あらかじめご了承ください。
□【獣神】マグロ
うわぁ、なんだか大変なことになっちゃったぞぉ。
ってふざけてる場合じゃない、ヤバいヤバい。
まさかこのタイミングでテロだなんて完全に予想外だ!
セミイベントのエキシビションマッチを終え、本命の<超級激突>――"無限連鎖"フィガロと"応龍"迅羽、その決着がついたと思った瞬間にこの有様だよ。
あちこちしっちゃかめっちゃかの大混乱で、特に大勢のティアンがパニックに陥って収拾がつかなくなり始めている。
かくいう私もちょっと冷静になれそうにない。こういうときは一から順序立てて状況を整理しよう。
まず<超級激突>の決着までだ。これはいい、ここまではイベントの予定通りだったからね。
とりあえず私から言えることは「すごい」の一言だけだ。……小学生並みの感想だって? 仕方ないじゃない、私に戦術とか戦法なんて理解できっこないんだから。
カトリ様の目を通して動きは見えていたけど、具体的にそれがどう凄いかってのはほら、こう……門外漢だから。カトリ様はしきりに頷いてたけど。
まぁいい、問題は次だ。
フィガロさんと迅羽さん、二人による激戦の決着がついた瞬間、二人が戦っていた舞台――正確にはそこに展開されていた結界内の時間が止められた。
このため<超級>の二人は互いに満身創痍のまま、迅羽さんに至っては全身粉々に爆発四散したまま時間が停止したものだから、まったく動きようがない。
で、更に次。
そういう完全に水を差すような真似をしたらしい下手人が、時の止まった結界上部の中央に現れた。
最初はペンギンの着ぐるみを装備していたから、私も「ひょっとしてこれも演出の内なのかな?」と思ったりもしたのだけど、横から強烈なプレッシャーを放ち出したスターリングさんの存在でこれが冗談じゃないことを把握した。関係ないけどすげー怖かった。
そんでその謎ペンギンはしばらく貴賓室で観戦していたギデオン伯爵と問答を交わしたかと思うと、その正体を暴露。
白衣に悪魔的な笑みを浮かべてた鬼畜眼鏡っぽいややイケメン、Mr.フランクリンが堂々と名乗りを上げたわけだ。
そう、Mr.フランクリン。
こと王国内において【魔将軍】と並んで国民、所属<マスター>のヘイトを稼ぎまくっているであろう怪人のお出ましである。
私は一目見て察したね、「あっこれヤバイやつだ」って。
なんというかね、一連のやりとりでふざけた言動連発してるせいで特に若い<マスター>なんかは侮ってる感じだったけど、あの人目がまったく笑ってない。
なにもかもを打算しつくして道化を装って、ふざけた振る舞いで終始イニシアチブを握っていった彼の恐ろしさは、去り際に残していったモンスターの悪辣さからも見て取れるだろう。
【オキシジェンスライム】、って言ってたっけな。
私の把握しているなかでもでも該当する例がない、おそらく完全オリジナルと思しき青いスライム。
なにせ触れれば凍結&溶解、一般的に炎が有効と認識されているなかある<マスター>の炎攻撃を引火自爆することでカウンターし、大気中の酸素と結合することで瞬く間に自己再生。おまけに物理無効。
所謂条件特化型に該当するモンスターだ。場にいる殆どのマスターにとって手出しの出来ない障害物と化した。
で、最悪なのがその後。
フランクリンはあろうことか第二王女であるエリザベート殿下を拉致し、ついでギデオン中にばら撒いたモンスター解放装置の存在を示唆。
一時間後にはギデオンへばら撒かれた約五〇〇個もの装置が起動することを宣言し、それを止めたくば自分を捕まえて停止装置を奪ってみせろと挑発。
その上で闘技場から<マスター>の脱出を許さないよう、舞台に展開されていたものと同じ結界を中央闘技場周辺に展開していた。攻撃すればその度に解放装置が一つ起動するギミックまで加えておきながら。
そのせいで観戦に来ていた有力な<マスター>達――上位ランカーやスターリングさんの身動きが取れなくなった。
まとめると「エリザベートが攫われたから救い出せ」「でも闘技場からは出られないように結界を張っておいたよ」「一時間後にはモンスターが一斉に放出されてギデオン壊滅のお知らせ」。
……うん、詰んだかなこれ。ちょっとどうしようもないな、無理に突破するとそれこそ本末転倒だし、割りとどうしようもないぞぅ。
