我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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なんだかレビューを頂いてました……!
何気なくトップページを眺めて見つけた拙作のレビュー。
まったくの初体験に、なんと言い表したものかわかりません。
あまりに嬉しすぎて言葉もない状態です。
あまりにも嬉しいものだから、張り切ってクライマックス書き上げました。
主人公の<超級エンブリオ>のお披露目です。どうかお納めください。


歪なるカタチ、其の名は――――

 ■<ジャンド草原>

 

 

 五六八二六体の改造モンスター。

 そのいずれも亜竜級以上であることの意味するところは、およそ直截的に過ぎる絶望であった。

 その先駆けとして放たれた"スーサイドシリーズ"なる五〇〇〇体もの改造モンスターたちは、雑多な戦力算出を省いて言えばおよそ上級戦闘職五〇〇〇人分に匹敵する。

 対し迎え撃たんとするは下級・上級職を混合して二十一名。それとは別に"超級殺し"であるマリー・アドラー一名もいるが、"奏楽王"ベルドルベルとの激戦を征して馳せ参じた彼女は万全の状態には程遠く、現時点では精々が純竜級に匹敵する程度にその戦力を落ち込ませるだろう。

 比較して彼我の戦力差は――およそ比べるに値しない、絶対的な差であった。

 

 "スーサイドシリーズ"を始めとするフランクリン配下の五六八二六体の改造モンスター群。

 これは大別すれば"広域制圧型"に分類される戦闘スタイルであり、こと防衛戦において攻勢に回る限り圧倒的優勢を誇る究極の布陣である。

 ましてや個々の戦力が防衛側戦力の多くに匹敵、ないし凌駕するとあれば、それに抗うのは水面に浮かべた木の葉へ激流に遡ることを期待するが如く虚しい。

 しかし、そうした圧倒的劣勢にありながら尚も()()()抗えているのは、偏に<マスター>であるが故の奇跡だろう。

 

 ティアンと<マスター>の違いを最も決定付ける要素とは、即ち<エンブリオ>の有無に他ならない。

 ジョブによる各種補正とレベル、装備によってのみ戦力を決定づけられるティアンと異なり、<マスター>はそこへ更に<エンブリオ>によるステータス補正、そして固有能力による恩恵を受ける。

 彼らフランクリンの猛威に対抗するギデオン側<マスター>達の数は僅か二十二名。しかしそれらは皆各々強力な固有能力を有しており、その多様性はおよそ計算に組み込むには広すぎる。

 

 ある者は魔法、スキルでダメージを。

 ある者は各種バフによる全体支援を。

 ある者はデバフによる敵勢の弱体化を。

 ある者は自ら切り込み、またある者は壁となって大軍を押し止める。

 

 それらの連携はフランクリンの改造モンスターには持ち得ない、人間であるからこその連携の妙。

 個々のスペックで圧倒的に上回りながら、尚も彼らを圧倒し切れないのは、優れた多様性、高水準のスペックを有しながら"自滅(スーサイド)"の名の如く直進蹂躙しか組み込まれていない哀れな被造物の限界であった。

 

 フランクリンはそれらの光景を己の<超級エンブリオ>――【魔獣工場 パンデモニウム】の上から眺めて、呟く。

 さて、どうしようか。このまま彼らを眺めていても、いずれ拮抗は破れ圧倒できることは明白。

 元より"スーサイドシリーズ"は現在保有する全戦力の十一分の一に過ぎない末端勢力でしかない。

 後ろに控える残る五万余の改造モンスター達がある以上、最早己の勝利は確定している。

 であるならば、このまま手出しせず静観に徹するのが最も()()()だろう。

 

 だが、しかし――

 

『うん、そうだねぇ。このまま見てるのも楽だけどねぇ……?』

 

 彼らの奮闘を高みから見下ろし、フランクリンは口角を上げる。

 その奮戦を賞賛しながら、一方で双眸は全く笑わず、お道化て珍妙に振る舞う全身とは裏腹に心中には苛立ちが募る。

 

