我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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これが私の全力です。
ゴリラのことばっか考えてたレジェンダリア編でした。


世界の合言葉は森

 □レジェンダリア北方・<迷いの森>

 

 戦端を開いた直後、真っ先に異変を察したのはテスカトリポカであった。

 ファンタズマゴリラが地に手をついてスキルの準備段階に入り、その間を保たせるための足止めに【ユニケロス】へ肉薄したテスカトリポカ。

 後方に控えて支援に徹するカッツォのものも含め、この場に居るいずれの<エンブリオ>も第六形態。

 内、特性と傾向により単純なスペックで他を圧倒するテスカトリポカが前衛として機能するのは当然の話で、各種ステータス値は並の<UBM>に匹敵するか、或いは凌駕し得る。

 直前の《看破》で見抜いた【ユニケロス】のスペックと比較しても、テスカトリポカは決してそれに劣るものではない。

 事前に取り決めた策の通りに、テスカトリポカは【ユニケロス】を取り抑えられるはずだった。

 しかし……

 

『ぬぅ……!? 余の全霊を発揮できぬ……』

『ブルルルルッ! メス如きが我の前に立ち塞がろうなど不届千万! 我の一瞥に腰砕けになるがいいわ!』

 

 【ユニケロス】と相対するテスカトリポカの動きは、酷く精彩を欠いていた。

 敵の肉を強かに打ち付ける剛力も、巨躯を跳ね回す脚力も、あるいは敵の攻撃を容易に受け止める頑強も。

 その全てが腑抜けたように全力へ届かない。

 目の前の雄に歯向かうことを身体が拒むように、その意に反して宿る力は頼りないものだった。

 

「――! 《雄性の支配》、対女性特化の弱体化デバフですッ!」

 

 テスカトリポカの感覚と《同調》し、二度目の《看破》で簡易ステータスを見抜いたマグロが叫ぶ。

 スキルが発動したことにより明らかとなったその弱体の正体は、【ユニケロス】に敵対する()()に限定して効果を発揮する《衰弱》の状態異常。

 対象が限定される反面、より強度を増した状態異常は、ステータスの総合値で勝るテスカトリポカをして尚抗い切れぬ深刻なもの。

 同じ女性であるマグロにも当然その効果は及んでいるが、元より貧弱極まるステータスの彼女には大した影響ではない。

 しかし、元のスペックが圧倒的であるテスカトリポカは、だからこそその脅威を最大限に感じていた。

 

『ブルルルッ、しかし我こそ驚いたぞ。我が面前でメスが尚も立ち上がり、我を阻むなどと! 一体どれ程の力を具えているのだ、汝は!!』

『舐めるな、元より我と貴様ではあるべき力、その本質が違う。余は我がマスターの現身、力の代行者。より最優絶対たる守護者ぞ……貴様のような畜生如きに膝を屈する余と思うたか!!』

『吼えるではないか、メス! しかしいつまで抗い切れるかな……?』

 

 恐るべきは《衰弱》による全ステータスの半減を受けて尚、古代伝説級<UBM>である【ユニケロス】に伍するテスカトリポカの凄まじさであろう。

 本来であれば《衰弱》に罹ったと同時屠られていてもおかしくはないところを、足止めを十全に果たしているのが異常なのだ。

 

 【ユニケロス】は、かつての同族たるユニコーン種から逸脱した巨体の己に匹敵し、且つ純粋腕力を以て突進を阻むテスカトリポカに内心舌を巻きながら、しかし浮かべた余裕を崩さない。

 なぜなら彼には余裕を保つだけの理由があった。その証拠に、行く手を阻むテスカトリポカの表情に苦渋が滲み出す。

 

『我が光輝に満ちた貌を拝し、跪けメス。我が雄性の昂りは汝の雌性を蕩けさせて尚支配するのだ!!』

『おのれ小癪な……ッ!!』

「《誘惑》……!!」

 

 《雄性の支配》、第二の効果。

 それは直接対峙した雌性への強力な【魅了】。

 並のモンスターやティアン、あるいは<マスター>でも、彼と相対すれば忽ち心奪われ、彼を至上と仰ぐ絶大なる"魅力"!

