□【獣神】マグロ
芸術都市カルカラン二日目の朝。
寝慣れない柔らかさに違和感を覚えながら寝ぼけ眼をこすり、姿見の前で乱れっぱなしのドレス姿を見て自分がこのスイートルームに泊まったことを思い出した。
クジラさんからプレゼントされた上物のドレスを台無しにしてしまったのを内心で詫びながら、軽くシャワーを浴びて着慣れた旅装へと着替える。
貰っておいてなんだけど、やっぱり私にドレスはまったく似合わないと思う。とはいえ捨てるわけにもいかないので、後日クリーニングに出すことを脳内スケジュールに組み込みながらアイテムボックスに放り込んだ。
「カトリ様は……寝てるか。ふあぁ……どうしよっかな」
同じベッドの上でまだ眠っているカトリ様を横目に、今日の予定を考える。
街はまだまだお祭りムードが続き、見て回れるところもまだまだあるというこの状況。
昨日は到着が昼過ぎだったことやクジラさんに振り回されたこともあり、あまり落ち着いて回れていなかった。
土地勘も無いのでどうしたものかと予定を決めかねているうちに、ふと昨夜のことを思い出す。
「昨日はすごかったなぁ……あれってきっと、同じことをやろうとすればすごいお金かかるよね」
世界の【歌姫】直々のプロデュースによる、私のためのスペシャルディナーショー。
知る人が知れば血涙流して嫉妬に狂いかねない超サプライズだろう。
彼女の立場や利害関係のしがらみを考えると、金を積んだからといって叶えられるとも限らない夢のひとときに違いない。
そんな超VIP待遇をたまたま成り行きで助けただけの私にしてくれるなんて、彼女の高名を知りもしなかった世間知らずな身にはあまりに分不相応なことだ。
とはいえ、まったくの善意で饗された一夜である。
彼女の好意は素直に受け取っておくとして、今は自分が何をすべきかを改めて考える。
さすがにもうクジラさんに付き合って、ということはないだろう。昨夜の様子を見るに彼女と会見したい人間は山程いるだろうし、昨日と同じように振る舞ってたら今度こそ嫉妬の視線で殺されかねない。
「本音を言うと、この部屋を自由にしていいっていうのも憚られるんだけどなぁ」
一泊ン万リルするともしれない極上スイートルームだ。
好きに使えと言って額面通り好きにできる度胸があるはずもなく、かといって断っては街への滞在すらままならないこの状況。
更に言えば辞退なんてすればクジラさんは間違いなくしょんぼりするだろうし、カイトさんも機嫌を損ねそうだ。
なんというか、あの二人は根っからの上流階級というか、まがりなりにも客人として認められた私が変に遠慮するほうが逆に面目が潰れるというレベルの人達だろう。
「とはいえあんまり長く滞在しても厚かましい気もするし……ニ、三日観光したら街を出ようかな?」
ふとそう思いついてみたが、なかなかいい案かもしれない。
それでもクジラさんは別れを惜しんで引き留めようとしそうだ……というのは私の自惚れだろうか。
私の中ですっかりクジラさんのイメージが『手のかかる妹』みたいなポジションになっていて、思わず吹き出してしまう。
実際のところはカイトさんがいるわけだし、そう考えるのもおこがましいのだけど。
なんだかんだで彼女を好きになっている私がいた。友達……と明言するには、まだちょっと照れ臭いけれど。
「とりあえず……朝ごはんでも頼もうかな。ルームサービス……だっけ、確かそれで頼むんだよね」
推察通りロビーとの通信用魔道具が置いてあるのを見つけ、おそるおそるも掛けてみる。
……どうやら合っていたようだ。さすがにプロフェッショナルというべきか、どもる私をまるで訝しむ様子もなく快諾された。
「……ってそうだ。私一人で部屋を取ってる体なんだから、カトリ様を隠さないと!」
多くの場合<エンブリオ>は人数にいれないことが殆どなのだけど、さすがに堂々とメイデン体で寛いでいるのを見られると顰蹙ものだろう。
眠りこけるカトリ様をなるべく刺激しないように揺り起こしながら、紋章に入るか白蛇形態になるかをお願いした。
当然ながら寝起きが悪いカトリ様は渋々といった様子だったが、ルームサービスのフルーツを丸呑みするとなんやかんやでそのまま目が覚めた。
◇
「マグロちゃんおはよう♪ 昨夜はよく眠れたかしら?」
「おはようございます、クジラさん。おかげさまでグッスリでしたよ」
部屋での朝食を終えた後、階下のラウンジにいくとクジラさんと会った。
彼女は朝に強いのか、昨日と替わらない様子でぽやぽやしている。
手招きする彼女に挨拶を交わしながら、テーブルに相席し彼女の淹れてくれたお茶を飲む。
「マグロちゃんは今からおでかけ?」
「そのつもりです。とりあえず見て回れるところは回ろうかと」
「これからどんどん観光客が増えてくるから、お店もいっぱい出されるものねぇ。マグロちゃんもやっぱり"オークション"がお目当てかしら?」
「オークション?」
他愛のない会話の中、聞き慣れない単語を耳にし疑問符を浮かべる。
オークションって、つまり競売のことだろうけど……それが何か関係あるのだろうか?
