我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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容疑者

  □【獣神】マグロ

 

 ポッポちゃんの道案内に従い表通りに出ると、彼女はそのまま詰所へとスリを引き渡しに言った。

 手を繋がれたままだったのでなし崩し的に私もその場にいたのだが、駐在の衛兵さんがやけにポッポちゃんに対し畏まっていたのが印象的だった。

 最初は子供連れが男を鎖で簀巻きにして引き連れてきたと(当然ではあるが)訝しげだったのに対し、ポッポちゃんが懐からあるものを見せた途端態度を一変させている。

 一方で私も当事者の一人として事情聴取を受けたのだけど、彼女の存在のおかげか極めて穏当に終わり、特段拘束されることもなく解放された。

 

「あの……」

「どうかなされましたか?」

「いやその、彼女に対して随分と態度が大袈裟だなぁと思って……」

 

 調書をまとめる衛兵さんに、ふと抱いた疑問を口にする。

 普通、<マスター>は公的機関とは親密になることは少ない。

 それというのも頻繁にログアウトによってこの世界から消失する<マスター>は公的信頼の面から重用しづらく、特に司法や官憲の類とは殆ど関わりを持たないのが一般的だ。

 にもかかわらず明らかに重要人物として扱われているポッポちゃんはその観点から言うと異質で、私としても気になってしまうのは無理からぬことだった。

 

「ああ、そのことですか。確かに我々は<マスター>との関わりは薄いですけどね、彼女は例外ですよ」

「と、言いますと?」

「彼女は【罪狩(クライムハント)】ですからね。我々にとっても決して無視できない重要人物ですから」

 

 そう思っての質問だったのだけど、彼は得心がいったように頷くとそう語った。

 【罪狩】……また聞き慣れない単語が飛び出てきたものだと思い興味深そうにしていると、彼は続けて口を開く。

 

「世の賞金稼ぎの頂点に立つ方ですからね、彼女の手によって捕らえられた高額賞金首は両手の指じゃあ足りません。治安を乱す犯罪者、世を震撼させる<UBM>……そんな無法者共を数多屠り、獄に繋いでおけるのも彼女の手腕によるものですよ。我々にとっちゃあ、一種の救世主、いやアイドルですなぁ」

「アイドル」

「いや<マスター>ってのは凄まじいもんですね、あんな幼気な子供がそんな力を得られるんですから」

 

 気を良くした彼はポッポちゃんのファンの一人だったのか、それからもいろいろ話してくれた。

 つまるところ彼女はカルディナを代表する有名人の一人で、<超級>ではないながらも大きな影響力を有する【超級職】の一人らしい。

 【罪狩】。【咎追(バウンティ・ハンター)】――所謂賞金稼ぎジョブの系統の頂点であり、こと賞金首に対して絶対有利を誇る屈指の武闘派とのこと。

 成程、道理でティアンとはいえ上級職を鎧袖一触にしてしまえるわけだ。

 彼ら世間の治安を担う側からしてみても、なるほどある種の神聖視をしてしまうのもわからないではない。

 

 まぁ中には公権に繋ぎ留めておけない<マスター>の手に超級職が渡ってしまうことを危惧する声もあるらしいけれど。

 特に<マスター>出現以前から長く務めるベテランにそうした意見は多いらしい。これまた理解できないでもない意見だ。

 とはいえ渡ってしまったものは仕方がないので、極力便宜を図ることで最低限協力を得られるよう努めている、というのが現在のスタンスらしい。

 幸いにしてポッポちゃん本人は極めて協力的で、彼女が率いるクランの理念もあって少なくとも表面上は良好な関係を築けているというのが彼の弁だ。

 

「クランというと、たしか<ケルベロス>でしたか。彼女がそんなことを言ってたような……」

「我がカルディナでも上位のクランですよ。所謂賞金稼ぎ集団というやつでして、カルディナの各地を巡って凶悪な犯罪者共を取り締まっておられます。もしこの街以外にも旅をされるなら、困ったときは彼らを訪ねるといいですよ。言っちゃあなんですが、都市によっては官憲はアテにならないんでねぇ……」

「それ、言っちゃっていいんですか?」

「おっといけない、今のはオフレコでお願いしますよ?」

 

