しかし、逃げられるはずもなく…?
「はぁ、はぁ…げほっ!」
走り過ぎて、喉から血の味がしたような感じがあった。
咳き込みつつも、なんとか川の水をすくって飲む。
「はっ、はぁ…撒けたよな…」
俺はノンストップで、先ほどの山を駆け下りてもう一つの山の中腹にいた。
川の水に月が光り、きらきら揺らめいている。
コウモリには見つかっただろうか。
しかし、コウモリの影を見はしたが、目の小さい彼らに悟られてはいないだろう。
「…朝はまだ、先か」
東の空は白むことすらなく、黒くそこにあるだけだった。
空を眺めていると、背後から。
ぱたっ、と音がした。
「…!」
体が固まる。
いや、ミラならば容赦無く電気銃を使うはずだ。
「思い込み…思い込みだ…」
自分に言い聞かせて、振り向く。
そこには、ミラではない、しかしそれ以上に厄介な追跡者がいた。
一匹ではない。
俺が振り向くと、先ほど山に入って行った数と同等の、コウモリの群れが騒がしく鳴き始めた。
「…まずい!」
剣を抜いて、周囲を警戒する。
コウモリは吸血するような動きや、戦闘できる風を見せない。
俺をあぶり出すための駒だろう。
「私をお探し?奴隷さん?」
空から迫る声に、コウモリに気を取られた俺は、気づくことすらできなかった。
反射的に横へ飛ぶ。
さっきまで居た場所に、電撃が撃ち込まれた。
バシッ!と火花が散る。
残り7発
「…随分、卑怯な手を使うな」
「卑怯?違いますわ、奴隷さんがもう夜の3分の1は逃げ切っているものですから、ついゲームに夢中になって…」
口に手を当てて微笑むミラ。
「しかし、もう逃がしはしませんよ?あなたを飼ってあげるのは、私しかいないのですから」
翼を広げて、圧倒的な加速で飛び込んでくる。
「さあ、大人しくしなさい!」
俺はもはや、回避を諦めていた。
「来いよ…ミラ!」
剣を振りかぶる。
狙うは、電気銃。
あれさえ破壊すれば、ハンティングのしようがない。
「食らえっ!」
腰だめに剣を構え、電気銃へ一閃。
ガキッ!と銃口に傷が入り、狙いのそれた電気が俺の肩口に放たれる。
バズンッ!
耳が破裂しそうな音が響く。
残り6発
もつれ込んだこの姿勢では、俺より体のポテンシャルが高く、かつ飛び道具を扱うミラが圧倒的有利。
しかし、まだ終わらない。
俺はこれを切り札と考えていた。
これを防がれたならば、終わりだと。
その準備を済ませると、ミラがさっと身を引いて、銃口をミラ側に向けた。
周囲が緑色に煌めく。
「はっ…はっ…」
時が止まった。
ミラは引き金に指をかけ、銃口を自らの方へ向けている。
カウンターの姿勢なのだろうか。
俺はまだ剣を構えたままでいた。
いいや、銃を破壊したいのは山々だが、動けないのだ。
緑色に包まれた世界で、一人の女性が動いていた。
「…ニコラ?」
「お久しぶりね♪」
上機嫌で、彼女は俺の前に来た。
「なぁ、なんで俺の体は動かないんだ?」
「少し覚悟を確認しに来たのよ」
俺の眼前わずか1cmほど。
お互いの息がかかる距離で、ニコラは言った。
「私とあなたは二心同体なの、だから私はあなたの考えを感じることができる、それによれば…」
「よれば?」
「あなたは、時を止めてもこの女を殺さないつもりでしょう?」
つまらなそうにそう言った。
なんども問われ、考えたこと。
「…話し合えば分かることだろ?殺すほどのことじゃない」
「甘い」
「殺すのが間違ってるんだ」
「違う、あなたは愛の怖さが分からないからそう言えるのよ?」
どこか、俺を哀れむような言い方。
魔王と現に愛し合う俺が、そんなことを言われる筋合いはない。
「愛の怖さってなんだよ?ニコラ、お前が俺に暴力を振るったこと、そんな言葉で誤魔化そうってつもりか?」
乾いた音が響く。
頰を叩かれた。
「あなたは優しさを勘違いしている、あなたのそれは優柔不断にすぎないもので、自己満足のための優しさ」
「俺は…命を奪うのが嫌なんだ、死んだらもう会えない、仲直りできない、そこでお終いなんだぞ!」
「それはヘタレているだけね、くだらない」
すると、周囲の緑色の魔力が薄れはじめた。
「…!ニコラ!?」
「私の力頼りで、そんな優柔不断な言動をするのなら、一度痛い目を見るべきよ」
そして、ニコラは笑った。
とても哀しそうな顔だった。
時が動き出す。
俺は銃口がこちらを向いていない間に、思いっきり後ろに飛び退く。
「さて…仕留めますかね?」
電気銃をガンマンのごとく軽く扱い、俺に狙いを定める。
あと6発ある。
たとえそれだけあっても、撃つ前に左右に避けることもできるし、射程もそこまで長くはない。
彼女の翼と飛び方から鑑みるに、飛び方は二つ。
真っ直ぐに素早く飛ぶ。
ジグザグと蝶のように飛ぶ。
前者は細かい動きができず、後者は狭い場所は通れず、動きも遅い。
「…来いよ、俺は、まだ捕まらない」
「ふふふ、自信があるから楽しめる、潰した時に周りが見えない!」
河原の石を蹴り、素早くこちらに迫る。
俺は右手に転がりながら避けた。
あの銃の間合いでは、こちらには届かない。
バジッ!と音が響いたのは、俺が森の方へ逃げようと踏み出したその時だった。
「ッあっ…!?」
足に、焼けるような痛みと痺れがある。
「命中…ですわ♡」
また銃口を傾ける。
彼女の手は、電力調整のしぼりにあった。
電力…3
「…!」
彼女がこれまで使ったのは、最低電力。
それをあのタイミングで3に引き上げた。
内訳がどうなるのかは知らないが、光と距離からして単純に3倍の出力なのだろう。
「まだ…まだ俺は…」
足はぴくりとも動かない。
それでも、這って進む。
「奴隷さん?まだ逃げるんですか?諦めの悪いこと…」
あざけるような声。
しかし、一緒に行くわけにはいかない。
「俺は…エメに会いたい…!」
しゃがみ込むミラの顔が近づき、唇を奪われる。
「奴隷さん?あなたを、来週の夜、吸血鬼にしますわ」
「…え?」
「私の唾液をあなたの体に、満月の日に入れる、そうすればあなたは私と同族…!逃れられないようになる…!」
黒光りする銃口が向けられる。
「それまで、お休みなさい、奴隷さん♡」
残り2発
ゲームオーバー
いつか夢に出てきた女は、俺を捕らえた。
いつまで俺はこの女に抵抗できるだろうか。
ニコラの哀しそうな笑みと、言葉を繰り返し思い出して、それでも俺は、踏ん切りが付かなかった。
捕まってもうた…(´・ω・`)。
吸血鬼編もうちょい続きます。