勇者を脳から変えようとするニコラ。
愛する勇者を取り返そうと突き進む魔王。
今全てが集結し…?
思ったより長くなったクリスマス編ですが、もうそろそろ完結となります。
「んぐッ…ふぅ、はァ…♡」
もうどれだけ経っただろう。
俺はここのところ、毎日洗脳剤漬けにされていた。
愛を耳元で、眠る間もなく囁かれる。
手を互いに縛り、離れられないまま一日過ごす。
急に殴られ、蹴られ、半日間暴力を振るわれる。
かと思えば、別人のように愛される。
ニコラは俺が疲弊し、何も喋らなくなると、ベッドで俺の体を触り、撫で、嗅ぎ、俺がたまに漏らす声を聞いては満足そうにしていた。
何が目的なのか。
「っ…ニコラ、俺を、どうする気だ」
「やっと、喋ってくれたね」
目元が嬉しそうに細まる。
「目的がわからない、俺を従えても、意味がない、それに愛を受け止めることは、ただ暴力を振るわれて黙っていることとは違うだろ?」
ニコラはやや低いトーンになって答える。
「…で?それがなんd」
しかし、途中で、遮られた。
何に?
稲妻だった。
金色の稲妻が、ログハウスを引き裂いてニコラを吹き飛ばしたのだった。
「…なに、が、起きた…?」
呆気に取られている場合ではない。
ただ、慢性的な暴力、精神の摩耗、ニコラへの恐怖から、何も考えられず、動くことなどできなかった。
「ユーリ!いますか!?」
稲妻が飛んできた方に、声が。
それは、俺の愛する人。
「エメ!」
ベッドから降り、着の身着のままでブリザードの中へ駆け出す。
ここから逃げられる。
それだけで、俺の足は動き続けるはずだった。
手足から伸びた糸が、俺を引かなければ。
「なん…だ…?」
傀儡。
魔王が言っていた。
ニコラは傀儡を通して、気にいる人を見つける、と。
俺は、傀儡にされた。
その名の通り、操り人形のように、いや、もっと乱暴に引きずられる。
「あなた…は…私のもの…」
ニコラは服こそズタズタに裂けていたが、その肌には何一つ傷はついていなかった。
「ユーリ、掌握されてはいけません、その女が利用するのは恐怖、快楽、その二つであなたの精神を蝕み、糸を引きちぎる力さえ奪っているのです!」
「黙れ…くそッ、なんであなたは私から離れる…!また半殺しにされないと分からないかなぁ…ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間に、糸にグンッと引かれる。
「ユーリ!私を、信じて!」
魔王が叫ぶ。
それを聞いたニコラは、俺の糸を持ったまま魔王を見つめ、何かを詠唱している。
時を操るのだ。
何をするか分からなくても、されたらまずいということは容易に想像できる。
「エメ!逃げろ!」
が、遅い。
「時空に消えろ!雌豚がァ!」
ニコラが言い放つ。
魔王は、辺りの凍った大地ごと、消えた。
跡形もなく。
「エメ…嘘だろ…?エメ!」
「くく、はははッ!弱ェ!こんなに弱いなら私が魔王やってた方がよっぽどいい!」
ニコラは、俺の元へ来る。
今度こそ、殺される。
しかし、今の俺はそれどころではない。
こんな怒りは新鮮だ。
これまで、感じたことがない。
怒りというのは、いいものだ。
俺の体に、力を与えてくれるのだから。
「エメを、返せよ」
糸が切れる感触が伝わる。
「な、何を、言ってるの?また洗脳しなおさないと」
うるさい。
「暴力で支配して、精神掌握の魔法の弱さ補おうとしたんだろうけど、そんなの弱い!弱すぎるんだよ!俺の、愛に比べたらな!」
「私はっあなたのことがッ!」
もう、ニコラの声など聞きたくなかった。
体から緑色の光が出ている。
怒りに呼応して、勇者の力とやらが覚醒したのだろうか。
この力が悪魔のものでも、天使のものでもどうでもいい。
ただ、エメを助けたい。
「ニコラ!今の俺は、お前なんかよりよっぽど強い!エメを攻撃した、それがお前の落ち度なんだよ!」
ニコラに走り寄る。
距離は5歩ほどはある。
負ける気は、しない。
「時さえ、止めれば!」
手を俺に向ける。
そして、踏み込んだ俺は、その手を掴む。
ニコラの手は、ぐにゅりと曲がって、俺の手の中に溶けていった。
「「…え?」」
同時に素っ頓狂な声をあげる。
そうしている間にも、俺の手にニコラはどんどん溶けていってしまう。
「なんだ…何が起きてるんだ!?」
「こっちの、セリフだよ…!」
手を離しても体が溶け、空気のように皮膚に入ってゆく。
「ふふ、あははは!」
吸い込まれる内に彼女が笑い出した。
「なにがおかしい!?これもお前の策か!?」
「違うよ、あなたの勇者の力は、私の力よりも強いがために、怒りに便乗して私を飲み込んでしまった」
「なんだよそれ、俺がお前より強いわけ…!」
「ふふ、けれど、あなたと同一化する、あなたの力を肌で感じられる、それだけでいい、これが、これがあなたの力…!」
とても綺麗な笑みを浮かべて、彼女は、ニコラは俺の手の中に消えた。
まだ仕事は終わっていない。
エメを引きずり出す。完全にどこかへ行く前に。
魔力痕を探り、力を込める。
たとえ時空の果てに一緒に呑まれたとしても構わない。
俺たちは、愛し合う夫婦なのだから。
手の平に力を込めると、ぐにゃぐにゃとあらゆるものが揺れる世界に入る。
自分以外、何かよくわからないものだらけの世界に。
魔王は、ふらふらとうわ言を呟きながらそこを歩いている。
口の形だけでわかった。
「ユーリ」
と、しきりに繰り返していることを。
迷いなんて、もうない。
抱きしめる。ずっとこの温もりが欲しかった。
「ずっと一緒にいよう、愛してる、エメ」
なんともありふれた言葉。
世界は眩しく光った。
優しい緑色。
俺たちは、ずっと一緒だ。
もちろん、死ぬまでずーっと。
どこかお出かけしてはトラブルに巻き込まれ。
女の子を助けてはお仕置きされ。
だけど。
「…私もです、ユーリ」
この言葉を聞けるなら、なんだっていい。
15m先
テント前
緑色の光と、それに包まれて抱き合う二人を見る影がふたつ。
「ブラックコーヒー、淹れましょうか」
「…だね」
すごすごと、甘々な二人から逃げましたとさ。
クリスマス編はこれにて完結です。
吸い込まれたことについてはまた後日に書きます。
なんか書くの楽しくて止めどころを見つけられない。