我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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書き直したら書き直したでストーリーがもりもり湧いてきます。
読んでも書いてもデンドロは楽しいですね。


マグロとクジラ

 □【獣神】マグロ

 

「マグロちゃんというのね。いいお名前ね、とっても美味しそう」

「は、はぁ……」

 

 そんな感想は初めて聞いた。

 仮にも人名を指して美味しそうとは、なんだかなぁ。

 ……って、そうじゃなくて!

 

「あの……あなたのお名前は?」

「わたし? わたしはクジラって言うのよ。うふふ、おさかな仲間ね」

 

 クジラは哺乳類だったような……。

 ともあれ、ネーミングに若干の親近感を覚えながらも、ここでようやく互いの名前が判明した。

 

 私が言えたことじゃないけれど、クジラというアバターネームも随分と独特だ。

 いや、クジラさん自身が独特の化身みたいな感じなので、ある意味ぴったりと言えばぴったりなのかもだけど。

 とりあえずツッコミどころとしては……クジラ要素どこ?

 

「そのクジラさんはどうして行き倒れてたんです? いや、散歩とはさっき聞きましたけど、いくらなんでも無防備すぎでは……?」

 

 これまた私が言えたことじゃないけれど、最低限の自衛手段は持っておいた方がいいと思う。

 あれ、私が最初に見つけたからいいけれど、もし心無い人間に遭遇してたら今頃どうなっていたかも知れないし。

 クジラさんくらい美人なら、それこそ想像も憚られるような目に遭っていてもおかしくはない。

 

 こうして改めて見てみると、クジラさんは随分な別嬪さんだった。

 なんというか自然な美しさというのか、狙って設定したのではなかなか出せない生来の色気というものが、このクジラさんからは漂ってくる。

 おそらくはリアルと然程変わりないのだろうこの美女が、お伴も連れずに行き倒れているなんて、つくづく何事も無くて幸運だったと言える。

 

「いつもは……そうねぇ、カイトくんが一緒なんだけど……。今日はたまたま、お出かけしたい気分になっちゃったから、つい……ね?」

「ね? じゃないですけど。お連れさんも今頃心配してるんじゃないです?」

「……あらほんと。これじゃあまた怒られちゃうわ……どうしましょう?」

「どうしましょうって……」

 

 なんというか、連れ合いのカイト某さんの苦労が偲ばれる。また怒られちゃう、のくだりで特に。

 日頃から頭を悩ませているんだろうなぁと容易に想像がつきつつ、本当に状況を理解しているのかどうかもあやふやなクジラさんに、私までなんだか溜息を吐きそうだった。

 

 というか、私がこうしてあれこれ考えざるを得ないあたり、この人の不思議っぷりは筋金入りだと思う。

 本当に……本当に私が言えたことじゃないけれど、身体ばかり大きくなった子供というか、一時も目を離せない心配さが拭えなかった。

 

「……仕方ない、か。それじゃあ私達と一緒にお連れさんを探しましょう。クジラさん一人だと、いつまたどこで倒れるかもわからないですし」

「あら、いいの? マグロちゃんったら優しいのね、とっても親切」

「放っておけないだけですよ……調子狂うなぁ、ほんと」

「ククク、そなたの珍しい姿を見れたな」

 

 カトリ様までそんなこと言う……柄じゃないってのは私が一番よくわかってるんですよ。

 なんというか、大きな妹ができたようで複雑な気分というか、こうも心配を煽られる人物というのも初めてだ。

 

 ていうかこの人、雰囲気的に私よりも年上だよね?

 いや、雰囲気で判断すると一気に怪しくなるけれど、細かい所作とか気配とかが、なんとなく年上っぽい気がする。

 体格で言うと私よりも頭一つ以上も小さいから、余計にややこしいんだけども。

 

「あら、可愛い子を連れてるのね? さっき聞こえたのはこの子かしら」

「あっ、ちょ……」

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか隣に移っていたクジラさんが、フードから顔を覗かせていたカトリ様の頭を指で撫でていた。

 気難しいカトリ様を堂々と愛でるまさかの蛮勇に一瞬狼狽するも、意外にもされるがままのカトリ様に目を見開く。

 

「まぁ、稚児の如き女の振る舞いに目くじらを立てる程ではあるまいよ。良きに計らえ」

「あら、すべすべ。つやつやしてていい手触りね。とってもおとなしいし、いい子ねぇ……」

 