 

 テスカトリポカが【ユニケロス】の齎す【魅了】を無効化できているのは、スペックによる単純な耐性もあるが、それ以上に以前より設けていた対策が大きい。

 それというのも全戦力を己がガードナーに頼る典型的なモンスター使役型であるマグロにとって、最大の脅威の一つが【混乱】【魅了】に代表される支配権の喪失だからだ。

 

 万が一にもテスカトリポカが己が支配下から離れ、主であるマグロに歯向かうようなことがあれば――その先に待ち受けるのは逃れようのない"死"である。

 元より己で代替可能なリソースの全てをテスカトリポカに捧げたマグロにとって、テスカトリポカが敵対することは決してあってはならない事象である。

 故に、特に精神系に属する状態異常への対策は万全を期し、如何な<UBM>の固有スキルによるものであろうと、その防護を崩すまでには至らない。

 当然のことながら、主であるマグロもこれら状態異常にだけは対策している。簡易ステータスの一覧に【魅了】の二文字が見えた瞬間、【オーバードーズ】経由の【覚醒剤】で精神系状態異常を無効化していた。

 

 しかしながら、決して少なくないスキルを状態異常への対抗に回すために、攻め手に回す余力に不足が生じる。

 テスカトリポカが【魅了】され【ユニケロス】の戦力と化すという最悪の事態こそ免れているものの、当初見込んでいたテスカトリポカという最大戦力が封殺された影響は大きい。

 もし何の妨害も無ければ、テスカトリポカのスペックだけで圧倒するつもりであったからだ。

 

 だが、それが叶わぬとなれば、是非も無し。

 テスカトリポカは己を蝕まんとする【ユニケロス】の暴威に、しかし嗤って言った。

 

『余に感けている余裕があるのか? 彼我の人数差さえ失念したか、戯けめ』

『ぬぉっ!?』

「待たせたな、【ユニケロス】。ここからは私もお相手しよう」

 

 目前のメスを圧倒する優勢に意識を傾けていた【ユニケロス】が、不意に横腹を徹る衝撃に呻き声を上げ、その下手人を捉えた。

 その相手はゴリラ。相対する四足獣たちと比べれば小さく、しかし豪壮なる類人猿の勇者は握り拳を構え、【ユニケロス】の空隙を突いて連打を浴びせる。

 

『ぬ、ぅ、ぅおおおおお……!? 重く、裡に響くッ……!』

「森は私の味方だ。巨大な彼らの力を借りれば、私の非力とて君を打ち据えるには足るとも」

 

 系統的には魔法系後衛型の超級職である【森王】。

 その特徴は後衛職らしくMPへの補正に優れているが、それとは別にもう一つある。

 それは一部の環境依存型ジョブに多く見られる、特定環境における強力なバフ。

 ファンタズマゴリラの就く【森王】の場合、それはその名の通り森の中における絶対的な優位性として現れ、森で戦う限りにおいてMPの自然回復力は加速し、同条件内でのみ行使可能となるスキルはいずれも強力。

 故に森という限定領域で戦う【森王】は、その名の如く抜きん出た戦闘能力を発揮する。

 

 テスカトリポカが最初に時間を稼ぎ、積み重ねられる限りのバフを積んだファンタズマゴリラの全ステータスは、それぞれが特化型超級職のそれに匹敵する。

 そして極まったステータスから繰り出される肉弾戦と、習得した魔法スキルによる選択肢の数々は、絶対的なアドバンテージとなって【ユニケロス】に優越する。

 

 地球に実在し、"森の賢王"と称されることもあるゴリラ。

 そのゴリラの似姿を取り、同じ名を称号に持つファンタズマゴリラ。

 しかし彼にはもう一つ、似て非なる二つ名が与えられていた。

 

「カトリ君、往くぞ」

『良かろう。此度はそなたに合わせよう、遅れるなよ!』

「無論!」

 

 すなわち"森の拳王"。

 メインジョブに【森王】を戴き、常の戦闘スタイルも典型的な魔術師である彼は。

 しかし同時に、拳士系統職の業をも修め、サブジョブの上級職に【剛拳士】を置く優れたインファイターでもあった。

 ゴリラの拳は――――強い!