……ふぅ、とりあえず脳内整理したおかげで少しは落ち着けた。状況はまったく改善されてないけど。
どうしよっかなぁ、これじゃあ私もカトリ様も動きようがない。出口へなだれ込む人々の波に流されて外との行き来を遮断する結界に触れてみたけど、やっぱり通れない。
たしかこの結界は決闘時に展開されるものと同質のものだから、一定レベル以下なら通り抜けられるはずなんだけど、私はレベルだけは無駄に高いせいで抜けられそうにない。
これがステータスを参照してれば間違いなく通過できる自信があるんだけどね。……自分で言ってて悲しくなってきたな。
どうしたものかと思い悩んでいると、近くにスターリングさんやその弟さんたちもいたので、とりあえず合流しとこうと思って近寄る。
彼らもまた同様に結界のせいで立ち往生していたようで、弟さんなんかは特に悔しげに唇を噛み締めていた。
……やっぱり彼は、今まで見てきたどの<マスター>ともどこか違う。
この状況に心底から危機感を覚え、あの悪漢の企てを止められないことに心で涙しているように見えた。
それはまがりなりにも<超級>として最低限の安全を確保でき、どこかに余裕を持てている私とはまったく違う反応。
そして同じメイデンの<マスター>でありながら、臆病な私とは違ってどこまでもこの騒動を引き起こした悪意への怒りに燃えているその姿は、それまでどこか浮ついていた私の心に冷水を流し込むようで、喩えようのない恥と申し訳無さを自覚させるものだった。
「スターリングさん……」
『マグロか。ちっと参った状況だな、どうも。いざとなれば無理矢理にでもなんとかできるが……そうなってもヤツの思う壺だろう』
弟さんに声をかけることも憚られて、縋るようにスターリングさんの方を見れば、彼もまた同様に身動きの取れないこの状況へ苛立ちを隠せないようだった。
彼の言う「いざとなれば」は、それこそ本当にギリギリ最悪にならない程度の策でしかないのだろう。
少なからず彼の力を知っている私だからわかるけど、このままモンスターに蹂躙されても、彼が全力でフランクリンを討っても、導かれる結果は一緒だ。
つまるところ、残されるのは無人の瓦礫と廃墟のみだ。
「弟さん、大丈夫でしょうか……その、随分と思い詰めてらっしゃるようだから」
『こればかりは仕方ねぇよ。事前に状況を詰めてた向こうが上手だったってだけだが……チッ、
ファンシーなクマの着ぐるみ越しでも分かるほど、今のスターリングさんには余裕がない。
彼もまた<超級>でありながら、この場において何も出来ない無力を噛み締めているのだろう。
……それに、先の戦争で王国を助けられなかったことへの負い目もあるかもしれない。あのとき話した彼の様子は、本当に悲しそうだったから。
弟さんもまた、行き来を阻む不可視の結界を前に遣る瀬無さそうにしている。
ほんとはこの結界を殴りつけてやりたいのだろう、握り締められた拳には今にも血が滴りそうなほど力が込められている。
しかしその無為を悟ったのか、力なく拳を解いて……心底口惜しそうに結界に手を伸ばして――
「……………………え?」
その手は呆気無く結界をすり抜けた。
間抜けな声は彼と私、果たしてどちらのものだったのだろうか。
目の前の現象が信じられないといった表情で、彼は振り向き。兄であるスターリングさんや、私、その他の人々に視線を彷徨わせていた。
『レイ』
途端にざわめきだす群衆。
しかしスターリングさんが静かに彼の名を呼ぶと、そのたった一言で場が支配されたように静寂が染み渡る。
スターリングさんは極めて冷静に、真剣な声で。弟――レイさんの合計レベルを問うた。
その答えは、四一。
闘技への参加制限たるレベル五一に満たない、参加不能レベル。
彼がそう答えた直後、スターリングさんの呵々大笑が響き、周囲はその答えの意味を察して騒然となった。
『そうか! そうだよなぁ! 俺としたことがうっかりしてた! お前なら通れるわなぁ……ハッハッハッ!!』
「ど、どうしたんだよ、兄貴……?」
『お前も知ってるんだろう? 闘技場にはレベルが五十以下のやつは参加できない。なぜなら――』
――なぜなら、レベルが五十以下だと結界が適用されなくなって保護できないから。
「……ああっ!?」
その驚愕もまた、私と彼どちらが発したものかはわからない。
だけど私は彼以上に驚いていた。ていうか私は馬鹿だ!
