我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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本作品で恋愛要素は一切ありません。
それっぽい要素があるように見えても、物語の都合上のものです。
何卒ご理解とご容赦の程をお願い致します。

……原作キャラとの恋愛なんてほんと無理なんで!


思い出は遠く鮮明に、懐旧は淡く朧げに

 □某月某日・地球

 

 それは<Infinite Dendrogram>発売から一年程経った頃のこと。

 蝉時雨鳴り響く真夏の昼、男はある人物を待ち合わせてとある都市の駅前広場にいた。

 カジュアルな衣装から覗く鍛え抜かれた筋骨が、ありふれた装いを一流のファッションへ変える。

 背は高く、髪も長く、顔立ちも非常に整っているとあって絶えず周囲の注目を集めていたが、彼はそれを一瞥すらしない。

 ただ待ち合わせるだけで華やぐのを自然体とする彼の名は、椋鳥修一。

 彼は腕組みしながら空を仰いで、ぽつりと小さく呟いた。

 

「付き添いはあるって聞いてるが……」

 

 待ち人は()()()()を抱えているため付き添いを伴って待ち合わせ場所に来るとのことだったが、予定の時刻を過ぎてもまだ現れない。

 聞いていた事情が事情のため()()の安否も心配になり、「やっぱり迎えに行ったほうがよかったか?」と考え、まずは連絡をかけてみようと携帯端末を取り出したところで、視界の端に事前に聞いていた身なりを認め手を振った。

 

「よっ、無事に来れたみたいだな」

「お待たせしてごめんなさいね。思ってたよりも人が混んでいたものだから」

 

 声のもとへと杖をつきながら近寄った待ち人は、長身を白衣で覆った女。

 白の幅広帽を被り、長い袖とスカートで肌を隠すのは日射を厭うてのことだろう。

 垂らした長髪から覗く表情はどこか陰鬱で、無機質な人形めいた無表情。

 発せられる声音も冷たく平坦で、ともすれば真夏だというのにどこか背筋が凍るような、怪奇めいた印象の女だった。

 

「それではお嬢様、我々はこれにて。椋鳥様、お嬢様のことをくれぐれもよろしくお願い致します」

「確かにお嬢さんをお預かりしました。あとはお任せください」

 

 ここまで女を介助してきた付き人に畏まって答えると、修一はごく自然に女の手を取った。

 他者の介助と杖の支えがなければ歩行も覚束ない女への配慮だったが、当の本人にはそうした意図は見えず、ただ当たり前に示された行動に女は一瞬呆けたように瞠目し、次いで小さく呟いた。

 

「優しいのね」

「ん、そうか? にしても……()()()とは随分と印象が違うな、()()()

「そういう貴方は殆ど変わらないわね、()()()()()()()()

 

 飛び出た言葉は<Infinite Dendrogram(あちら)>では幾度となく、しかし現実(こちら)では初めて交わされる互いの名。

 こちらでは初対面ながら親しげに言葉を交わす彼らは、ある世界において深い友誼を結んだ友人同士でもあった。

 

 男の名をシュウ・スターリング。

 女の名をマグロ。

 

 しかしてその本名は――

 

()()()()()()()()()。椋鳥修一だ。よろしくな」

()()()()()()。羽鳥霞よ。よろしくね」

 

 仮想上の異世界とは大きく趣を異にする、聞き慣れた和名だった。

 

 

 ◇

 

 

 ことの始まりは何気ない一言だった。

 ある日<Infinite Dendrogram>内にてシュウとマグロが昼食を共にしていたときのこと。

 美食と談笑に花を咲かせる二人の傍を、仲睦まじい様子で寄り添う一組の男女が通り過ぎるのを、ふとマグロが注視したのをシュウが気にしたのがきっかけだった。

 

『どうした?』

「いえ……仲の良いカップルだなぁって」

 

