魔王の間には、張り詰めた空気が漂っていた。
しかし、俺に勇者の剣を向けられた状態でもやはり、魔王は薄ら笑いを浮かべている。どうやら余裕綽々のようだ。
「あ、名前教えてませんでしたね」
「聞く必要はない、すぐに倒すんだから」
「そんなに私を求めて下さるとは…私の名前はデラルス・エメラル、エメって呼んでください!」
俺は嬉々として自己紹介をしている魔王に、斬りかかる。
この剣は世界最高の武器だ。魔物に切り傷を付ければ、そこから聖性が侵食し、時間さえかければ大きなダメージを負わせられる。
そんな剣を、魔王は物ともせず掴んだ。
「なにっ…!?」
「この剣…多少良い素材を使ってはいますが、こんなものですか…」
「くそッ!」
そのまま剣を振る。しかしビクともしない。
「大丈夫、勇者様は私がお守りしますから強くなくたって」
話している横っ面に、思いっきり拳を入れる。
しかし、顔面に辿り着く数cm前で拳は弾かれ、こちらへ跳ね返された拳に謎の呪印が刻まれた。
「…!なんだ、これ!何をした!?」
「慌てないで下さい、その呪印は、勇者様を苦しまないように戦闘不能にさせるだけのものです」
「ふざけんな…」
放ったその怒りの言葉は途中で止まり、そして俺は倒れた。
ウインクと違うのは意識があること。
魔王は恍惚とした表情で歩み寄ってきて、俺を抱き起す。
「ユーリ…ぐったりしているあなたも可愛いですよ」
「ふざけたことを…」
俺はそこで、魔王に握られたままの勇者の剣に魔力を込める。
「ッ!?」
魔王は初めて動揺を見せた。慌てて剣から手を離す。
「どんなもんだよ、剣を持ってた手から聖性は侵食するぞ」
現に魔王の手は焼け石のようにジュワジュワと音立てている。
「ふふ、こんなものでっ…」
魔王は少し身を屈めた。
そして、魔王は黒い翼を顕現させた。
「それがなんだって言うんだよ…!」
剣を向けて気付いた。
魔王の手の怪我が治っている。聖性を確かに入れたのに。
そして魔王は曲がった角と、黒い翼を持ち、如何にも魔王といった感じだった。
「さて、と、悪い旦那様には…」
「くっ…そ!」
「お仕置き、ですね」
身体から聖魔法を放つ。しかし翼を少し扇いだだけで、簡単に魔法は吹き飛ばされる。
「来るな!」
「そー…れっ!」
一気に距離を詰められ、抱き締められる。
「っ!離せ!」
チャンスだ。ここから一気に魔法を当てることができれば、魔王といえど重傷を負うはず。
「無駄ですよ、ユーリ」
魔法を唱えようとした矢先、身体から力が抜ける。
これまでは、力を入れることはできた。それとは違う。もっと根本的な力が消えていく感覚がする。
「そんな顔しないでください、魔力を吸い取っているだけですよ」
「くっ…!」
「さすがユーリ…美味しい魔力を溜め込んでますね…」
興奮したのか荒い息を吐き、身体を擦り合わせてどんどん魔力を奪う魔王。
「もう…いいだろ…!」
「だめですよ、賢者の…ハルカでしたっけ?あの雌豚に魔力を与えて妻たる私に魔力をあげない…なんて」
「な、なんでそれ…知って…」
2ヶ月前、ハルカが治療でくたくたになった時に、ハルカと手を握って(ちなみに恋人つなぎで)魔力を与えたことはある。
見られていたのか。道中。ずっと。
「浮気は…許しませんからね♪」
口を開く気力が無いほどの脱力感。
しかしその感覚は、まるで眠りに落ちる直前の時間を引き延ばしているようだった。
ノーガードの頭に、魔王の声だけが響く。
「目が覚めたら、その一日は私の奴隷ですからねー」
そして意識が落ちる前の、最後に。
「私色に染めて逃げる気力なんて、湧かないようにしてあげますからね…」
「ユーリ、愛してます♪」
あっさり負けてしまった勇者!
お次はお待ちかね、魔王様にいじめられます!