 なんというか、ほんと子供みたいに物怖じしない人だ……。

 カトリ様が他所行きモードといえ大した胆力である。

 私が同じ真似をしようものなら間違いなくチョークスリーパーか噛み付きかを食らうというのに。ていうか大抵どっちもお見舞いされるんだけど。

 

「……? ひょっとしてこの子、マグロちゃんの<エンブリオ>?」

「あ、はい。そうですよ。カトリ様って言います」

「まぁ、カトリちゃんって言うの。うふふ、わたしはクジラっていうのよ。よろしくね?」

 

 いやさっき自己紹介してましたけど……。

 そんなド天然を発揮するクジラさんに構わずカトリ様は「良きに計らえ」の一言。

 これ、完全に手綱を私に明け渡してますよね? カトリ様。

 

 

 ◇

 

 

 当たり前のように持ち合わせの無かったクジラさんに代わってお金を支払い、お世話になったカフェを出る。

 そして同じく当たり前のように日除け服を持ち合わせていなかったクジラさんに、私が買ったのと同じところで購入……するどころか、店に置いてあった日傘の前で動かなくなった彼女へそれを買い与えすらして、二人して同じ装いで街を探し歩くことと相成った。

 

「ありがとうねマグロちゃん、こんなにいいものまで貰っちゃって。ひと目見て「この子がいいなぁ」って思ってたの」

「でしょうね……声が耳に入ってなかったし、テコでも動きませんでしたもんね……」

 

 正直見知ったばかりの人間にやることじゃないとは思うけれど、ああも少年のような目でじーっと立ち止まられてはどうしようもなかった。

 なまじ見た目が良いだけに注目の的だったし、悪目立ちするのも億劫だったので仕方なしに購入したわけだけど……それでこうも喜ばれては怒る気も失せるというものだった。

 

「♪ ――――♪」

 

 そのクジラさんはと言えば日傘を両手に跳ねながら、鼻歌まで口ずさむほどのご機嫌っぷりである。

 唇から紡がれる旋律は鼻歌らしからぬ美しさで、最初にお喋りしたときから薄々と思っていたのだけど、彼女の声は思わず聞き惚れてしまうほどに美麗なものだったことに気付いた。

 

「それ、《ほしのさかな》ですよね?」

「あら、わかる?」

「ええ、私も大好きですから、その歌」

 

 だからこそすぐにわかったのだけど、彼女が口ずさんでいた歌は私の大好きな《ほしのさかな》だった。

 もう十年も前になる古い曲だけれど、今でも鮮明に思い出せるあたり私にとっても思い入れの深い曲だ。

 というよりは、私にとっては半生を彩る魂の一曲とも言うべきか。

 それだけに思いがけず素晴らしい声で聴けたことに機嫌を良くしてしまう。

 

「十年間、何度も聞きましたから。……<Infinite Dendrogram(こっち)>に来てからはご無沙汰なんですけどね」

「そう……。……うふふ、やっぱりマグロちゃんはいい子ね。実はわたしもこの歌が大好きなの♪」

 

 そう笑みを深くするクジラさんは、心の底から嬉しそうだった。

 同好の士を見つけた喜びだろうか? しかしそれにしては彼女の喜びようは尋常ではなく、勢い余った私の腕にしがみつく有様だった。

 

「好きだという子はいても、大好きだっていう子は珍しいわ。もう随分と古い曲でしょう? なのにマグロちゃんったら本当に大好きって顔してるのだもの、お姉さんったらつい嬉しくなっちゃって……」

 

 そんなに露骨な顔をしていただろうか?

 片手で顔を揉みほぐしてみるも、そうとは思えないけれど。

 

 見透かすようなクジラさんの微笑みが、僅かな変化を見つけたのだろうか。

 まぁ確かに、好きな曲が同じと聞いて内心ちょっと舞い上がったのは事実だけども。

 それにしたってクジラさんの様子は大袈裟だと思う。

 

「それにしても……やっぱりクジラさんの方が年上だったんですね」

「うふふ、今年で二九よ。……あらやだ、もうすぐおばさんになっちゃうのね。もうお姉さんじゃいられないかしら?」

「そうですか? とても三十路前とは思えないですよ……あ、これお世辞じゃなくってですね」

 

 本当にお世辞でもなんでもなくて、クジラさんの美貌はとてもおばさんと言えるようなものではなかった。

 昨今の美容技術の発展は著しく、とりわけアンチエイジングの類は数世代前とは比べ物にならないと聞くが、それを抜きにしてもクジラさんは若々しいように思う。

 尤も、それは単なる見た目だけのことではなく、無邪気っぽい彼女の振る舞いも合わさってのことだと思うけれど……つまりは子供っぽいということになるのかな?