 マグロは彼らの姿が見えなくなるなりすぐに視線を戻して、食べかけの料理を口に運んだ。

 彼らの姿を追ったのは特に大きな理由があってのものではないのだろう。あるいは本人もよく分かっていないのか。

 いずれにせよなんてことはない、ただの偶然の一幕だった。

 が、そこでぶっこんだのがシュウ・スターリング。

 いつにない反応を見せたマグロに興味を示し、いたずらっぽく軽い恋バナでも聞いてみようと口を開いた。

 

『ひょっとしてマグロも興味あるガル? お年頃ガル?』

「なにがですか?」

『デートとかカップルとか、そういうのだよ。気になって見てたんじゃないのか?』

「単純に仲良くていいなぁって思っただけですよ?」

 

 シュウとしてはからかいついでに聞いただけのことだったが、対するマグロの反応があまりに淡白だったせいで拍子抜けしてしまった。

 これが彼と交流がある他の女性だったなら誤魔化すか、あるいは「じゃあ今すぐその着ぐるみを脱げ!」と実力行使に出るかのどちらかであっただろう。

 しかしマグロのリアクションはそのどちらでもなく、まるで幼い子供が問われて返すような反応に、シュウは別の危惧を抱いて声を潜めて尋ねた。

 

『ちなみに恋愛経験って……あるか?』

「映画のベッドシーンみたいなことですか? 無いですねー」

『おおう……』

 

 まさかの返答に面食らうシュウだった。

 あまりにも情緒に欠けた発言に、彼は思わず天を仰ぐ。

 仮にも女性との食事の場で着ぐるみを着込む男が何を言うのかって感じだが、彼はマグロの女子力を案じた。

 

 それをきっかけに根掘り葉掘り聞いてみれば、出るわ出るわ恋愛要素皆無の半生。

 本来詮索するも無粋な話題なれど、当のマグロが何の恥ずかしげもなく訊かれるままにほいほい答えるものだから、シュウは図らずして彼女のプライベートまで知る羽目になった。

 そして恋愛観の欠如に生来の体質があることを突き止めた彼は、何を思ったかこんなことを言い出した。

 

『よし、いっちょあっちでデートでもしてみるガル?』

「デート……ですか?」

『そうそう。つってもそんな大したもんじゃないけどな。ふつーに出歩いて、映画とかでも見てみるガル』

「はぁ……」

『あとあれだ。さすがに何ヶ月もずっとインしっぱなしって聞いたら心配になるわ』

 

 なにせ経済的・環境的に可能とはいえ、重病人でもないのに月単位で寝たきりである。

 数少ない知り合いから"いつもインしてるマグロさん"の異名で呼ばれるのは伊達ではない。

 無論見方を変えれば言ってることは所謂直結厨のそれであるため無理強いはしないが、シュウ個人としては純粋にマグロの身体を案じて出した提案だった。

 

「うーん…………」

 

 で、一方のマグロはというと。

 まさかの申し出に面食らいながらも、彼の提案に下心を見てはいなかった。

 長年の付き合いで彼がそのようなことを言い出す人柄ではないことは把握していたし、自分を心配して言ってくれているのだとよく理解していたからだ。

 とはいえマグロとしては既に切り離したものとしていた現実が絡む問題。しかし他ならぬシュウの言うことだからと悩みに悩み抜いた末……

 

「……試しに、一度だけ?」

 

 結論としては「スターリングさんが相手だし、大丈夫か」という楽観から了承した。

 ちなみに紋章の中で見守っていたテスカトリポカは驚愕した。さながら引き篭もりが出歩くのを見た親の如く。

 次いでまがりなりにも前向きな進歩を見せたマグロに感じ入り、そのまま静観に徹した。

 

「たぶん、ていうか絶対、迷惑をお掛けすることになると思うんですけど……」

『大丈夫大丈夫、こっちから言い出したことだし任せるガル。あ、でも親御さんの了承は得といてほしいガル。事情もあるしな』

「てことはログアウトか……自発的にするのは久しぶりですね……」

『俺も大概だけど、マグロには負けるガル』

 

