目が覚めた時、俺は吸血鬼になるはずだった。
しかし、首に痛みもなければ、歯もそのまま、力がみなぎるわけでもなく、むしろ体が痛い。
「…?」
ミラの部屋はがたがたに傾いて隙間風が入ってきていた。
バルコニーに出て外を見わたす。
「なんだ…!?これ!」
炎が、魔物が飛び交う。
ふと目を向ければ血まみれの死者。
かと思えば吹き飛ばされる人影。
北の方角は謎の炎で青く染まっている。
すなわち。
戦争。
「っ…エメしか、いないよな!」
扉を開けて飛び出す。
が、麻痺が残っているのか、足元の悪さか、はたまた貧血か、すぐにふらふら倒れてしまう。
こんな調子なら、たとえ剣を探し出しても振るう力も無いだろうし、何よりこんなペースで探し物をしている場合ではない。
「武器は…?何か武器になるものは…!」
廊下に並ぶ甲冑は防具としては重すぎる。
それに付けられた細剣も、軽やかなステップも踏めない今では役に立たない。
「…これ!」
落ちていたのは、電気銃「かみなりさま」だった。
「これなら…戦えるか?」
メーターを見ると残り9発だ。
暴発すれば命取りだが、やはり1発撃って確認するほどの余裕も俺には残されていなかった。
銃身が曲がっていないことを確認すると、肩に担いで俺は出口へ向かった。
狙いはミラ、ただ一人。
彼女はリーダーだ。そして、奴隷として過ごす内に、彼女の政治やリーダーシップについて感じたことがあった。
独裁者、とでも言うのだろうか。
役に立たない部下は容赦なく蹴り付け、突き飛ばし、何が何でも我を第一にした動き方。
彼女さえ捕らえたなら、きっと他の人々も捕虜になってくれるはずだ。
「ミラ…どこだ…?」
城の中には誰もいない。
ただ、ところどころにある長い廊下や甲冑が、警戒心に少しずつ突き刺さってきていた。
城の扉を開け、庭に出る。
そこには、ミラが立っていた。
「お目覚め?奴隷さん?」
「ミラ…なんでここに?」
電気銃を向けて威嚇する。
しかし、彼女にはそんな脅しは通用しないようだ。
ゆっくり歩み寄ってくる。
「魔王と直接戦っても、勝てる気はしませんわ、だから、こう考えましたの」
ミラは、ぱちん、と指を鳴らした。
「数と量で決着をつけてみせるのです」
背後から、金属の擦れる音がした。
「甲冑が…!?」
「この城のあらゆる物は、私の命じた通りに動く、このルールはもちろん…」
ズタズタに引き裂かれた獣が歩いてくる。
その目は、前を向いてはいない。
「死人でも、ですわ」
ミシミシと城が軋む。
それは形をだんだん変え、大きさが20mほどの巨人になろうとしていた。
数で疲弊を誘い、巨人で一気に型をつける気か。
「やめろ!こんなことをすれば、お前の部下や国民が死んでいってしまうんだぞ!」
一歩近づく。
「それに、死者を操って戦わせるなんて…そんな…そんなこと、生き物としての尊厳を踏みにじってる!」
しかし、ミラは臆することもなく笑った。
「部下…民…尊厳?そんなもの、ありませんよ」
あっさりとした言葉。
呆然とする俺を傍目に、甲冑が、死人が、外に向かって歩き出した。
城は人の形を整え、一歩その足を踏み出した。
「…なにを言ってる?」
「命は平等ではありませんわ、たとえ5万の兵が死んだとしても、私一人の命に、あなた一人の命にも釣り合いもしない、そうでしょう?」
あまりの怒りに我を忘れ、叫ぶ。
「黙れ!人間狩りにしても、戦争をたやすく起こすことも、お前が原因なんだ!お前は、死なないと命の重みも分からないようなヤツなのか!」
「相容れないのは分かっていますわ、だから私色に、大好きなあなたを染め上げようとした…けれど」
ミラがレイピアを抜き、構える。
「この状況でもそんな考えをほざくなら、それは私にとってはやはり邪魔なのです、ならば痛めつけ、そこであなたの愛した女が死ぬ様を見てもらう、そうすれば何が大切かわかるはず」
「…エメを殺させはしない、絶対に」
にらみ合い、そして、両方が同時に踏み出す。
