我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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エピローグ

 □羽鳥霞

 

 リアルへの放逐は死に似ている。

 実際は似ているどころではなくて、あちらの世界での死を経ているから実際死んで蘇ったようなものだけど……甦った実感が持てないのは、考えものかしらね。

 ほんの数秒前まで全身を苛んでいた臨死の痛みと苦しみが消え失せ、まったくの無に放り出される感覚は、あちらの世界で過ごす時間が長ければ長いほどに苦しみが増す。

 長い眠りに視界は霞み、生命維持装置の静音だけが一定のリズムを刻む自室は、耳鳴りがうるさいほどに静かだ。

 

「……レジェンダリアの後と、【グローリア】戦の後、そして今回か」

 

 指折り数えたのは直近でリアルへ戻ることになった要因だ。

 振り返ればそれ以前と比べて異例なまでにデスペナルティの頻度が増していて、偶然にしても運命的なものを感じずにはいられない。

 レジェンダリアのときは単なる不注意からのデスペナルティだったけれど、後者二つはあちらの世界での死すら覚悟して自ら臨んだ戦いの結果だ。

 それを不服に思うわけではないけれど、あちらでの命すら賭してしまうほどの戦いがこうも立て続けに起こったのでは、自嘲や皮肉の一つでも言いたくなるというものだろう。

 ……特に今回の件は、相手が相手だった。私の半生そのものと対峙したとすら言える事態に、さすがの私も動揺を抑え切れない。

 実感を抱けない心臓の鼓動が、きっと大きく高鳴っているだろうことが容易に想像できた。

 

「……入須いさな」

 

 <Infinite Dendrogram>と出会うまでの人生に彩りを与えてくれていた魂の歌姫の名を呟く。

 数百万以上にも昇るユーザー数。リアルでいうユーラシア大陸並に広大な世界。

 まるで砂漠の中から一粒の宝石を探し当てるような奇跡的確率の中で彼女と戦ったという事実が、今となっては夢のようにすら思える。

 ……惜しむらくはその余韻にすらこちら側では浸ることができないということだけど。

 音と光以外を問答無用に奪い去る我が身の不具が、今ばかりは無性に腹立たしかった。

 

 そんなことを考えていたら、不意にドタドタと外が騒がしくなる。

 乱暴なノックのあとに応答する間もなく扉を開け入り込んできたのは、私の世話役である女中親子の娘の方だった。

 

「おおおおおお嬢様、お戻りになられてたんですかァ!?」

「ええ、ちょっとデスペナルティになっちゃってね。悪いわね小鳥、こんな時間に」

「いえ、起きているお嬢様の御姿を見られて安心しました! ええと、お夜食はご入用でしょうか?」

「いらないわ、ずっと点滴があったから。……それにしても」

「?」

「あなたもこのゲームを遊んでいたのは知らなかったわ」

「ふぇっ? ……ぁぁあああああああ申し訳ございません! これは、そのう……」

 

 どれだけ慌てて起きたのか、頭に嵌りっぱなしの<Infinite Dendrogram>のハードにも気づいていない小鳥に苦笑する。

 生命維持装置は私が覚醒すると同時に自動でナースコールが入るようになってるから、それで慌てて起きたのでしょうけど……だとすると悪いことをしたなと思う。

 仕事とはいえまったくの不規則に寝起きする私の世話のせいで、せっかくのデンドロ生活を邪魔してしまったのでは、世間でいうところのデンドロ廃人の一人としては詫びることしかできない。

 そういうわけなので私としては特に何も気にしていなかったのだけど、彼女の方は見咎められたと思ったのか慌ててハードを取り外していた。

 

「いいわよ、別に。それが楽しいことは私がよく知っていることだし。それにほとんど寝たきりだから暇だものね」

「も、申し訳ございません……」

 

 やはり立場の違いもあってか、私にそのつもりは無くても彼女にしてみればバツが悪いのだろう。

 彼女ら親子には長年お世話になってるし、付き合いだけで言えばほとんど幼馴染のようなものなのだけれど……以前までの私が没交渉気味だったのもあって、親交という面では希薄なのが災いしていた。

 とはいえ彼女も<Infinite Dendrogram>のプレイヤーということも今わかったのだし、せっかくの機会だからこれから交流を深めていくのもいいかもしれない。

 ……だからといってそうするために、自発的にログアウトするつもりも無いのは、我ながらどうかとも思うけど。

 

「それでお嬢様、如何なさいましょうか? デスペナルティということは今から二四時間はこちらにおられるのですよね? 生憎旦那様は海外へ出張なされてて、お屋敷には戻られないのですが……」

「そうねぇ……」

 