 そうと決まれば話は早かった。

 リアルでは珍しく自発的に目を覚ましたマグロに周囲が大騒ぎとなり、駆けつけた父に何事かと問われ「デートしたいから許可をくれ」と要約して伝えたところ、今度は逆に感極まった父から盛大に祝福されその日はホームパーティーとなり……等々。

 とにかく思いがけない騒動を経ながらシュウとスケジュールの都合をつけ、デート前日には交換した連絡先からマグロの父より修一へと涙と嗚咽交じりの感謝の言葉が送られるなどしながら今日に至る。

 

 そして当のデートはというと、修一の手慣れたエスコートもあって至極順調に進行していると言えるだろう。

 視覚と聴覚以外の感覚が無く、物欲の類も薄いマグロ――もとい霞へ合わせて映画巡りを主軸に、目と耳を楽しませる方向で博物館なども見て回った。

 そして合間合間の話の中で歌が好きだという霞の要望に応え、最後はカラオケボックスへと繰り出していた。

 何気に密室へ男女二人の構図だが、当然のように下心は皆無。なにせ女のほうがそんな情緒が皆無なのだから仕方がない。とはいえ、相手が修一でなければやはり危うかっただろうが。

 

「――――!」

「歌が上手いのね、椋鳥さん」

 

 そしてカラオケで輝くのが椋鳥修一という男である。

 昔取った杵柄を活かし美声を惜しげもなく披露しながら、新旧の名曲を熱唱メドレー。

 霞の拍手に迎えられ、ふぅと一息ついてマイクを手放す。

 

「これでも昔は歌手もやってたしな。ところで霞は歌わなくていいのか? 俺ばっかり歌っててもつまらないだろ?」

「つまらなくないわ。椋鳥さんの声もいいし、聴いててとても気持ちがいい……」

 

 一見して楽しそうな表情でもないし声音でもないが、内心は言葉の通りだった。

 むしろこんな淡々とした言葉しか返せないことに申し訳無さを覚えながら、霞は修一の目を見た。

 言葉も表情も感情を伝えるに適さない霞にとって、目こそが最大のコミュニケーションツール。

 修一はそんな霞の意を汲んだのか、気にした風もなく「そうか」と小さく返した。

 

「それに私、歌い方があまりわからないの。今もそうだけど、発音はできても抑揚のつけかたがよくわからなくて……向こうだとそんなことないのだけれど」

 

 自嘲気味の独白。

 言外に「つまらない女」でしかない己への侮蔑を吐露し、恥じるように視線を切る。

 対する修一はしばし考えてから、なんでもないかのようにこう切り出した。

 

「なら練習しようぜ」

「練習?」

「歌い方がわからないなら俺が教えるよ、これでも元プロだしな。それに歌えないっていっても好きな曲の一つや二つあるんだろ? なら好きな曲くらい歌えるようになろうぜ、勿体無い」

「…………勿体無い?」

「そうそう。せっかく綺麗な声してるんだからさ、フリータイムだから時間もあるし、気の済むまでとことんやろうぜ。俺ならいくらでも付き合うからさ」

 

 それは――霞にとっても初めての提案だった。

 大抵の人間は、否定を示した霞に追従しそれきり何も言わなくなる。

 しかし修一は当然のように……しかし一切の不快を感じさせぬまま、()()()()()と言葉をかける。

 甘やかすのではない。優しいのでもない。ただ対等の人間としてそう言ってのけた。

 

「……いいの?」

「いいもなにも、何を遠慮することがあるんだ?」

 

 なんの裏もないその目。

 ごく単純な好意として示された提案に、霞の心は普段にない動きを見せた。

 そしてそれは感覚を有さない霞本人には分かり得ないことだったが、ある種の筋肉運動を表情に伝え――

 

「お、こっちじゃ初めて笑った顔見せたな」

「――今、笑ってたのかしら?」

 

 それは歪ながらも確かな笑顔だった。

 本人にはわからずとも、唯一それを目撃した修一がそう言うのなら間違いないのだろう。

 霞は不思議そうに顔へ手をやり、やはり感触の伝わらない指先で頬を撫でた。

 