『なんていうかさぁ、頑張っちゃってる彼らの悪あがきでさぁ、ちょっとした希望ってやつが生まれるのも、癪だよねぇ?』

 

 フランクリンは狡猾である。その脳髄には常に明晰な計算と悪辣な打算が渦巻き、容赦という蓋のない精神性がその着火爆発を増長させている。

 決して誰にも隙を見せず、勝利のためには一切の労力を惜しまず、目的達成のための手段を常に模索獲得し続ける陰謀家である。

 しかし一方で、その性根には――誰にも負けたくないという、極めて感情的な激憤が燻っていた。

 故に。

 

『だからやっぱり、腹が立つから殺そうかねぇ?』

 

 故に、フランクリンはダメ押しの一撃を選択した。

 放たれた"スーサイドシリーズ"でも一際異彩を放つ恐竜。近衛騎士団を文字通り()()()()()いた【DGF】に命じ、悪あがきに藻掻く<マスター>達の蹂躙を開始した。

 

 劣勢の中かろうじて戦線に立っていた数名の<マスター>を鎧袖一触にデスペナルティへ追い込み、続く巨体の連撃で更に数名絶命させる。

 全身に纏う赤いオーラは【DGF】がフランクリンの秘蔵であることの証左。とある<UBM>の特典武具を素材に習得した《竜王気》が、あらゆる物理・魔法ダメージを減衰させ、防衛側唯一の超級職であるマリーの弾丸すらも事も無げに耐える。

 この場において現状最大の火力を有するマリーの通常手が通用しない【DGF】に対し、彼女はリスクの高い必殺スキルの使用を判断するが、その束の間。

 

 突如として矛先を変えた場所には、ギデオン防衛戦力の筆頭たるレイ・スターリングの姿。

 フランクリンが最も執着する宿敵である彼を、フランクリンの配下たる【DGF】が最優先撃滅目標に定めるのも不思議ではない。

 【DGF】の目標がマリーであったならば、反撃して倒す目はあり得たかもしれない。

 しかし既に満身創痍の体を晒す今のレイに、明確な敵意を以て殺しにかかる【DGF】に対抗し得る手段はおよそ、無い。

 

 巨獣の矛先から逃れられぬことを察し、しかしレイは諦観に至らず。

 五体を砕き命を獲らんとする巨獣の肉薄に冷静を以て応じ、一か八かの即応反撃を狙って、黒大剣を構える。

 己がメイデンと一言、二言。致命の一撃に残る全身全霊を以て応える決心を固めて――

 

「待たせたな、レイ。あとそういう博打はもうちょっと格好良い場面でやるクマー」

 

 誰にも悟られず、知られず。

 コマ落としのように突如現れた熊毛皮の戦士に阻まれた。

 

 天高く衝くように蹴り上げられた片脚。

 一見して珍妙な格好を取る戦士の前に、【DGF】の姿は無い。

 否、およそ見渡す周囲のどこにもその姿は見られなかった。

 極一部、彼の動きを追えた極々少数の<マスター>のみが、彼の衝き上げた爪先の彼方にその痕跡を見つけた。

 

 猛威を奮った恐竜(【DGF】)は、戦士の一蹴りで空の彼方に蹴り飛ばされていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □<ジャンド草原>遠方

 

 

「うっわー……ほんといつ見てもあり得ない腕力(STR)してますねスターリングさん。いや、この場合は脚力ですか……」

「ククク……全く清々しいまでの暴力よな」

 

 場所は少し離れて、<ジャンド草原>戦場の遠方。

 《光学迷彩》によって通常の視覚から逃れた【戦神艦 バルドル】の艦橋で一連の光景を観戦し、各々の感想を述べる二つの人影。

 恐れ戦くのは【獣神】マグロ、愉しげに笑声を漏らすのはその<エンブリオ>、【狂神獣妃 テスカトリポカ】。

 中央闘技場から西へ向けて急ぎ、その途中で現在戦場で大立ち回りを演じる熊の戦士――シュウ・スターリングを投下し、今は彼の<エンブリオ>であるバルドルで待機する二人であった。