 小鳥の登場で思い悩んでいたあれこれが吹き飛んでしまって、なんだか一気に時間を持て余してしまった。

 このまま小鳥とデンドロ談義もいいかと思ったのだけど、先程から彼女はしきりにハードを気にしていて、なにやらあちら側での用事がある様子だった。

 そうなると無理にこちらへ引き留めるのも悪いし……と、そこまで考え込んでふと思い浮かんだことがあった。

 

「そういえば小鳥、オーディオは用意できるかしら?」

「ああ、音楽ですね! ゲームの前にはよく聴いておられましたものね、お嬢様は」

「この前起きたときはお父様が在宅だったから、そういえば久しぶりね。それで曲は――」

 

 リクエストは当然、入須いさなの名曲達。

 今の私がこちらの世界で求めるものといえば、彼女の歌以外にありえない。

 奇縁によって死闘を繰り広げることとなった今、彼女歌を聴くことでその想いを偲ぶことこそが、私にできる唯一最大の表敬であると、ふと思いついたのだ。

 

「…………」

「どうしたのかしら?」

「……いえ、なんでもありません。すぐご用意いたします」

 

 テキパキと機器を接続し用意を進めてくれた小鳥だけど、ディスクジャケットを目にした瞬間苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのに首を傾げる。

 彼女が睨みつけていたのはデビューシングル<ほしのさかな>のジャケットで、そこには童話のテイストで白鯨が描かれていたが……それがどうかしたのだろうか?

 私が入須いさなの歌を好んでいることくらい彼女も知っているはずだけれど……問い質すと我に返ったように表情を戻して、彼女はそのままセッティングを終えてしまった。

 

「お待たせしました。リモコンはこちらへ、またご用命がございましたら何なりとお申し付けください」

「ええ、ありがとう。ごめんなさいね、お楽しみのところを邪魔してしまって」

「いえいえいえ! こちらこそお見苦しい真似をして申し訳ございませんでした! ……ところでそのう、母にはどうか内密に……」

「……ふふ、わかってるわ。鳳翔さんには内緒ね?」

 

 今初めて知ったのだけど、彼女は意外とおっちょこちょいな人物のようだった。

 頭を下げながら両手を合わせて謝意を示す小鳥に、これまでには無かった親近感を覚える。

 思えば過去の私は何をするにしても無関心で、彼女らとまともに向き合ったことが無かったのだろう。

 ……そういう意味では、やはりあちらの世界での影響は私にとってとても大きいものなのだと強く感じる。

 

「それでは私は失礼致します。機器はお嬢様がログインされてから片付けておきますので!」

「ええ、お願いね。それじゃあ……おやすみなさい」

 

 立ち去る小鳥を見送って、私はリモコンを操作する。

 デビューシングルからラストナンバーまで、入須いさなの十年の軌跡をなぞるべくリピート再生を開始した。

 

 入須いさなの歌は、それぞれが一つの大きな物語を構成していると世間には評価されている。

 デビューシングルの<ほしのさかな>からラストナンバーの<くじらのうた>までの各曲が密接に絡み合い、一つの旅路を紡いでいるのだ。

 それは孤独な海を心細いまま泳ぎだしたほしのさかなが、やがて安住の地を見出し愛を唄うまでの一大叙事詩。

 まさしく一つの童話を歌声に乗せて紡ぎあげたその世界観こそが入須いさなの真骨頂であり、ファンは皆傍観者となって物語に没入する。

 

 だからこそ思わざるを得ない。

 幸福に満ちたエンディングを歌い上げた彼女が何故、あの世界でああも悲嘆に暮れていたのかと。

 一ファンでしかない私には到底知り得ない彼女の苦悩を歌から偲び、これから先の彼女の行く末を案じずにはいられない。

 

「……また、お話ができればいいのだけどね」

 

 それが到底叶わぬ夢であると半ば確信しながら、私はリアルでの二四時間を入須いさなの歌に包まれて過ごした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 □【獣神】マグロ

 

 二四時間のログイン制限を終えて再び降り立ったカルカランは、今もまだ復興作業の只中にあった。

 クジラさんの歌で正気を失った人々の暴動で街並みは荒らされ、呼び寄せられた魔物の群れに都市を護る外壁は大半が崩れてしまっている。

 死傷者の数も相当数に昇り、今なお生死不明の要救助者の捜索に追われているようだった。

 

「たった一人の超越者が牙を剥いただけでこの有様よ。とかくこの世界は個の武勇が大勢を決する、言うなれば英雄の時代だ。……良くも悪くもな」

「カトリ様」

 