 なんにせよ、随分と信頼の厚いクランのようだ。

 随分と詳細な情報に、余程のファンだということが窺える。

 彼らの目印だという三頭犬のシンボルを記憶に留め、いざというときは頼ってみようと思う。

 

「なんのおはなししてるなー?」

「あ、ポッポちゃん。そちらも終わったんですか?」

「こっちはバッチリな! やっぱりアイツ、<レブナント>の下っ端だったなー!」

 

 衛兵さんとの話が一段落したところで、奥からポッポちゃんが顔を覗かせた。

 見たところ彼女の方も話が終わったらしい。両手でハートマークを作って笑顔を浮かべる。

 にしても……<レブナント>? 聞き慣れない単語Part2だな。

 

「<レブナント>って?」

「ポッポたちが追ってるわるーいやつらな! 下っ端がちょーおおくてちょーめんどいやつらな!」

「野盗クランの一つで、正式名称を<レブナント・ネスト>と言います。我々ティアンにも被害が及んでいるので目下指名手配中ですが、今のところ中枢を捕らえるには至っておりません。幹部は<マスター>であるとだけわかっているのですが……彼らのおこぼれに与ろうとティアンからも食い詰め者が多数押し寄せて徒党を組んでるって具合です」

 

 端的にすぎるポッポちゃんの説明を衛兵さんが補足した。ほんとに事情通な御仁である。

 にしても碌でもない連中もいたもんだ。そういう手合いも世の中にはいると聞いていたけれど、実際に話を聞くとなんともいえない気分である。

 

「やっぱりポッポたちのよみはただしかったな! しばらくこっちでおしごとせんねんするな!」

「成程……でしたら我々も留意しておきましょう。もし何かあれば是非御一報を、協力して当たりたいと思っておりますので」

「ごりょーかいな! ()()()()()にもつたえておくなっ!」

「ええ、【獄長】殿にもよろしくお伝えください」

 

 彼らが心得たように示し合わせると、そこでようやく解放と相成った。

 昨日に引き続き、今日もまた随分とトラブルというかイベントというか、出来事の絶えない一日だ。

 

 とはいえ表通りにも戻れたし、事情聴取も終わって晴れて自由の身である。

 改めてこれからどうしようかと考えていると、クイクイと袖を引っ張るポッポちゃんの姿があった。

 

「どうしました?」

「ねーちゃんヒマな? よければポッポたちのとこくるな?」

 

 どうやらお招きのお誘いのようだった。

 

「私は別に構いませんけど……いいんですか? 急にお邪魔しちゃっても」

「ぜーんぜんかまうことないな! ふつーにお店もやってるからおきゃくさんならアフロもよろこぶなー!」

 

 それはひょっとしなくても客引きというのではないだろうか?

 だけどまぁ、私としても特に用事があるわけでもないので全然構わないが。

 それにせっかくのお誘いを無碍にするのも偲びないし、ここは素直に頷いておく。

 

「それでなー、それでなー! ポッポからもおねがいがちょこっとだけあるな?」

「お願い? なんですか?」

 

 そう尋ねると、彼女は屋台の立ち並ぶ区画を指差して。

 

「ポッポといっしょにお祭りまわってほしいな? ポッポだけだとあぶないからってダメいわれてるな……」

 

 …………いい子か!

 

 

 ◇

 

 

 その後しばらくをポッポちゃんと一緒に屋台巡りをしていった。

 昨日のクジラさんといい、初対面の人とばかり祭りを回っているけれど、ほんと今回は変な巡り合わせが多い気がする。

 二人ともとびっきりの美女美少女だし、私が男なら役得と思えたのかもしれないけれど……って後者は完全に事案じゃないか。危ない危ない危ない……

 ていうか二人して放っておけないという点で共通してるのがなんともおかしい気分だった。

 楽しいっちゃ楽しいんだけどね。普段人との関わり合いが無い分すごく新鮮だし。

 

「ていうか随分と買いましたねポッポちゃん……」

「ポッポいまさいきょーな!」

 

 綿菓子に焼串、その他諸々の食べ物を両手に食べ歩きしながら意気込むポッポちゃん。

 そういや昨日もまったく同じことをいい大人がしてましたね。いや誰とは言わないけれど。

 むしろちゃんと自分で買う分を持ち合わせているだけ、ポッポちゃんの方が賢いような……いやそれ以上は言うまい。

 