 

 戦場から数キロメテルは離れたこの場所から間近で見ているように戦況を把握できているのは、偏にテスカトリポカによるもの。

 無数保有するスキル群から視覚の強化に長けたスキルをいくつか並列発動し、それをマグロと共有させて、見ている光景を同じくしている。

 今メイデン体となっているテスカトリポカの各種ステータスは、()()()()()()ガーディアン体のそれと比べて大きく落ち込むが、しかして軽く数万を誇る規格外のAGIで認識する立ち回りは、目の肥えたテスカトリポカをして眼福と言わしめる凄まじいものだった。

 

 今戦場で戦いに興じるシュウと、それを眺めるテスカトリポカのAGIの差により、テスカトリポカの知覚におけるシュウの体捌きはスローモーションのそれであるが、それでいて尚テスカトリポカに舌を巻かせるシュウの体術の凄まじきは、たかだか音速であるか否かの些細な垣根を越えて恐るべき脅威として映っていた。

 なにせシュウと比較して圧倒的にAGIが上回る改造モンスターが、その彼に一撃すら加えられていない。

 いかなる方向、いかなる速さ、いかなるスキルを以てしてもその悉くをシュウが先んじて潰し、まるで未来を読んだかの如く置かれた拳に触れて雲散霧消と消え果てる。

 さながらシュウの拳という棘に自ら刺さりにいく早贄のように、その光景は度を越えて異質であった。

 

「リアルで格闘経験がある……んだったかな。話には聞いていたけれど、実際目にするとやっぱりすごいなぁ」

「あれで未来予知ではなく単なる先読みだというのだから、まったくシュウには脱帽させられるわ。ククク……堪らず胎が疼くというものよ……」

 

 こと強者であるもの、強者であらんとするもの、あるいは強者に至らんとするものを好む性質のテスカトリポカは、まさしく絶対強者の暴威を揮うシュウに陶酔の表情すら見せ、離れて尚届く()()の余波に臍下を切なげに撫でる。

 マグロはそんな己が<エンブリオ>の様子を据わった目付きで睨み、咎めるように嘆息した。

 

「……まぁいいです。それで、どうですか?」

「ククク、さてなぁ……」

 

 淫靡な側面を醸し出す己が半身への追及を避け、戦況の是非を問う。

 テスカトリポカははぐらかすように曖昧に応え、破壊に舞い吹く、しかし届かぬはずの血煙を嗅ぎ、酔うように唄った。

 マグロの視線が一層据わって突き刺さる。

 

「さて、さてさて。彼奴はどう出るかな? いや、分かりきったことか。出番かな? クク、そろそろであろうな……」

 

 しかしその視線を気にした風も無く、戦況の推移を見つめるテスカトリポカが待ち遠しげに呟いた。

 テスカトリポカが――否、彼女とバルドルの両名が前線で暴れるシュウと離れて隠れ忍んでいるのは、フランクリンの動きを警戒したシュウの提案によるものだった。

 警戒というよりは、およそ確信していたのだろう。五〇〇〇からなるスーサイドシリーズの次なる手を読んだシュウの断定的な指示により、来るべき時を待ってマグロ含む三名は暫時観戦に興じていた。

 

 彼女らが眺めている間にも、見る見る内にフランクリンの先駆け五〇〇〇体が消えていく。

 さながら往年の無双系アクションゲームの如く個を以て多を圧倒していくシュウの表情に何ら疲労の影は無く、一切の消耗も見せずに凶悪極まるモンスター達が一方的に屠られる。

 その一部始終をフランクリンは当初戦慄の眼差しで見ていたが、しかし不意に僅かな笑みを浮かべると口角を上げて次なる手を打とうとした。

 観測に徹し、観戦に興じたバルドルとテスカトリポカ両名の知覚はそれをすかさず捉え、機の到来を察知し各々に課された役割を果たすべく動き出す。

 

