「うう…」
霊夢が目を覚ますと、周囲は暗闇に包まれていた。それに、心なしか手足が重たい気がする。
少しして目が慣れて来ると、自分の手足に鎖で重りを繋がれていることに気が付いた。
「なによこれ!」
霊夢は力任せに鎖を引き千切って破壊すると立ち上がり、ここがどこであるのか確認しようと歩き出した。しかし、一歩目を踏み出した瞬間、地面から赤いバリアーのような障壁が出現し、それに触れた足から電気のような衝撃が全身に流れ込んできた。
「ぎゃっ…!!」
「目が覚めたようだな博麗霊夢よ」
その時、この空間に聞いた事の無い老人の声が響き渡った。
「誰!?」
次の瞬間、部屋がパッと明るくなった。といってもまだ薄暗いぐらいだが、暗闇ではない。
霊夢は不気味な部屋だと思った。壁はパイプや何かのメーターやスイッチで埋め尽くされていて、同じく壁や天井にはコードがむき出しの血管のように走っている。
そして、少し向こう側に二人組が立ってこちらを見ている。その姿は、一人は腰の曲がった、染みとしわだらけの顔で白衣を着た老人だった。もう一方は、先ほどの聖白蓮のような何者か…。
「聖…!アンタどういうつもり?この一連の失踪事件の犯人はアンタだったの?」
しかし、そう言ってからよく見ると、聖の頬や額にオレンジ色の筋のようなものがまるで血管のように這っていた。
「口を慎め、博麗霊夢!」
老人は霊夢にそう怒鳴りつけた。
「このお方は世紀の天才科学者、ドクター・ウィロー様じゃ!そしてこのわしはドクターウィローの助手であり、バイオテクノロジーの大天才、コーチンである」
「ドクターウィローに、コーチン?バイオテク…何だって?」
霊夢は聞いたことのない言葉に困惑気味に首を傾ける。
「博麗霊夢よ、お前の強さは既に聞いている。幻想郷で一番強いお前の肉体がどうしても欲しい」
聖の姿をしたドクターウィローは、低くもはっきりとした声でそう喋った。
「ウィローとかいったわね…なんでアンタが聖と同じかっこをしてるのよ?それに私の肉体が欲しいですって?」
「ドクターウィローとわしは、こちらで言うところの外の世界の科学者だった。世界の為、医学の進歩の為にバイオ工学を研究していたというのに、世間はそんなわしとウィローを気味悪がり、決して認めようとしなかった。バイオ工学は生物の部位や有機細胞を多く扱う…なので、世界有数の極寒地とされる『ツルマイツブリ』という氷山地帯で研究を行っていたのだが、ある時局所的で異常な吹雪が一帯を襲い、我々の研究所は雪と氷に埋もれ、氷漬けとなった」
コーチンは霊夢に対してそう語り始める。
「誰もが、自分勝手な研究ばかり続けていた悪の研究者に天罰が下った、と言っただろう。馬鹿な人間どもめ、やつらのお粗末な頭がわしらの頭脳についてこられなかったのじゃ」
「ワシたちを徹底的に葬り去った人間どもに復讐してやるのだ。これを見ろ、このワシ…ドクターウィローの脳だ」
ウィローがそう言うと、天上の壁に明かりが灯された。なんと、その壁には巨大な装置のような物が埋め込まれていて、その上部のガラス張りにされたカプセルの中に、巨大な脳みそが沈められていたのだ。脳にはコードのような物が繋がれていて、毛細血管までくっきりと見える。まるでウィローの膨らみ続けた邪悪な心に応じるかのように、脳は巨大に変貌していたのだ。
「…うぇ、最近は人間のグロテスクな部分をよく見るわ。そんな姿にまでなって今まで生きてきたの?」
「志半ばにして倒れたウィローの脳を取り除き、わしが延命装置にかけたのだ。いずれくる、人類への復讐の時に備えてな」
「だがこの機械と脳だけの身体もさすがに居心地が悪くなって来た。そこでワシは、復讐のための強い肉体に乗り移ろうと考えた」
「まさか、アンタが聖の姿をしているのは…!」
「その通り、1000年前の魔の僧侶、聖白蓮の肉体を乗っ取ったのだ。偶然にワシらが研究所ごと迷い込んだこの幻想郷という地でな…」
─四日前
「ドクターウィロー、例のバイオテクノロジーの凶暴戦士たちが完成しました」
コーチンは壁に埋め込まれたカプセルの中の巨大な脳に向かってそう言った。
脳の周りのランプが点灯し、カプセル内の液体にコポコポと気泡が立ち上った。
「そうか」
壁に設置されたスピーカーから、ウィローの声が響いた。同年代であるコーチンと比べると声が若々しいが、これはもはや肉体を持たない、つまり声の変化がないことが理由だろうが。
「見知らぬ場所に迷い込み、一時はどうなる事かと思ったが、まあよいわ…この周囲に不可思議なエネルギー反応を無数に感じる…早速凶暴戦士たちを放って、試しにそ奴らを捕まえて来い」
「は、ドクターウィロー」
ウィローの命令を受けたコーチンは、自らのバイオ工学の知識を結集させて作りだした、ミソカッツン、エビフリャー、キシーメの三体を妖怪の山へ放ったのだった。