 

「マグロちゃんは……そうねぇ、二二、いや二一かしら? なんとなくそんな感じがするわ」

「……凄いですね、ドンピシャですよ」

「うふふ、やっぱり。だけど不思議ね、それよりもずっと幼い感じもするのよ。身体はそんなにおっきいのにね? ……うふふ、立派立派」

「褒めてます? それ」

 

 無駄にデカい図体は私も結構気にしてるんだけどなぁ。

 ほんと、この異常体質さえなければ健康体そのものなのに、感覚の有無だけで宝の持ち腐れなのだから遣る瀬無い限りだ。

 

「あとはそうね……女の子だもの、好きな人とかができれば素敵よね」

「好きな人……ですか?」

「そうよぉ、恋人とか、彼氏とか……旦那様とか。そういう人がいると、人生って変わるものよ?」

 

 私にはよくわからない概念だ。

 誰にも理解されない異常体質を抱えた私にとって、そうした他者との共感を前提とした理屈はまったく縁遠いものとしてあったから。

 友達がいることのポジティブな感情は、スターリングさんとの交流で得られているつもりだけど、クジラさんが言うような恋とか愛とか、生涯を連れ添うパートナーとしての見方は、思えば一度も考えたことがない。

 

「……よくわからない、って顔ね?」

「はい……」

「何度も何度も考えたり、頭から離れないこととか」

「やっぱり……無いかも。そういうので人の顔は、まったく……」

 

 そもそも私は、人の顔を覚えたことがあるだろうか。

 この世界ではない、生身の私が眠る向こうの世界で、他者を記憶に刻んだことが……。

 

「……あ、でも」

 

 人の顔を思い出そうとしても浮かんでこないが。

 代わりに一つだけ、確かな鮮明さで思い浮かんでくるものがある。

 

「さっきの歌は、やっぱり忘れられないですね」

「――――――――」

 

 クジラさんが口ずさんだ《ほしのさかな》。

 あれだけは、私が唯一心から好きになれた、自分以外のものだったように思う。

 我ながら的外れな答えだとは思うけれど、繰り返し想起する思い出と言えば、やはりこの曲だ。

 

 なんて、トンチンカンな答えにクジラさんは唖然としたようだけど。

 らしくもなく目を見開いて、開いた口までも覆い隠して私を見上げるクジラさんの表情が、なんともおかしかった。

 

「……わたしは好きな子がいるかどうかを聞いたのにぃ」

「あはは、すみません。やっぱり私、女の子って柄じゃないみたいですね」

 

 普通の女の子は、こういう所謂恋バナってやつに花を咲かせたりするのだろうけど。

 こればかりは私という相手が悪かったということで、彼女の期待には応えられそうになかった。

 

「ちなみにクジラさんはいるんですか? 好きな人」

 

 意趣返し、というわけではないけれど。

 問われたからには問わねばなるまいと思い、何気なく問うた。

 

「…………そうねぇ」

 

 ところがクジラさんは、浮かべていた微笑をにわかに消して。

 考え込むようにしてたっぷり間を置いてから、やはり何気ないように言った。

 

「……いたのよね、わたしにも」

「…………?」

 

 浮かべた表情の理由は、分からなかったけれど。

 

 

 ◇

 

 

 その後の私達と言えば、結局日が沈む頃になるまで街のあちこちを見て廻る羽目になった。

 クジラさんの連れ合いを探していたつもりだったのだけれど、道中のあちこちで彼女が興味津々に見て回るものだから、ほとんどショッピングのようになってしまった。

 当然当初の目的など果たせるわけもなく、何の成果も得られないまま今に至る。

 

「こんなに歩き回ったのは初めて! うふふ、いっぱい食べ歩いちゃった」

 