「これから年に一度の大オークションなのよ。マグロちゃんはこの街のことはご存知?」
「いえ、まるでなにも……実を言うとこの街を訪れたのも成り行きでして」
「なら知らないのも無理はないわねぇ。この街ではね、毎年この時期になると世界各地から沢山の珍品や貴重品が集められて、それを巡って丸十日間もオークションイベントが開催されるのよ~」
「世界各地から……それにオークションだけで十日間も。それはまたすごいですね……」
「数日前からひっきりなしに観光客が訪れてるけど、みぃんなオークションに参加するお金持ちや、彼らに雇われた用心棒だったりするわ。そういう人達をターゲットにして出店もいっぱい並ぶのだけど、それは昨日一緒に見たわねぇ~」
「確かにすごい人混みだとは思いましたけど……成程、入国時に言われたイベントってそのことだったんですね」
実際気を抜けば即迷子になってしまいそうなほどの大行列だった。
今にして思えばよくクジラさんとはぐれず見て回れたものだと思うよ、ほんと。
「とすると、ひょっとしてクジラさんもオークション目当てですか? こんなところに泊まれるくらいですし」
「あはっ、ふっふふふ……やだぁマグロちゃんったら。わたしがそんなお金持ちに見える?」
むしろ名にし負う【歌姫】がそうでないことがあるだろうか。
いやまぁ昨日は散々甘えられましたけど、最後は十分すぎるほどのお釣りが返ってきましたし。
とはいえ不躾な質問だったことは確かだ、反省する。
「わたしは別口よぉ。オークションなんて興味ないし……贅沢もカイトくんがうるさいからしてるだけだしぃ」
「カイトさんが?」
「『然るべき立場には然るべき振る舞いがある』とか言って。全部あの子任せなのよねぇ」
「ああ、成程。マネージャーみたいなものですか。それなら納得です。……でもその割に財布の紐は握られてるみたいですけど?」
「贅沢しろっていうからお店のお菓子買い占めたら、『みっともない真似をするな!』って怒られちゃったのよぅ。言われたとおりにしたのに理不尽よねぇ」
わかった。この人極端なんだ。
空気を読むという考えがないから額面通りに受け取って、逆に恥を晒すことになるから彼が管理しているのだろう。
つくづく苦労人だと彼の心中を察して敬意を抱く。でもまぁしっかり者のカイトさんと天然なクジラさんならお似合いではないだろうか。
「わたしがこの街に来たのは、オークションの前座に招かれたからよぉ。わたしの歌をぜひ披露してほしいって、市長さんにお願いされちゃったから……」
「意外とすんなり承諾したんですね?」
「
…………?
なんとなく、ひっかかりを覚えるような……気のせいかな?