「向こうじゃいつも見てるのに、こっちだとさっぱりだったからなぁ。何気に男として危機感抱いてたぜ、仮にもデートなのにつまらないって思われたんじゃあ片手落ちだしな」

「……そんなことないわ。こっちでこんなにも楽しいって思えたのは生まれて初めてよ」

「それはそれで大袈裟だろ。で、曲は何にするんだ? 大抵の歌ならわかるぜ」

「女性の歌でもいいのかしら?」

「勿論。なにかリクエストがあるのか?」

「ええ……これを」

 

 端末を操作して表示したのは、一〇年程前に大ヒットした名曲。

 修一もよく知るところのそれに、彼は意外そうに霞を見た。

 

「<ほしのさかな>か、結構古いのを選んだな」

「意外かしら? ……ひょっとして子供っぽい?」

「そんなことねぇよ、今でもちらほら聴く名曲中の名曲だぜ? 俺のレパートリーもバッチリだ、これなら充分教えられるさ」

 

 そして始まった発声練習。

 童話のように単純ながらも深みのある旋律に合わせ、何度も何度も繰り返し歌う。

 最初はリズムも発音もままならない外れ調子の歌だが、決して途中で中断はせずに必ず通しで歌い上げる。

 そして一曲を終える都度に修一の指導と実践を受け、反省点と改善点を洗い出しながら、それを踏まえて何度も何度も。

 感覚の無い霞には察知できない喉の疲労を修一が見抜き、適度な休憩を挟みながら練習を繰り返し……三時間も経つ頃にはまだ荒削りなれども立派に歌としての体を成し遂げた。

 

「よっし、ここまでで一番いい感じだな! んじゃあちょっと長めに休憩すっか。ドリンクもおかわり欲しいしな」

「…………まるで自分の歌声じゃないみたい。本当に私が歌ったのかしら?」

「紛れもなくお前の努力の成果だぜ、霞。本人のやる気も充分あったしな、これくらい出来て当然さ」

 

 霞の小さな前進を修一は大きく賞賛した。

 これも普段感じ得ない心の動きとなって、表情が照れ臭さに歪む。

 それをまた修一に指摘され、霞は今日だけで自分に起きた変化の数に驚愕を禁じ得なかった。

 

「にしてもあれだな、随分と好きってのが伝わってきたぜ。そんなに好きなのか? この曲が」

「一〇年くらい前に初めて聴いて、それ以来ずっとね。好き……なのかも、今訊かれた初めて自覚したけれど」

「一〇年っつーとデビューから間もない頃か。そりゃ筋金入りだな」

「<Infinite Dendrogram>を始めるまではずうっと……この人の曲ばかり聴いていたわ」

 

 <ほしのさかな>――日本発のシンガーソングライター、入須いさなのデビューシングル。

 作詞・作曲を自ら手がけ、その感情豊かな独特の世界観は「童話の世界に迷い込んだよう」とも評され、老若男女、洋の東西を問わずデビュー直後から広く愛されてきた。

 今日に至るまで彼女の歌は絶えず支持され、入須いさなの名は今や東洋を代表する"歌姫"として世界各国に轟くほどだ。

 畑は違えどかのレイチェル・レイミューズに比肩する双璧として謳われすらしていると言えば、その実力たるや如何程のものかと知れよう。

 

「……だからこそ、活動を休止したと聞いたときはショックだったわ」

「ああ……マネージャーの事故死、だったか。デンドロ発売してすぐだっけ、一時期騒がれてたな」

「騒ぎはあっという間だったけれどね。……結局新しいマネージャーが就いたと広報があっても、再開はされなかったから」

 

 紛れもなく日本が世界に誇る天才の一人として地位と名声を恣にしていた彼女だったが、……しかしここ一年はその有名に翳りが見えていた。

 長年を共にしたマネージャーの急な事故死。それが果たして如何なる影響を彼女に与えたのかは定かではないが、結局その後も活動再開の目処は立たず沈黙を保っている。

 その事故の直前に発表されたシングルCD・<くじらのうた>をラストナンバーとして、彼女の栄光は歴史に埋もれようとしていた。

 

