□【獣神】マグロ
「なんだ、御主も観戦に来ておったのか。しかも同じボックス席とは奇遇だのう」
「あはは、ですねー。そちらはお兄さんとは別なので?」
「ああ、ちょっと用事ができたってさ」
思いがけず早い再会を交わした弟さんコンビと談笑する。
立ち話も何なので同じテーブルを囲み、席を寄せてまずはお菓子と飲み物を広げた。
どうやら先客さんも彼のお連れ様だったようで、互いに軽く自己紹介を交わす。
メンズスーツにグラサン姿の女性がマリー・アドラーさん。
<DIN>所属の【記者】で、弟さんとは知り合って短いながらも既に親密な様子を見せる一家のお姉さんポジションってところかな。
そんで絶世の美少年がルーク・ホームズさん。
名前からして如何にも知性派っぽい彼は、そんな印象に違わず溌剌として利発そうなお子様だ。
その彼の<エンブリオ>であるバビロンさんも、彼から生まれたガードナーらしく目を見張るほどの美少女だ。
麗しすぎて目に毒なコンビである。
総評して、いかにもデンドロを満喫してますって雰囲気満載のリア充集団である。
どうしよう、早くも場違いな肩身の狭さを感じてきたぞぅ。
「だけど弟さん、始めたばかりの新人さんだったんですね。二つも特典武具を装備してるからわかりませんでしたよ」
「ああ、まぁ……なんていうか、巡り合わせが悪い? いや良いのかな? とにかくそんな感じでさ」
「普通のプレイヤーにとっては間違いなく不運のドン底ですけどね。【ガルドランダ】に遭遇したときもそうでしたが、生きた心地がしませんでしたよ」
そうからかうのはマリーさん。
何故か私を一瞥したあと妙に挙動不審で、そんな彼女をルークさんがこれまた何とも言えない表情で見ている。
……見た目の割に人見知りなのかな? ならあまり触れないでいてあげよう。
目を見て話すのは大事だって言うけれどね、それがストレスっていう人種も中にはいるのだ。
「このお菓子おいしーい! この辺じゃ見ないよね? どっかのお土産~?」
「東方のお土産菓子ですよ、どんどん食べちゃってくださいね。他にもまだまだ沢山ありますから」
「すみません、僕の<エンブリオ>が……ほらバビ、食べ滓が落ちちゃってるよ」
広げたお菓子に食いついているのはこの場の<エンブリオ>組、バビロンさんとネメシスさんだ。
外では結局子供たちに配り切れなくて余らせていたのだけど、こうして喜んでもらえたのなら買った甲斐があるというものだ。
見た目もあどけない彼女らが頬袋を膨らませて食べているのを眺めると、こちらとしても非常に眼福である。どんどんお食べなさいそうしなさい。
「御主、<エンブリオ>か?」
「……そういうそなたはメイデンのようだな。アレの弟の<エンブリオ>か」
「如何にも。名をネメシスと言う。御主はひょっとしなくともマグロネーサンの<エンブリオ>だな」
「……何の用だ」
「メイデンの<エンブリオ>同士交友しようと思っただけだ。愛想悪いのう、御主」
「…………」
「せめて名前だけでも聞かせてくれぬか? いつまでも御主呼ばわりも紛らわしかろう」
「……テスカトリポカだ」
そして一方を見てみれば、壁の花になっていたカトリ様に話しかけるネメシスさんが。
つっけんどんなカトリ様もカトリ様だけど、それに話しかけるネメシスさんも随分物怖じしないというか、神経の太い子だなぁ。
カトリ様の困った顔も珍しい。若い後輩との距離感を掴めていないのか、傍目にはいっそ不機嫌そうにも見える表情だ。
「そういやマグロの<エンブリオ>って初めて見るな。俺と同じメイデンだったんだな」
「ええ、まぁ。あんな態度ですけど気に障ったならごめんなさい、でも嫌がってるわけじゃないんですよ。ただどう接したらいいかわからないだけで。普段メイデンとして触れ合うことも少ないですから……」
ですからカトリ様、念話で助けを求められても私困ります。
ここは年長者らしく、後輩の新米女神様を歓迎してあげてください。
「しかし同じメイデンでも、うちのネメシスとは随分違うもんだな。見た目に年齢差あるし、長いことこっちで暮らしてるとそうなるもんなのか?」
「ちょっと目に毒な格好ですよね。南国の女王様っぽい感じといいますか」
「ねーねールークー、バビもあんなないすばでーになれるかな?」
「……なれるといいね」
バビロンさんの言葉にちょっぴり照れ気味なルークさん。
まぁそうだよね、自分から生まれた異性の<エンブリオ>がナイスバディに育ったら、男の子心としては複雑だよね。
そんな様子のルークさんを見てマリーさんは若干テンション上がってる気配。さてはショタコンだなオメー。わかるよ。
「っと、そろそろ時間ですよ皆さん。セミイベントの開始です」
「上位ランカー同士の決闘かぁ。これが前座なんて豪華だよな、楽しみだ」
「しっかり見て糧にしないと、ですね」
そんな感じで和気藹々としていたら、マリーさんの言うとおりもう開始時間のようだ。
彼らも三者三様の反応を見せて、これから始まる激闘を見逃すまいと集中している。
意外にもルークさんの姿勢が思った以上にガチ勢っぽいのが印象的だった。戦闘に不慣れそうな見た目の割に、結構好戦的なのかな?
