我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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ちょっと余裕ができたので投稿。
ネタが思いついてホットな状態だと書きやすい書きやすい。
導入部分なので短めです。


過去回想 レジェンダリア編
ある日森の中で■■■に出会った


 □決闘都市ギデオン とある宿の一室

 

 

「少し遠出をしませんか?」

 

 決闘都市ギデオンの六番街、少々値の張る高級宿の一室でマグロが徐に言った。

 寝台に寝そべるテスカトリポカは、全身を揉み解すマグロの指に目を細めながら、珍しくも自主的に提案した己がマスターに、気怠げな調子で問い返す。

 

「その心は?」

「運良く【獣神】になんて就けちゃったじゃないですか。あれを活かすためにもそろそろ王国のモンスターだけじゃ頭打ちかと思うんです」

「ふむ……」

 

 マグロが挙げた【獣神】なる単語。それは長らくロストジョブと化していた超級職の名である。

 つい先日、とあるモンスターからスキルをラーニングした際に取得条件が満たされ、表示されたアナウンスに従った末に就くことができたそのジョブは、数ある【神】シリーズと同様にある特定のスキル群に特化していた。

 モンスタースキルに特化したそれの概要を読み解いていくうちに、マグロは王国内のモンスターだけを狩ることの限界を感じ、一晩考えた末に今の提案に至った。

 

「王国内の主要なモンスターは殆ど狩り尽くしましたし、ラーニングしきったですよね? 最近は<UBM>とも遭遇しないし、他国の固有モンスターならマンネリ化も打破できるんじゃないかなーって」

「成程、悪くないな……」

 

 従者が王へ奉仕するが如く、裸体を曝け出すテスカトリポカの全身を揉み解すマグロ。

 【整体師】をカンストまで鍛え上げた指先から繰り出される按摩の数々は、不器用なマグロでありながら熟練を発揮せしめる技の冴え。

 元よりテスカトリポカを癒やすためだけに培われた技術の数々は、気難しいテスカトリポカをして至福と言わしめる極上の快楽。

 蕩けていく意識に瞼を閉じながら、半ば寝言のようにテスカトリポカは問うた。

 

「あてはあるのか?」

「西方三国のどこかがいいかなと。グランバロアはちょっと怖いので外して……そうですね、レジェンダリアなんてどうです? あそこ、ユニークなのが多いらしいじゃないですか」

「魔法と幻想の妖精郷か……興味はあるな」

 

 中央大陸南西部、西方三国の南に位置するレジェンダリアは、テスカトリポカの言った通り黄河と並んで随一の魔法技術を誇る魔法の国だ。

 その国土には他国と比べるべくもない濃密な自然魔力に満ち溢れ、自然現象として強大な"魔法"が発生し得るという、この世の魔境である。

 国民となるティアンにはエルフにドワーフ、巨人に吸血鬼などの亜人が数多く見受けられ、言うなれば最もわかりやすいファンタジーの国であった。

 そうした土地柄故、生息するモンスターもまた多種多彩な環境に適応した独自性の高い種が豊富であり、魔道具素材の多くはこのレジェンダリアから産出されることからも、その特異性が窺い知れるだろう。

 モンスターの個性とも言うべきスキルを最上の獲物とする二人にとって、レジェンダリアは宝の山にも等しかった。

 

「どうです? カトリ様さえよければ明日にでもここ(ギデオン)を発とうかと思うんですが……」

「よかろう。であれば身支度を整えよ、余は寝る」

「わかりました。では明日、日の昇った頃に出発しましょう」

 

 かくして初の外国旅行は始まった。

 

 

 ◇

 

 

 レジェンダリアへ踏み入る上で、決して忘れてはならないことが一つある。

 それは「不用意に道を外れるなかれ」、だ。無事に魔境を旅するならば、土地に詳しい案内人を雇うことを誰もが忠告される。

 その理由には数え切れぬ程の要因があるが、最たるものは<アクシデントサークル>という自然"魔法"現象になるだろう。

 

 レジェンダリアの国土を漂う自然魔力の濃度が一定値を超えることで発生するそれは、通常魔法系超級職の奥義ですら至難を極める"空間転移"現象をも含む数々の魔法効果をランダムに発動し、巻き込まれた哀れな犠牲者を良くも悪くも――まさしく、生かすも殺すも気まぐれに翻弄する。

 土地勘に優れたものならば事前に察知して難を逃れることもできようが、そうでなくばたちまちそれと、あるいは過酷極まる超自然的環境に呑まれ、その命を取り零すことになるだろう。レジェンダリアが他国から攻め入られぬ最たる理由がそれだ。

 

