我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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まことに勝手ながら、本エピソードをリメイクすることにしました。
改稿前のストーリーを御覧頂いていた方には大変申し訳ありません。
全ては作者である私の独断であり、他に意図するところは一切ございません。
作者の不徳の致すところ、読者の皆様にはご迷惑をお掛けします。

此度のリメイクで登場人物や設定等に変更はありません。
ありませんが、物語の道筋は改稿前とは大きく変わります。
ですが本エピソードを完結させる意思は全く変わりありません。
読者の皆様には何卒ご理解、ご容赦のほどお願い申し上げます。

最後に、改稿前のエピソードで感想を寄せていただいた方々。
此度はこのような仕儀となり大変申し訳ありませんでした。
大いに不満の残ることかと思われますが、何卒改稿後もお付き合いいただけるよう伏してお願い申し上げます。


Episode Superior Ⅰ Baten Kaitos
プロローグ


 □■都市国家連合カルディナ・芸術都市カルカラン

 

 国土の九割以上を砂漠に覆われた大陸中央国家、カルディナ。

 昼は熱風吹き荒び夜は極寒が支配する過酷の地は、しかしその環境に反して七大国家中最大の富を誇る商業都市連合である。

 それは偏に富と財への飽くなき欲求、大陸中央という東西の橋渡しに目をつけた敏腕にして辣腕たる商人たちの弛まぬ努力の賜物であったが、しかし同時に拭い切れぬ強欲と悪徳の温床でもあった。

 

 そのカルディナを構成する都市の一つ、カルカラン。

 古今東西の芸術品が集積し、日夜価値を競い合う蒐集家(コレクター)たちのメッカ。

 通称"芸術都市"。ありとあらゆる美と技芸の結晶が渦巻く欲の坩堝。

 自然、有力者には審美に長ける者が多く名を連ね、有するコレクションの質と量が地位と名声に直結するとも揶揄される、如何にもカルディナらしい都市であった。

 

 そんな街で市長を務める者がいれば、それは即ち都市一番のコレクターであることを意味する。

 名をエリック・ダン。自らをして"カルディナ一の芸術通"、"美の伝道者"と名乗る彼は、その自尊に違わぬ【蒐集王(キング・オブ・コレクト)】の超級職をも有していた。

 名実ともに都市の、いや国一番のコレクターである彼の邸宅は、その華やかな地位と名声に相応しい豪華絢爛極まるものである。

 その邸宅の応接室にて、彼は子供のように心弾ませながら、喜色を満面に浮かべて待ち人の訪問を待ちわびていた。

 

「ううん、まだかな……一分一秒をこんなにも長く感じたのは随分と久しぶりだ。居ても立ってもいられないとはまさにこのことだな……」

 

 数多の絵画、彫刻が品良く飾られた応接室。

 いずれも名立たる名工・名匠の作であるが、彼が保有するコレクションの中ではこれでも等級の低いものばかり。

 真なる収集家たるもの、最も価値ある品々は衆目に晒されぬよう奥へ秘め置き、極少数の同好の士のみを招いて密やかに愛でるのが粋というものだ。

 そして今宵彼が招かんとしている客人は、その彼をして最も価値ある芸術を共に愛でたいと焦がれる相手で、その表情は熱病に浮かされるように潤んでいた。

 

 忙しなく部屋を歩き回る彼がおもむろに取り出したのは一枚の巻物(スクロール)

 古びた、端の擦り切れた羊皮紙は長い年季を思わせ、市長が後生大事に抱えていることからも頗る付きの逸品であることが推測される。

 愛撫するような手付きで広げた紙面に描かれていたのは、五線譜に踊る無数の音符記号。即ち楽譜であった。

 

「これが、あの……! おお……()()の唇で紡がれるこれを、私が、私だけが聴けるのだ……私、だけが!」

 

 陶酔して熱狂する彼の心中には、例えようのない優越があった。

 コレクターといった人種が求めるのは常に二つ。一つはより珍らしく貴重な品。もう一つはコレクションを自慢できる同好の士。

 しかし彼に言わせれば真なる醍醐味とは……手にした成果を誰よりも先に堪能できる()()にこそあるという。

 その法悦と比べれば、後に他者へ自慢し賞賛を浴びることなど、二番煎じにすら劣る些末なものに過ぎない。

 今の彼は、彼自身の言う優越への期待に浮かれきっていた。

 