 

「墳ッ、――破ァッ!!」

『GURRRWOW!!』

 

 単純な一撃の威力に優れる【剛拳士】の拳が【ユニケロス】の身体を穿ち、テスカトリポカが発動した無数の攻撃スキルがそのダメージを加速する。

 急所を貫く連携は【ユニケロス】のHPを大幅に削り、その動きすらも衝撃で乱し劣勢に追い込んでいた。

 

 ファンタズマゴリラの体捌きはまさしく見事で、実に堂に入ったものだ。

 小刻みなステップは敵の捕捉を惑わせ、リズムと呼吸の一致した一撃は身を上回る大岩をも一撃の下に粉砕する。

 常の紳士的な振る舞いとはかけ離れた猛獣の如き一撃は、【ユニケロス】の臓腑を震撼させ悶絶に陥らせた。

 

 だが、二人の表情は優れない。

 確かに急所を捉えたはずの一撃は、数秒の間を置くと何事も無かったのように立ち直る【ユニケロス】の姿で無為であったことを示す。

 並の<UBM>であったならばたちどころに粉砕していたであろう連撃。

 しかしそれは、こと"回復力"に優れる【ユニケロス】にとっては痛痒に等しかった。

 

『ブルルル……今のは効いたぞ、人間共。しかし我が"宝角"がある限りこの身は不滅! 汝ら定命のサル共が我が命を殺るなど、百年賭したとて及ばぬわ!』

「尋常ではないタフネスだ。これは骨が折れるね」

『折るならばアレの角にしてやれ、ファンタズマゴリラよ。あれこそが奴の力の源であることは一目瞭然』

『試してみるか? だが、何故我が角が()と称されるのか……理解が及んでおらぬようだな』

 

 光輝を発して巨体を修復する角を掲げ、見下ろす【ユニケロス】が哂う。

 内部に蓄積されたダメージも癒え、五体満足で二人に向き直り――駆けた。

 

『教えてやろう。――――傷つけること能わぬからこそ、我が()は至上の()なのだァ!!』

「ッ! 避けろカトリ君!!」

『チィッ……!』

 

 角を突き出し駆ける【ユニケロス】は、その身余さず破城槌に等しい脅威であった。

 あるいは只管に巨大なバリスタから放たれる矢であろうか。

 巨体を支える筋骨。集積したそれが齎す重量。それが超音速に迫る速度で疾走する様は、さながら天を横切る流星の如し。

 間違っても受け止めてはならない超速度高質量の体当たりに、射線に置いていた身を翻し咄嗟に避ける。

 続いて轟いた轟音は、直線の先で大樹を木っ端微塵に打ち砕いた【ユニケロス】が齎したものだった。

 

『成程、これを避けるだけの領域にはあったか。それでこそよ、人間共。我が恋路を邪魔立てした狼藉者、早々果てては嬲り甲斐が無いというもの!』

『闘争で戯れるか、愚物め。かつての王の名が疑わしい程に、貴様は浅ましいな』

『抜かすか、メスが。跳ねっ返りもそこまでいくと寧ろ清々しい――否、ふむ……成程……』

『……なんだ……?』

 

 嘲り、哂う【ユニケロス】の表情が一転して思い悩む様子を見せるのに、テスカトリポカが底知れぬ気味の悪さを感じて一歩距離を取る。

 その直感は正しく、再び顔を上げた【ユニケロス】が見せた表情は、テスカトリポカをして怖気の走る醜悪に歪んだ笑みだった。

 

『汝、よくよく見れば実に美しい。まさしく我が花嫁に足る美貌の極みよ。――決めたぞ。三七六番目の嫁共々、汝を三七七番目の嫁として寵愛しれやるとしよう』

『…………………………………………は?』

 