そうだ、そうだよ! ついさっきレベルのせいで通れないって考えたばっかじゃん!
よくよく考えれば、言われてみれば、なにもこの場にいるのは皆が皆、結界を通れない<マスター>ばかりじゃない!
もちろん殆どはそうだろうけど、レイさんみたいに結界をすり抜けられる
それに気付いた大勢の<マスター>が周囲に呼びかけ、場は一転して攻勢のための準備に躍り出た。
完全に詰んだと思われた状況から、一筋の活路を見出し誰もが興奮と熱気に浮足立ち、この結界を出て周囲へ反撃に出る志願者を募り、ありったけのバフや回復アイテムを持たせていく。
結果として揃った数は二二名。
全体数から見れば圧倒的に少ない、とても反撃には足りない少数勢力だろう。
その実力も<下級>、それも限りなく<
だけどこの場においては彼らだけが希望だ。そして間違いなくデスペナルティの危機が濃厚でありながら、尚も臆せず名乗り出た勇気こそは、今このときは紛れもない勇者達。
「だけどこの状況、あのフランクリンが読んでいないはずがありません。少し冷静になればいずれ誰かが気付けたことです。間違いなく罠ではないかと」
『ああ、そうだな。あのフランクリンのことだ、俺達がこう出ることは想定済みだろう。その上で抜け道を残していたということは……きっと他に思惑があるんだろうよ。それも、とびきり趣味の悪いやつがな』
「ですが僕達は攻勢に出るしかない、そうですよね?」
『ああそうだ。そしてレイ』
「ああ」
ルークさんの忠言を、スターリングさんはやはり心得ていたようだ。
そしてレイさんに向き直り、改めてその意志を問う。
『これはまず十中八九フランクリンの罠だ』
「そうだな」
仮にこの結界を抜けたとしても、待ち構えるのはフランクリン配下の熟練プレイヤー達やモンスター軍団、そして他ならぬ<超級>であるMr.フランクリン自身。
まず間違いなく、外に出た彼らのほとんどは死ぬだろう。その勝率は限りなく低く、縋る藁すらも無いような激流であることは必至。
それでも立ち向かうのかと、スターリングさんは。言葉の端に今なら引き返せるという優しさからの言葉を秘めて、レイさんに問うた。
対するレイさんの答えは――
「なら逆に聞くぜ、兄貴」
――俺がそれで諦めるような、物分りの良い奴だと思うかい?
……ああ、彼はやっぱりスターリングさんの弟なんだ。
いや、違う。彼は彼だからこそ、本心からそう思っているんだ。
スターリングさんと――兄と比べれば無力と言ってもいいのに、兄と同じ<超級>であるフランクリンを止めようと覚悟しきっている。
その姿のなんと誇らしいことだろう。
スターリングさんは心底嬉しそうに、この誰に見せても恥ずかしくない自慢の弟を誇りに思い、その肩を叩いて【身代わり竜鱗】を手渡した。
『持っていけ。【ブローチ】は切らしてるしそれも一枚しかないが、な』
「サンキュー兄貴、助かるよ」
『なに、今から助けられようとしてんのは俺達さ。気にせず持ってけ、惜しむなよ』
その二人の姿があまりに眩しくて、私は一瞬忘我していた。
だけどいよいよ彼らが出撃する段になって我を取り戻し、何か私も助けになれないかとアイテムボックスを漁って……あった!