一瞬だけ、クジラさんの目の色が変わったような気がしたのだけど、まばたきした瞬間にはいつものクジラさんだ。
「ところでマグロちゃんはオークションには参加しないの? <マスター>向けのマジックアイテムも出品されるらしいけどぉ」
「私はそういうのはあんまりいいかなって……そんなに持ち合わせもないですし、大金が動くのを見てると気が遠くなりそうで」
こちとら普段の狩りの戦利品もほとんど全てカトリ様の供物だぞぅ。
生活に必要な分以外は彼女が消費するものだから懐は常にかつかつだし、装備を必要とすることも無いのでそうした大きな消費とは縁が薄いのだ。
……なんせステータスが足りなくてほとんど初期装備以外は装備できないしね。例外は薬品類と特典武具くらいのものだ。
そんなだからバルドルさんのために一〇〇万、一〇〇〇万単位で消費しまくってるスターリングさんにはちょっぴり引いてたし。
いつも弾薬費が~って言ってるしなぁあの人も。戦闘に元手が掛かる人は大変だ。
「そっかぁ……あ、それならそうね! マグロちゃん、これをあげるわぁ」
「? チケット……?」
ふと思い出したように笑顔を浮かべたクジラさんが差し出したのは、一枚のチケットだった。
受け取ったそれを裏表見ながら……描かれた内容に目を見開く。
「コンサートの!? てことはつまり、クジラさんのですよね? ……いいんですか!?」
「つまらないものだけどぉ、もしよければ来てくれたら嬉しいわぁ♪」
それはクジラさんがオークションの前座として務めるコンサートの、招待チケットだった。
劇場は街一番の大ホールで、完全にオークションとは独立したプログラムで予定されている。
前座と彼女は言ったが、おそらく世間的にはこれをメインと見る人も少なくないだろう。少なくとも彼女のコンサートを目当てに訪れるファンも多いはずだ。
彼女の【歌姫】としての名声からすれば、喉から手が出るほどに欲しい人間は無数いるはず……間違ってもつまらないものなんかではない。
少なくともこんなあっさりプレゼントされるものではないぞ……王国で例えるなら【超闘士】フィガロさんの決闘のボックス席チケットのようなものだ。
「もちろん行かせてもらいます! 昨夜に聴いてから私も好きになって……うわぁ、嬉しいなぁ……! 何から何まで、本当に申し訳ない限りです……」
「いいのよぉ、それはわたしが自由にできる分だからぁ。……うふふ、マグロちゃんにそうまで喜んでもらえたのなら、わたしもすっごく嬉しいわぁ♪」
私としても意外なほど好感を示してくるクジラさんに首を傾げていると、彼女はにこにことした笑みを絶やさないまま口を開く。
「優しい人は好きよ。親切な人も、手を引いてくれる人も。……貴女は昨日、そのどれもしてくれたから」
「あ、いえその、改めて言われるほどのことでもないのですけど……」
そこまで彼女の琴線に触れることだったのだろうか。
彼女の感謝は大きすぎるくらいで、大したつもりもなかった私にはひたすらにこそばゆく感じる。
「それに貴女は、
そう言うと彼女は、身を乗り出して私の耳に唇を近付け――
「だからマグロちゃん。
――――コンサートには
――ゾッと背筋が凍るような美しい声で、そう囁いた。
「えっ……?」
「うふふ……それじゃあマグロちゃん、わたしはもう行くわね。今からリハーサルがあるから……」
驚く私に彼女は小さく笑みを浮かべながら、手を振って席を離れていった。
その背中を見送り、囁かれた耳のこそばゆさに呆然とする。
「…………なんだったんでしょう?」
「さて、な」
そこで初めてカトリ様が口を開き、白蛇の赤い瞳で彼女を見据えた。
◇
その後私は中央区を離れ、雑踏犇めく商業区へと場所を移した。
中央区を出る間際に渡された通行許可証を窃盗防止機能付きのアイテムボックスに仕舞い込み、落とさないよう大事に懐へ入れる。
万が一にもこれを失くしてしまえばもう中央区に戻れない――というほどでもないのだが、再発行のために面倒な手続きを踏む羽目になるためだ。
王国の場合全体的な治安がマシなためそう気にすることはなかったが、カルディナでは充分注意するよう中央区の衛兵さんにも注意されている。