 そんなポッポちゃんだけど、やけに生き生きとしているのには理由があった。

 なんでもこの街へは仕事として訪れたため、おおっぴらに祭りを楽しむわけにはいかなかったそう。

 少なくとも他のメンバーは各方面への根回しや手続きで出払っており、また彼女一人で出歩かせるのも危なっかしいとのことで、結局今まで碌に祭りも楽しめなかったのだとか。

 

 まぁ周囲がそう心配するのも無理はない。いくら戦闘系の超級職とはいえまだ子供(なんと今年で九歳らしい)だし、決して治安がいいとは言えない場所で一人にさせるのも避けて当然だろう。

 犯罪者を相手にする超級職に就いておきながら過保護ではないかと思うかもしれないが、身内を心配してそうすることに問題があろうはずもない。

 そこを理解しているからこそポッポちゃんも大人しく聞き分けていたわけだが、それはそれとしてチャンスが巡ってきたならそれに乗じてしまうのも子供らしい我儘と言える。

 

 ……そこで私を頼りにするあたり、ほんとに大丈夫なのかと思わないでもないけど。

 知らない人に付いていったらダメと……いやこの場合はポッポちゃんが私を連れ歩いているので逆だけども。

 あるいは私が実は悪い人だったりしたらどうするのかと、迂闊な彼女へまず最初に苦言を呈したのだけどもね。

 そしたら純粋な目で「ポッポにはわかるな!」とか言われちゃえば、もう何も言えないですよ。子供の純真を裏切るわけにもいかない。……いや裏切るつもりなんてまったく無かったけどね?

 

 そんなこんなで絶賛祭りを満喫中というわけであった。

 なんやかんやで私も楽しんでしまっているのでもうおあいこだ。

 私も冷たいジュースを買ったりしながら、好奇心の赴くままにあちこち見て回るポッポちゃんの後を追う。

 ……大半が食べ物屋台だけど。この熱暑の中あんだけ食欲旺盛なのも流石だなぁ。私には真似できない。

 

 とはいえいつまでもそうして遊んでいられるはずもなく。

 だんだんと日が傾いて来たのもあって、そろそろお開きにしないかと声を掛けた。

 

「ポッポちゃん、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないですか?」

「うな? ぐぬぬ……たしかにもうすぐ夜になっちゃうな……」

 

 なにがぐぬぬだ。

 もとい彼女は聞き分けをよくして屋台に見切りをつけると、そのまま屋台が並ぶ区画から離れていく。

 流した汗が吹き始めた夜風に冷やされるのに少し身震いしながら、辿り着いた先は繁華街の一画にある一見して小洒落たバー。

 看板には<BAR・センターヘッド>の文字と、ケルベロスのエンブレムが彫り込まれていた。

 

「ただいまなー!」

「いらっしゃい、<ケルベロス>カルカラン支部<BAR・センターヘッド>へようこそ! ……ってなんだ、ポッポじゃねぇか」

「おらおらー、ポッポさまのおかえりなー! ついでに客もいるなー!」

 

 ドアベルの鳴り響く扉を開け放った彼女を出迎えたのは、カウンターに立つバーテンダー姿の……アフロ。

 うん……そうとしかいいようがない。他に言いようがないくらいアフロが目立つ男性だった。

 

「客? おお、いらっしゃい。見ねぇ顔だが……まぁいい、歓迎するぜ。どうやらウチのが世話になったみてぇだしな」

「お祭りちょーたのしかったなっ♪」

 

 そう言ってカウンター席を勧めてくれた彼は、楽しげにそう報告するポッポちゃんへ苦笑いを浮かべた。

 ティアドロップサングラスといい如何にもアフロ推しな人っぽいけど、人当たりはそう悪い人でもなさそうだ。

 勧められるままにカウンター席に座り……なぜかその横へポッポちゃんも座った。

 

「とりあえずご注文は? ああ、お代なら気にしなくていいぜ。ポッポの連れだしな」

「ポッポはつめたーいオレンジジュースをごしょもーな!」

「なら……私もポッポちゃんと同じので。ええと……」

「ああ、俺はアフロ松田だ。気軽にアフロと呼びな、嬢ちゃん」

「わかりましたアフロさん。私はマグロっていいます」

「マグロね、OK覚えたぜ。っと……オレンジジュースだったな、ちょいとお待ちを」

 