「ま、待ってください!」
「マグロ? どうしたんだよ、そんなに焦って」
「わ、私からもお渡しできるものがあります……!」
取り出したのは十数枚の【身代わり竜鱗】。
生憎私も【ブローチ】は自分の分しか持ち合わせが無くて、【竜鱗】は【ブローチ】に比べれば比較的手に入りやすいから、予備はいくらかあったんだ。
ほんとはこの【ブローチ】も渡せればいいんだけど……うう、ごめんなさい。こればかりは命綱なので勘弁してください!
代わりに【竜鱗】は全部差し出すから! これならレイさん以外の二二人、まだ行き渡ってない人への保険にはなるはず!
「お、お前いいのか、こんなに……? これ、安くないんだろ?」
「いえ、いいんです。お役に立てないんだから、せめてこれだけでも……。その、返すとかは考えなくていいんで、惜しまず使ってください……! その、他の皆さんも、御武運をお祈りしてますから!」
一人一人に手渡して、どうか無事に帰ってきてくれるよう頭を下げる。
本当に、これくらいしか私にできることがないのが恥ずかしい……でもその恥を呑み込んでここで渡さないと、きっと後悔するだろうから……。
彼らからはお礼も言ってもらえたけど、どうか気にしないでほしい。
これがせめてもの助けになるのなら、それが最大の幸福だ。彼らの無事こそが今の私の望みだ。
「すみません、引き止めちゃって……その、月並みですけど、頑張ってください!」
「……ああ、ありがとう。それじゃあ言ってくるぜ……兄貴、マグロ、皆!」
「いきましょう、レイさん!」
「ああ、いくぞルーク! ……ネメシス!」
「応!」
そして彼らは意気軒昂に、結界から飛び出していった。
ここからでも見える敵の布陣、彼らを待ち構える上級<マスター>たちの群れに、猛然と。
あとは彼らを信じることしかできないが……未熟な彼らだけを送り出さざるを得ない無力感が、やっぱり拭えない。
『大丈夫だ、あいつらなら。ここは信じて待つのが先達の役目ってやつさ』
「そう、でしょうか……」
『ああそうさ。俺達は結界の問題が片付いたときに備えて、結果を待とう。なぁに、いざとなれば……な』
スターリングさんはそう言い残して、闘技場中央への舞台に向かっていった。
他の<マスター>たちは結界から離れず彼らの行く末を案じている。ティアンの皆さんはフランクリンのモンスターが沸き出ていない、安全な一角へと避難していた。
私は――――
『中央はシュウに任せておけ。あやつがいれば
「カトリ様……?」
『我らは……そうさな、ゴミ掃除といこう。あの青い粘塊は有象無象には荷が重かろう』
……そっか、そうだね。
私達は私達なりに、できることからやっていこう。
外で頑張る彼らと比べれば微々たるものだけど、小さなことからコツコツと、だね。
私は
反撃に躍り出た二十二名の勇者達の活躍は、是非とも原作をご覧ください。
彼ら、もといレイとルークの活躍は、原作で全てが描かれております。
拙作ではあくまで主人公の視点を主軸に物語が進む都合上、描写をばっさりカットしておりますが、彼らの活躍は本当に手に汗握るものです。
つまり原作こそ至高です。拙作でもし興味をお持ちいただけた方がいらっしゃるならば、是非とも原作を読んでいただけるようお願い申し上げます。
まぁ私ごときが宣伝せずとも、拙作をご覧いただける方の殆どは既に原作の素晴らしさはご承知かと思いますがw
それでも何度でもいいます。デンドロは最高だ!!