そうして再び足を踏み入れた商業区は昨日と変わらぬどころかますます盛況を増して賑わっており、外見や服装も様々な人達がひっきりなしに行き来してごった返していた。
彼らのほとんどはオークションイベントで賑わう街の観光目的だろう。中には一見してモンスターのようにしか見えない人種(おそらくレジェンダリアの人だろう)もいたが、そんな彼らも現地のガイドに案内され興味深そうに出店を覗いていたりした。
まさに異国情緒あふれる光景というものだろう。
王国のギデオンでも西方三国からいろんな人種が集まったりしていたが、この街はそれに輪をかけて大規模だ。
まさしく大陸の中心地に相応しい様相で、商業によって隆盛を極めるカルディナらしい風景だと言える。
実のところ、彼ら観光客を眺めているだけでも新鮮なものばかりで、観光を楽しむには充分なものがあった。
「すごい……王国とは段違いの活気ですね。気候もあってくらくらしそう」
「余は雑踏はあまり好かぬのだがな。……それはそうと、ぼさっと突っ立っていては通行の邪魔であろう」
「っと、それもそうですね」
否定するつもりはないけれど、これじゃあおのぼりさん丸出しだ。
とはいえそうした外の人間には慣れているのか取り立てて注目されることもなく、紛れ込むようにして人混みの流れに乗った。
そして改めて立ち並ぶ出店の品々を眺めていくが、多くはそのまま立ち食いできるような食べ物の屋台がほとんどで、たまにある土産屋の品揃えは明らかにグレードが低い。
よく見れば出店を商う人間のほとんどは行商らしき旅装姿で、おそらくは一時的に間借りしているだけの外様なのだろう。
まともな品の殆どはこの街に古くからある店舗で求められるに違いない。雑多な出店とは対照的に整然と立ち並ぶ店構えが、老舗の盤石を物語っているようだった。
「ただの旅行ならお土産を買ってもいいかもしれないんだけど……このまま東へ行くことを考えると荷物を増やしすぎるのも考えものですよね」
「東方に渡すような相手もおらぬしな。買うのは帰りでもよかろう……寄りつくとは限らぬがな」
正直に言うと、現時点ではその場で消費できる食べ物以外に惹かれるものもない。
土産物は良くも悪くも世界各地の品が並ぶせいでここで買う必要性を感じないし、老舗の品は品でなんらかのブランドなのか桁が一つ二つは違う高額商品ばかりだ。
そういうわけなのでカトリ様が所望したフルーツ盛り合わせを手に、私も串焼きを頬張りながら冷やかして回るに留める。
「あ、カッツォ印の香水がありますよ。……うわ、やすっ!」
「眉唾ものだな……ラベルだけ似せた紛い物ではないか? そもそも香水のようにデリケートな代物、あの男が露店に置くなど許すはずもあるまい」
言われてみれば確かに。
カッツォさん曰く直射日光なんて香水の劣化を早める大敵らしいから、彼のプライドを考えるにこんな雑な管理はありえないか。
ていうか相場の半分以下の値段ってそもそも真似るつもりがあるのかという話だ。
売る側も買う側もわかりきった半ばジョークグッズのような代物かもしれないが、きっと本人が見れば怒り心頭だろう。
この世界にもコピー商品や海賊版の魔の手は伸びていたということだ。世知辛いね。
そんな感じに面白半分に物色しながら歩いていると、不意に背後から人にぶつかられた。
物珍しさに見てるうちに不注意になっていたようだ、軽く頭を下げて謝罪すると共に道を譲る。
「チッ、気をつけろ」
「すみません、すみません……」
思わず謝ってしまうのは日本人特有の性というものだろうか。
相手が如何にもな強面の日焼けしたお兄さんというのもあって、視線を交わすように縮こまらせた。
幸いにしてそれ以上絡まれることはなく、平穏無事にその背中を見送……った直後にカトリ様に締め上げられた。
『あんなわかりやすい手にも気づかぬか、戯けめ。まんまと盗まれおってからに……』
『えっ、嘘っ!? 大事なものはちゃんと窃盗防止用の……ああっ!?』
カトリ様の指摘を受け慌てて確認してみると、大事に仕舞っていたはずの通行許可証が失くなっていた。