 ログインするなり紋章から現れて、メイデンとしての姿で傍らに立つカトリ様。

 彼女は私の顔をまっすぐ見据え、鷹揚に頷いて口を開いた。

 

「大儀であった、とまずは褒めておこう。そなたの献身により勝敗は決し、一夜の騒動は鳴りを潜めた」

「……私にはあれくらいしかできませんから」

 

 我ながら不格好なやり方だったと今になって思う。

 想像だにしなかった私と同じ<超級>との激突。ただの優しいお姉さんとしか見ていなかったクジラさんへの不理解。

 あまりの急展開に勢い任せに止めに回ったのはいいけれど、結局のところ力押しでの解決にしかなっていなくて、これで本当に良かったのかと今でも疑問が残る。

 胸を張って誇るにはあまりに犠牲が多く、その元凶たるクジラさんへの感情もあまりに複雑で、私の気分はまるで晴れやかとは程遠かった。

 

 ……そう思い悩んでしまうのも、この世界に生きる<マスター>としての実感を得られているからなのだけど。

 リアルにいる間は完全に切り離されていた生の実感がこの世界ではあまりに生々しく、刻まれた爪痕の深さにどうしてもネガティブになってしまいそうになる。

 羽鳥霞としてクジラさん――入須いさなの行く末を偲ぶ一方で、マグロとしては彼女の齎した災禍への憤りもまたあるのだ。

 結局のところ、私は込み上げる感情のはけ口を失ってしまっていて、こうやって一人悶々としているしかないのだった。

 

「そうして煩悶とするのもそなたの味、か。まぁよい、そなたにしてみれば初めてモンスター以外の同格と鎬を削った一戦だ。齎された悲劇を嘆くなとは言わんが、せめて己の糧とするようしかと噛み締めるがよい。あの歌姫にとっては、そなたの前進こそが餞になろうしな」

 

 腕組みそっぽを向きながら、持って回った慰めを口にするカトリ様。

 カトリ様のこうしたブレずに傲岸不遜なところが、私にとっては何よりも頼もしい。

 ひたすら弱い私から生まれた、ひたすら強い<エンブリオ>。私にとっての神の理想像がカトリ様であることに、最早疑いようもなかった。

 

「……さて、どうしましょうか。この様子じゃあ街に留まるのも邪魔でしょうし……」

 

 しばらく思い悩んだ末に一応の区切りをつけ、今後の対応を考え出した瞬間。

 

「ねーちゃんもどってたなー!!」

「ようやく見つけたぜ、マグロ」

 

 背後から私を呼ぶ声が届き、振り向くとそこにはポッポちゃんとアフロさんがいた。

 二人ともくたびれた作業着姿で、復興作業に従事していたことが見てとれる。

 

「こんにちは、お二人とも。……よかった、無事で」

「なんとか生き延びたぜ。部下には少しばかり犠牲も出ちまったが……」

「そっちはそっちでリアルでれんらくついてるな!」

 

 話を聞いたところ、彼らはあの襲撃を乗り越えたあとそのまま復興作業に移っていたらしい。

 外部への応援要請も出し、今はそうして到着した復興支援部隊の第一陣と共に現場の指揮を取っているのだとか。

 最大限こちら側へログインできるようリアルの都合もつけて、ひとまずの目処が立つまではカルカランに残る手筈らしい。

 まったくもって頭が下がるばかりだ。彼らの献身には住民も大いに助けられているようで、話し込んでいるこのときにも行き交う人々から感謝の言葉を贈られてもいた。

 

「すごいですね……素直に尊敬します、本当に」

「そうでもないさ。実際に元凶を仕留めてくれたアンタほどじゃあない」

 

 そうした光景を見て感心していると、ふとアフロさんがそう切り出した。

 サングラス越しでもはっきり分かるほどに、その視線には確信が満ちている。

 私は、よもやバレているものとは思っていなかっただけに知らず目を見張った。

 

「……気づいてたんですか?」

「ウチのメンバーに状況の把握に長けたやつがいてな、上空での戦いはモニタリングしてたんだ。騒ぎの最中は手出しできなかったが、現行犯の証拠を押さえるのにも必要だったからな」

「ということはつまり……」

「ああ、ホシが【歌姫】だってことは断定できてる。議会へは昨日連絡が届いて、即指名手配もされた。……十中八九"監獄"行きだろうな」

「そう……ですか……」

 

 やはり、彼女は指名手配されていたらしい。

 あれだけ大規模な騒ぎを起こせば隠し立てもできないだろうけど、それでも議会の動きは迅速だったということだろう。

 カルディナの議会のことはあまり知らないが、彼らをして今回の事件は重く見ているに違いない。

 