「その騒動からすっかり寂しくなって、<Infinite Dendrogram>を始めるまでは無気力……だったわね。だから曲を耳にしたのも今日が久々だわ」

「それでも一番に選ぶあたり、相当好きなんだな」

「そうね……、もし活動を再開したのなら……たまにはこっちに戻ってくるのもいいかもしれないわ」

 

 もしそれが叶えば、霞にとっても極めて大きな一步となるに違いない。

 生き甲斐の無い現実からの逃避で<Infinite Dendrogram>に没入する彼女の生き方は健全からは程遠い。

 それは言葉にしないながらも彼女を知る誰もが危惧するところで、あのテスカトリポカさえも心の奥底では案じていることでもあった。

 

 実のところ、今回の外出を誰よりも喜んでいるのは彼女と、霞の父である。

 そうでなければいくらゲーム内の知り合いと言えど、現実では初対面でしかない男へ一人娘を一時とはいえ預けることを許容できよう。

 むしろ感謝の言葉すら述べてしまうほどに、父の心中は穏やかならざるものだった。

 それを修一か意図していたか否かは、定かではないが。

 

「……湿っぽくなっちゃったわね。そろそろ練習を再開しましょう?」

「お、まだまだ気合充分って感じだな」

「今日のうちにマスターしておきたいの。またいつ来れるともしれないし……次は椋鳥さんもいないものね」

「え、なんで?」

 

 霞の言葉に、修一は目を丸くして彼女を見た。

 そして心底心外だとでも言うように、霞の目を見据えたまま言う。

 

「そんな水臭いこと言うなよ。もしまたこっち戻るのなら遊ぼうぜ。ていうか霞だけだと親御さんやお手伝いさんが承知しないだろ」

「…………いいの?」

「何のために連絡先交換したと思ってるんだよ。リアルで友達と遊ぶなんて普通だぜ、普通」

「ともだち…………」

「あれ? 霞の中で俺はまだ友達認定されてない?」

 

 おどけるように言った修一に、霞は静かに首を横に振り。

 今度は自分でもわかるくらい自然に、確かな笑顔を浮かべて言った。

 

「そういえば、()()は初めてだったわ。()()()()ならいるのにね」

「そりゃ光栄だぜ。――――んじゃあ練習再開すっか!」

 

 その後も二人は歌の練習を続け、夜が更けるまでそれは続いた。

 帰りは霞の家まで修一がエスコートし、楽しげな様子の霞に感激した彼女の父が修一を招いて盛大に祝おうとするなど……紆余曲折を経てその日は終わった。

 

 修一にとってはありふれた日常のワンシーン。

 しかし霞にとっては……過去になく大きな、かけがえのない思い出となった一日だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【獣神】マグロ

 

 …………とても長い夢を見た。

 こちらの時間では何年も前の、久々にリアルで経験した一日の夢。

 自分でも驚くほど鮮明に覚えていたスターリングさんとのデートがリフレインし、様々な想いが胸に渦巻く。

 

 とりあえず……す、スターリングさんってやっぱりモテるのかな……?

 いやまぁあの見た目と性格だしモテないはずがないんだけど、それにしては異様に手慣れていたように思える。

 あの人のことだから世間に顔向けできないような付き合いはしてないだろうけど、まるで赤子の手をひねるような熟練のリード……あれは間違いなく人たらしの手腕だ。

 

 あの日リアルで初の友達ができたことや、お父さんが感激の余りに私をどうぞよろしくなんて早とちりしたりして、ほんともう慌ただしかったことをよく覚えている。

 デートのきっかけとなった恋愛観云々は結局わからずじまいに終わったけれど、久々にリアルで楽しいと思えた出来事だったから、こうして夢に見てしまうのもきっとおかしくはないのだろう。

 

 そして、あの日スターリングさんと何を楽しんだのかを思い出した。

 同時に先日のクジラさんのディナーショーで、何が引っかかっていたのかもはっきりする。

 