ちゃんと防犯機能がついてるのにどうしてと思ったら……ふとミスに気づいて冷や汗を流す。
『……これ、一番グレードの低いやつでした』
よく見たら最低限の防犯機能しかついてない、大昔に予備として購入した安物だった。
財布と一緒だと危ないと思い適当な予備を使ったのだけど、それがよりにもよってこれだったとは。
これじゃあ精々が下級職の《窃盗》くらいしか防げない。
『呑気に言っておる場合か、さっさと追え!』
『で、でももうどこに行ったか……!?』
『マーキングはしておるわ、戯けめ。余が案内する故とく走れ!』
『わ、わかりましたぁっ!』
さすがはカトリ様だ、抜目がないし頼りになる。
ついでに言うと索敵に長けた白蛇モードなのも助かった。正確には覚えてないけれど、追跡用スキルを振り分けていたおかげだ。
カトリ様の指示に従って人混みを掻き分け、入り組んだ路地を曲がりどんどん表通りから離れていく。
さすがに私の脚では追いつけそうにないけども、幸いにしてカトリ様の目には犯人の居場所が既に見えているようだ。
とはいえのんびりしてて捨てられては堪らないし、息せき切って全速力で走り回る。
……だけどティアンの子供と大差ない私のAGIではロクに距離を稼げず、生来のどん臭さもあって目的地へ辿り着いた頃には熱暑を駆け抜けたこともあって汗ダクだった。
「げっ、居場所がバレてやがったのかよ! ……ってほとんどもう瀕死じゃねーか、馬鹿かお前?」
「ぜひっ、ぜひっ……げぇっほ、ヴォエッ……」
ていうかもう既にいろいろと辛い。
スリにさえ呆れられているのにも構っていられないほどに体力は限界だ。
「そんなザマでわざわざ追いかけてきたワケェ? ほっときゃ怪我せずに済んだのによ、馬鹿だなオメー」
「無駄な問答はいらん。盗んだものをすぐに返せ。即座に応じたのならば貴様ら如き木っ端など捨て置いてやろう」
「へぇ? 言うじゃん、見るからに弱っちそうなナリしてさ。別にこんな紙切れなんざいらねーけど、わざわざここまで来てくれたんなら改めて身包み剥いでもいいんだぜ?」
「……貴様、ティアンか。悪いことは言わぬ、すぐに返すがいい。余とて限り有る命を摘むには偲びない」
嘯くスリの左手に紋章が無いことを認め、カトリ様が態度を和らげて(当社比)再度通告する。
相手が<マスター>な一度目だけで問答無用だっただろうが、本当に死んでしまうティアンの命を無闇に奪うのは私達の本意ではない。
だからこその忠告だったのだけど……その答えは刃だった。
「不死身の<マスター>様ならよぉ、きっとたんまり貯め込んでるだろうなぁ? なんせ中央区の許可証なんて持ってんだ、いいカモだぜアンタ」
「愚かな。彼我の実力差も見抜けぬか」
「こちとらこれでも上級職サマだぜぇ!? たかが蛇一匹連れた女に梃子摺るかよ!!」
これだから悪いティアンは嫌なんだ!
相手がPKならこちらも容赦なく反撃できるのに、不死身でもないティアン相手だと対処に困る!
スリは吠えるや否や凶相を露わに跳躍する。
片手に抜き身の刃を光らせて、疲労困憊の私の急所を狙ってくる敵を、しかしなんとか命は無事に留めるようカトリ様にお願いして――
「そこまでなー!!」
「うおォッ!?」
「ぬ……?」
突如飛来した鎖に彼が絡め取られ、同じくして響いた声が激突を遮った。
「はなしはきかせてもらったな! おまえがはんにんなーっ!」
「ガキぃっ? それにこの鎖…………まさかっ!?」
「そのまさかなー!!」
四方八方から伸びた鎖が蜘蛛の巣のように男を絡め取り、その鎖を伝って小さな影が飛び出す。
それは私や男よりも頭一つ二つも小さい、淡い桃色の髪に白い肌をした少女だった。
いや、それよりもずっと幼く見える。おそらくは二桁に届くかもどうか……そんな少女が亜音速で鎖の上を駆け抜けて男に接近し……
「テメェ、<ケルベロス>の――」
「おしおキーック! なっ!」
「グホァッ!?」
その勢いのままに男の鳩尾へドロップキックを繰り出し、その意識を刈り取った。
気を失って脱力した男から鎖が離れ地面へと投げ出される。
それを今度は簀巻きにするようにぐるぐる巻きに拘束し、完全に無力化したあとでこちらへ振り返った。