 バルドルの全身――<超級>としての現身たる超弩級陸上戦艦の巨躯が鳴動を開始し、それに合わせテスカトリポカは跳躍し艦橋の頂上に立つ。

 バルドルの最高所から彼方の戦場を見据え、獰猛な笑みを浮かべ。ふと思い立った()()に視線をバルドルに向けた。

 

「折角だ、バルドルよ。ここは一つ競い合いに興じてはみぬか?」

『…………』

「シュウが好きにやれと言ったのだろう? ならば気兼ねする必要もあるまいて。どうだ?」

『――――了解。盛大にいきます』

「ククク……胸が踊るわ、高鳴りを抑え切れぬ!」

 

 フランクリンの改造モンスター、残る五万余が先駆けたる五〇〇〇とは動きを異にして散開を開始する。

 シュウの推測通り、各自まったくの別経路で、しかし確実にギデオンを攻め落とす侵攻ルートを辿り始めた魔獣の大波を、しかし両名は愉しむ余裕すら見せて応じた。

 

 

 バルドルは艦体の各部に搭載された全砲塔を起動し――

 

 ――テスカトリポカは艦橋から真っ直ぐに()()()

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 □■<ジャンド草原>

 

 

 フランクリンからすれば、想定の端にあったとはいえ思いがけぬ損害を齎した【破壊王】シュウ・スターリングの参戦。

 彼の推測を遥かに越えた"STR極振り"の暴威を生来の格闘技術と戦闘センスによって振り撒き、スーサイドシリーズ五〇〇〇体を蹂躙してみせたシュウに対し、しかしフランクリンの反応は笑みだった。

 成程確かに、彼の"個"としての武勇には恐れ入った。まったく脱帽モノだ。たかだか五〇〇〇程度では脅威にもならない。それは認めよう。

 しかしその強さはあくまで"個"に限ったもの。シュウ・スターリング自身はフランクリンの改造モンスターでは対抗し得ない最強無敵の存在であろうが、それはあくまで彼個人のみだ。

 フランクリンの目的は違う。最初こそ彼の絶大極まる力量に驚かされこそしたが、そもそもフランクリンの目的はシュウ・スターリングではなく、その背後にあるギデオン――ひいては王国民の心。

 

 触れれば即死を意味するシュウの通常攻撃は確かに改造モンスター達を屠っているが、その処理能力にはどうしても限界が存在する。

 彼は突出した個でこそあったが、しかし残る五万余のモンスター群を堰き止めるにはあまりに小さい。()ではなく、その()が。

 

 故に対処の手としては、至極単純。残るモンスター達を彼にはぶつけず、散開させてバラバラの方向からギデオンにけしかければいい。

 それだけでフランクリンの目的は達成され、前線に立つ彼らの奮闘とは無関係にギデオンは落る。王国の主要都市、多くの民にとっての拠り所であるギデオンさえ陥落すれば、それだけでフランクリンの目論見に叶う。

 

 そうほくそ笑んで――――続く轟音にフランクリンは己の失策を悟った。

 

『一体、何が……ああ、畜生ッ! そうか、"戦艦"か……ッ!』

 

 フランクリンが把握する、【破壊王】に関する確度の高い情報の一つ。

 曰く【破壊王】の<エンブリオ>は"戦艦"であると――。

 今の今まで【破壊王】個人の白兵戦闘力に目を取られ失念していたが、もしその情報が事実であったとすれば、およそ予想し得る彼の()()戦力は、フランクリンにとって絶望的に相性の悪い敵であった。

 

 即ち広域殲滅型。

 個を以て多を蹂躙し得る、広域制圧型の天敵中の天敵。

 ましてやそれが素手の一撃で改造モンスターを屠る彼のSTRに準拠するものならば、およそ考えられる限り最悪のケースだ。

 

