私はヘルガを引き連れて出口に向かって走っていた。
爆破までどれほどの猶予があるかは分からないし、地上に逃げて避けられるものなのかも全くの未知数。
ただ、これだけ地下まで潜っていては今から準備する防御魔法や転移魔法では逃れられないだろう。
「エメラルさん!階段です!早く登って!」
ヘルガが扉を開け放つ。
すると。
『停止ー正常な処理により爆破は停止されましたーこれより通常機関の運用をスタートしますー』
警報の音や非常灯らしきランプも消え、入ってきたときと同じように換気のような音だけが鳴り響く。
「…!いいですか、ヘルガ、貴方は階段を上がって、これまであったことの顛末を兵士に話してください、マザクは生け捕りにしろ遺体にしろ私たちが持って帰る、とも」
「え…?待ってください、僕もユーリィさんを探しに…」
「必要ありません、足手まといです」
ユーリを一刻も早く捜さなければいけない。
ふつうに考えたなら、ユーリが何かしら手順を踏んで爆破を止めたと考えるだろう。
しかし、嫌な予感がする。
こんな設備を付けておいて、これほどの機械の技術を持つ者がシステム停止できるようにするだろうか?
「いいですね?」
「…帰りをお待ちしています、援助が欲しければなんなりと言ってください」
ヘルガが背を向けて階段を登り始める。
「待っていてくださいよ…!ユーリ…」
そして私は、蜘蛛の巣の中に飛び込んだ。
「っ…?」
俺は目を覚ました。
どこかは分からない、が少なくとも来たことのない場所であることは分かる。
真っ白に光るランプが部屋を照らし、本棚には本がびっしり。
寝ている布団は柔らかく、寝てまま起き上がれるような工夫が施されているようだ。
不意に、ベッドの横の机から声が聞こえた。
「ー治療成功ーダーリンの毒の除去に成功しましたー」
「…TC…06…だっけ?」
「ー歓喜ーダーリンが私の名前を覚えていますー人工生殖器、及び人工脳の快感分野の開発が完了しましたー」
なんだか一人で盛り上がっているようだが、そんなTC06のピンク色の目を見て尋ねる。
「ここはどこだ?それとエメやヘルガは?」
「ー回答ーここはクライム・ヴァール創設の旧機械研究所でしたが現在では私とダーリンとの愛の巣として使うこととなりましたー廃墟とはいえ掃除はいたしましたし誰も訪ねてくる者もいないでしょうーお連れの二人に関しては施設自体が爆破を中止したので恐らくは怪我もなさっていないでしょうー」
その言葉を聞いて体から力が抜ける。
「よかった…止められたんだ…ありがとな、俺を守ってくれて、その上安全なところで治療までしてくれて」
握手を求めて手を差し出すと、煙を吐きつつ手をマニピュレータで恐ろしい力で握ってきた。
「ー深刻なエラーーダーリンが私に微笑みを浮かべて肌に接触できるようになさいましたー溢れ出る感情と快感がエラーを引き起こしますー」
そのままガクガク震えて手を握ったまま関節からプシュッ!と大量の煙を吐き出し、しばらくビクビクと体を痙攣させた。
「ー絶頂によりエラーは解消しましたー快感が一定度数に達したため生殖器と排煙孔を用いて解消しましたー」
「…おい、俺でもそれがどういう意味か分かるぞ」
毎晩魔王のその様子を見ているから分かってしまう自分が情けなくてなんだか泣きたい気分になってきた。
股間(?)にある排水口(?)から冷却水(?)をポタポタとこぼしているTC06は小首を傾げた。
「ーセクシャルハラスメントを確認ーダーリンが私にセクハラを仕掛けてきましたー性行為のお誘いなのか単なる嫌がらせなのか図りかねますーご命令をー」
こいつ、ロボットじゃなくて実はすけべ親父じゃないのだろうかと不安になる。
「…とりあえず、俺はここから出て帰るよ、TC06はこれからどうするつもりだ?」
「ー戦闘型へ移行ーダーリンから私たちの愛の巣から逃げようとの不穏因子を検出しましたー武力行使をもって阻止しますー」
ガコン!とマニピュレータが引っ込んでマザクを殺害したのと同じ腕にシフトされる。
「…え?あの、TC06さん?」
「ー掃射開始ー」
本棚が倒れ、机や椅子は穴だらけ、俺のうずくまっている床の周りもボロボロになるまで連射式鉄砲の餌食となっていた。
「ー捕獲完了ー」
TC06に抱きかかえられる。
しかし俺は、何もせずに投降したわけではない。
「そらっ!」
頭部パーツと体が取り外せるのは分かっているのだ。
少し胸は痛むが頭を思い切り引っ張ってみる。