 たっぷり数秒の間を置いて口をついて出た言葉は、テスカトリポカらしからぬ間の抜けた一言であった。

 当然のように言い放たれた【ユニケロス】の言葉が心底理解できぬとばかりに、ここが戦場であることも忘れて呆然とする。

 それ程までに理解し難く、度し難い言葉であったが故に。

 

『そうと思えばこれまでの無礼も可愛く思えてきたではないか! これまでの嫁は皆我が宝角の前に従順であったが、中にはこうした跳ね返りがいてもよいものと思えてきたぞぅ! 寧ろ滾る! 燃えるというものではないか! 夜毎組み伏せ蹂躙し、その果てに屈服せしめる快感……おお、これぞまた法悦、愉悦! 我ながら実に冴えた名案ではないか!!』

『……………………おい』

『しかしあれだな、そうなると上に乗るメスが邪魔だな。見てくれは悪くはないが、ヒトメスにしては大きすぎる。我が寵愛を注ぐには値せぬな……』

 

 テスカトリポカの言葉も効かず、身勝手な皮算用を垂れ流す【ユニケロス】。

 一方であまりに無残な流れ弾を食らって涙を浮かべる人間(真)の女が一人。

 

「――――私、変態獣にディスられるほど見た目アレですか……?」

「そんなことはない、そんなことはないぞマグロ君! 君の大きさは抱擁力の発露だとも!」

 

 割りとガチで凹むマグロを精一杯フォローするゴリラの虚しさよ。

 その一方でテスカトリポカは言葉にならない鬼気を発しつつあった。

 

『ああ、そういえば汝らはアレか、<マスター>とかいうヒトモドキ共であろう? 我が麗しき黒獣の嫁よ、汝はそこなヒトメスの守護獣であったか。確か……<エンブリオ>と言うのであったな? ならばそのヒトメスを始末するわけにもいくまいか……やむを得まい。我が審美には適わぬが、特別に生かし、我に仕える栄誉を与えよう! おお、なんと我は寛大なのだ!!』

『ころちゅ』

「カトリ様、舌噛んでます!」

 

 怒りの余り呂律が回らず、舌っ足らずな殺意を漏らしたテスカトリポカに慄くマグロ。

 未だかつてここまで彼女の怒りを買った敵は無く、こうも心乱されるテスカトリポカを見るのもまた初めてであった。

 万が一にも奴の欲望が実現しようものなら……想像するだけで身の毛がよだつ。

 エルフの娘はともかく、<マスター>であるマグロとその<エンブリオ>であるテスカトリポカは、最悪自死機能による離脱が可能ではあるが、それは二人のスタンス上、最悪の奥の手でしかない。

 そうでなくともこのような獣への敗北は、マグロはともかくテスカトリポカにとって到底許容できぬ結末である。

 

 テスカトリポカは、一周して無表情を描いた顔で【ユニケロス】に肉薄。

 己を蝕む【衰弱】が嘘のような身軽さで、伸ばした爪が薙ぐ先は獣の下半身。

 身勝手な皮算用に熱り立つ()()()()()の根元を狙い、過たず断ち切った。

 ファンタズマゴリラとカッツォは思わず内股になった。

 

『ぬふぅっ!?』

『虚勢してやる、下劣な獣め。貴様が如き下衆の血統が後世に残るなど到底許容できぬ!!』

『ぶ、ブルルル……今のは効いたぞ、我が三七七番目の嫁――否、麗しの嫁よ! この傍若無人な振る舞い、しかし汝の美しさの前には許される! 何としても我と汝の間に仔をもうけたくなるというものよ!!』

 

 しかし【ユニケロス】が固有する回復能力はこれほどまでに強力なのか、生物として、雄として最たる重要器官とも言える()()すらも瞬く間に再生せしめる。

 これでおよそ、傷痍系状態異常すらも苦もなく回復することが判明したが、それはそれとして手段が他にとって猟奇的過ぎたために戦いに臨むゴリラの顔は蒼かった。

 