数時間と経たないうちに、凶暴戦士たちは手始めに河童たちを一人残らず捕まえてきた。
「なんだ、この妙な者どもは?」
ウィローは、河城にとり含める河童たちを見てそう口にした。
「理解しかねますが、何やら『カッパ』だなどと口走っているのを聞きましたぞ」
「『カッパ』…聞いたことがある。ニッポンという国に伝わる妖怪の名だ。まさかここはニッポンのどこかなのか?」
「ですが、ここでは数ある公共の電波が何一つ捉えられません。何か、特殊な磁場…フィールドで隔離された異空間のようですな」
ウィローとコーチンがそう話しているのを、鎖で縛られた河童たちは怯えながら聞いていた。不気味な脳みそが壁のカプセルに浮かんでいるのだから、普通はそう反応するのが正しい。
「お前たちに聞きたいことがある」
ウィローに声をかけられた河童たちはビクッとした。
「この幻想郷で一番強い者は誰だ?」
河童たちはひとしきり顔を見合わせたりして考えた後、河城にとりが口を開いた。
「…博麗霊夢…!」
「博麗霊夢?」
「…この幻想郷の博麗の巫女だ」
「そうか、よし…その博麗霊夢とやらを捕らえるか」
「でもそれは無理だと思うがね…」
「なんじゃと?」
にとりの言葉に対してコーチンが振り返りながら言う。
「今の霊夢は強い…いくら君らでも、アイツには勝てないと思うね」
「ドクターウィロー様に対して無礼な口をきくな!」
「待てコーチン」
にとりの言葉に対し、声を荒げるコーチンだが、それをウィローが諫める。
「そうか…では博麗霊夢を捕らえる前に、一度そのための仮の肉体を手に入れた方がいいかも知れんな。最低でもあのバイオ戦士を大きく超えるほどの素質のある肉体が欲しいぞ」
それから、ウィローとコーチンは三体の凶暴戦士を操り、幻想郷中のありとあらゆる種族の妖怪を捕まえてこの研究所へ集めた。
一人一人を凶暴戦士たちを無理やり戦わせて、その素質をウィロー自身が見て確認し、自分と相性の良い者を選び抜こうと考えているのだ。
そんな中、聖が凶暴戦士と戦う番がやって来た。
「ではかかれ」
「やれやれ…」
聖は部屋の天井に取り付けられたカメラ越しにコーチンを睨みつけた。広間に三体のバイオ戦士が放たれ、一斉に聖に襲い掛かった。
「ふん!」
身体強化の魔法を発動し、凶暴戦士の攻撃を耐える聖。だが突然目を見開き、キシーメの腕を掴んで投げ飛ばした。驚くミソカッツンとエビフリャーだが、すぐにもう一度攻撃を仕掛ける。
聖は全身に気を込め、紫色のオーラを放出する。聖自身ですらも紫色に発光して見えるほどまぶしいオーラは、まさに滅越拳を発動した証であった。
「なんと!」
モニターで様子を見ていたコーチンが驚きの声を上げる。
聖は両サイドから襲い掛かるミソカッツンとエビフリャーの拳を片腕ずつで防ぎ、回し蹴りを喰らわせた。そして、後ろへよろめく二体に向けて気功波を放つ。
エビフリャーは咄嗟に拳から吹雪を放ち、それを相殺する。一方、ミソカッツンは腹で気功波を受けると、なんと柔軟なブヨブヨした肉でそれを包み込み、跳ね返した。
「わっ…!」
それを上へ飛んで避ける聖だが、そこにはまだピンピンしているキシーメがニヤニヤしながら待ち構えていた。電気を込めた触手を叩きつけ、感電させると同時に地面に叩き落とす。
「うぐ…」
「ドクターウィロー、この者もあの程度だったようですな」
「…いや、違うぞコーチン…」
ウィローの声は喜びに震えていた。
「完璧だ。強さだけではない…恐らくワシとこやつで精神的にどこか似ている部分があるのか、相性はいい…決めた。仮の肉体は聖白蓮、お前にした」
呼び出された聖がウィローの部屋に連行される。
「ようこそ聖白蓮」
「私の肉体を乗っ取るですって…?いいでしょう…でも覚えておくがいいわ、あなたたちは絶対に安らかな死は訪れないでしょう」
「ひゃっひゃっひゃ!当然じゃ、ドクターウィローは未来永劫死ぬこともなく世界に君臨するのじゃからな」
すると、床から細かいコードのような線と赤いオーラが立ち上り出す。それが聖に巻き付いて包み込むと、そこには聖の肉体を乗っ取ったウィローの姿があった。
「素晴らしい…!これなら、博麗霊夢とやらの肉体を奪うのにも苦労はせんだろう!世界を我が物にするため、また一歩進歩したぞ」
その後、ウィローは凶暴戦士たちが手を煩っているという傷だらけの博麗の巫女の元へ向かい、そこで霊夢を捕らえることに成功するのだった。
「というわけでな…今、ワシの意識はこの聖白蓮の肉体の中にあるので、この脳は機能を仮停止しているのだがな」
「ひゃっひゃっひゃ…!今も収監しておる妖怪共もいずれは洗脳し、我々の忠実なしもべに改造して軍隊を作るつもりなのじゃ」
ウィローのただならぬ執念と、コーチンの執心ぶりを感じた霊夢は思わず汗を流した。この外の世界からやってきた科学者は幻想郷を利用し、世界を手中におさめようとしている。
「さてそろそろ…博麗霊夢。お前の身体を頂こうか」