「じゃ、おやすみなさい」
「…おやすみ」
いつも通り、魔王におやすみのキスを受けてベッドに入り、抱き締められる。
そう、いつも通りなのだ。
こんな屈辱からは耐えられない。だから俺は、脱出を決意した。
まずは俺をしっかり抱き締めている魔王。これを突破しなくてはならない。
トイレに行くと言っても。
「ついて行きます!」
となる。
それはこの前試した。魔王城を歩き回って地形とか、仕える兵も覚えた。
ならば…。
「魔王…なあ、魔王ってば」
「んぅ…ユーリ、なんですか?」
「夜の散歩に行きたいんだよ」
「よし!行きましょう!」
うん、そう来ると思った。一緒に活動することが前提なのだ。
「月が綺麗ですね…」
「魔界に来てから、月なんて見てないからなあ」
「月と私、どっちが綺麗ですかね?」
なんか言ってるが無視。
さて、ここからの脱出手段は考えてある。
ここで魔力を練っておかないといけない。そのためには魔王と恋人ごっこをして、悟られないようにする。
あ、質問無視してた。全然ごっこできてないや。
「…ユーリ!」
魔王に声をかけられる。
「な、なんだ?」
「…もういいです」
と、言うなり魔王は俺を綺麗に整備された芝生に押し倒す。
「うわ…?どうした、魔王?」
「ふぅん…へえ…?」
魔王は俺に、馬乗りのままキスする。
…長い。20秒ほどずっとキスしている。
「っ!ぷはっ!魔王!なんなんだよ!」
「魔力」
「え?」
無い。魔王の会話を流しつつ少しずつ貯めた魔力がないのだ。
「ユーリ?また魔力なんて貯めて…何するつもりだったんですか?」
「そ、それは…」
「はぁ、そんなに、私の生足を味わいたいんですかね?」
「違うんだ!」
そう、最低のケースもきちんと考えてある。
「綺麗なバラの咲いてるところがあって、連れて行きたいんだよ、魔王と一緒に見たかったんだ」
「ユーリ…♪」
そのあと30回くらい、キス責めされた。
「もう、一緒に行くの、言ってくれたら私の魔法で行けたんですからね」
「ご、ごめんな」
俺と魔王は手を繋いで、飛翔魔法で俺の指示した方に飛んでいた。
これが、チャンス。
ここは魔界だ。もしも逃げるなら、人間界に飛び込むのがいい。俺の指示したバラの咲く所は、丁度人間界へのゲートの上を通るルートだった。
飛び降りる。失敗して死ぬならそれで構わない。
「…ユーリ、どの辺ですか?」
「魔王、俺は、もう耐えられない」
「…?」
「じゃあ、な」
魔王の手に、魔力を流す。
微弱な魔力ではあるが、手を引き離すには十分だった。
「ユーリ!」
上から魔王が叫ぶ。俺は笑って、落ちる。
風が強い。これでは恐らく、隣の森に落ちる。
死ねる。生き恥を晒すくらいなら、もうこのまま…。
ごめん、みんな、そして魔王。
魔王は俺といて、心底楽しそうだった。彼女は今、泣いている?それとも怒っているか?
空が、闇に覆われていた。
「…!?」
魔界とはいえ、空は晴れていた。
今では真っ黒な雲が埋め尽くしている。
その雲の渦の中心にいるのが、魔王。
ネミルから聞いたことがある。
「暗黒魔法?」
「そう、闇魔法とか、そういう比じゃない力なの」
「しかし、勇者殿の聖魔法があれば平気であろう」
「…たぶん、その魔法さえ使えば、勇者がいくら抵抗したところで命を落とすのは確定ね」
「そんなの…なんでこれまでにさっさと使わなかったんだ?」
「そんな大魔法使うのには、代償として魔王の凄まじい生命エネルギーをも大きく削るくらいの魔力が必要なの」
「最後のあがきとして、か?」
「ええ、相討ちになって、世界に平和が訪れるまでを見られないなんてのは、馬鹿馬鹿しいでしょ?」
「ああ…」
しかし、暗黒魔法は「殺す」魔法のはず。
その雲は、雷を落とした。
おびただしい数の雷が、俺を避けて落ち、木を切り裂いている。
やっと分かった。
「森中の木を…クッションにするつもりか!?」
魔王は、俺に向かって高速で飛んできていた。
泣いていた。
その顔は、これまでに見た、魔物に襲われて、家族を亡くした人々と全く同じだった。
「ユーリ…死なないで…!」
そう叫ぶ声が聞こえ、伸ばされた手が見え。
俺は、木々の上に、落ちた。
後頭部から血が流れ出している。腰の骨も折れただろう。体が動かない。
意識が薄れる。
魔王が降り立つ。声は聞こえない。
俺に駆け寄り、しがみ付く。
涙が、俺の頰に落ちる。
その顔を見て、無意識にこう言った。
「ごめん…」
魔王は驚いた顔で俺の目を見て、さっきよりも、ずっと苦しそうに、悲しそうに、泣き崩れた。
その泣き声を聞きながら、意識は闇に、落ちた。
脱出失敗の上に、重傷を負った勇者君!
そして魔王の心に気づいた彼は、これからどうするのか?