「【歌姫】としての名声も今や悪名へ真っ逆さまって具合らしいな。……中には過去の舞台の記録にプレミアがついて、好事家がこぞって集めだしてもいるらしいが、な」

 

 都市一つがほぼ機能喪失という、被害の規模が規模なだけに【歌姫】の名は忌み名として早くも広く知れ渡り、誰が呼んだか"サイレンの魔女"などと恐れられてもいるらしい。

 迅速な指名手配も、これだけの犯行をしでかした<超級>という超越者が再び猛威を振るわないようにするための措置と考えれば、彼らの対応は決して間違ってはいない。

 あの日カルカランにいた大多数の人々にとって、クジラさんは今や忌まわしき魔女でしかないのだから。

 

 私は、そんな彼らよりも少しだけ彼女と交流が深くて、決して悪いだけの人ではないことを知っているだけだ。

 彼女には彼女なりの大きな理由があったことを私も察してはいるが、だからといって彼女を弾劾する人々の声が間違っているとは口が裂けても言えなかった。

 

「とまぁ、そういうわけで現在復興作業中なわけだ。幸いウチはその手の経験もあるしな、人手が足りないってんで総出で取り掛かってるところさ」

「ええと、リアルに影響しない程度に頑張ってください……?」

 

 HAHAHAと乾いた声をあげるアフロさんは随分とお疲れ気味のようだった。

 サングラスで見えないけれど、なんとなく隈もできているような様子だ。

 ポッポちゃんの方も<エンブリオ>が捜索に最適ということもあって、あちこち引っ張りだこで休む暇も無いらしい。

 事が片付いたらちょーこーきゅーおかしを大人買いするのだと息巻いていた。どうでもいいけど大人買いってやってることは子供だよね。

 

「そういうわけだからよ、ひょっとしたらお前さんの方にも議会側から取り調べがあるかもしれねぇが……」

「取り調べって……どうしてです?」

「そりゃあアンタ、元凶の<超級>を真っ向から食い止めたフリーの<超級>なんて、向こうとしても爆弾だからな。最近は妙な動きも噂されてるし、ひょっとするとひょっとするかもしれねぇぞ」

 

 言われてみれば確かに、<超級>に対抗できるのは同じ<超級>だけという事実上の不文律がある以上、目をつけられるのも当然……なのかな?

 正直、つい最近まで第六形態止まりだった身としては、数少ない<超級>としての実感が薄くて、そうも大袈裟に取り沙汰されることに違和感しか無いのだけど。

 第一私がよく知る<超級>と言えばスターリングさんやフィガロさんくらいで、彼らと私が同格なんてどうしたって思えないのが本音だった。

 

「よくはわからないんですが……偉い人と関わるのは苦手なので、こっそり逃げる……とかは?」

「いいんじゃねぇか? 向こうから要請はあるが、アンタがそれに従う義理は無いしな。流れの<マスター>がなんとかしたなんて話はどこにでもあるしよ。アンタがそう望むなら俺達は口裏合わせるぜ」

「ねーちゃんもう行っちゃうな……?」

 

 アフロさんは理解を示してくれたが、ポッポちゃんは私が街を離れるつもりということを察して上目遣いで見上げてきた。

 ……そんな風にされるとすごく後ろ髪を引かれるからやめてほしいのだけど、とはいえポッポちゃんみたいな小さい子にこうも懐かれると、やっぱり悪い気はしないし強くも言えないわけで。

 私としても非常に心苦しく、また断腸の思いではあるが、今日にでも街を離れる意思を強く表明すると、彼女は散々渋ったが最終的には折れてくれた。

 とはいえそれだけでは何なので、フレンド登録を互いに交わしておく。ほとんどログイン状況を知るだけの機能だけど、登録してるだけでなんとなく心が繋がった気分になれるこれは、旅を始めた今の私にとっては思い出の証のようなものだ。

 アフロさんもポッポちゃんも快く応じてくれて、私としてもとても嬉しい。

 早くも旅の醍醐味を味わえた私がほくほく気分でいると、そこへ新たに呼びかける声が現れた。

 

「む、二人ともどうした? ……知り合いか?」

「おう、ヘルガか。ほれ、こないだ言ってたウチの客で……」

「クジラをぶったおしたすげーねーちゃんな!」

「そうか! 貴方が例の! 先の騒動では助けられたな、感謝す……る……!?」

「?」

 

 二人が親しげに言葉を返すのに私も振り返ると、そこには褐色の肌をした……所謂ダークエルフっぽい容姿の女性がいた。

 物々しい軍服のような衣装に身を包み、軍帽を被った彼女は喜色を浮かべて私の手を取り視線を合わせると、そこでなぜか硬直して目を大きく見開いていた。

 

