しかし勇者が目覚めることはなく、新たな刺客の影が…。
「エメラル様」
「…」
ある魔王城の中の一室で、城の主は夫の目覚めを待っていた。
魔王が目覚めてから3日。
目が覚めたことによる魔力の回復もあってか、意識を取り戻してからの魔王の怪我の治りは目を見張るものがあった。
しかし、魔王は眠っていた時よりも暗い顔を見せるようになった。
目覚めた日、魔王は魔王が目覚めるのを心待ちにしていた人々と共に抱擁を交わし、涙を流し、その復活を祝った。
そしてその晩にメイドがその部屋を訪ねると、勇者をがくがくと揺さぶり、魔力を流し、泣きながら胸に顔を埋める魔王がいた。
メイドは急いで引き離した。
ただでさえデリケートな身体を、力任せに揺すったり、魔力を流し込んだりすれば、どうなるものか分からないから。
一通り泣き、喚き、辛そうに呻いた後、魔王は感情を失ったような瞳で勇者のそばにいた。
魔王はもう3日、ずっとその部屋から出ていない。
足がまだ完治していないとは言え、部屋から出られないわけではないのだ。
特注で作った最高級品の車椅子をメイドは用意している。
しかし。
「…エメラル様、いつまでそうしているおつもりですか?」
「…」
魔王の顔は疲弊しきっているように見えた。
三日間、まったく寝ず、食事も摂らず、ただ椅子に座っていたのだから無理もないが。
「ご公務も溜まっています、朝ごはんも温めています」
「…仕事ならマリンに取り次いでください、それと今日もご飯は要りません」
「エメラル様、この際だからはっきり申し上げましょうか」
メイドは薄く笑い、魔王の暗い目を覗き込む。
「私は、そもそもユーリィ様がここに来たのは間違いだと思っています」
「…は?」
じろり、と魔王の目がやや敵意のあるものに変わる。
「だってそうでしょう?人間なんて脆弱な生き物です、それにユーリィ様は本気を出してもパワーでも魔力でも、私と互角程度と存じます、由緒ある魔王家の婿にそんな弱い人間ごときは要らないんですよ」
嘲るような口調に、魔王が立ち上がる。
恐らく折れた足には激痛が走っているはずだ。
それでも顔色一つ変えず、むしろ怒りを滲ませてメイドの方へゆっくりと歩み寄る。
「そもそもの話、こんな脆い人間と同じ空気を吸うこと自体を私は嫌悪せざるを得ません、やはりエメラル様には別の男性が」
パチンッ!
乾いた音が部屋に響く。
実にここ数百年と魔王家に仕えてきたメイドは、この日始めて魔王に暴力を振るわれた。
頰に赤い跡が残るほどの本気のビンタを受け、頰を手で押さえるメイド。
口の端からは叩かれた時に噛んでしまった口内からの血が垂れる。
「もう一度…もう一度言ってみなさい…ユーリを貶すようなら私はウルスラであろうと、絶対に許しません…」
胸ぐらを掴み、額と額が当たるほどの距離で睨みつける。
「…なぜ?なぜエメラル様はそこまで下級種族にこだわるのですか?私には到底理解できません」
「…私は、ユーリの全てを愛しているからです、それ以外に答えようはありません」
するとメイドはにっこりと微笑んだ。
「ユーリィ様のことを誰より分かっているエメラル様なら、もしも今やっている待ちぼうけをユーリィ様が見たらどう思うか、それくらい分かるはずです」
「…!」
「…皆さん、食卓で待っていますよ」
車椅子がからからと廊下を進む音を聞きながら、一人部屋で微笑む。
「世話の焼ける愛ですね…まったく」
神世界
「離せッ!おい!このォ!」
ある暗殺者が一人、拘束されていた。
すぐ近くには真っ赤に炎を燃え上がらせる炉。
「ニコラ、ほんとにコイツを人錬鉄に使っていいのか?」
「ええ、ええ、構いません」
ゆったりと会話する二人の神。
「さて…貴女はこれから鉄に練り込まれるんだけど、覚悟はいいかな?」
「なぁに、心配するこた無ぇ、痛覚なんてすぐに吹っ飛ばされるからよ」
「…ぅ、っく…ひっ…」
「…泣き出しちまった」
「痛みが無いのは本当、なんせ魂を鉄に練り込むわけだから、過程で苦しませてしまっては汚れた心も薄くなってしまう」
「魔法道具…って言うより神具だが、人錬鉄専用の炉だから安心しろよな、綺麗な刀に打ち直してやるよ」
「…お願い…助けて……」
涙ながらに訴える女に向かって、鉄の神パストスは無慈悲にも言い放った。
「人は神に作られたんだ、どうされても文句は言えねえと思いなよ、あばよ」
ガコンッ!
「…お姉ちゃん?お兄ちゃんのそばにいなくていいの?」
「大丈夫、ユーリが目覚めた時に悲しむようなことはしたくありませんから」
「エメちゃんも大人になったんだね…じゃあ次は私がユーリ君の看病をしてあげないと」
「それは結構です」
「息子のことは母親がやってあげるべきよね♪」
「「「それはない」」」
「それで、ニコラさんよ」
「はい?」
火を噴く炉の中をじっと見つめて、手に持った棒を細かく動かしているパストスが話しかけた。
「アンタ、人間に取り込まれたとかいう噂があったが…ありゃ本当の話なのか?」
「はい、その通りです」
「……ほぉ」
少し驚いたような顔をして火の中を覗いている。
そして、ニコラが口を開く。
「彼は特殊です」
「…」
「神を殺す力を持つ人間が稀に生まれますが、彼は違う…神を殺すのではなく、それより上を行く力を持っています」
「んな馬鹿な、神殺しがアタシ達は一番恐ろしいだろ」
「神をも受容し、飼い慣らしてしまう能力…だからこそ私は彼を欲しているのです」
うっとりとした目で勇者のことを思い浮かべるニコラ。
それを見たパストスは心底呆れたようにため息を吐く。
「言うなればアレだろ、ホれたんだろ」
「そう、そうなりますね」
「…それをアタシに手伝えって?」
「はい、人錬鉄のお礼がしたい、と仰ったので」
「……いいけどさぁ、何をしろって言うんだ?」
「…まずは」
「私の護衛をお願いできますか?」
神の位としては
パストス>ニコラ
ですが、戦ってもニコラが負けることは無さそう…。
勝つこともなさそうだけど。