『そうとなれば遊んではおられぬな! 我が麗しの嫁よ、汝とのじゃれ合いは楽しいがこの場は他が邪魔に過ぎよう。ヒトオス共を鏖殺した後、三七六番目の嫁共々我らが愛の巣でじっくりと愛してやろうではないか!!』

『ふざけた奴だ……面妖な固有スキルさえ無ければ囀る暇も無く葬ってくれるものを』

『ブルルルルルッ……いくぞォッ!!』

 

 意気揚々と駆け出す【ユニケロス】。

 超音速に迫る速度はそのままに、今度は体当たりのみならず振るう首に合わせて乱れ舞う宝角の斬撃が結界を成した。

 縦横無尽に揺れ動く首の先で描かれる斬撃の軌跡がその只中にある万物を断ち、二人の攻め手を寄せ付けない。

 自然と距離を取らざるを得ない【ユニケロス】の攻勢。しかし避けるたび、徐々に徐々にとその速度を増していく馬体と斬撃に脅威を覚え始めて漸く二人は【ユニケロス】の特性を理解した。

 

「対雌性、自己再生、そして……」

『自己強化――これが奴の特性か!』

「対雌性以外は典型的な純粋性能型です、だけど古代伝説級だけあってその出力が段違い!」

 

 まさしくその三種が【絶倫狂角獣 ユニケロス】の特性だった。

 対雌性――女性、あるいは女魔物に限定して不可避の弱体を強いる条件特化型性能。

 そして古代伝説級<UBM>である素の性能を底上げする、単純にして強力な再生能力と強化能力。

 不滅にして不朽の獣はただ純粋に強く、こと雌性を相手にすれば絶対有利。

 

 尋常の相手であれば、瞬く間に蹴散らされて終わりの強敵。

 テスカトリポカとファンタズマゴリラ、二人が今なお無事でいられるのは、殆ど相性差によるものが大きい。

 前者は諸事情による規格外性能での力押しだが、後者は戦場が森という、彼にとっての絶対領域であることがなによりのアドバンテージとして働いている。

これがもしも森以外の環境だったならば彼は為す術もなく敗れ、テスカトリポカもいずれは持久力の差から劣勢に追い込まれ、遠からず敗北を喫していたことだろう。

 

 現実はそうとはならず、味方側の状況は有利を維持している。

 しかしいよいよ本領を発揮し、己が力の全てを出した【ユニケロス】の再生能力と強化能力は時間を経るごとに強度を増し、手をこまねいていては到底手出しできぬ領域に到達してしまうだろう。

 無論それは無尽蔵に、あるいは無限に続くものではないだろうが、この一戦に臨む限りにおいては考慮の必要も無い。

 つまるところ、二人は手のつけられなくなる前に何としても【ユニケロス】を打倒する必要があった。

 

 ――そしてそのための手段も当然、用意していた。

 

「ゴリ、()()()()()()!!」

「ッ! よくやってくれた!!」

 

 突如声を上げたのは、これまで戦線に加わらず後方に控えていたカッツォだった。

 彼はこれまで投げ捨てられたエルフの娘を回収し、【獣避けの香】を炊くと同時に潜伏。

 ファンタズマゴリラから託された()()()()の維持に努めていた。

 

 本来であれば到底戦闘状態に入った<UBM>から身を隠すには足りない【獣避けの香】。

 しかし【調香王】の彼が特別に調合し仕上げたそれは、獣の目前で使用したとしても即座に退散せしめる程の効力を発揮し、互角に戦い得るテスカトリポカとファンタズマゴリラ、両者を同時に相手取る現状如何な古代伝説級<UBM>である【ユニケロス】とて、彼らを排除せずカッツォに迫るのは不可能。

 そうして形成した安全地帯において、カッツォは()()()()()()()を終え、その合図をファンタズマゴリラに発したのだ。

 

 合図を得ると同時にファンタズマゴリラは前線を退く。

 これまで前線を維持していた戦力が欠けた分は、マグロが必殺スキル《我は彼の奴隷なり(テスカトリポカ)》を最大HP五割減で発動することによって補う。

 突如として跳ね上がったテスカトリポカのステータスに【ユニケロス】が驚愕を示すと同時、向上したステータスによって《雄性の支配》による【衰弱】を力尽くで無効化し、()()()()()()に注力した。

