何回も、何回も魔王は俺に問いかける。
そのたび、俺は首を横に振る。
「ユーリ、私と、帰りましょう?」
魔王の声は震えていた。
泣き出しそうな顔で、こちらを見ている。
「エメ、俺に構わないでくれ、それが、エメのためn」
言い訳が遮られる。
「私のためって、なんですか?ユーリは私だけ、ずっと私だけの物でしょう?たとえ私がボロボロになったって守る、結婚の時、私はそう神に誓いました!」
すると、急に足元が影で暗くなる。
魔王の背後から、パンッ!と、手を叩く音が聞こえる。
「さて、揃ったようですわね」
城の瓦礫によって作られた巨大ゴーレムが俺たちの頭上を覆っている。
魔王は俺の方に背を向け、ミラを睨みつけた。
「ミラ=ワイル、ユーリを返しなさい」
「そんなことが言える身分だとお思いですか?魔王様」
ミラが軽く笑い、手をかざした瞬間、俺のすぐ真横にゴーレムの固い拳が突き立てられる。
「ユーリッ!」
思わず振り返った魔王。
しかし、その行動は隙を生む。
その瞬間、魔王の首元にはレイピアが輝いていた。
「ミラ、エメに手出しはしない約束だろ!」
そう言うと、ミラは蕩けるような笑みで答えた。
「刺したりはしませんわ、これから言う問いに、きっちり答えていただけたなら、ですが」
「ミラ=ワイル、私に何を聞くというのですか?」
首から伸びるレイピアの先を睨みながら、魔王は聞いた。
「私に、あなたの夫を譲りなさい?」
「嫌です」
「なぜです?そうすれば、経済圧迫もやめると約束しますし、戦争もやめさせましょう」
しかし、魔王はそんな言葉には揺るがない。
「私にとって、ユーリさえいたなら、そのほかの物は全て手放しても問題のない物なのです」
「ふうん?奴隷さん…いえ、ユーリィさんに、妻に自分が売られる所を見せて心を砕こうと考えたのですが…」
考え込むような仕草で、ミラが一歩退いた。
首から刃が離される。
「…!」
その瞬間、魔王は横に飛んだ。
普通の人間ならば、腱が切れてしまうほどに素早く、長い跳躍だった。
しかし。
「あッ…!?」
魔王が大きく体勢を崩す。
魔王の隣にいたのは無機質な甲冑。
その手に握られた細剣は、彼女の足を貫いていた。
「ミラ!エメに手を出すな!」
思わず立ち上がるが、ゴーレムの指が俺をミラとエメから阻むように突き飛ばす。
「おっと、動けばもっと妻に傷がつきますわよ?」
「ごほッ…卑怯だぞ」
「動くな、と警告はしました」
「ユーリ…私のことは、いいです」
魔王の足は震えていた。
怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。
「さて…と」
ミラが手を振り上げる。
「戦争の楽しみは、これからですわ!」
魔王の足から剣が抜かれ、甲冑に背を蹴られる。
そして魔王を、ゴーレムが掴み上げた。
「ユーリ…!」
「エメ!今助ける!」
ミラに向き直り、言う。
「なにか、勝負か何かがしたいんだろ、言えよ」
「ええ、これをプレゼントしますわ」
甲冑から細剣が投げ渡される。
「…?」
「私の用意した、12騎士」
エメを刺した甲冑を含めた12個の鎧が、俺を包囲するように歩いてきていた。
「これに勝ち、なおかつ私を倒せば、あなたの妻は返してあげましょう」
またも、ゲーム。
ミラにとって、人の命なんて、他人の愛なんて、本当に単なるゲームの駒に過ぎないのだろう。
「わかった、やろう」
「ただし…」
ミラはレイピアを俺に向けた。
「あなたが負けたら、その時は、あなたは私のものです」
「…ユーリ」
魔王が掴まれたゴーレムの手から血が滴り落ち、乾いた地面に吸い込まれた。
「大丈夫、俺が助けるから」
その一言で、魔王は力なく笑った。
「さぁ、来いよ!」
俺は柵に背を向け、死角のないように剣を構える。
「12人の猛攻…せいぜい楽しませてもらいますわ」
光の乱舞だった。
一瞬で、機械のごとくリズムで踏み込んできた甲冑たち。
俺は、痺れの取れた足で壁を思い切り蹴る。