カトリ様も腕組みしながら窓際に立ち舞台を見下ろす。
ネメシスさんもその横に立って同じく舞台を見下ろしていた。
こうして見ると見た目も性格もまったく違うのに、なんだか姉妹っぽくてちょっぴり笑えてくる。
普段人付き合いしないカトリ様だから余計に。ネメシスさんがメイデンというのもシンパシーを感じる理由なのかな?
ともあれ、私達にしては珍しく友好的な人との触れ合いだ。袖振り合うも多生の縁と言うし、ここは仲良く一緒に観戦するとしよう。
今までの闘技観戦とは違う、友達と一緒の観戦が、図らずも私の心を高揚させていた。
……友達って言っていいよね? 自意識過剰じゃないよね!?
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
兄と並んでインパクト絶大な着ぐるみ姿で初対面を果たした彼女は、兄と長年来の付き合いらしい<マスター>だった。
マグロ、なんてアバターネームは奇妙だと思ったけど、この世界がゲームである以上取り立てておかしな名前というわけでもない。
むしろこういうMMO型ゲームほどふざけた名前にする層ってのは一定数いるもので、そういう連中と比べるとマグロは随分とまともな方だろう。
……まぁ、着ぐるみを選ぶセンスはどうかと思うけど。
「長年来の付き合いって言ってたけど、そうなのか兄貴?」
『ん、まぁフィガ公ほどじゃないけど結構長い付き合いクマ。上級になって暫くしてからだったかな、初めて会ったのは』
ネメシスの提案で入ったスイーツパーラーでお茶をしながら兄の話を聞く。
話題は兄の<Infinite Dendrogram>での活動だったり、古馴染みのフィガロさんとの思い出話とか、いろいろだ。
ここ最近で倒した【ガルドランダ】や【ゴゥズメイズ】の話から始まり、その延長線で兄とフィガロさんの初<UBM>戦の話になったんだが、そこでふと兄の古馴染みらしいマグロはどうなんだろうと思って聞いてみたのだけど、兄の反応は芳しくない。
『先に言っておくけど、あいつのことはあまり詮索してやらないでほしいクマー』
「それもプライベートな話か?」
『まぁな。フィガ公のこともそうだけど、あいつはそれに輪をかけて
デンドロ第一……要は所謂廃人勢ってことなんだろうけど、兄の様子を見る限りそう単純な話でもなさそうだ。
フィガロさんの強固なソロ方針もそうだけど、それに輪をかけてってことは彼女自身何か大きな事情を抱えているのだろうし。
「しかしクマニーサンの知り合いということは、それなり以上に強いのかの?」
ふとネメシスが気付いたように兄へ尋ねる。
そういやそうだよな、俺も二体の<UBM>を倒した今だから分かるが、兄が普段装備している着ぐるみは古代伝説級の特典武具なんだよな。
てことは俺が倒した<UBM>よりも格上の敵を兄は倒してるというわけで、少なくともそんじょそこらの<マスター>よりはよっぽど強いはずだ。
まぁ実際どこまで強いのかは、さっぱり知らんのだが。
そうなると、そんな兄と随分親しげなマグロもそうできるだけ強いのかとは、俺だって考えてしまう。
まぁでもこの兄のことだから、単純に気が合うからって理由で親しいだけなのかもしれないし、「兄と仲良し=強い」という色眼鏡は偏見だとも思うが。
そう考えてしまうのは、やっぱりフィガロさんのインパクトが強すぎるせいだよな。
「で、実際どうなんだよ兄貴?」
『詮索するなって言ったばっかなのに興味津々クマー。まったく仕方のないやつクマー』
あ、そっか悪い。強さ云々なんて、このゲームじゃ特に重要な情報だもんな。
前もって注意されてたのに迂闊に尋ねてしまったバツの悪さに頭を掻きながら、やっぱいいと兄に言おうとして。
『まぁでもお前ならあいつと敵対するってこともないだろうし、あいつも取り立てて隠してるわけでもなし、ふんわりしたことくらいは言えるクマ』
「えらく前置きするな……」
そこまで言われると余計に気になるというものだ。
兄はクマ顔を凄ませて(?)、近づけた顔からゆっくりと言葉を発した。
『あいつとは戦うな』
「…………!」
そう端的に言った兄の声は、これ以上無い迫力に満ちていた。
この兄にそこまで言わせる彼女の底知れ無さに思わず息を呑み、恐る恐る尋ねる。
「そんなに……強いのか?」
『いやそれがまったく、ビビるほど弱っちいクマー』
思わずずっこけた。
あんだけ散々脅すように勿体つけておいて、それかよ!