「あの、なにか……?」

「おじょっ……いえその、すまない。……不躾だが、そのアバターはリアルの……?」

「アバター? ……ああ、特に大きくは変えてませんけども」

「おいヘルガ、会って早々アバターの詮索はマナーに反するんじゃねぇか? アンタも軽々しく答えるもんじゃねぇぜ、用心しな」

「え? ……あ、そっか。そうでしたね、すみません」

 

 そういえばその辺は詮索無用が常識なんだったか。

 リアル云々を考えることが普段無いから失念していたけど、場合によってはリアルの身分がバレることにも繋がりかねないんだったよね。

 ていうかスターリングさんがまさにその都合で着ぐるみ装備なんだったよ。リアルで会ったことあるから忘れてたけど。

 

「ところでその、ヘルガさん? は、大丈夫です……?」

「いや、すまない……本当にすまない。少しその、個人的な事情で驚いたというかなんというか……大変失礼をした。本当に申し訳ない!」

「そ、そんな頭を下げられることでもないんで! 気にしてませんから!」

 

 ひとしきり百面相を繰り広げたあと、真っ赤になって頭を下げたヘルガさんに慌てて首を振る。

 彼女が以前二人が店で言っていた<ケルベロス>三頭目最後の一人、ごくちょーさんなのだろう。

 しかしそんな彼女の今の様子は二人にとっても意外だったのか、キョトンと目を丸くしていた。

 

「……ヘルガ、お前疲れてんのか? 無理せず休めよ? なんだったらリアルのほうで寝てきてもいいんだぜ?」

「いや、本当にすまない。恥ずかしいところを見せてしまった。今のことはどうか忘れてくれ、頼む!」

「別にいいけどよ……」

「へんなごくちょーなー?」

 

 見た目の印象的に厳格な人物っぽいことは察せられるのだが、見せた一連の様子が様子なので、私の中でのヘルガさんはすっかり変な人として印象付けられてしまった。

 咳き込みして取り繕う彼女を微笑ましくも思いながら、改めて感謝を述べるのに私も同じく感謝の言葉を返す。

 

「改めて……先の騒動では助けられた。貴殿が上空の白鯨と交戦し打ち勝ってくれたことは、部下の観測で把握している。勝手ながら記録映像は物的証拠として議会へ提出させてもらったが……貴方のおかげで最悪の事態は免れた。クランを代表して、また住民に代わって御礼申し上げる」

「こちらこそ、<ケルベロス>の皆さんが避難を指揮してくれたおかげで専念できましたから……お互い様かと」

「で、あれば我々も奮戦した甲斐があったというものだ」

 

 ヘルガさんは笑みを浮かべて私を見上げ……かと思ったら視線を合わせきれずに泳がしているが、ひょっとして印象に反して人見知りなのだろうか?

 だとすれば言及するのも酷だろうなので、見ないふりをして感謝を受け取ることにする。

 

「議会からも是非一度会って話がしたいと要望が来ているが……」

「すみません、そういうものとは縁が遠く、苦手でして……」

「成程、了解した。……ということは街を離れるおつもりで?」

「はい、今日にでも」

「承知した。であれば議会へは上手く言っておこう。何、彼らも<マスター>の事情には明るいからな、そう気にすることでもない」

 

 随分と頼もしい言葉だった。何分そういった交渉事とは無縁なものだから、代わりに彼女が説明してくれるならこちらにとっても都合がいい。

 私としてはあくまでも身一つで諸国を巡るつもりなので、あまり大袈裟なことにはしたくないのだ。

 ……あれだけ派手に戦っておいて何を今更って感じだけど、あれは不可抗力だからノーカンだ、ノーカン。

 

「街の方は大丈夫なんでしょうか? 被害を抑える余裕が無かったですから……」

「建造物はどうとでもなる……だが政治中枢はダメだな、要人の殆どが亡き者となり、都市を治められる人間がカ皆無だ。おそらくは議会の直轄になるか、そうでなくとも議会指導の下で根本的に再構築する必要があるだろう。他都市を頼って離れる住民のことも考えれば、以前までの規模に立ち戻ることは不可能に近い。……最早"芸術都市"としては死んだも同然と言えるな」

「そんな……」

 

 想像してた以上に重い実情に、言葉を失う。

 平和な日本育ちには到底分かり得ない、拠り所を失うという絶望に晒されたティアンを想うと、何を言っても言葉が軽く思えて、ただ口を噤むしかなかった。

 そんな私の反応を悟って、ヘルガさんは慰めるように微笑を浮かべて言う。

 

