本当に逃げられるのかな?
空が黒く染まり始めた頃、俺は道中で集めた木の実を夜食がわりに食べていた。
甘酸っぱくてみずみずしい。
子供の頃よく食べた人間界の植物と同じものだろうが、ここまで多少の休憩を除いてノンストップで進んできた俺には物足りなかった。
「…人も、街も信用できない」
ゴールは魔王城。
時間制限については、俺を捕まえるか逃げ切るか、それだけしか言っていなかった。
ここからルートを変えたなら小さな街へ出られる。
宿も食料も手に入るだろう。
しかし、ミラならばそれを見越して、スパイなんかも潜り込ませるかもしれない。
ここまでミラの回し者のような人には出会わなかった。
俺を捕まえたいのならば、財力に物を言わせて山狩りでも行えばよいのだろうが、それをしないところを見るに、彼女も真剣に戦うつもりなのか。
そう考えたが、やはり二度と訪れないかもしれない逃走のチャンスには、街へ出ることはリスキーな選択肢に思えた。
火も起こさず、夕方見つけた洞窟に入る。
「…エメ、待ってろよ」
指輪をじっと見る。
魔王は今、きっとワイル家からの財政圧迫に頭を抱えているのだろう。
このまま逃げられなければ、魔王のそばにいることもできずに魔王家は潰えるかもしれない。
たとえ帰って、悲劇的な結末になるとしても、魔王と一緒なら死ぬのも怖くはない。
鎧を脱ぎ、盾や剣、鞄を置いて外に出る。
月は細くて、白く輝いていた。
「…?」
その輝きが、ちらちらと点滅しているように見える。
いや、何かが飛び交って月の光を遮っている。
俺が父親から受け継いだ装備には、父親の地元である町で作られた証が刻まれている。
剣には白鳥の紋様。
朝、光をきらきらと返す白い翼と、魚を捕らえる鋭いくちばしがモチーフになっている。
ブーツには鷹の紋様。
昼、堂々と空を飛び獲物を狩る、まさに空の王者とも言うべき存在。大きな鳥の飾りが入っている。
鎧にはカラスの紋様。
夕、時を知らせる鳴き声を響かせる黒い鳥。その毛並みのような、なめらかな線が刻まれている。
盾にはコウモリの紋様。
夜、まるで鳥のごとく空を駆け巡り、集団で飛び交うその羽を広げた黒い模様が描かれている。
夜の代表。
コウモリが、おびただしい数のコウモリが、空を飛び回っていた。
「なんだ…?なんなんだよ…これ…」
群れはある程度の時間、俺のいる山の向かい側の山の上を、空から見渡すように飛んだあとに、いくつかに分かれて木々の中に入っていった。
俺は、急いで洞窟に入って鎧や盾を装備し直した。
そして洞窟の中で息を潜めて向かいの山にじっと目を凝らしていた。
すると、人型で黒い翼の生えた、緑色の髪を月の光に照らしている女が飛んできた。
その手にあるのは、黒光りする電気銃。
その女は切り裂いたように笑って、叫んだ。
「あなたが失うもの…それは自信と、身体の自由!勇者と言われたあなたなら、私に勝てると思っているでしょう!甘いですよ!必ず見つけて、私のものに調教し直してあげますわ!」
そして、月に電気銃を向けた。
バジッ!
赤い火花が闇夜に散った。
残り8発
夜も更けた。
しかし、俺の目は冴え渡っていた。
遠くから、微かにキィキィと鳴き声が聞こえる。
「…来てる、な」
脂汗が出てくる。
コウモリは夜目が利く。
洞窟にいくら隠れていても、ここまでコウモリが来ればその時点で俺は詰みだ。
だから、賭ける。
俺は洞窟から出て、勢いよく山道を走り出した。
留まって捕まるよりも、こうして逃げ出して捕まった方がマシ。
いいや、危うく崩れかけた俺の心は、ここから逃げ出すことでどうにか平静を保とうとしているように、そう感じた。
「…みぃつけた」
その3km先で、コウモリを一匹手に乗せた女が、走る俺の後を恐ろしいスピードで追っていることを、俺は知るよしもなかった。
え?短い?
お気になさらず。
まだまだ続く吸血鬼編。
かみなりさまって撃たれたら痛いのかな…。