 その考えを肯定するように遠方の<エンブリオ>、シュウの相棒たる【戦神艦 バルドル】が砲火を打ち鳴らす。

 無数に露出した発射管、銃座から点火・放射の輝きが見えたかと思うと、天地を覆い尽くしてモンスターと草原を蹂躙する砲撃の雨霰がフランクリンの配下を削る。

 一撃一撃が一個の改造モンスターを百度殺して余り有る超火力を以て魔獣の大波を撫で、残る戦場には欠片一つの痕跡すら見当たらない。

 第一斉射だけで一万近くのモンスターが屠られ、その相性差にさしものフランクリンも己の敗北を悟った――その刹那。

 続く奇妙な音の波に「今度は何事かねぇ!?」とフランクリンが周囲を見渡した。

 

 ――そしてそれは()()

 

『KETERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――』

 

 サイレンとベルが入り交じったような怪鳥音を発するそれは、赤い鳥であった。

 赤、紅、朱、緋――ありとあらゆる()の色調で極彩色を描くそれは、強いて喩えるならば七面鳥を飛翔に適した形に組み替えたような、奇怪ながらもどこか美しい魔鳥であった。

 それが五〇メテルにも及ぶ巨体を空に浮かべながら、広げた両翼を含めれば一〇〇メテルを超える威容を纏い、砲撃の飛んできた方角から上空へ舞い上がり――

 

 ――次の瞬間には蹂躙に踊る軍勢の只中にいた。

 

『見え――超音速! あの巨体で、速すぎるんじゃないかねぇ……!?』

 

 ステータス値には乏しい【大教授】であるフランクリンの目には到底追えない、超音速機動による肉薄。

 状況から推測するに【破壊王】の"陸上戦艦"の戦力、しかしおそらくは別の手によるものであろうと当たりをつけるが、それをしてもあまりに()()()()

 陸上戦艦の存在する地点とここまでは、どう少なく見積もってもキロメテルの距離があるが……その距離を秒の間も無く飛び越えたその速さは、超音速域にあって尚神速。

 その域の無いフランクリンからすれば瞬間移動にすら同じ超高速を、しかし彼はそれから連想できた情報に戦慄を覚える。

 

『まさか"怪獣女王"じゃあるまいし、あの巨体であの速さは気味が悪いねぇ……それに私の()()にも無い……』

 

 フランクリンは【大教授】のパッシブ奥義、《叡智の解析眼》を以て赤き魔鳥を見据える。

 しかし暫しの後に舌打ちし、顰めた表情でそれを睨みつけた。

 先の【破壊王】とは異なり、まったくの()()()()()()である未知の戦力に脅威を抱きながら。

 

『……私の《叡智の解析眼》が機能しない。つまりあれは、<エンブリオ>ってことだろうねぇ……しかもあの出力、間違いなく<超級>……』

 

 生物限定で絶対の情報アドバンテージを誇る《叡智の解析眼》。

 それが機能しないということは、あの魔鳥はつまり()()ではない。

 しかし非生物でありながらモンスターの如き生態を有する存在が一つだけ存在する。

 

 即ち<エンブリオ>。

 ガードナー系列の<エンブリオ>ならば、彼の()をすり抜けたのも理解できる。

 

『――まさか第二の【獣王】って言うんじゃあないだろうねぇ……?』

 

 その独白に、魔鳥は心掻き乱す怪鳥音で応えた。

 

 

 ◇

 

 

 バルドルの艦橋から飛び立ったテスカトリポカは、己が脚力で到達した遥か高空にてその姿を変えた。

 雲海に遮られ地上からは見えない天の領域にて、褐色の女王を形作る五体が奇妙な変容を経る。

 全身を覆い隠す煙が過ぎった次の瞬間には、二メテルに満たない女の全身は、恐るべき巨躯を誇る怪鳥のそれへと変じていた。

 

『ククク……久しいな、この姿は。日頃は"白"ばかりで片付いていたからなぁ……』

 