「貴方はよくやってくれた。貴方がいなければ街どころか人命さえも砂漠の砂と消えていたのだから、感謝こそすれ咎めることはできまいよ。それに言ってはなんだが、古来より過酷な砂漠に住まうカルディナ民は皆逞しい。貴方が悲観する以上に、彼らは上手くやっていくだろう。その旅路を激励はしても、憐れむ必要はない」

「ちなみにいまクエストてんこ盛りでちょーおーいそがしな! ごえーやぶっしちょーたつでてんてこまいなー!」

「転んでも商機だけは手放さないのがこの国の美点でもあり欠点でもあるからな。まぁそういうことだ、お前さんはよくやった。胸を張りな!」

 

 力強くそう語る彼らの表情には、意地や強がりはあっても虚勢は全く無かった。

 この世界では殆どを王国で暮らしていた私には知り得ない、砂漠の民への信頼がそこにはある。

 そんな彼らの言葉に私も励まされて、後悔に暮れていた心中にはいつの間にか光が差していた。

 

「そう、ですね……すみません、侮辱でしたよね」

「まぁその分悪徳に偏る輩が多いのもまた事実だが。実際今も火事場泥棒の類が絶えん」

「つーか芸術に傾倒しすぎてたツケが噴出した面もあるしな」

「ぶっちゃけじごーじとくてきな?」

 

 まぁしっかりオチもつけられたけれど。

 賞金稼ぎとして裏社会に接することも多い彼ら<ケルベロス>には、そうした気苦労も多いらしい。

 私は聞こえなかったフリをして、苦笑いするだけに留めた。

 

「っと……あまり長話もしてられんな。すまない、まだ仕事が立て込んでいるのでな。惜しくはあるがそろそろ失礼させてもらう」

「あ、そうですね。すみません引き止めちゃって。……その、頑張ってください!」

 

 通信用と思しきマジックアイテムを取り出しそう言った彼女へ、月並みではあるがエールを贈る。

 この街から離れる私に出来ることはもう何も無いが、彼らへの敬意と信頼だけは本物のつもりだ。

 いっそ薄情ですらある私の言葉だが、彼らは笑みを浮かべて頷いた。

 

「街の英雄にそう言ってもらえたなら心強いな。貴方も良い旅路を」

「達者でな。またウチのモンを見かけることがあったなら、是非寄ってってくれよ」

「ぜったいまたあうなー!」

「はい、必ず」

 

 最後に深々と頭を下げて、彼らと別れた。

 復興作業に忙しなく行き交う人々の間を遡って、崩れた外壁の大門へ出る。

 訪れたときには来訪を歓迎してくれた衛兵の姿が無いことに一抹の寂しさを覚えながら、街からしばらく離れた砂漠の中でカトリ様を離した。

 

「たった数日で変化の続く滞在だったが」

「ええ、いろいろあったけれど、旅を始めてよかったと心から思います」

 

 白蛇から赤い魔鳥へと姿を変え翼を広げるカトリ様に頷く。

 あの夜の事件には、かつての【グローリア】による旧ルニングス公爵領の惨劇を思い起こして複雑な気持ちがあり、今もそれは変わらないけれど。

 それでも人は逞しく生きていくのだとその姿に勇気を貰えた気がして、決して悲しいことばかりの数日ではなかった。

 この広い世界を生で見てみたいという思いも含んでの旅だけれど、早くもその意義の一部を達成できて、私の中の世界観は僅かに、しかし確実に広がっていることを強く感じる。

 

「さて、まだカルディナを出るには早かろう。河岸を変え、別の都市へ向かうとしようぞ。余もカルディナ固有のモンスターを味わい尽くせておらぬ故な」

「さすがに今回みたいな騒ぎはもう勘弁ですけどね。……ところで空を飛ぶのはもう大丈夫です?」

「あの一夜でもう慣れた。さぁ乗れ、日が沈む前に次の都市へ向かうぞ」

「はい。よろしくお願いしますね、カトリ様」

 

 身を屈めたカトリ様の背に乗り、【ベレロープ】の手綱を取る。

 <超級エンブリオ>になって、まるでジャンボジェットのような大きさだけれど、【ベレロープ】さえあれば振り落とされることはない。

 【オーバードーズ】と並んで頼りにしている【ベレロープ】が結ばれたことを確認して、カトリ様は大きく羽ばたいた。

 景色はあっという間に切り替わり、遥か上空から果てしない砂漠の地平線を望む。

 そして小さくなっていくカルカランを最後にもう一度振り返って、私は"芸術都市"カルカランに別れを告げた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■"監獄"

 