「旦那様。お客様がお越しになられました」

「来たか……! 丁重にお連れしろ。そしてその後は事前に命じた通り一切の人を払うように。猫の子一匹通してはならん! これは絶対だ!」

「かしこまりました」

 

 扉向こうから告げられた女中の言葉に、市長は我に返って居住まいを正した。

 そして厳重に人払いを命じると、扉を挟んで待ち人の現れるを今か今かと待ち侘びる。

 やがて控えめなノックと共に艶やかな声音が響くと、彼は恋するような声音で入室を許可した。

 彼の幸福は、まさにこの瞬間から絶頂を極めたと言えるだろう。

 

 

 ――そして後日、彼は見るも無残な屍となって発見された。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【獣神】マグロ

 

 グローリア事変が終結してしばらく。

 私は今王国を離れ、人肌炙る砂漠の国、カルディナへと足を踏み入れていた。

 <超級エンブリオ>へと進化したカトリ様の新たなる力が単身での出国を可能としたのもあるけれど、それ以上にこのまま王国で安穏としていたくないという、半ば使命感のような感情が旅する理由の根底にあったかもしれない。

 

 急な出国に際して、カトリ様は何も言わず私に付き合ってくれた。

 すぐには王国に戻るつもりもないことも含め、彼女は私の意を汲んで進路を西に向けてくれた。

 カトリ様らしい慰めだと思う。私はそんな彼女の慰めに甘え、赤い魔鳥と化したカトリ様を駆りながら、空路でカルディナの砂漠地帯へと踏み入った。

 

 その後の経緯を簡潔に言えば、大いに見通しが甘かったと言わざるを得ない。

 絶えず吹き荒れる強風。巻き上がる砂嵐は容赦なく無防備な肌を削り、熱暑が容赦なく体力を奪っていく。

 カトリ様の方は<超級>ガードナー由来の頑健さでなんとも無かったけれど、生憎私のほうが砂漠の極限環境に適応できず、砂漠に入って早々に音を上げ這々の体でなんとか見つけた最初の街へ降り立つことになった。

 

 その降り立った街というのが、俗に"芸術都市"の異名を持つカルカランという街だ。

 カルディナの連合に属する都市国家の一つで、その名の通り古今東西の美術品・芸術品が集まるという華やかな街だ。

 各地からこの街を訪れる人々も多いようで、流れ者の私でも特に目立つことなく入国することができた。

 

 しばらくはここを拠点としてもいいかもしれない。

 道標の無い砂漠の洗礼を大いに浴びた私はすっかり疲労困憊し、ひとまずの宿を求めて街を彷徨う。

 が、ダメ。奇しくも今は街を上げての大イベントに繁忙を極めており、またそれを目当てにした旅行客が大勢訪れているため、ほとんどの宿が既に客を抱え込んでいた。

 たまに空いた部屋を見つけても予約済みであるというのだから大したイベントなのだろう。

 見通しの甘さは道行きのみならず、その日の寝床の確保にすら支障をきたしていた。

 

「結局どこも空いてませんでしたね……」

「時期が悪かった、ということであろうな。表通りは全滅か」

 

 結局ボロ宿一つすら確保できず、バザーの立ち並ぶ通りの一角で腰を下ろす。

 都市内でも猛暑は変わらず、リアルでは流したことのない滝のような汗が衣服を濡らしていく。

 入国の際に受けた衛兵さんからのアドバイスに従い、真っ先に日除けの外套を買って着込んだのはいいものの、流れる汗に歯止めがかかったようには思えない。

 日頃からこの国に住んでいる人達は一体どうやってこの暑さを凌いでいるのか不思議でならない中、せめてもの涼みに魔法で冷やされたジュースを買って飲んだ。

 ちなみにこの一杯で一〇〇リルだ、とんだぼったくり価格である。

 

「カトリ様はいいですよね、平気そうで。今ばかりは変温動物になりたいかも……」

「何を愚にも付かぬことを抜かすか、戯けめ」

 