 そしてそれとは別に、他国からの物味遊山を阻む理由がもう一つ、アルター王国との国境沿いに展開していた。

 <迷いの森>と呼び慣わされる原生林の如き環境の数々は、その土地そのものが内包する魔力によって微弱な幻惑作用を発し続けており、踏み入る者の五感を乱して路頭を迷わせる。その効力は奥深くへ踏み入る程に強力となり、運良くば森から追い出され、悪くば猛獣の顎が如く更に奥へ奥へと誘っていく。

 そうしていつしか深みに嵌って彷徨う犠牲者を、やがて本物の"猛獣"が牙を剥いて貪り喰らうのだ。

 

 故にレジェンダリアは魔境である。

 この国に生まれ育つ者は第一に国を取り巻く自然の超自然的脅威の恐怖を教え込まれ、そこを無事に潜り抜ける()を叩き込まれる。

 そうであるが故に無事を保証できる道を知り得る"案内人"は引く手数多であるし、多くが王国との国境、関所周辺の宿場町にも駐留している。

 レジェンダリアへ訪れる旅人は皆そこで案内人を雇い、高額の報酬と引き換えに己の命を買うのだ。

 

 そういう意味で――マグロは極めつけの()()()であった。

 

「や、やばい……ちぬぅ……」

「うーむ、流石は"魔境"レジェンダリア。王国と隣接しているとは思えぬ異質振りだな……」

「おなかすいたぁ……!」

 

 旅人が心得るべきセオリーを無視し、ギデオンからそのまま一直線に南下して国境を越えたマグロは今、猛烈な【飢餓】に苛まれていた。

 それというのもこの愚か者、"国境"の概念を碌に把握せず、関所も通らずに単身で国境を越え、その先の<迷いの森>へと迷い込んだのである。

 

 他国と海洋で隔絶され、国境の概念に乏しい日本人<マスター>にはままある現象ではあるが、ことレジェンダリアにおいてその過失は致命的であった。

 森の外へと弾き出されていれば良かったものの、運悪くもそのまま奥へと誘い込まれ、旅糧も尽き既に四日が経過している。

 その経過日数すらもメニューウィンドウの表示によってかろうじて把握できているだけであり、周囲の環境は昼夜の区別すらも儘ならない鬱蒼と生い茂る密林の如き様相であった。

 一言で言えば、二人は遭難していた。

 

「誰ぇもうレジェンダリアに行こうなんて言ったの……」

「そなただが」

「なんで道順通りにいかなかったのよぅ……!」

「それもそなただが」

「ううぅ……きっと私はここで死ぬんだわ……!」

 

 ガーディアン体と化したテスカトリポカの背に倒れ込みながら泣きべそをかくマグロ。

 単純な痛み苦しみには耐えられても、空腹が齎す【飢餓】にはさしものマグロも耐えられず、遭難生活四日目に突入してからはテスカトリポカに背負われるだけのお荷物と化していた。

 たまに遭遇するモンスターとの戦闘で発生する痛みだけが、その空腹を紛らわす数少ない刺激となり、譫言のように泣いては痛みに咽び喜ぶその姿は、傍から見れば新手のアンデッドと見紛うばかりだろう。

 アンデッドからしてみても、同類に見られることを拒否する無様であったが。

 

 対するテスカトリポカと言えば、マスターとは打って変わって余裕の表情である。

 極論を言えば元より飲食の必要がない<エンブリオ>である彼女は四日続きの絶食にも耐えられたし、遭遇したモンスターのドロップを消費してのラーニング作業が食事の代替行為となっていたこともあり、ちょっとしたピクニック気分が続いていた。

 元より第六形態に達したエンブリオとしては規格外の強さを誇る彼女からすれば、如何な新天地の見知らぬモンスターといえ屠るに労しないこともある。

 

 マグロにとっての最たる不運は、四日も森を彷徨っておきながらこれまで一つ足りとて食用に足るアイテムを得られていないことか。

 飲水は(たまに中ることがあるとはいえ)たまに見かける湧き水から確保できているとはいえ、それだけでは【飢餓】を回復するには到底足りない。

 リアルでは空腹の感覚すらも感じない体質なだけに、ゲームシステム上不可避である【飢餓】の苦しみは、あらゆる苦痛に快楽を見出すマグロをして音を上げる拷問であった。

 結局のところ、生きとし生けるものみな食からは逃れられぬのである。

 

「木、木、木、モンスター、木、モンスター、木、木、木――」

「本格的に壊れてきおったな、戯けめ……」

 

 いつしか目に映り込む風景を諳んじるだけの機械と化したマグロに呆れ返りながらも、歩みを止めず森を彷徨い続けるテスカトリポカ。

 なんのかんの言ってここまで一度も放り出さず、背に乗せたまま出口を求めて歩き続ける彼女は実にマスター想いの<エンブリオ>と言えよう。

 しかしその献身を嘲笑うが如く森は一層深く木々を生い茂らせ、右も左も分からない霧中を演出する。

 いよいよ手詰まりを覚悟する段になり、最早<迷いの森>を焼き払う以外に無いかと思い至り始めた頃合で、背のマグロが更なる奇行を演じ始めた。

 

「木、木、木、木木木木木木きききききききキキキキキキキキ――!!」

(あ、これ本格的にマズいやつでは?)

