「どなた?」
霊夢は、突然目の前に現れた喋るクマを前に思わずそう尋ねてしまった。
するとクマはすくっと立ち上がった。ついビックリした霊夢たちは構えてしまうが、そのクマが妙である事に気付く。
「あれ?」
そう、なんとこのクマは生きては無く、何者かが毛皮を被っているだけだったのだ。その何者かはクマの毛皮を脱いだ。
現れたのは、不思議で妖艶な雰囲気を醸し出す、美しい女性だった。紺色の生地に唐草模様のような刺繍が成された着物を纏い、頭にはバンダナのようなものを巻いて、左右にはねた髪の毛が飛び出している。
「私はヤッメノコ・カムイペと申します。博麗霊夢…貴方と会うのは初めてですね」
「ヤツメ…なんだって?変な名前ね」
「ええ、よく言われます。何せ私、遥か昔に北海道から流れてきた土地神でして…”原初の賢者”と呼ばれております」
それを聞いた霊夢は思わず質問を投げかける。
「原初の賢者…?ってことはアンタって…!」
「ええ、貴女が思っているとおり。私はドラゴンボールを持つ七人の賢者の一人…三星球を持ってます。ところで…八雲と摩多羅はお元気ですか?」
「まあ…最近は会ってないけど、元気と言えば元気よ」
「よかったです。あの二人に幻想郷の賢者を何たるかを教えたのは私ですから」
「え?そうなの?」
「ええ、シュネックとガーリックがやってくるまでは、私は幻想郷最強の賢者でした。ですが今では、ガーリックに一度ボールを奪われてしまった程度の力しかありません」
八雲紫と摩多羅隠岐奈は、後に「シュネックは頑張ればどうにか出し抜けるかもしれないが、このお方だけにはどうやっても敵いそうにない」と語っている。
「原初の賢者さん、あなたがどういう人かはわかったわ。そろそろ知っていること教えてくれないかしら?あの謎の巫女について」
「…いいでしょう」
彼女の名は博麗紅蓮、300年前の博麗の巫女です。彼女は歴代最強の巫女と呼ばれていますが、小さいころから先代の巫女、つまり母親によって妖怪は悪でありいずれ絶滅して然るべきという教育を受けており、妖怪をひどく嫌っていました。
そして彼女は大人になったころ、実の息子を妖怪に殺されてしまいました。そのころから、彼女は本格的に異常なほどに妖怪をとにかく絶命させることに執着するようになります。
そして、事件は起こります。ある時、紅蓮は門外不出の博麗の秘術、「夢想封波」を「魔封波」と名前を変えて外の人間に流出させた罪を問われました。
「あの夢想封波を?」
「そう、博麗の巫女であるアナタならもちろんご存知のはず。古代より博麗の巫女に伝わる、最大の封印術…夢想封波。強力で如何な者も完璧に封じることができますが、敵が強すぎたり術者の力が弱ければたちまちにして反動で死に至る諸刃の術でもある…」
罪を問われた紅蓮はこれが期だといわんばかりに幻想郷中の妖怪を片っ端から夢想封波で封殺して回りました。彼女は正に歴代最強の巫女でしたから、何発の夢想封波にも耐える力がありました。紅蓮だけが特別だったのです。それ以前や以降の巫女はやむを得ず夢想封波を使っても、一度で命を落とす者や数発で死に絶える者ばかりでした。
「霊夢、アナタだって夢想封波を怖れて一度も使用しなかったはずですよね?」
「そうね…絶体絶命の窮地だとしても絶対に使っちゃいけないって紫に念を押されてたから」
「暴れまわる紅蓮の報告を受けて、当時の私が出陣しました。中々に危険な戦いでしたが、最後は私の一撃が紅蓮の顔面を吹き飛ばして動きを止めました」
三人は紅蓮のあの皮の剥がれた顔を思い出し、つばを飲み込んだ。
「私は紅蓮を拘束し、拷問にかけました。何故夢想封波を外の人間に教えたのか、誰に教えたのか。しかし何をしても決して紅蓮は何も言いませんでした。挙句には自らで舌を噛み千切り喋れなくなる始末…。仕方がないので心の読めるサトリ妖怪を連れてこようかとした時、紅蓮は自分の心すらも破壊し閉ざしてしまいました。聞き出すことを断念した私は紫と隠岐奈と共に厳重に紅蓮を封印し、幻想郷のどこかの地脈深くに埋めたのです」
「ですが、何故その紅蓮は今になって復活を?」