「もーだいじょうぶなっ! わるいやつはポッポがやっつけたなっ!」
「あ、ありがとうございます……?」
「とられたのはこれな? もうなくさないようにちゅーいすべきな!」
満面の笑みを浮かべながら落ちていた許可証を手渡してくる彼女は、今までに見たどの<マスター>よりもずっと幼かった。
左手の紋章やさっきのアクションが無ければ箱入りのお嬢さんにしか見えない彼女が、仮にも上級職の悪漢をああも容易く退治してみせたことに面食らう。
「あ、はい……その、助かりました。改めてありがとうございます」
「おれーをいわれるほどのことでもないな! これがポッポのやくめな!」
「というと……?」
疑問を浮かべると、彼女はキリッと表情を変えてポーズを決めながら堂々と名乗りを上げる。
「わるいやつらをとっちめる! カルディナのさばくをかけるじごくのばんけん、<ケルベロス>の"レフトヘッド"とはポッポのことなっ!!」
意気揚々とした自己紹介だけど生憎……
「ごめんなさい、知らないです……」
「!! がーんだな、でばなをくじかれたなー……」
「す、すみません……」
彼女の様子を見るに多分カルディナでは有名人なのだろうけど、ここに来て間もない私にはとんと覚えがなかった。
露骨にしょんぼりする少女――ポッポちゃんを宥め、とりあえず手持ちにあった保存食の飴玉を差し出して機嫌を取る。
「くるしゅーないなー♪」
チョロいもんだぜ。
ころころと飴玉を転がし笑みを浮かべるポッポちゃんに思わずほっこりする。
「それにしても……都合良く駆けつけてくれましたね? 助かりましたけど」
「そりゃーねーちゃんみたいなデカいのがバテバテになって走ってればいやでも目につくな?」
「デカいの……」
ちっちゃくて可愛らしい彼女に言われると余計に気にしちゃう一言だ。
「それにねーちゃんみたいなのはめずらしくないな。ぬすみにあったやつはよくああなるなー」
「そ、そうなんですか……」
「ひとめでスリってわかったな! そんでそんなわるいやつがいるならポッポのでばんな!!」
詳細はわからないけれど、要は善玉ロール主体の<マスター>ということだろうか。
世にPKを始めとした悪役ロールを主体とした<マスター>がいるように、それを取り締まる<マスター>も存在する。
彼らの多くは悪名高きPKを狩ることを目的としたPKKだったりするが、彼女もそうした人間の一人なのだろうか。
なんにせよそれに助けられた身としては、彼女の勇気ある行動に敬意を払うしかない。
「とりあえずこいつはポッポがれんこーしてひきわたしてやるな! シチューひきまわしの刑な!」
「あはは……そういうことなら、あとはお任せします。私じゃあどうすればいいのかよくわかんないんで」
「しんぱいごむよーな! ポッポにおまかせなっ♪」
さすがに手慣れたものなのか即答をもらった。
彼がどうなるのかは知れないが、まぁ深刻な被害は出てないし、他に余罪が無ければそう大したことにもならないだろう。
……実際は微妙なところだろうけどね。自ら上級職だって言って、<マスター>相手といえ迷わず命を狙ってきたくらいだし。
まぁ、そのことはもういいや。
それよりも重要なことが一つある。それは……
「あのー……」
「? どしたなー?」
「道、わかりますか?」
カトリ様のナビに従って無我夢中で走り回ったせいで、すっかり自分の居場所がわからなくなったことだ。
恥を忍んでポッポちゃんへ尋ねると、彼女は呆れたようにジト目で見た。
すみません、こんな頼りない大人で……
To be continued
リメイク版ケルベロス一人目登場。
あと前回の後書きに載せ忘れていた捏造設定を下記に。
【
歌手系統超級職。読みが通常の命名規則から外れているのは【
男が就いた場合の名称は謎。作者としては考えていない。
傾向としてはMPに特化し、それ以外のステータスは殆ど上がらない。
スキルの多くがセンススキルでもあり、本人の資質に大きく左右されるジョブの一つ。
職分としては支援系にあたり、バフやデバフ、精神系状態異常を得意とする。
特徴としてとあるアイテム系列の使用に長ける。