多少監禁されはしたが、魔力の通りも問題なく鎧を飛び越えることができた。
振り向く前に後ろから、一つ蹴倒す。
甲冑はバラバラになり、濃い緑色の魔力が空気に消えた。
「よし…一体目…ッ!?」
即座に足を引っ込める。
足のあった場所に、剣が降ってきたのだ。
先ほどまで仲間だったモノの鎧を傷つけるのを、全く躊躇いのないように剣が次々襲いかかる。
「隙はどこだ…?」
面白そうに見ているミラ。
おそらくは彼女が操っているのだろう。
後ずさるようにミラへ近づく。
が、それを見越したように二つの鎧が猛スピードで突進してくる。
「ぐっ!?」
作戦は、こうだ。
一体は爆破魔法で足元をさらう。
その後で、もう一体を始末する。
そのはずだった。
だが、次の瞬間。
「…?なぜ?なぜ私の鎧が壊れるの?」
残った11個の鎧が、自壊した。
ミラは信じられないような目で俺を見る。
俺は何もしていない。爆破魔法も唱えていなければ、そんな広範囲にわたる魔法を使えば俺まで危険に晒される。
魔王の呟きが聞こえた。
「何の光…?」
空が、青かった。
空が青いのは当たり前だが、しかし、その染まり方は異常なほど鮮やかで、きらきらと揺らめいていた。
「ぅ…あ…?」
見るとミラが腰を抜かしている。
チャンスだ。
だが、鎧が壊されたくらいで何をそれほど恐れているのか。
「ミラ、終わりだ、諦めろ」
剣を構えてゆっくりと近づくも、なにかうわ言を呟いたまま、全くこちらに関心を向けない。
「やめて…お前は私が捨てた駒だろう…?なぜ?あなたは死んだ、私が切り捨てたはず…!」
ミラは中空の炎を、怯えた目で見つめていた。
ガツン!と音がした。
振り返ると、ゴーレムから瓦礫が落ちてきていた。
原因はわからない、しかしミラの魔力は不安定で、それに伴ってゴーレムが崩れかけているのだ。
「ユーリ!」
斜め上から声がした。
魔王が落ちてきたのだ。
「エメ!今助け…!」
踏み出した足元に、またもレンガのようなものが落ちてくる。
このまま崩落しては、三人ともが死んでしまう。
「…頼むぞ、魔力を使わせてくれよ、ニコラ」
ゴーレムの体が震え、瓦礫の落ちるスピードが上がってきた。
そのとき、俺は叫んだ。
「ニコラ!時を止めてくれ!」
世界が緑色に包まれた。
しかし、またも体は動かない。
頭に声が響く。
「あなたに30秒あげるわ」
「30秒?短い!そんなので、二人も安全な場所には運べないだろ!」
「だからこそ、よ」
ニコラが目の前に現れる。
「お久しぶり、勇者サマ?」
仰々しく挨拶すると、彼女は魔王を指差した。
「あなたの妻を取るか」
そして、ミラを。
「あなたの憎い相手を取るか」
「なんで…こんな選択をさせる?」
「言ったはず、愛には恐ろしい一面もあるって、だからこうして、選択を助けてあげてるのよ」
「なぁ、なんでそんなに一人にこだわるんだよ、みんなで仲良くするのが一番だろ!」
すると、ニコラがため息をついた。
「やれやれ…じゃあ、残り30秒…スタート!」
ニコラが消えると、体が自由になった。
まず、魔王を担ぐ。
しかし魔王だけ助けるつもりは毛頭ない。
「ニコラ、これが俺の答えだ」
ミラと魔王を並べて寝かせ、その上に抱きしめるように覆いかぶさる。
「愛を注ぐのは一人でいい、だからって、見捨てるなんてできるわけないだろ!命はもっと、大事なものなんだ!」
そう叫ぶと、頭で声がした。
「それが、あなたの答えならば、否定はしない、でも…」
そこで言葉は途切れ、辺りの魔力が薄くなる。
「でも、何だ?」
「今のあなた、3Pしてるみたいな構図よ」
「ぶっ!?」
時は動き出す。
盛大に吹く音とともに、瓦礫は無慈悲に落ちてきた。
重症の勇者と、傷だらけの、戦いの元の二人が発見されたのは、それから約3時間ほど後。
吸血鬼軍のほぼ全員が幻影を見て、戦意喪失したすぐ後のことだった。
終戦!
今までの暴虐が祟って、簡単にやられてしまいました…。
次回の次回くらいからは、リクエストにあった勇者のお墓まいりをやってみたいと思います。
随時リクエスト募集中!