 ――似ていたのだ、彼女の歌が。私の敬愛する入須いさなのそれに。

 

 あの夜、眠りに落ちる間際で抱いた郷愁は、彼女の歌で想い起こされた私の半生への懐旧だ。

 それほどまでに私は彼女の歌声に入須いさなを重ね、その懐かしさの余りに単なる感動以上の感情を抱いていたのだろう。

 私の唇は我知らず震え……私にとっての魂の歌を拙く紡ぎ出す。

 

「…………――♪」

 

 あの日実感無き現実で幾度となく繰り返した旋律を口ずさむ。

 スターリングさんとの猛練習を経て荒削りながらも形を得た歌は、この世界でも不足無く響いた。

 あるいは、震える喉の動き、踊る舌のざらめき、形を変える唇の感触が旋律を肉付けしていき、私にとっての本当の歌のカタチを描き出す。

 そうして拙い完成を得た<ほしのさかな>は、果たして入須いさなの世界で泳ぐに相応しいものだろうか。

 答えを得られないまま終わりまでを歌い上げ、ふと思いを馳せる。

 こうも私の心を揺さぶる彼女の歌声、その理由は何故か。単に似ているからだけでは到底説明のつかない感動に、私の思考はある一つの可能性を見出そうとして――

 

「そなたの歌は初めて聴いたな」

「ひゅいっ!? か、カトリ様……起きてらしたのですか……?」

 

 不意の一言で煙のように消えた。

 思わぬ声の出現に間の抜けた悲鳴を上げ、ゆっくりと振り返る。

 てっきりからかうようにニヤついているものと想像していたカトリ様の顔は、しかし意外にも安らかなものだった。

 

「拙いが想いの宿った良い歌だ。そなたにも取り柄というものがあったのだな」

「え、えへへ……そうです?」

「気色悪い笑みを浮かべるでないわ、戯けめ。それより朝餉の用意をせよ。余が湯浴みをしている間にな」

 

 珍しく褒めてもらえたと思ったら、次の瞬間にはいつものカトリ様だった。

 それにしても気色悪い笑みだなんてひどい……向こうと違ってこっちでは普通なのに。

 ともあれカトリ様のご命令だ、彼女の要望どおり支度をしないと。確かルームサービスのはそろそろ飽きたと言っていたから……久々にアイテムボックスの中身を検める。

 

「……そういえばコンサートって今日だったよね」

 

 朝食の準備中、ふと思い出してチケットを確認する。

 ポッポちゃんたち<ケルベロス>の人達と別れてから、なんやかんやで三日が経っている。

 屋台巡りやお祭り騒ぎも一昨日までにはあらかた見尽くして、昨日は丸一日中央区でゆっくりしていたのだった。

 外と比べて人通りもおとなしく、治安も良い中央区は上流階級御用達の高級店が軒を連ね、外のお祭り騒ぎとはまた違った楽しみ方ができた。

 マジックアイテムもふんだんい用いられているのか、猛暑も和らいで心地の良い気候で、なんだかんだで溜まっていた疲労も昨日ですっかり回復している。

 まさに絶好のコンサート日和と言えるだろう。早くも夜が待ち遠しくなり、自然と身体が軽くなる。

 

「クジラさんもだけど、カイトさんの声もすごくいいんだよね。まさに極上のハーモニー……コンサートでは彼は歌うのかな? ……歌ってくれるといいな」

 

 あの二人が紡ぎ出す名合唱を想像し、ルンルン気分でカトリ様の朝食を整えた。

 

「早く夜にならないかな……♪」

 

 そう、このときまでの私は暢気に考えていたのだ。

 

 

 ――――その楽観が、最悪の形で打ち砕かれるとも知らずに……。

 

 

 To be continued

 




原作の方が激動すぎます。海道先生天才すぎる。
たまに二次創作の存在理由に疑念を抱くことも……
それはそれとして書くのがめっちゃ楽しいのでやめるつもりはありませんが。
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