 地球時間で七ニ時間後、<Infinite Dendrogram>では九日も経った頃。

 入須いさなは再び<Infinite Dendrogram>へログインし、見知らぬ土地へ降り立った。

 そこは舗装されていない剥き出しの土の道と、うら寂しい木造建築が立ち並ぶ荒涼の街。

 大陸の人々に地獄のように語られる"監獄"は、一見して西部劇の舞台のような景観で彼女を出迎えた。

 

「わたしも噂の"監獄"送りねぇ……」

「しでかしたことのツケにしては随分と温いもんだ」

 

 のんびりとした口調でそう呟くクジラに、低い声の少年が皮肉げに返す。

 【歌姫】クジラと、その<超級エンブリオ>【千篇万歌 バテン・カイトス】が、何処とも知れぬ"監獄"で再び出会った。

 その事実を咎めるように、バテン・カイトスの方は敢えて憎まれ口を叩いて言葉を続ける。

 

「てっきりもう会うことは無いものと思っていたんだがな。世話の焼けるマスターから解放されて清々したと思いきや、また逆戻りだ。まったくお前も暇なことだ。少しは前向きになれたものと思っていたが、性懲りも無くこんな世界へ戻ってくるんだからな!」

 

 アポストルらしからぬ反発を口にし、再会を拒むように悪態をつくバテン・カイトス。

 その彼の真意をクジラは悟って、言葉で返すのではなくただそっと抱き締めて応えた。

 

「……なんだ、まだ俺が必要なのか? 散々甘えてきて、まだ足りないのか?」

「いいえ、()()()

()()()()……」

 

 少年を抱き締める力を強くして、クジラは初めて正気で彼を見た。

 彼の声に想い人の面影を見るのではなく、彼の姿に生まれてくるはずだった愛し子を重ねるのでもない。

 一組の<マスター>と<エンブリオ>として、ただ真っ直ぐに互いを直視する。

 

()()()()()()()()()

「……ふんっ。少しはマシな顔になったな、()()()()。もう目は覚めたか?」

「そうね。思いっきり歌って、思いっきり喧嘩したら、なんだかすっきりしちゃったかも」

「たかが癇癪一つを晴らすのに傍迷惑なことだ。これだから我がマスターは! ……やはりまだまだ、一人にするには不安が尽きん」

「うふふ、そうね。わたしもカイトがいなければ困っちゃうわ。だってわたしの<エンブリオ(マネージャー)>ですものね?」

 

 そっぽを向くバテン・カイトスに、吹っ切れた表情で微笑むクジラ。

 彼の耳は紅く染まり、彼女の声音には穏やかさが満ちる。

 あの一夜までに渦巻いていた狂気は鳴りを潜め、雨上がりの空模様のように、光差す晴れやかさがそこにはあった。

 

「で、だ」

「なぁにカイト?」

「こじれ続けていた歪な関係を抱擁一つで有耶無耶にしようというお前の媚はいいとして」

「あぁん、媚だなんてひどい」

()()はどうする? なんかすっごい勢いでこっち来てるんだが」

「まぁ、おっきい……なにかしら、アレ」

「なんだろうなぁ……碌でもない予感だけはするんだけどなぁ!!」

 

 二人だけの空間に見ないふりをしていたバテン・カイトスだったが、いい加減素面に戻って現実を再度見直す。

 最初に荒涼の街と言ったのは間違いではないが、それは単純に寂れているというだけではなく……現在進行系で瓦礫の山へと変えられゴーストタウンと化しつつある光景からの逃避だった。

 

『私の前でいちゃついてんじゃないわよォォォおおおおお!!!!!』

 

 具体的には何かって?

 悲哀に満ちた絶叫を発しながら街を踏み潰す()だよ。

 全長一キロメテルにも届く巨大な足がずしんずしんとクレーターを作りながら、今まさに傍目にはいちゃついているように見えた男女の二人組(クジラとバテン・カイトス)を目の敵にして、街並み諸共踏み潰さんと迫り来る途中であった。

 

『私はフィガロと会えないのにィィィいいいいいいいいい!!!』

「あら、悲しい音色。愛しい人と会えない恋煩いね。……遠距離恋愛かしら?」

「俺、正直女難はもう勘弁だ……!」

 

 そしていつの間にか逃げ延びてきた"監獄"住民の<マスター>が、新顔の二人にかけなしの良心から声をかけた。

 

「あんたニュービーだな!? 多分もうデスペナ不可避だろうけど最期に言っとくぜ!? ハンニャさんの前でいちゃつくんじゃないぜ、死にたくなかったらな!!」

「まぁ……」

「ヤバイからオイラは逃げるぜ、あばよ! また三日後になぁああああああああああああああ!!!!」

 