 赤の色調で極彩色を纏った魔鳥は、その威容(異様)に相応しい名状し難き異形の声音で哂い、雲下に広がる魔物の群れを見据えて目を細める。

 その姿こそは他ならぬテスカトリポカ本人であり――彼女が<超級>(第七形態)に至ることで得た()の一端であった。

 

『バルドルめ、あれほどの火力とはまったく感服する限りだ。しかし、いかん、いかんぞぉ……このままでは余の喰らう分が減ってしまうではないか……』

 

 今も数多の砲撃でフランクリンの軍勢を屠るバルドルにより一層の対抗心を燃やし、同時に初めて既知の<超級>と轡を並べて戦う興奮に身を震わせ、赤き魔鳥と化したテスカトリポカは姿勢を変える。

 長い首を真下へ向け、両翼を広げ、風を掴み――地球のジャンボジェットに匹敵する巨体で軽やかに宙空へ留まりながら。

 

 次の瞬間には、雲海を引き裂き地上へと舞い戻っていた。

 直下に砲撃中にあるバルドルを間近に見据え、その次の刹那には直角の方向転換で地面スレスレに飛翔し、目的の戦場までに横たわるキロメテルもの距離を一跨ぎでもするように詰めて敵陣の只中に躍り出る。

 一連の行動は音速の十倍以上を誇る神速で行われ、物理的作用で生じるはずの衝撃波は、しかし世界の法則によって微風に留まる。

 その巨体で飛翔を可能とするのは数多の風属性魔法、重力制御スキル、姿勢制御に形態変化スキル――およそ羅列して詳細を語るには徒労に過ぎる無数のスキル群を、【獣神】の特性によるモンスタースキル干渉で分析・統合し、より強力なスキルとして昇華せしめたことによるもの。

 

 最早そのまま激突するだけで致命の奥義になり得る超高速機動であるが、しかしテスカトリポカは敢えてそうせず、一見して無防備にも敵陣の只中へ降り立った。

 果たしてそれは慢心か、はたまた余裕によるものか。否定はできまい、今のテスカトリポカは一種のトランス状態にあり、一年振りの故郷で己が得た力の一端を衆目に晒す快感に酔っている。

 だが、それが彼女の命を危ぶむかと言えば――それを危惧するにはあまりに。あまりに彼我の実力差は開き過ぎていた。

 

 【破壊王】とその<エンブリオ>と目される"陸上戦艦"が蹂躙する戦場の只中に、突如として現れ出た詳細不明の魔鳥。

 誰もがその未知に注目し、憶測を口々に交わし合い推移を見守る中、テスカトリポカは異形の声音で宣言した。

 

 

『KETERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――《偽・絶死結界》』

 

 

 そのスキル宣言と同時、彼女の周囲半径五〇〇メテルに存在した敵性モンスターの悉くは()()()()()

 

 

 ◇

 

 

 【獣神】マグロ並びに【狂神獣妃 テスカトリポカ】にとって最大最強の敵とは、即ち【三極竜 グローリア】である。

 およそ真っ向からぶつかり合って純粋に()()()したのは、テスカトリポカにとって【グローリア】のみであり、他の如何なるボスモンスター・<UBM>でさえ、単純な力量を比べたならば常にテスカトリポカが圧倒してきた。

 マグロという()()の<マスター>の存在により常に敗北の危険を抱えてはいるが、それでも尚純粋に彼女らを上回ったと断言できる敵は、【グローリア】をおいて他に無い。

 故にその超竜との激闘、そして敗北は、彼女らにとって極めて大きな影響を与えていた。

 

 それというのも【グローリア】のコンセプトとテスカトリポカの本質に、共通を見出だせる点がいくつか存在したことが大きいだろう。

 即ち数多具えた特殊能力(スキル)を以て、より適した"()()"の形へと自己を練磨していくその性質。

 実際の手順は異にすれど、目指すべき方向性は同一のそれであったが故に、より完成度の高い()()であった【グローリア】にテスカトリポカが敵わず敗れたのは、ある種自明の理と言えよう。

