かだが、手の指先が切られて無くなってた…」
「女性であることは確かなようですが、その…胸の形が不自然でした。それに服に血が滲んでいた…たぶん、乳房を切り取られてるんだと思います…」
「ええ…包帯が解けたときに見えたんだけど、顔の皮が無かった…右目も潰れてて、しかも舌が途中から切られてた。ずっと叫んでたのはそのためね」
三人は得体の知れない敵の姿を思い出し、黙った。
「…それにあの格好…幻想郷であれを着ているのはおそらく…博麗の巫女だけよ」
「そうですね、きっとヤツの正体は貴方が考えているとおりです、博麗霊夢」
霊夢がそう言いかけた時、背後から声が聞こえた。三人が振り返ると、そこには茶色い体毛の巨大なヒグマがこちらをじっと見据えていた。
「…どなた?」