「ユーリ、今日一緒に寝ません?」
「どうせ夜這いに来るだろ…」
「人間の夫婦は寝室を共にするものらしいですよ!」
魔王がいつにもましてくっついてくる。最近はトイレに入っても外で音を聞いている始末(この前トイレで襲われた)。
「あのな、そんなに依存してたら俺、逃げるぞ?」
「えっ…ゆ、ユーリは私を愛してますよね?愛してるから結婚したんですよね?」
「…これからどうなるかな」
「ごめんなさい!嫌わないでください!」
すがりついてくる。
しかもついでに色々と触られている。
「あーもう!俺は寝るからな!」
「ちょ、ちょっと!ユーリ!今日はシないんですか?5時間くらいシてないからムラムラしてるんですよぅ!」
無視して扉を閉めて、鍵をかける。
「ううう…今なら怒らないから開けてくださいよう」
扉が叩かれる。
次は蹴られる。
人くらいなら殺せるような強さの蹴りだ。
蹴破れない(特殊合金製)と分かったのか、しばらくすると静かになった。
扉も少しへこんでるし。
電気を落として、ベッドに寝転ぶ。
「…トイレ行くか」
魔王のいない夜は久しぶりだ。
いたらいたで、腰が砕けそうになるほどヤられるが、いないと中々寂しい…俺は何を考えてるんだ。
トイレの扉を開ける。
そこに、見慣れない人間がいた。
「…!貴様、ユーリィ・グレイか…?」
「あんたこそ、何者だ?」
真っ黒な装束。男とも女とも付かない声。
暗殺者。
ヘイジの手紙の言葉が脳裏によぎる。
「騒がなければ、殺さない」
「こちとら殺されるのはごめんだ!」
携帯している勇者の剣を抜く。
相手も少し怯んだようだ。
「…」
無言で向こうも短剣を構える。
音を立てないためか、向こうから攻撃はしてこない。
妙だ。
これまでの勘からして、戦わない理由は降参するか、騙しているか、援軍などの勝算があるか。
剣を持つ姿勢が崩れないあたり、降参でないのは明らかだ。
そして会話もない。騙してもいないだろう。
ならば。
「暗殺者のチームは5〜6人、だろ?」
「静かにしなければ、殺す」
その目がこちらを睨む。
その時。
廊下で何かが破裂するような音が聞こえた。
「…動くな」
こちらに短剣を向けたままゆっくりと扉の外を見る。
その暗殺者は、俺の目の前から消えた。
首から廊下に引きずり出されたのだ。
「ぎッ…ぎゃああああああ!!」
水っぽい音と、先ほどの暗殺者の男(?)の悲鳴が聞こえた。
恐る恐る外に出る。
「ユーリ!怪我は無いですか!?」
魔王が飛びついてくる。とりあえず抱きしめはした。
そこに広がる光景に目を奪われて、言葉は返せなかった。
内側から破裂したであろう人間の肉片。
喉を突かれ、首に穴の空いた先ほどの暗殺者。
その二人の死体を蹴って廊下の端に寄せるウルスラ。
「…え、エメ」
思わず尻餅をついてしまう。
「ユーリ!どこか痛みますか?すぐ治します!」
「ちがう、なんだよ、これ」
「クインちゃんの言っていた暗殺者でしょうね、私たちの愛の巣に入り込む不届き者は、殺されても文句は言えないでしょう?」
死体の手を踵で踏み潰す。
その躊躇いのない動作に、思わず。
「やめてくれ!同じ人間なんだ!」
言ってから気づいた。
彼女たちにとって、俺たちは全く『同じ人間』などではないことを。
「ユーリ、彼らは私たちを殺そうとしたんですよ?」
「でも、こんな酷いやり方…」
思わず目をそらす。
こんなことなら、最初からトイレから出て来るべきではなかったのかもしれない。
目を背けた時に、俺はウルスラの肩越しに見てしまったのだ。
昔の仲間たちが、こちらに来るのを。
「勇者様…!」
「ハルカ…ネミル…」
ウルスラがゆっくりと振り向く。
魔王は俺の前に立つ。
「魔王!やめてくれ!俺の仲間なんだ!」
「仲間?違いますよ、侵入者です、私からユーリを奪おうとする、ただの雌豚」
押しのけようと腕を触った瞬間、静電気のような感覚が走った。
圧倒的な魔力。
魔王の体に張り巡らされたおびただしい量の魔力が、俺の指を弾いたのだ。
ウルスラは向かって来る二人に、青い剣を向ける。
「喰らえっ!最大火力!」
「エメラル様!下がってください!」
ネミルの詠唱を聞いて、すぐにわかった。
『女神の光』
ネミルが遺跡を探索して見つけた、究極魔法。
その光に呑まれた物は、何もかも消え失せるという、魔王に対しての切り札としての魔法だった。
代償に、それを使えば魔力は激減し、回復するまで一人では歩くことも困難になる。
ネミルが叫ぶ。
「浄化せよ!女神の光!」
その太い光線は、ウルスラと魔王を貫くように一直線に飛ぶ。
「ウルスラ、あなたが下がりなさい」
「エメラル様、しかし」
「あなたがここでヘマしては困ります」
魔王はウルスラを優しく光線の軌道から押しのける。
光は、魔王に当たり、そして。
「なんですかこれ?お粗末な魔法ですね」
「だから私でも止められると申しましたよ…」
消えた。
「え…?」
ハルカが固まる。
ネミルは魔力を失い、倒れる。
「お気に入りの服が少し焦げちゃいましたよ」
「エメラル様、後で私が修繕しますから」
「でも革も使ってますよ?」
「大丈夫です」
呑気な会話。
ハルカは完全に放心状態だ。
「ハルカ!ネミルを連れて逃げろ!」
俺の言葉で、ハルカはばね仕掛けのようにネミルを抱えて走り出す。
しかし、その道は魔王が小さく何かを詠唱することによって、大きな樹が生えて塞がれる。
「おっと…逃げないでくださいよ」
「ひッ…!」
ハルカは恐怖からか固まっている。
その顔は、これまで見た、魔王に襲われた人々と同じだった。
「エメ、頼むから、見逃してくれ」
「いくらユーリの頼みでも、ダメです」
「お願いだ、なんでもするから!」
すがりつく。が、優しく引き剥がされる。
「殺しますよ、それが報いというものでしょう?」
「…させないぞ」
俺は転移魔法を詠唱した。
ガタガタの詠唱だ。
だから、どこに飛ぶかわからない。
それしか希望はない。
もちろん海の底に飛ぶ可能性もあるけれど。
「エメラル様!ユーリィ様を止め…!」
「…ウルスラ、放っておきなさい」
「ですが…」
「呪印はきちんと付けました」
「呪印…ですか」
転移魔法の光が二人を包む中、少しだけ話せた。
「頼む、もうここに来ないでくれ!」
ハルカは最後に何か叫んだ。
それは、呪印を植え付け、満足した魔王を怒らせるのには十分だった。
「私、ずっと、勇者様を愛してました!」
そして、消えた。
「…ごめんな、俺はエメを、愛してる」
誰もいないその空間に呟く。
「ユーリ、お話があります」
魔王に囁かれる。
話はまだ、終わっていない。
奪回はまたも失敗…。
後編に続きます。