 互いに自己紹介も交わし、彼はそのまま調理に取り掛かった。

 カルディナでは珍しい、冷凍したフルーツをそのままジューサー(っぽいマジックアイテム)にかけたキンッキンのスムージーが差し出される。

 冷たいというだけでも付加価値の高いカルディナにおいて、冷凍までした半ばシャーベットのようなスムージーは過酷な天候もあって実に美味しく、あっという間に飲み干してしまう。

 と同時に簡易ウィンドウが表示され、微量のバフが掛かっていることを知らされた。

 

「ひょっとして【料理人】ですか?」

「本業は別だがね、サブでその辺も取ってるんだ。これでも<ケルベロス>のサブオーナーだからな」

 

 やっぱり。

 メジャーな【付与術師】系統以外にも仲間へのバフを得意とするジョブはあるが、【料理人】はその一つだ。

 特徴として素材の質や調理の腕前で効果時間や効果量に変化があり、微量とはいえ長時間のバフが掛かっているこのスムージーは、そんじょそこらの駆け出しにできることではない。

 

「看板でそうじゃないかとは思いましたけど、やっぱりここも<ケルベロス>の拠点なんですね」

「主要な都市には大体あるぜ。そんな大きかねぇが、それなりのハコは確保してある。その辺も俺の裁量だな」

「他もバーだったりするんです?」

「全部が全部じゃねぇけどな、場所によっちゃディスコなんかもあるぜ」

 

 随分と手の広いクランのようだ。

 そう言えば王国では<月世の会>の施設なんかも多かったけれど、ちょうどあんな感じなのだろう。

 規模の広いランキング上位クランはそうした面でも派手だというし、まさしく組織力の為せる技というものだろう。

 

 そんな風に他愛もない会話を楽しみながら、ふと周囲を見渡すと店を彩る飾りの中に一部異質なものが混ざっていることに気付いた。

 それは所謂手配書というやつで……人相書きと共に大小様々な賞金が掛けられたそれらの存在が、バーをまるで西部劇に登場する酒場のように演出していた。

 

「うちは賞金稼ぎがメインだからな。ちぃと物騒だが……ま、勘弁してくれ」

「いえいえ、気にしたわけじゃないんですが……随分と多いんですね?」

「単なる食い逃げ常習犯から極悪犯罪者まで、ピンキリさ。中には全国指名手配されてる大物中の大物までいる……特に【犯罪王】とかな。さすがに戦力差がありすぎて手出しできてねぇが」

「でもすごいですよ。衛兵さんも言ってましたけど、あんなに信用を稼いでるクランって珍しいです」

「日頃の行いってやつかね。ま、俺達も温い渡世はしてねぇってわけよ」

「ほぁー……」

 

 ううむ、今まで独り身の個人主義でやってきた私にはわからない世界だ。

 とりあえず彼らがすごく頑張ってるということだけはなんとなく理解する。

 ……ところでさっきからポッポちゃんが妙に大人しいんだけど。

 

「何見てるんです?」

「【手配書】な! きょうのこーしんをチェックしてたなー」

「更新?」

「ポッポは【罪狩】だからてもちの【手配書】もとくべつせーな! せかいかくちのしょーきんくびじょーほーがぜーんぶのってるなー」

 

 アフロさんの補足も合わせて曰く。

 【罪狩】を頂点とする咎追系統は基本スキルとして《手配書(ビンゴブック)》というものがある。

 同名のアイテムには世界各地で指名手配されている賞金首の情報が載せられており、その内容は各地で寄せられた情報を基に自動更新されていくらしい。

 下級の間は更新頻度や開示される情報量にも制限があるのだけど、【罪狩】であるポッポちゃんの場合は《手配書》のスキルレベルもEXとなり、同期している【手配書】に載せられる情報も常に最新かつ確度の高いものとなるらしい。

 対賞金首に特化した咎追系統ならではの固有スキルと言えよう。こりゃ犯罪者にとっては閻魔帳以外の何物でもないな。

 