 

 故にテスカトリポカは考えた。

 かの超竜に敗れ、再戦の機会が失われた今、己が目指すべき()()()とは如何なるものであるかを。

 思い返すほどに【グローリア】の完成度は高く、後の<三巨頭>による奮戦無くば一国を滅ぼして尚止まらず、際限無き進化を辿っていただろうことは想像に難くない()()

 彼に敗れたその理由を分析し、彼を超越し得る解を求め試行錯誤を無意識に那由多繰り返したテスカトリポカが得た答えとは――即ち多様性であった。

 

 無論、これまでも無数にラーニングしたスキル群により、通常の<エンブリオ>を遥か凌駕する手札を有していたテスカトリポカである。

 そして更に<マスター>であるマグロの潜在資質が己を()()にしてでもテスカトリポカを強化することを求め、スキル特化型のガードナーが陥りがちな素のスペック不足という問題も解決していた。

 スキル特化型、ステータス特化型の両者と比較しても何ら遜色ないどころか凌駕し得るスキル・ステータスの高水準での両立を実現したテスカトリポカだが、【グローリア】との戦いを振り返るうち、ある陥穽を見出した。

 

 ――数多あるスキルを活かすに、己の身体は不足が過ぎる。

 

 それはステータス値の問題ではない。

 単純に身体の形態が無数のスキル群と比較して活用するに無駄が多すぎ、結果として己の持ち得る手札の多くを活かしきれていないことを自覚したのだ。

 例えば風を掴んで空を舞うスキルがあったとして――四足獣では鳥ほどにそれを活かせぬだろう。

 あるいはブレス、あるいは魔法、あるいは大質量を前提とする物理攻撃。いずれのスキルも単体で見れば強力無比な手札だが、それをジャガーを模した身体で行使するには、足りないものが多すぎた。

 

 ――ならば増やそうではないか、己の身体を。己が持ち得る全ての可能性を発揮し得る現身を。

 

 そしてテスカトリポカは主マグロの深層領域までも走査し尽くし、やがてある概念に行き当たった。

 己を構成するモチーフとなった、古代南米神話に見えるトリックスター。

 数多の姿と権能を持ち、時に荒ぶり、時に慈しみ、生贄を求め、信徒を庇護する絶大なる神。

 かのテスカトリポカは、一説には四柱存在するという。

 即ち黒、白、青、赤のテスカトリポカ。

 そして彼を象徴するイキモノの形には、ジャガー、蛇、人、七面鳥。

 彼は無数の権能を誇る主神にして、無数の魔術に精通する魔法使いであり――

 

 ――変身(ナワリ)の名人とされる。

 

 此処にテスカトリポカの<超級>は確定した。

 永きに渡る蛹の季節を終え、<超級>に至り初めて羽化する。

 そして生まれたのは、ある意味で最も単純にして、ある意味で最も悪辣なる、恐るべき<超級エンブリオ>であった。

 

【狂神獣妃 テスカトリポカ】など過去の姿。

 <超級エンブリオ>、【()()()() テスカトリポカ】の新たなるスキル、《四狂混沌》。

 モチーフの逸話に擬え、四つの身体を持つ変身能力。

 

 即ち、

 

 第一相――最優最強、個人戦闘型白兵決戦形態、"黒き狂獣"

 第二相――悪質悪辣、状態異常特化暗殺武装形態、"白き毒蛇"

 第三相――強力無比、対地対巨獣特化広域殲滅形態、"青き巨人"

 第四相――滅尽滅相、対空対生物特化広域殲滅形態、"赤き魔鳥"

 

 以上四相、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に応じてその姿を変じ、常に最たる優位に自らを置く"究極の汎用性"。