 言うだけ言って全速力で逃げ去っていった見知らぬ<マスター>。律儀な漢であった。

 そして足は最早目前に迫り、届くはずのない視界から確かな殺意の宿った視線が突き刺さり――

 

「ドリルぅ!?」

 

 二人の目の前で()がドリルに変形した。

 バテン・カイトス、ビビる。

 

『……あっ。ハンニャ様、彼らはカップルでは――』

『死ねェェェェええええええええええええええええええええ!!!!』

『ごめんなさい間に合いませんでした!!』

 

 何かに気づいた様子で別の声が響くが、続く主の殺意に制止は間に合わないと先に詫びる従者の声。

 大きく振り上げられた足は、頂点から二人を踏み潰さんと一旦静止して。

 

「そうねぇ……まずは一曲、いかがかしら?」

 

 やんわりと笑んだクジラの紡ぐ歌声に、そのまま止まった。

 昂ぶる精神を和らげる【鎮静】の歌が、【歌姫】の力によって遥か上空の主にまで届く。

 

『ハンニャ様、彼らはカップルではありません。<マスター>と<エンブリオ>の主従のようです』

『……………………そうなの?』

『はい。ですので一度ご再考が必要かと』

 

 精神に作用する【鎮静】効果がプレイヤー保護機能によって動作の強制停止に留まった隙に、先程引き留めようとした声が再び説得を開始した。

 そして先程までの荒ぶる声とは一転した穏やかな声が響く。

 

『……貴方達はカップル?』

「どちらかと言えば親子?」

「もうやめてくれ、俺が何をしたって言うんだ……」

 

 どこかズレたクジラの返答と、疲れ切ったバテン・カイトスの泣き言。

 その反応にしばしの間を置いて足は消失し、次いで空から一人の女性が降りて――もとい落ちてきた。

 小さなクレーターを作って着地した人物は、さっきまでの声の主とは思えない落ち着いた様子の大人の女性。

 その傍らには、どこかバテン・カイトスと似た雰囲気の美少年を伴っていた。

 

「ごめんなさいね、てっきりカップルかと思って。……見ない顔ね、ひょっとして新しい住人かしら?」

「ついさっきここへ来たばかりなのよ。外で迷惑をかけちゃって」

「あらそう……まぁ私も含め、ここの住人は皆そうらしいけどね」

 

 さっきまでの大騒動をまるで気にした様子も無く、場違いなほどのんびりと談笑する二人を、逃げ惑っていた<マスター>達は畏怖の視線で見守っていた。

 

「自己紹介が遅れたわね。私はハンニャって言うのよ、よろしくね」

「ぼくはサンダルフォンと申します。先程は失礼しました」

「まぁ、ご丁寧に。わたしはクジラと申します。今日からよろしくお願いするわね、先輩」

「バテン・カイトスだ」

 

 バテン・カイトスは「よろしくしたくねぇなぁ」という内心を努めて隠した。

 和やかな雰囲気で自己紹介を交わした二組だが、やがてハンニャの方から詫びとして案内を提案される。

 良くも悪くも周囲を気にしないクジラは、いつものマイペースで快くそれを了承した。

 早くも親しげに談笑しながら去っていく二組を見送って、野次馬と化していた<マスター>達は、その背中が見えなくなってから重く長い溜息をついた。

 

 ――逆らってはいけない<マスター>が増えた、と。

 

 事実その予感は的中し、クジラは"監獄"を支配する超越者の一人として、"監獄"の<マスター>達から畏怖されることとなる。

 そして後に悪名高き【犯罪王】が(本人の意図はともかくとして)君臨してからは、彼の営む店で時折歌を披露する姿が見受けられたという。

 

 

 ――――"監獄"は今日も平和です。

 

 

 To be Next Episode

 




これにて本エピソードは完結です!
最終話が大幅に遅れ、大変申し訳ありませんでした。

一度リメイクを挟みましたが、なんとかエピソードを完結させられてほっと一息です。
当初のプロットからは大きく外れましたが、なんとか見れる内容にはなったかと思いたいですね。
オリジナルストーリーは大変でしたが、その分書いててとても楽しかったです!

いろいろと語りたいことはあるのですが、後書きだと長文になりすぎるので自重します。
その分感想返しとかでぶっちゃけることが多くなりそうですが……活動報告であれこれ語る需要なんて無いですよねぇ。

ともあれ、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
私はこれからメタルマックスゼノとかTRPGのセッションとかがありますので、しばらくおとなしくなるかもしれませんが、それでもまだまだ執筆したい欲はありまくりです。
ひょこっと拙作や別作、あるいは同じデンドロで新作を書くかもしれませんが、そのときは生暖かい目で見守ってやってください。

改めて、ありがとうございました!
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