 一方でクジラさんはと言えば、両手いっぱいに屋台菓子やらおもちゃやらを抱えてご満悦である。

 特にお気に入りなのは王国のとある地方発祥だという風車のような【風星】というおもちゃに、レジェンダリア由来のそのまま食べられるという甘い花束のようだ。

 ちなみにそれらを含めたお土産の代金の出処は全て私の財布だ。前にも言ったが今の彼女は持ち合わせが無いので仕方がない。

 まぁ大した出費でもないから全然懐は痛まないしいいんだけどね。

 それはそれとして甘え上手というかなんというか、仕方ないなぁって風になってしまうのが彼女の人徳というものなのだろう。

 

「そういうそなたも随分楽しんでおったようだが?」

「だから言うに言えないんですよねぇ……街全体がお祭り騒ぎなのが悪いですよ」

 

 さすがは商業大国というべきか、屋台一つとってもセールストークが上手く、ついつい乗せられて買ってしまうのが悔しい。

 その上でクジラさんが子供のようにはしゃいでホイホイ釣られてしまうものだから、目を離せない立場としては無視するわけにもいかない。

 ……保護者になったつもりはないんだけどなぁ。らしくもない気苦労ばかりが重なる一日だ。

 

「ていうか本当に目当ての人を探さないとマズイですよ! 段々暗くなってきてるし……ううっ、冷え込んでもきてる……」

「うーん……カイトくんったらどこ行ったのかしら……」

 

 まるでそのカイト某がクジラさんから離れていったような言い草ですけど、逆ですからね?

 ていうか屋台にかまけて宿泊施設を一つもあたってないのはどうなんだこれ。

 いかん、クジラさんには任せておけないとわかっていながらついつい一緒になって楽しんでしまっていた。

 それもこれもお祭りムードが悪い。私が実はお祭り好きなのを狙って……ぐぬぬ。

 

「とりあえずメインストリートに戻りましょう。こうなったらもう衛兵さんに聞き込みするしかないですね……」

「はぐはぐ……そうねぇ、親切な人だといいのだけど……」

「とりあえずお菓子食べる手を止めて、お土産はこっちの【アイテムボックス】に仕舞っちゃってください。あげますから」

 

 予備の安い【アイテムボックス】にお土産一式を放り込んでクジラさんに渡す。

 ほんとにもう手のかかる人だけど、いい加減もう慣れた。

 これで悪意が一切無いというのだから、逆に面倒な人だと思う。

 

 そうこうしてメインストリートへと戻り、話が聞けそうな衛兵さんを探していると、ふいにクジラさんが駆け出した。

 

「ちょ、クジラさーん!?」

 

 呼び止める間もなく走っていく彼女を、ここで見失ってはまた振り出しに戻りかねないと足早に追う。

 まだ人通りの掃けきっていない時間帯、すれ違う人に謝りながらクジラさんに追いつくと、彼女は見知らぬ男性を抱きかかえていた。

 

「ねぇ見てマグロちゃん! カイトくんが見つかったわ♪」

「いきなり走らないでくださいよぉ……ハァ、またはぐれたらどうするんですか……けほっ。……それで」

 

 こちとらスタミナにはマイナスの意味で自信があるんだぞ、と息も絶え絶えに。

 目敏く見つけたというクジラさんの連れ合いが、意外な風体をしていたことに気付く。

 

 男性というか、男の子。それもクジラさんより更に頭一つは小さい、幼気な少年だった。

 淡い栗色をした巻き毛の、率直に言って天使のように愛らしい美貌の男の子。

 思わず見惚れて目を見張ると、彼は不機嫌そうな様子を隠しもせずに口を開き――

 

「ウチの馬鹿が世話になったようだな。恩に着る」

「え!? あ、いえ、お気になさらず……」

 

 ――見た目とは似ても似つかない重低音で礼を言った。

 思わぬギャップに度肝を抜かれたが、彼が不機嫌なのは私にではなく彼女へらしい。

 抱き着くクジラさんを鬱陶しそうにしながら、その美貌を歪めて長い長い溜息をついた。

 

「大方興味本位で出歩いて迷った挙げ句、熱暑に行き倒れたのをアンタに助けられた……と言ったところだろう。更に言えばそれからお祭り騒ぎを堪能してきたと見た」

「ま、まるで見てきたように的確な推理ですね……」

「実を言うと行く先々で似たようなことが毎回起きている」

「それは……ご愁傷様です。……いやほんとに」

「わかってくれるか……」

 

 苦労しているんだね? わかるとも!