あっけらかんと言い放つクマ顔に釈然としないものを感じながら、コーヒーを一口飲んで落ち着かせる。
『いやもうほんと、あんなに弱い<マスター>は見たことないクマ。お前どころかティアンのおばちゃんにすらきっと負けるクマー』
「おばちゃんは強さのヒエラルキーの上位だと思うがのう」
それはひょっとしなくても俺の記憶基準だろうか。
『まぁおばちゃんは言葉の綾にしても、正直今のレイでも余裕できっと勝てるクマ。俺が知ってる限りのあいつなら、そこは変わってないはずクマー』
……そこまで弱い弱いと連呼される彼女がいっそ哀れに思えてきたのだが。
『――
……?
いまいちニュアンスがよくわからないけど……
『まーお前なら普通に接してれば大丈夫クマー。ちょっと世間知らずなとこあるけど、<マスター>としてはずっとマトモな部類だから、何かあれば相談してみるのも手クマー。人畜無害だしな』
「ん、ああ……わかった。それ以上は聞かないでおくよ」
結局詳しいことはわからずじまいだったけど、悪い人じゃないってことだけわかれば十分だ。
特に今は、つい先日【ゴゥズメイズ】やその配下の山賊連中と戦ったせいで、その辺敏感になってる節もあるし。
ともあれ、もし次会うことがあれば世間話でもしてみよう。
◇
そう思っていたのだけど、再会は思っていたよりもずっと早かった。
そろそろ時間だと思い中央闘技場へ向かい、チケットで指定されたボックス席を訪ねてみれば、そこには先に席を取っていたマリーやルークの他に、見知らぬ女性が座っていた。
女性にしては随分と背の高い人だな、というのが第一印象だ。
目算だがひょっとすると兄よりも身長はあるんじゃないかというほどで、伸ばしきった黒髪と合わせて思わず「八尺様」のイメージが脳裏を過る。
見た目は結構な美人だと思うけどな。美男美女の多いゲームだから、ルークみたいに際立ってってほどじゃないけど、近所で評判の別嬪さんレベルには綺麗だし。
どことなく北国っぽい顔つきな気がする。日本人……だよな? アバターだけ見ればだけど。
ともあれあんまりジロジロ見てるのも失礼なので、連れに声をかけて席に座ろうとして。
そこで初めてその女性と目が合った。何故か驚いたように目を見開いた彼女は、その口を開いて。
「……弟さん?」
その声にはひじょーに聞き覚えがあった。具体的にはつい一時間ほど前にも聞いたくらい。
彼女は不意にマグロ着ぐるみに着替えると、前ヒレと思しき部位をパタパタとさせてこちらにアピールしてきた。
それを見てネメシスが噴き出す。思ってたけどこいつ結構笑いの沸点低いよな。
「奇遇ですね、弟さんもボックス席で観戦だったんですねー」
「やっぱりマグロか、お前もこっちだったんだな」
「えへへ、実は闘技観戦が趣味でして……」
趣味でボックス席のチケットを購入するあたり、結構なお金持ちな気がする。今の俺が言えたことじゃないけど。
わざわざ律儀に席から立ってお辞儀をする彼女は、兄の友達とは思えないほど随分と腰の低い人間だった。
ただ実際に立たれると余計に身長が目立つというか、兄以上に見上げる形になるのにはやっぱり違和感が拭えない。
様子を見ていたマリーたちも若干警戒してる節が見えるし。
「レイさんのお知り合いですか?」
「ああ、さっき外で知り合ったんだ」
尋ねるルークにそう答えると、彼は若干訝しむような顔つきでマグロを見上げていた。
ルークにしては珍しい反応だな? 敵意があるとかそういうわけじゃなさそうだけど、ルークの考えてることは俺にもよくわからないから、とりあえずスルー。
険悪でさえなければいいだろうしな。単純に身長差に気圧され気味なだけなのかもしれないけど。
そこからは俺も改めて、仲間を交えて自己紹介を交わした。
単純に名前を教え合うだけだけどな。マリーみたいに簡易ステータスウィンドウを見せてくるということもなかった。
紹介ついでにしばらく話し込むうち、穏やかな面が見えてきたので仲間の警戒も解けてきたようだ。
……兄の言うとおり、パッと見和風ホラーっぽい外見に反して人畜無害そうだし、ネメシスやバビなんかは彼女の持ち寄ったお菓子ですっかり餌付けされている。
「うお、ほんとに美味い。なんていうか和菓子っぽい感じだな、こういうのってアシが早いんじゃなかったっけ」