電気銃とレイピアでは、電気銃の方が射程において優れているが、しかし近接戦ともなればレイピアの軽さが重大なこととなる。
弾はまだある。
牽制として撃っていかなければ、すぐに距離を詰められてしまう。
「食らえっ!」
火花が散る。
しかし、ミラは黒い翼を広げて飛び立った。
「あはは!空を飛び回る者と、地で戦う者!どちらが先にハンティングされるのかしら!」
俺の頭上を悠々と飛ぶミラ。
電気銃の射程内だが、くねくねとした軌道で飛ぶ彼女には当たらないだろう。
急いで距離を離す。
「来いよ…!狙い撃ってやるからよ!」
電気銃を後退しながら構える。
しかし、ミラに降りてくる気配はない。
「空から見るのはとてもいい景色ですわ!これが人間狩りの一番の醍醐味!空を飛べないヒトは、ただ地面に這って逃げるだけ!疲弊を待てば、すぐに捕まえられる!」
狂笑しているが、その動きは早い。
こちらからテンポを合わせなくては、とても俺の腕で撃てるような動きではなかった。
「くそッ…!なら、行ってやるよ!なんとしても、俺は戦争を終わらせないといけないんだ!」
踏み込み、その勢いで飛ぶ。
銀色の光が、曲がりくねって俺の元に飛んで来たような錯覚を覚えた。
彼女の黒い残像が見えた当たりに電気を撃つ。
しかし、一瞬後には何もない。
「…痛ッ!?」
着地した俺の頰には、レイピアで付けられた傷と、彼女の歯の跡が付けられていた。
ご丁寧にも血は出ていない、湿り気のあるところから見れば、あの一瞬で血を吸われただろう。
「くそ…!」
「美味しいですわ…吸血鬼にする前に、少しだけ吸っておきたかったのだけど、少しでは止まらないわね」
「遊びでやるのなら、すぐに終わらせる、見てろ!」
俺は電気銃の引き金に、服の切れ端を巻きつけた。
電気を常に発射するそれを、頭上に投げる。
「っあッ…!?」
ばしっ、と音を立てて、黒い塊が落ちる。
「捕まえた、ぞ?」
落ちてきた電気銃を手に近づく。
「くふふ…狩られる側には、こう見えるのですね…」
それでもなお、楽しそうに笑っていた。
「考えを改めるなら、見逃すぞ」
銃口を向ける。が、やはり怯える様子はない。
「クワガタムシというのは、狩られるとすぐに、ある方法で食べられるのを回避しようとする、と聞いたことがおあり?」
「…?」
クワガタムシとは何なのか。
そんな虫、故郷で見たことも聞いたこともない。
すると、身を素早く起こしながら、ミラは言った。
「死んだと思われたら、クワガタムシの勝ちなのですよ!」
その手にはレイピア。
銀色の光が、今度は腹に飛ぶ。
「ッ!」
電気銃を撃つ。
銀と赤の光が二つ散り、そして。
「ユーリ…今、私が迎えに来ました!」
5分後、血の跡と周囲の塀と門以外何も無くなった吸血鬼城跡に踏み込んだ魔王は、その何もない景色に不審すら抱かずに、庭の門を開ける。
「ユーリ!」
そして、そこにいた勇者を見つけた。
「エメ、来ないでくれないか?」
勇者はそう笑いかける。
魔王は少し戸惑い、しかし笑って言い返す。
「ユーリ、確かに迎えに来るのが遅くなりました、何でもして償います、ですから、一緒に帰りましょう?私たちの家に」
足と腹から血を流した勇者は、それでも言った。
「…帰って、くれ」
魔王は泣きそうな顔になる。が、それでも詰め寄る。
「ユーリ?怒ってるのなら、また後にしましょう?これ以上は、本当に怒りますよ?」
勇者は、一筋涙を流して、やはり拒絶し続ける。
一番に愛する人のために。
「…エメ、お前のためなんだ、来ないでくれよ」
魔王は、その場に伏して許しを乞う。
背後の石造の巨人と、吸血鬼にも気づかず。
吸血鬼は面白そうに笑っていた。
いつになれば魔王は折れるのか、彼女は待ち続ける。
獲物が巣穴から出て来るのを待つハンターの目で。
魔界では一体何回戦争が起こるのか…。
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