「ねーちゃんもみてみるな?」

「あれ、いいんですか見ちゃっても?」

「本人の了承があれば他者にも見せられるらしいぜ。うちもクランとして頼りにしてるし、嬢ちゃんももし何か情報があれば、教えてくれれば褒賞金も出すぜ」

 

 そういうことなら遠慮無く見せてもらおう。

 意識して探したことはないけれど、ひょっとしたらなにかあるかもしれないし。

 

 ……【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは言うまでもないので省くとして。

 【盗賊王】ゼタ、【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキス、【殺人姫】エミリー・キリングストン、【魂売】ラ・クリマ、【死将軍】アリス・イン・デッドランド……<マスター>のみならずティアンまでも、罪状様々な犯罪者達が名を連ねている。

 有名なのもそうでないのもあるけれど、生憎ながら私が役立てそうなものはない。

 スターリングさんならこの辺の事情にも詳しそうなんだけどね。あの人も大概なトラブル体質らしいし。

 

 首を横に振って【手配書】を返すと、彼らも大して期待はしていなかったのか何を言うでもなく受け取った。

 それにしてもこんな凶悪な人達を狙うというのだから、賞金稼ぎというのも大変だ。

 だけどそれで上位ランカーにまでなるクランを率いているのだから、彼らの実力は疑いようもなく本物というものだろう。

 

「にしてもこんな時期にこの街にいるたぁ、アンタも観光かい? 見たとこご同業ってガラでもなさそうだしよ」

「あちこちを旅する予定で王国から出てきたんですが……その、慣れない砂漠で足踏みしてまして。今は羽休めといったところですね」

「なーるほど、他所から来なすったのかい。そりゃ大変だろう、他所からの人間は皆そういうからな!」

 

 砂漠の洗礼は誰もが通る道らしい。

 特に<エンブリオ>でゴリ押しが可能な<マスター>にその傾向は多いようだ。

 確かに命が一つきりのティアンだと、そんな危ない真似するはずがないもんね。

 

「皆さんはどうしてここに? やっぱりオークション目当てですか?」

「オークションっつーか、それを目当てに寄ってくるだろうハイエナ共を見据えて、だな。うちのもう一人のサブオーナーが発案したんだが、どうやら当たりだったみてぇだな」

「<レブナント・ネスト>でしたっけ。確かにああいう人達がいると、<マスター>はともかくティアンが危ないですよね」

「まったくだぜ。こっちも因縁ある相手だし、いい加減一網打尽にしてやりてぇんだが……そう思ってこの街にやってきたのはいいが、また妙な感じになってよ」

「妙な?」

「…………もののついでだし、まぁいいか。なぁアンタ、つい最近ここの市長が殺害されたって話、知ってるか?」

 

 思わぬ事件の気配に息を呑んだ。

 市長の殺害……それはカルディナに限っては大きな意味をもつからだ。

 都市国家の寄り合い所帯であるカルディナ連合において、市長の座は王位に等しい。

 つまりその市長が暗殺されたということは、他国においては王族の殺害に匹敵する重犯罪だ。

 

 まさかこのお祭り騒ぎの裏でそんな大事件が起こっていたなんて……

 と、そう考えてふと気付く。そんな状況なのに市井はまるでそれを知った風でもなく、まったくの無関係のように賑わいを見せていることに違和感を抱いた。

 少なくともこれが王国なら、市長……王国でいう王族に相当する人物が殺害されたとなれば、自粛して祭りなんてするはずもないと思うのだけど。

 その疑問を口にすると、彼は「ああ、他国から見るとそうなるよな」と言って説明を始めた。

 

「他所の国の人間じゃあピンと来ないかもしれねぇが、ここカルディナは都市国家の連合だ。各都市はほぼ完全に独立した支配体制を持つ一国に等しいし、市長はそれを左右する独裁者にも成り得る。市長の地位も選挙や世襲制など都市ごとに違う形で継がれるんだが……この都市はちと特殊でな」

「特殊?」

「ここは"芸術都市"、古今東西の珍品・名品が集積し、それを求めてコレクター共が鎬を削る【蒐集家】のメッカだ。そして、だからというわけじゃあないが……そいつらが保有するコレクションの質と量がこの街では地位と名声に直結する」

 

 それは、確かににわかには理解しがたい理屈だった。

 要は他者が羨むほどのコレクションを持つほど、この街では偉いということなのだから。

 まるで政治を顧みているとは思えない、稚拙な子供の理屈のようにすら思える。

 