 必殺スキルの代償を最大HPの五割に留めたのは、如何に強化したとて変わらず付き纏う【衰弱】によってトドメを刺すには至らぬことを察し、足止めに徹したが故のことだ。

 

 そうして稼いだ時間は――【森王】最大最強、()()()()()()の開帳を許した。

 

 

「――――《世界の合言葉は森(シャングリラ)》!!」

 

 

 カッツォが守り、テスカトリポカが時間を稼いだこの一瞬。

 戦場へファンタズマゴリラの宣言が轟く。

 それは今の今まで準備段階にあった彼の<エンブリオ>の起動と、その必殺スキルの解放を告げる言葉。

 

 それは森であった。

 それは人であった。

 否、そのどちらでもあり、どちらでもなかった。

 

 全長一〇〇メテル超。

 総体積、計測不能。

 その威容、ゴリラ。

 

 それは戦場となった森をそのまま人型に成形し、立ち上がらせたような威容の巨人。

 拳をついた前傾姿勢は、しかしそれが人間でなくゴリラであることを悠然と示す。

 巨大極まる全身は大樹の根と幹を血管と骨格に、土を肉とし、鬱蒼と生い茂る葉を毛皮とした、まさしく()()()()であった。

 

 これぞ【森王】ファンタズマゴリラの<エンブリオ>。

 【理想森人 シャングリラ】、真の姿。

 

 TYPE:ルール・ガーディアンに属するシャングリラは一風変わったガードナーである。

 初期状態は拳程の種子でしかないそれは、森の大地に埋めることによって徐々に成長を果たす。

 時間をかけ、周囲の養分を喰らい、果ては大地や木々を取り込んで"生誕"を果たすそれは、即時性は皆無なれど一度産まれれば強力無比。

 種子状態で栄養を取り込む時間が長くなるにつれ生誕時のスペックは向上し、生誕後も森からのバックアップを受けて自動回復、自動修復、自動強化機能を獲得する。

 それらの機能は時間を経るごとに強度を増し、巨体を構成する"森"もまた成長しより大きく育ち、まさしく生ける森となって敵を打倒可能なレベルにまで成長し続けるのだ。

 

 そして必殺スキル《世界の合言葉は森(シャングリラ)》の効果もまた簡潔明瞭。

 多くのガードナータイプに見られる合体融合スキルである。

 性能としては多くを持たない。精々がファンタズマゴリラとシャングリラ、双方のステータスを合算し、フルシンクロでの巨体の操作を可能とする程度だ。

 だがそれを、【森王】であるファンタズマゴリラが行使した場合、その意味は全く異なる。

 

 シャングリラは森でのみ生誕可能なガードナーである。

 そして生誕したシャングリラを構成するのは、その土壌となった森そのもの。

 すなわち【森王】の領域であり、一体化した今シャングリラは歩く領地そのものである。

 そこに【森王】の奥義《森羅万象》の効果、一定範囲内の森林環境の極大強化・使役を踏まえれば――それはまさに、無敵の巨人。

 

『なっ――あ、ぁあああああアアアアアア!?』

 

 今も目の前で見る見るうちに大きく()()していくシャングリラに、【ユニケロス】が堪らず驚愕の悲鳴を上げる。

 それも無理からぬことだろう。周囲の森林環境全てが一個の生命体として集約し、遥か高みから己を見下ろしているのだから。

 ましてやそれの放つプレッシャーが己を遥か上回り、獣の直感として把握できたスペックの全てが、己を遥か超越する神話級のそれであるが故に。

 

 そしてその全身に【森王】渾身の魔力によって強化が施された今、巨人に立ち向かうは一匹の虫が森を食い尽くすに等しい難行。

 あまりの巨大さ故に一見してのろまに見える動きは、しかし音速を何段にも超越する速さで、遥か目下の小さな獣を蟻を優しく摘むように持ち上げた。

 