「ー反抗を確認ーデモンストレーションを行いますー」
すると俺を床に座らせ、いとも簡単に片手でベッドを掴み上げると鉄砲の腕を押し付け。
「ー射撃開始ー」
1分後、ベッドはただのボロ布と化していた。
「ー警告ーダーリンもミンチになりたくないのであれば賢い選択を以って私と行動することですー」
「…はい」
ユーリと別れた部屋を開ける。
そこには血まみれの肉塊となったマザクと、光を失ったパネルがあるだけだった。
「…どこですか?隠れんぼのつもりですか?」
辺りを見回すと、左側の壁にはまだ新しい破壊の痕跡が残っている。
人間が手を広げて突進したかのような形の跡。
「何者かが攫った…?いえ、そんなはずはありません、第1にユーリなら大抵の魔物くらいなら倒せますし…」
そこで私は見つけた。
一箇所だけ、汚れやホコリが全くない場所を。
「…あの機械はどこへ…!?」
「へ、ヘルガ王様、いつお戻りになられたのですか?それにマザク様はどちらへ…」
体に傷を負った兵士たちが薄ら笑いを浮かべて僕の前にひれ伏している。
「マザクはもうお役御免だ、後の処分はこちらで行う、さて諸君、僕に従う気の無い者は手を上げてくれ」
誰も手を挙げるまい、と思っていると、ある貴族の息子の役立たずな兵士が手を挙げた。
「マザク様より王権の譲渡を宣言されるまで、私はヘルガ様は王として信用致しませんぞ!」
するとそれを皮切りに、反論が起き始めた。
「そうだ!マザク様の口から聞かなくては納得できない!」
「幼い身でどうやって国を治めるつもりか!?」
マザクの政策で甘い汁をすすった貴族の関係者をはじめとする騎士や兵士たちが詰め寄ってくる。
「な…や、やめろ!証拠は今から…!」
「騎士ともあろう者が、君主ならずとも敬うべき者に逆らうとはなんたる不届き者であろうか…それでよく騎士が名乗れたでござるな」
第2騎士団長であるヘイジが声を上げた。
すると僕に掴みかからんとしていた兵士は歩み寄り、剣を抜いた。
「俺はなぁ、昔ッからアンタの態度が気に食わねえんだよ!ここでクソガキと一緒に叩き斬ってやる!」
その子分らしき兵士や騎士も武器を手にする。
鉄砲は全員持っていないが、ざっと見て20人ほどがヘイジに剣やランスを向けていた。
僕たちの襲撃によるものなのか、満身創痍のヘイジは折れたランスを手に不敵に笑った。
「やれるものなら、やってみろ…でござる」
「ー問ーダーリンにとって愛する人はどなたでしょうかー」
俺は新しいベッドに寝かされた。
化け物じみた力で抱きかかえながらなぜか添い寝しているTC06が尋ねてきた。
「エメだよ、俺の妻だからな」
「ー不正解ー私の欲望中枢を満たさない内容により端的にこちらの要点をお伝えしますー」
「え?」
「ー要求ー私TC06製造番号2-2-42はダーリン…もといユーリィ・グレイの妻となることを所望しますーこれより先この要求への拒否をした場合は実力行使となりますー」
「…は?何言ってるんだ?俺はエメを愛してる、だからもうここから出たいんだよ」
あまりに身勝手な物言いに反論すると、マニピュレータが俺の腹を突いた。
「がッ…!?」
たまらずに上体を起こすと、俺の上に馬乗りになったTC06は言葉を紡いだ。
「ー警告ーあまり私の怒りを刺激するとダーリンの身の安全の保証は致しかねますー端的に言うならばー」
すると、また口を露わにした。
びっしりと並んだ白い歯で俺の首筋を強く噛む。
血管が破れて、一筋だけ血が流れ出したのを肌で感じ、思わず体が震えてしまう。
暴れることもできずにいる俺の首の血の筋が服に滴り落ちる前に、三本の舌が俺の首に巻き付く。
「ー逃げるようなら手足…首だって吹っ飛ばすー」
舌によって、少しだけ頸動脈が締め付けられる。
「…!」
恐怖と観念で目を閉じると口と舌が離れた。
流れていた血は綺麗に舐め取られていた。
「ーということですーお判りいただけましたかー」
ここは従うべきだ。
が、しかし、魔王を裏切ることなどできはしない。
「お断りだ」
「ー嫉妬ー服従剤とTC合成ガスを使用しますー」
ドッ!とベッドに押し倒され、腕には注射器からなにかを注入され、口と鼻をすっぽりTC06の口で覆われる。
TC06の吐く空気を吸ったせいなのか、遠のく意識の中で、TC06の赤みがかったピンク色の目がやけに歪んで見えた。
ヤンデレ発動です、喜べ(強制。
次回からはTC06に攫われた勇者を求めて(また)魔王が遁走する、的なことになりますので、どうぞよろしく。