「キキキキキキゴリラキキキゴリラリラリラリラ――」

(さらば、我がマスター……)

 

 遂には居もしない大型霊長類の名を羅列し始め最早言語の体を為さない奇声を発する装置となったマグロに、さすがのテスカトリポカも主の冥福を祈った。

 そんな益体もない茶番を繰り広げながら、さてどうしたものかと視線を彷徨わせたとき――それはいた。

 

「ウホッ」

「…………」

 

 ――それは紛れもない霊長類最大種(ゴリラ)であった。

 自然魔力の集積が織り成す霞の向こう側に、威風堂々たる森の賢者が立ち尽くしている。

 彼(?)は染み渡るような重低音で一声鳴くと、つぶらな瞳でじっと二人を見据えていた。

 

「…………???」

「…………!」

「ッ!?」

 

 テスカトリポカは困惑した。

 ひょっとしてこれはマスターの幻覚が感染ったのではないか? まずはそう考え、しかしステータスは一切の異常を示さずその推測を否定する。

 ならばモンスターか? しかし目視したときに表示されるはずのウィンドウは現れず、その推測も否定される。

 テスカトリポカは、彼女にしては非常に珍しいことに呆気に取られ、息を呑んで彼を注視する他になかった。攻撃を加えなかったのは、彼から一切の敵意が感じられなかったからだろう。

 その証拠に《贄の血肉は罪の味》の発動の兆しも見えず、マグロを痛みで覚醒させることもなかった。

 

 結果取り残されるはジャガーとゴリラ。

 両者ともに密林を住処とする大型哺乳類たちである。テスカトリポカは困惑した。

 

「そなたは……何者だ……?」

「…………」

 

 おそらくテスカトリポカにとって初となる、困惑に満ちた誰何。

 これまで如何なる外敵も捻じ伏せてきた無敵の守護獣が、対峙する相手を測りかねて直々に問う。

 対するゴリラは沈黙を保ったまま、ゆっくりとナックルウォークで歩み寄った。

 

「怪しいものではない。私の名はファンタズマゴリラ、レジェンダリア所属の<マスター>だ」

 

 それはひょっとしてギャグで言っているのか? ――テスカトリポカの心中はそれに尽きた。

 だが、彼が<マスター>であるならばこの不思議も頷ける。これまで実際に見たことはないが、動物の姿形をした<マスター>もいるという噂は彼女も聞き及んでいたからだ。

 とはいえその大部分は人としての形を多く残した亜人に留まり、ここまで動物に寄せたアバターはやはり稀であったが。

 

 彼――ファンタズマゴリラは聞き惚れるような重低音で名乗りを上げると、腰ミノに吊り下げた革袋型の【アイテムボックス】から一房のバナナを取り出した。

 それはひょっとしてギャグでやっているのか? ――そんなテスカトリポカの疑問を他所に、連なるバナナの一つをもぎり取り、呻くマグロへと差し出す。

 

「どうやら道に迷っているようだね。これを食べなさい、他国の者に<迷いの森>の洗礼は辛かろう」

「バナナ――ッ!!」

 

 よく見れば差し出す右手とは逆の手には、<マスター>の証である紋章が輝いていた。

 見慣れた果実を前に飛び起きたマグロが喜び勇んでそれを奪い取る。

 そして皮を剥いて頬張れば、それまでの醜態が嘘のように表情を綻ばせ、うめぇうめぇと咽び泣きながら平らげた。

 あまりの空腹に我を忘れて貪る様は、さながら獣のようであったという。マグロの人間性は限界が近かった。

 

「ありがとう見知らぬゴリラさん……! あなたのおかげで私は救われました……!!」

「礼を言われる程のことではない。君のような手合は多くはないが珍しくもなくてね、定期的にパトロールをしているのだよ」

 

 そう言うとファンタズマゴリラは背を向け、のしりのしりとナックルウォークで歩き出す。

 戸惑う二人に振り返ると、手を振り招いて言った。

 

「付いて来なさい、人の居るところまで案内しよう。何、私がいれば五里霧中を彷徨うようなことはもう無いとも」

 

 テスカトリポカの腹筋はここで限界を迎えた。

 

 




今更ですがレジェンダリアについての描写には捏造を多分に含みます。ご了承ください。
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