「殺された市長ってのはその中でも【蒐集王】って超級職に就くほどのコレクターでな。だからこそそのコレクションを狙う者も多いし、敵も多い。正直、殺される理由なんざごまんとある。本人も決して出来た人間じゃなかったようだしな」

「でも、それが殺害が問題視されない理由にはならないと思うんですが……」

「言ったろ? コレクションが充実してる奴ほど偉いって。最悪なのがこの市長、蒐集にかまけるあまり妻子もおらず、血縁も他にねぇときた。そうなると殺された市長の財産はどうなる? なんせ正当に遺産を受け継ぐやつがいねぇんだぜ?」

 

 継ぐもののいない遺産。

 しかしそれは【蒐集王】という頂に至ったほどの者が遺した、莫大なまでのそれ。

 そして今は年に一度の大イベント。その目玉は……、…………!!

 

「オークション!」

「そうだ。死んだ市長のコレクションは今回の大オークションで競売に掛けられ、それに参加するコレクターの手に渡っていく。しかも市長と【蒐集王】の座、どちらも一挙に空いた大チャンスだ。……これだけでキナ臭ぇのがよくわかるだろう?」

「参加者の目的は単に出品物だけではなくて、それを集めることによってコレクションを充実させ市長の座を得ること。……そしてあわよくば【蒐集王】の座も得ようということ、ですね?」

「そういうことだな。どいつもこいつも目先の栄光に目を取られて、誰が市長を殺したのかなんざ気にも留めてねぇ。むしろ降って湧いたチャンスを考えれば、死んでくれてラッキーとすら思ってるだろうよ」

「いくら街の特徴といっても、酷いですね……」

「俺からすりゃあ"芸術"都市なんてとんでもねぇぜ。そんな高尚なもんかよ、精々が"競売都市"がいいところだろうぜ」

 

 芸術を冠したその名の裏には、悪臭漂う欲望の坩堝……ということか。

 強欲と、それによって積み上げられた富こそが支配に直結するカルディナだけど、だからといってそれはあまりに人道に反するように思える。

 ……それが王国という他国の道義に基づく傲慢だったとしても、この忌避感だけはどうしようもない。

 

「そんなだから碌に調査も進んでねぇって話だ。それよりも大事な大事な出品物に手がつけられないように、それを狙うハイエナ共の退治の方に注力してくれってお達しでな。業腹ではあるが、俺達としてもそうせざるを得ない。俺達は既に確定した犯罪者を仕留めるのが仕事で、犯人を暴くのが仕事じゃあないからな」

 

 そう自嘲するように言った彼だけど、それを責められる者はどこにもいないだろう。

 忸怩たる思いでそう吐露しているのがわかるだけに、私は何も言えなかった。

 

「そういうわけだから嬢ちゃん。悪いことは言わん、用が済んだらとっとと離れた方がいいぜ。……この街だけじゃねぇ、カルディナの都市なんて長居せずに越したことはないのが殆どさ。良くも悪くも金持ちの国だからな」

「……ご忠告ありがとうございます。大丈夫です、私もコンサートが終わったら離れるつもりですから」

「コンサート? ……ああ、そういや【歌姫】も来訪してんだっけな。もうとっくにチケットは売り切れてるもんだと思ってたが、よく手に入ったな?」

「いろいろあって、本人からいただいたんです、チケット。ほんとに偶然なんですけど……」

「……なんだと? 本人から?」

 

 彼女と出会った経緯を話していると、彼はだんだんと纏う気配を剣呑にしていく。

 そして語り終えるなりそう言ったアフロさんの眼光は、今までになく鋭いものだった。

 何が彼の関心を買ったのかわからないでいると、彼は口を開いて言った。

 

「さっき言った市長殺害の調査状況だがな、ひとつだけわかっていることがある。犯行時刻の直前、唯一市長と会った人物がいたんだが……」

 

 それは私にとっても思いがけない言葉で――

 

 

「それが当の【歌姫】だって話だ。

 ――――つまり唯一の容疑者らしい、現状はな」

 

 

 ――私の記憶に刻まれた彼女の笑顔が、罅割れたような気がした。

 

 

 To be continued

 

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