 いやほんと、今日一日付き合っただけで相当大変なのに、これが毎回ともなると連れ添いの彼の苦労たるや想像するに余りある。

 互いに親近感を抱きながら、どちらからともなく固い握手を交わした。

 

「これでも大事な連れでな、アンタが助けてくれてよかった。本当に感謝している。何かお礼をしたいんだが……」

「いえいえそんな、袖触れ合うも……と言いますし。なんだかんだで楽しかったので気にしないでください」

「謙虚だな、アンタ。……ああ申し遅れた。たぶんコイツから聞いてはいるだろうがカイトだ。順序が逆になったが、よろしくな」

「あ、そうですね。私はマグロといいます、こちらこそ」

 

 連れ、というには彼は<マスター>ではなさそうだった。

 左手に紋章が見えないし、だとするとティアンなのかもしれないが……ひょっとしてレジェンダリア辺りの長命種族なのだろうか。

 別にティアンと<マスター>が組んで行動するのもおかしくはないし、気にするほどのことでもないか。

 

「とりあえず立ち話もなんだ、晩飯だけでもご馳走させてくれるか? 取ってある宿がある、そこで食おう」

「言われてみればお腹が減ったかも? そういうことでしたら、喜んで」

「ねぇカイトくん、わたしはもうお腹いっぱいなんだけど……」

 

 と、そこで空気を読まずクジラさんの一言が響く。

 それに対しカイトさんはギロリと目を向けると、まるで状況の見えてないクジラさんのほっぺたを引っ張りながら凄んだ。

 

「ところでクジラ、お前確かリルを持っていなかったよな? お前に任せておいたらいつ無駄遣いするともしれないから、俺が管理しているはずだが……その口元についてる食べ滓はなんだ?」

「れじぇんだりあのすいーつふらわー?」

「……性懲りも無くまた見ず知らずの人間に甘えたなお前! みっともないからやめろといつも言っているだろうが!!」

「ひゃあん!?」

 

 摘んだ指をそのままに引っ張って離した。

 クジラさんの柔らかい頬に指の跡が残り赤くなる。

 ……ああやっぱり、あれもいつものことなんだ。

 とことん甘え上手というかなんというか、よくぞこれまで無事にいられたもんである。

 

「本当に……本当にウチの馬鹿が申し訳ない……! 身内の恥でしかないが、せめて晩は好きなだけ食っていってくれ……」

「……ククク、見ていて飽きぬ主従よな」

 

 カトリ様的には面白いので万事OKらしい。

 まぁ私もたかが屋台の出し物だし、そこまで気にされるほどのものでもない。

 お金云々も含めて気にしていないことを伝え、彼女に代わり謝るカイトさんの頭を上げる。

 

「そこのアンタは……ああ、<エンブリオ>か。アンタも一緒で構わない、せめて晩飯で詫びさせてくれ」

「よかろう。余は(レア)しか食さぬ故、その旨取り計らってくれるとありがたい」

「……成程、メイデンか。わかった、そう伝えておこう」

「更に言えば、適当な宿を口利きしてくれると助かるのだがな?」

「…………あっ!?」

 

 そういえばそうだった!

 クジラさんにかまけてすっかり忘れてたけど、そもそもの目的それだった!?

 ヤバイ……もうこんな時間だよ! 今からじゃあいくらなんでも部屋を取るなんて無理……

 

「あー……成程、観光客か。その様子を見るにこの街は初めてか? この時期だと当日はどこも空いてなかったろう」

「そうなんですよ……探そうと思っててすっかり忘れてました……」

「重ね重ねウチの馬鹿が申し訳ない。そういうことなら任せてくれ、一人だけなら融通できる。生憎とそっちの……」

「テスカトリポカと呼ぶがいい」

「テスカトリポカにはその姿のままでいてもらうことになるが、大丈夫か?」

 

 どうやら彼がなんとかしてくれるらしい。

 図らずも今夜の寝床の目処が立った幸運に、一も二も無く飛びつく。

 

「ぜひお願いします! それだけでもうお礼としては充分すぎるので!!」

「わかった、こちらとしても詫びになるなら願ったり、だ。そうさせてもらおう」

「でも本当に大丈夫なんです? 実際どこも満室なのに、急にねじ込んだりなんて……」

「心配するな。ウチの馬鹿はこんなだが……これでも顔だけは利くんでな」

 

 そう言って親指で示されたクジラさんは、相変わらずの表情だった。

 ……ほんと独自の世界に生きてるな、この人。

 

 

 To be continued

 

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