 カトリ様はと言えば<超級エンブリオ>として新たに獲得したスキル、《四狂混沌》で変身可能な形態のうち、白蛇の姿となってこの猛暑など何処吹く風といった様子だ。

 普段のメイデン体では不快にすぎる。かといって紋章へ引っ込むのもつまらないと言った彼女は、今は白蛇モードで私の身体に巻き付いている。

 日除の長い外套から顔を覗かせたその様はまるで蛇使いのよう。ひんやりとして滑らかな鱗の感触が僅かに熱を和らげるが、それに頼って抱きつくと鬱陶しがられるのである。酷い<エンブリオ>だ。

 

「どこでもいい、せめて雨風を凌げるだけの場所は確保せねばな。この気候では野宿も危うかろう」

「夜は夜ですっごく寒いんでしたっけ。あー、こういうときに高性能な竜車があればなぁ……」

「ないものねだりをしても仕方あるまい。気は進まぬが、裏通りをあたることも考慮せねばならんな」

 

 カルディナの治安は決して良いものとは言えないことは、ある程度<Infinite Dendrogram>で暮らしているならば一度は耳にすることだ。

 他国とは違っていくつもの都市国家の連合に過ぎないカルディナはお世辞にも統制が行き届いた国とは言えず、治安の優劣は各都市の特色に委ねられる。

 そして多くの場合金銭の多寡が去就を決めるこの国において治安や司法とは、金次第でいくらでも歪められる程度のものにすぎない。

 ……というのは極論だろうけど、つまりはまぁ他の国以上に理不尽が罷り通る可能性が高いということだ。

 そんな国で宿も取らずに野宿をしようなど、どうぞ襲ってくださいと言わんばかりの蛮行でしかない。

 そういう意味でも寝床の確保は急務であった。

 

「あるいは夜間だけログアウトするという手もあるが……」

「……………………」

「――そなたには望むべくもないことだな」

「……すみません、カトリ様」

「構わぬ。そなたという半身がそういうものであることなど、とうに理解しておるつもりだ」

 

 この期に及んでもログアウトという当たり前の手段を取らないことに対して忸怩たる思いはある。

 けれどそれは、私が私である限り、決定的な不可抗力以外では決して取り得ない手段だ。

 我ながら破綻しているし、本末転倒だとも思う。だけどそればかりは譲れない、私の信念とも言えないただの未練だ。

 

「とりあえず裏通りを探してみましょうか。多少怪しくてもカトリ様がいれば大丈夫ですよね」

「ま、仕方あるまい」

 

 ひとまずの見通しを立て、億劫ではあるが腰を上げる。

 とはいえ本格的に裏道を通るのは怖いので、まずは表通りに程近い路地をあたってみよう。

 間違ってスラムなんかに迷い込んじゃったら、手段の有る無しはともかくとして怖いものは怖いからね。

 

 そう思って散策を再開してしばらく。

 なるべく浮浪者の多い通りを避けて踏み込んだ裏通りの一角で、思わぬものを見つけてしまった。

 

「…………」

「浮浪者じゃ、ないよね……左手、紋章あるし……」

「なんだ、行き倒れか?」

 

 表通りからすぐ近くの場所に、壁に背を預けて倒れ込む姿を見かけた。

 最初は浮浪者かと思って関わり合うのを避けようとしたのだけど、ふと覗いた左手に紋章があるのを見て同じ<マスター>であると気づき、その上女性というのもあってさすがに放っておけず近づく。

 気を失いかけているのか僅かな反応しか示さない彼女に、もしやと思って額に手を触れてみれば……体温が不自然に熱く感じる。

 

「【熱中症】だな。この熱暑に中てられたか」

「こ、こういう場合はどうすればいいんでしたっけ……!? ええと、とりあえず日の当たらない涼しい場所に置いて……す、水分補給も!?」

「落ち着け馬鹿者、まずは手近な店に連れて行くぞ。この気候だ、この手の輩の対処には慣れておろうからな」

 

 そ、それもそうか……!