 恐るべきはいずれの形態も用途別に振り分けられたステータスを有し、各々に適したスキルを再配分することで最高効率で使用可能、たとえ一つの相が敗れたとしても即座に異なる相へ変じることで無傷に立ち直り、その四相全てを打倒するまで決して戦闘能力を失わない"究極の継戦能力"。

 そして追い詰められればマグロの有する【■■】によって、()()()()()()敵対者を屠る"究極の報復能力"。

 

 代償として捧げたのは、【獣神】を始めとする数多の従魔師系統職に就いたことで得た従属キャパシティと()()()()()()()()()

 これより先、テスカトリポカ以外に如何なる魔物をも従えず、誰一人として戦友としない。本来あるべき【獣神】の姿に真っ向から反する()()を以て、<超級エンブリオ>としてのテスカトリポカは完成した。

 

 

 ◇

 

 

 これらの性質の根底に、【グローリア】の影響が見られることは主従も認める事実である。

 故に今、第四相――"赤き魔鳥"のテスカトリポカが行使したスキルもまた、かつて脅威を覚えた【三極竜 グローリア】その二の首、単眼二本角の究極奥義の模倣であることを認めよう。

 

 故に《偽・絶死結界》。正式名を《夜の風》。

 その奥義を構成するのは数々のドレインスキル、結界スキル、闇属性魔法スキル、識別スキル。

 即ち標準効果範囲半径五〇〇メテル以内の敵性生物()()を対象に、闇属性魔法を核とするため一切の非生物に影響を与えずHP・MP・SPを吸収し枯死せしめる識別型広域殲滅スキル。

 更にドレイン能力による攻撃という性質上、対象となる敵の数が多いほどその回復量は攻撃に伴う消費を補って尚上回り、敵の存在する限り継続可能な優れた利便性。

 そしてそれを展開するテスカトリポカは空という絶対領域を超音速で飛行するため、対抗策無きモノはその影に触れるだけで自覚する間も無く死に至る。

 

 そして今この時、()のテスカトリポカの毒牙にかかったモンスター達は。

 如何に同じ<超級>たるフランクリンの手が加えられているとはいえ、単純な戦力比では亜竜級以上純竜級以下に過ぎず――己が<マスター>までも犠牲にした究極特化ガードナーであるテスカトリポカとの実力差は絶大。

 故に生半な抵抗力しか持ち得ない大半のモンスターは展開と同時に即死に至り、そうでないものも続く闇属性魔法で悉く死に絶えた。

 

『KETERKETERKETERKETERKETERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!』

 

 大量を獲物に狂喜する魔鳥の囀りに誰もが慄き、天を仰いだ。

 しかしそれに思考を巡らせる間も許さずバルドルの砲撃が着弾し、残る敵が撃滅される。

 赤き魔鳥と陸上戦艦は互いに競い合うように逃げ惑うモンスター達を追いかけ包囲し――やがてフランクリンの大軍勢は姿を消した。

 その唯一の痕跡は、その痕に遺されたドロップアイテムの光のみ。

 

 これぞ【獣神】マグロの<超級エンブリオ>。

 極一部の情報通は知る、彼女とその相棒の最たる異名。

 "四大魔獣"――――最も優れたるモンスターの一柱である。

 

 




超級編の第一話で下っ端マスターをキルしたのは、白モードによるものです。
《伸縮自在》で身体を一キロ程伸ばして索敵し、たまたま聞き拾ったマスターたちの発言にイラッときて特化させた状態異常で葬りました。
実は割りと物理的に体を張っていたのです(

超級としての特性は生贄、そして変身でした。
一つの形態を倒したところで、第二、第三の姿が現れるラスボスっぽい仕様です。
ちなみにデスペナからの三日後復帰でグローリアの《既死改生》再現、みたいなイメージ。

話は変わりますが、レジェンダリアの決闘王者である脱がし魔の超力士さん。
作者の脳内では完全にやらない夫イメージになってしまいます。普段見てるやる夫スレのせいでイメージが固まっちゃったぜ。
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