と、美鈴が聞いた。
「おそらく、ガーリックの死から三年前の月の民との戦いの時にかけて複数の賢者が命を落としたからでしょう。紅蓮にかけた封印は、ボールを持つ七人の賢者が揃うことによって強固になっています。なので一人でも欠ければ、たちまちにして封印は緩んでしまう」
「でも変だな…それならガーリックが死んだ段階で復活しててもおかしくないでしょうに」
「そうですが、あの通り今の紅蓮は憎悪と狂気でおかしくなっています。何を考えているかもわからないので何とも言えませんがね」
「じゃあ紅蓮が妖怪を消して回ってるのも妖怪に恨みを持ってるからで…」
「さっき俺と霊夢さんを無視して真っ先に美鈴さんに向かって行ったのもそういうわけか…」
妖怪という存在そのものに恨みを持つ300年前の博麗の巫女、博麗紅蓮。蘇った彼女は恐らく封印されている間に溜まりに溜まった憎悪が暴走して、以前の何十倍にも強くなっているとカムイペは推測していた。あの傷だらけの体はカムイペとの戦いと拷問によってできたもので、自らの心も破壊した紅蓮に対して、三人は少しだけ哀れみの念を抱いた。
しかし霊夢は、なんとしても紅蓮を止めなければならないと思った。自分は現代の博麗の巫女であるし、もしもカカロットが帰って来た時に幻想郷に誰もいなければ、きっと悲しむと思ったから。
「ところでみなさん、お腹減っていませんか?」
カムイペはヒグマの毛皮の中から死んだ鹿を取り出し、三人に見せた。
「アアウ」
幻想郷の果て、小さな湖のほとりにやって来た博麗紅蓮。彼女は水面を覗き込み、見るに堪えない自分の顔を眺め、そっと手で触れた。
指先の無い血だらけの手を洗い、水をすくって顔にひたす。歪んだ黄色い目が怪しく輝き、自分の胸元を覗き込んだ。今度は空を見上げると、唸り声を上げながらその場に寝ころぶのだった…。
「こ…これは…!」
霊夢はたき火の上にかけられた鍋の中で煮える鹿肉を食べて思わずそう呟いた。山菜と一緒に煮ることで臭みを軽減し、完全に中まで火が通る前の状態で口に入れた肉は、鹿肉とは思えないほど美味であった。
「うまい!いったいどんな鹿だったんだ?」
「ええ、こんな美味しい鹿がいるとは思えないです」
「鹿の鍋、ユクオハウです。ふふふ…私は幻想郷の食に精通する賢者ですし、私が触れた食べ物には最大限の旨味を与えることができるのですよ」
カムイペは”食べ物に旨味を与える程度の能力”を持っている。野菜や肉の旨味を最大まで引き出せるのはもちろんのこと、その気になれば雑草や虫でさえも病みつきになるほど美味しく仕上げることができる。
「へぇ、強い賢者にしては地味なのね」
「地味?そんなことはありませんよ。人間や妖怪が、隠岐奈や紫の能力によってこの地に生かされていたとしても、食べる物がなければ話にならない。特に生き物を狩って食べるということは、その生き物の生きた証を取り込んで生き延びるという事…その素晴らしさを知ってもらいたいのです」
「…そうなのね。まだ食べれそうなところあったわよね?じゃあ全部食べちゃいましょうよ」
「ふふふ、まだまだありますよ。鹿は脳みそも肺も気管も、心臓も余すところなく食べられますから」
三人は、カムイペの作る鹿料理を堪能した。
カムイペは骨と皮やどうしても食べられない部分だけになった鹿を洗って、紅魔館のほとりの霧の湖に沈めた。北海道に住んでいたアイヌ民族は、食べ終わった獲物の死骸をよく洗って木の根元や川の中などに捨てていたという。これはアイヌにとって動物は神の国からやってきた存在であり、こうして骨などの骸を返してあげることによって、もう一度動物は肉を纏ってこの世に来てくれるからだという。
「アアア」
その夜の朝方。博麗紅蓮は飛び起きると遠くの空を睨みつけた。そして全身に赤黒いオーラを纏って一気に跳躍し、どこかへと飛び去っていく。
「む、この気配はまさか…」
同じくして目を覚ました霊夢は、強力な紅蓮の気を察知した。カムイペと美鈴、天龍も起き上がり、その気を感じた。
「紅蓮がまた動き出しましたね」
「行ってみよう。今度はヤツを逃がさない」
「ええ…行きましょうか」