 確かに日々をこの気候の中暮らしている地元民なら分かるかもしれない。

 最後まで面倒を見切れない浮浪者はともかく、<マスター>ならある程度処置すればその後は自分でなんとかできるだろうし見捨てるには忍びない。

 思わぬ拾いものではあったけど、ぐったりとして動かない身体を背負い、とりあえず手近なカフェへと向かった。

 

 

 ◇

 

 

「……もう大丈夫でしょう。しばらく安静にしていればじきに目を覚ますと思います」

「ありがとうございます……! すみません、急に押しかけてしまって」

「いえいえ、ご注文もいただきましたから。サービスの範疇ですよ」

 

 あまり猛暑に晒してもおけないと判断し、場違いであるとは承知しながらもカフェを頼ったところ、そこの店長は快く対応してくれた。

 室内はバッチリ空調の効いた快適空間で、そこの個室ともなれば決して安くないお値段だったけれど、そこを借りるのと合わせて割高な冷たいジュースも注文すれば、店側としては客として扱うに足るということなのだろう。

 これが単純に頼るだけなら門前払いだったかもしれないけど、とにもかくにもひとまずはなんとかなった。

 

 店内の奥まった場所にある個室の、柔らかいソファーに彼女を寝かせしばらく様子を見る。

 熱冷まし効果のある【薬効包帯】を巻き、ややもするとゆっくりと女性が伏せていた目を開いた。

 

「こ、こ……は……?」

「目が覚めましたか! お加減は大丈夫ですか? 飲み物を持ってきますね」

 

 状況をにわかに飲み込めず周囲を見渡す女性の無事を悟り、店員さんにお願いしてぬるめのお水を持ってきてもらう。

 たしかこういうときは一気には飲まさず、少しずつ飲めばいいのだったかな……。

 女性に確認を取り、自分で飲めることを確認すると、介添えしながら彼女が水を飲み干すのを手伝った。

 

「ふぅ……」

「【熱中症】が解除されたようだ。もう心配あるまい」

「よかった……こういうのって初めてだからホッとしたよ……」

 

 思わず胸を撫で下ろす。

 果たして<マスター>が【熱中症】で重症に陥るのかは定かではないが、無事治ったのなら何よりだ。

 火照っていた顔も通常の肌色に戻ったのを見て、まず間違いなく大丈夫という確信を得て安堵する。

 女性は寝起きのような気怠さを纏いながらも、ようやく状況が飲み込めたのか、こちらを向いて深く頭を下げた。

 

「なんだか助けていただいたようで……ありがとうございます」

「いえいえ、無事だったらよかったです。それよりどうしてあんなところで倒れてたので?」

「えっとぉ、たしか……散歩に出てたら、急にくらっとして……」

 

 そう眠たげに、ゆったりと間延びした口調で語る彼女は、果たして自分の危機を知ってか知らずか。

 私が言うのもなんだけど、随分と危機感が無いというか、独特な雰囲気の彼女に思わず調子が狂う。

 

「気づけば此処、でした……ひょっとして貴女がここまで……?」

「え、ええ、はい……【熱中症】だったので、涼しいところまで……と思って」

「まぁ、道理で涼しいと思ったわ……。うふふ、快適ね……」

「……まるでそなたが増えたかのようだな」

 

 えっ!? 私こんなイメージなんですか!?

 いくらなんでもこんな『のほほん』としてませんよ私!

 

「…………じー」

「え、あ、の……飲みます?」

「まぁ♪ ありがとうございます……」

 

 そんな彼女は私が飲んでいたジュースのグラスを凝視していた。

 まだ喉が渇いているのかなと思い同じものを注文しようとした矢先、躊躇なく飲みさしのグラスを取って残っていた中身を飲み干した。

 なんだろう、この……とにかく印象は……へ、変な人だなぁ……。

 

「はぁ……おいし。おかわりもいただけるかしら……?」

「なんとマイペースな。……此処までいくと見ていて面白くもあるな」

「マイペースっていうレベルじゃないような……。あ、すいませーん! オレンジジュース二人分くださーい」

 

 そうして運ばれてきたジュースも、彼女はごくごくと飲み干した。

 そしてまっすぐ私の顔を直視しながら、やんわりとした微笑を湛えたまま動かない。

 

「……? あの……?」

「ええと……そうねぇ」

 

 何を考えているのかさっぱり読めず疑問を浮かべると、彼女はしばし間を置いた後手を合わせて言った。

 

「ところで貴女、どちら様かしら……?」

「い、今更……!」

 

 本当に今更だった。

 どうやら彼女はマイペースどころか天然を突き抜けて、不思議さんだったらしい。

 

 

 To be continued

 

 

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