『本当なら、このような力は揮わずに済むのが最上なのだ。私の力は、森を守るには些か()()()()()からね』

『はなっ、放せ! ぐっ、ぅぅぅうううううおおおおおオオオオオオオ――――!!!!?』

『無駄だ。こと森林の支配において【森王】たる私に敵う者はいない。君もかつて森の王と呼ばれたモノらしく、多少は心得もあるようだが……無駄な足掻きというものだ』

 

 いつの間にか二〇〇メテルを超えていた巨人から、ファンタズマゴリラの声が響く。

 木々のざわめきや虚を吹き流れる風の音が折り重なったようにして響く不思議な声音は、身を切るような哀しみに満ちていた。

 同じ森に住まう者として、その住人を屠らねばならない無念に満ちた声だ。

 あるいはかつて偉大だった王の晩節を哀れんでのことなのかもしれない。

 

『もし貴方が狂気に陥らず、今も高潔な王であったならば……私はきっと頭を垂れるか、あるいは貴方との友誼を望んだかもしれない。今となっては詮無いことだろうが、そうした可能性を惜しまずにはいられなかった』

『痴れ者が! 王たる我を貴様如きヒトモドキが同列に語るか!! その無礼、万死に値する――!!』

 

 憤る【ユニケロス】の言葉も、今となっては虚しいばかりだった。

 今のファンタズマゴリラが彼の怒りに脅威を覚えるには、彼はあまりに矮小過ぎた。

 ファンタズマゴリラがたっぷりと時間をかけた己が<エンブリオ>、その切り札を切った以上、最早勝敗は決し何人足りとて覆すこと能わず。

 

『さらばだ、かつての王。【絶倫狂角獣 ユニケロス】よ』

『ぐ、ぅ、ぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオ――――!!??!?!!?!?』

 

 最後に別れの言葉を告げて、巨人と一体となったファンタズマゴリラが【ユニケロス】を摘む指先に力を込める。

 一点に森の重さが集約し、その身を潰す土塊と木々の指先は遥か地下で蠕動するプレートの如き圧力。

 まさしく森に圧し潰される恐怖と脅威を全身に味わい、【ユニケロス】は最後の絶叫を上げた。

 

『これが、これが我の最期と言うか!? この我が羽虫のように潰されて死ぬというのか!! おォ……我が、我が宝角が折れる……我が光輝に満ちた角が、小枝のように……! ……森が、森が我を殺すというか――――!!』

 

 これまでただの一度も傷を負わなかった宝角が呆気無く砕け、力の源たる角を失った五体は一切の再生の兆しを見せず圧し潰されていく。

 豪壮を約束していた強化は霧消し、あらゆる雌性を魅了するカリスマもまた、潰えた光輝と同様に失われた。

 最早遺されたのはただの馬と変わらぬ馬体のみ。元がユニコーンであったことすら窺えぬほど、見る影もない無残なものであった。

 

 

『――――――――――――――――エルメダ』

 

 

 今わの際にただ一言。

 かつて真に愛した乙女の名を呟いて、【絶倫狂角獣 ユニケロス】は消滅した。

 

 

 

 

 【<UBM>【絶倫狂角獣 ユニケロス】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ファンタズマゴリラ】がMVPに選出されました】

 【【ファンタズマゴリラ】にMVP特典【絶倫宝角 ユニケロス】を贈与します】

 

 

 

 

 




通称シャンゴリラモード。実質ゴリラオンステージ。
主人公は、主人公枠らしからぬボス仕様なので弱体化食らった上に脇役でした。
レジェンダリア編の主役はゴリラだったのでご容赦ください。
シャングリラという名前を使いたいがために数日脳みそこね回した作者がいるらしいですよ(

それはそれとして海道先生のクリスマスプレゼント素敵でした。
醤油さん、ネタ枠とばかり思ってたらめっちゃ主人公でしたもの。
いつか本編登場するときが待ち遠しいですね。ゴリラなんて書いてる場合じゃないですよ、書きましたけど。
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