「そこは生モノ用に時間停止型アイテムボックスに入れてましたから。せっかくなのでどんどん食べちゃってくださいね」
「うわー天地菓子とか久しぶりですよー。いやぁ悪いですねぇ、こんないいものをご馳走になっちゃって」
マリーも餌付けられ組かな、これは。
ルークは子供っぽいバビの世話をして、保護者っぽいし。
んでネメシスはっていうと……今は窓際に立っていた別の人に絡んでいた。
「なぁあそこにいるのって、もしかしてお前の<エンブリオ>なのか?」
「あ、ええはい、カトリ様……じゃなかった、テスカトリポカって言うんです」
「お前の<エンブリオ>もメイデンだったんだな」
「あはは……」
なんていうか、<マスター>とは正反対な印象のメイデンだ。
ついでにうちのネメシスとも、メイデンとしての見た目も正反対と言うべきか。
マグロほどじゃないけど女性にしては長身で、全身褐色の肌に露出の多い衣服。黄金の服飾が嫌味にならずこれ以上無く似合う、なんとなく南国の女王っぽいイメージ。
更に言うと身体つきも出るとこ出て引っ込むとこは引っ込んだ、正直男の目を惹いてやまない目に毒なスタイルで、まじまじ眺めるのも気が咎められた。
「あんな様子ですけど決して不機嫌なわけじゃないですから、どうか気を悪くしないでくださいね。同じメイデンの子と話すのが慣れてないものだから、ちょっと戸惑ってるだけなんです」
「いや、それを言うならうちのネメシスのほうが大分失礼しちゃってるみたいだし、気にしてないよ。むしろ納得したっていうか」
「?」
兄が言っていた「デンドロ第一」という言葉だけど、彼女の<エンブリオ>がメイデンならばその言葉も頷けるというものだ。
なんていうかこう、俺が今まで見てきたどの<マスター>よりも穏やかというか、心底から<Infinite Dendrogram>を楽しんでるんだなっていう気配が伝わってきて、ちょっと安心する。
ユーゴーも言っていたけど、メイデンの<マスター>は心のどこかでこの世界をゲームだと思っていないという共通点があるらしいし、そういう意味でも彼女のことは決して悪い人間じゃないということがよくわかった。
ただその、自分の<エンブリオ>に対する姿勢としては、ちょっと変わってるなとは思うけど。
まるで主人に仕えるように「カトリ様」と呼んで、あれこれ世話をしようとする姿には、はっきり言って主従が逆転してるんじゃないかなって。
本来の関係を考えれば、メイデンの方がそういう態度になるのが普通じゃないかとは思うが……。
「そうは言うがの御主、私もキューコもそういうタイプではなかろ?」
「それもそうだな。……ちょっと想像してみたらさぶいぼ立ちそうになった」
「なにおー!?」
ぽかぽかとネメシスの抗議を受け、悪かったとお菓子を差し出す。
でもまぁ、そうだよな。<マスター>と<エンブリオ>の関係なんて様々だし、ああはしてても互いに信頼ありきのことだろうから、外野が口出しすることじゃない。
むしろそれだけ自分の<エンブリオ>を気にかけているっていうことだから、見倣いこそすれ変に思うのはお門違いだろう。
今度ネメシスを労ってやるかと考えつつ、席について始まろうとするセミイベント、そして<超級激突>を待つ。
いろいろあった近頃だけど、今回のイベントでリフレッシュしたいしな。
そう、思っていたのだけど――
◇◇◇
「なぜ貴様がここにいる……Mr.フランクリン!!」
『だぁぁぁいせぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁいッ!』
その思いは、突如現れた闖入者によって丸ごと吹き飛ばされた。
<超級激突>の決着、その瞬間に介入して大々的にテロを宣告した白衣姿の悪意――Mr.フランクリン。
王国最大の仇敵とも言える皇国の<超級>との、因縁の始まりだった。
描写の都合上、初めて他者視点を書いてみましたが、どうでしょうね。
主人公の心理描写を代弁するという重責に苛まれながらも、精一杯トレースしたつもりです。
何かご指摘あればご遠慮無くお寄せください。
余談ですが作者はフランクリンのビジュアルイメージを灼○のシャナの教授っぽい認識でいました。
挿絵見ると思ってたよりずっとイケメンでびっくりです。
でも根っこで感情的で神経質そうな感じは十分なので、違和感無かったですけどね。