我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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新章開始です。今回は天地編。


Episode Superior Ⅱ Ivan the Terrible
【修羅】――前日譚


 ■修羅

 

 

 戦乱渦巻く合戦場。大陸と海を挟んだ極東の島国、天地。

 群雄割拠する武将達が覇を争い、幾百年もの古から血に塗れてきたこの大地は、混迷を極めた"三強時代"をして『極東の不可侵無法地帯』と云わしめ、長く魔境の名を恣にしていた。

 <マスター>が多く到来してからもその気質は何ら変わることなく、常にどこかで戦闘系超級職の奪い合い、命懸けの野試合が繰り広げられている。

 即ち()()()()()()を徹頭徹尾貫く修羅の国。それが天地。

 

 ――故に今宵繰り広げられる血戦もまた、この国においては日常に他ならなかった。

 

「…………」

 

 天地西部、黄河帝国との<境界>にほど近い山中に一人の老人があった。

 人里離れた森に庵を結び、他者と隔絶された孤独な暮らしを営み、一つだけ設けた質素な窯で器を素焼き、ごく偶にそれを売り払って金銭を得ているような見窄らしい老体だった。

 

 当然、彼を訪うような者もいない。

 だからこそ、彼の素性を知る者もほとんどいない。

 

 だが、武芸に通じた者が一目見たなら、すぐに彼の異常性を悟っただろう。

 一見して世捨て人の如き職人崩れ。しかしその実眼光は、鬼か妖かと見紛うほどに剣呑そのもの。

 

「――当代【修羅】、狂座殿とお見受けします」

「随分と、懐かしい名で呼ぶものだ……」

 

 じりり、と砂利を踏み締め誰何する声が響いた。

 長く麓とも交流を絶ち、ここに庵を結んでからは初めて己の業を呼ぶ客人に、彼――狂座は億劫そうにしわがれ声を発した。

 

 来客は、狂座老人とは対照的に若々しい、紅顔の美童だった。

 瑞々しい肌は生気に溢れ、声は静謐なれど年若く、色気がある。

 しかし唯一異彩を放っていたのは、身の丈とは不釣り合いなまでに巨大な西洋剣だろう。

 リアルでいう日本の刀槍を主流とする天地においてそれは異端でしかなく、それを背負う美童の手に浮かぶ紋章を見て、狂座は彼の素性を悟った。

 

「<マスター>か」

「【剣鬼】の狂獄と申します。貴方の命を戴きに参上しました」

 

 殺意を告げられた老人は、まるで驚く様子も見せなかった。

 それが至極当然のことであるかのように、泰然自若としたまま得心すらしてみせる。

 

「――儂の座が望みか」

「はい。今宵貴方の命を殺り、僕が新たな【修羅】となる」

 

 【剣鬼】とは、【武者】から派生する死狂い共の掲げる(ジョブ)であり。

 【修羅】とは、それら血腥い求道者の頂点に立つ超級職の名であった。

 

 ――即ちこれは、王位簒奪の布告に他ならない。

 

「…………」

「…………」

 

 それ以上の理由も疑問も両者には無かった。

 最低限の言葉を交わしたあとは、命刈り取る剣戟で魂を交わした。

 

 老人――狂座は《瞬間装備》で呼び寄せた愛刀を抜き放って小手を払った。

 美童――狂獄は初めから背負っていた大剣を振り下ろし、唐竹に割ろうとした。

 

 狂座の居合は音の壁を超えていた。

 狂獄が有するAGIよりも数段上の速度領域は容易く刃を届かせ、狙い過たず血肉を裂く。

 噴き上がる鮮血。しかし痛みに怯む様子も無く、構わず大剣が振り下ろされる。

 狂獄の<エンブリオ>であるその剣は、TYPE:アームズの特性で体感的な重量に縛られることなくもう片方の腕で振るわれ、嵐のような剣戟を見舞った。

 

 その尽くを狂座は交わし、老体が嘘のように八艘に飛ぶ。

 粗末な庵は瞬く間に崩れ去ったが頓着もしない。ただ身を置いた死地のみを意識に置き、知覚は尋常を越えて説明不能の理にて戦場を視渡す。

 

「…………」

「…………」

 

 崩れ行く庵の瓦礫から、槍を突き込む第三者があった。

 狂座の背後から放たれたそれをひらりと躱し、下手人の背後を取る。

 再び抜き放たれた居合は逆袈裟に槍手を割断し、ずるりとその上体を滑らせた。

 溢れる臓物。溢れる鮮血。いっそ冗談のように生々しい断面を覗かせ返り血を浴びた狂座は、ここでようやく目覚めたように双眸を爛々と輝かせた。

 

 だらりと垂れ下げた二刀流の構え。

 猫のように背を曲げ、足腰を屈めた姿勢は、刀を爪と見立てればまさしく獣の如く。

 幾十年もの年月を血風に明け暮れた【修羅】の当代が見せるその構えこそが、彼にとっての必勝必殺のそれであった。

 

 対する狂獄は、幾人もの配下を従えていた。

 最初に相対したときには隠していた麾下の死狂い共、その数三〇。

 内一人は先程殺られ、残るはニ九。いずれも狂獄とジョブを同じくする【剣鬼】である。

 彼らは皆一様に、狂座の掲げる【修羅】を狙った刺客であった。

 

「血が沸き立つような殺意。魂が震えるような血風。まさに若返るようだ。こうも直截的にこの身を狙われたのは、三十年は無かった」

「貴方の伝説は聞いています。【修羅】の座に就いてより幾星霜、無数の屍山血河を築き上げた貴方は、強すぎるが故にやがて排斥された。()()()()()。いつか天寿が貴方を攫うまで、その座は捨て置かれた」

「如何にも。つまらぬ仕置となったものだ。故に儂は俗世を離れ、このような場所に隠居した。粗末な庵を結び、【陶芸家】の真似事などをして、長らく死とは無縁でいた。……しかしどうだ、いよいよ天命も近づき、よもや畳の上で往生するのかと嘆いておったところに、これほどの猛者が現れてくれようとは」

 

 狂座は打って変わって饒舌になっていた。

 久しく嗅いでいなかった死の香りに血色を取り戻し、随分と見ていなかった己の座を狙う挑戦者に、頗る上機嫌となっていた。

 元よりこうして殺し殺されを望み、逢瀬(死合)を重ねる内に【修羅】へ成り果てていた彼にとって、今の状況が天上の楽土以外の何物でもなかった。

 つまらぬ最期を迎える前にこうして剣を交わしてくれる彼に、親愛の情すら抱いていたのだ。

 それは、剣に全てを懸けて死狂った彼にとっては、如何なる関係よりも強固な絆だった。

 

「先に断っておけば、僕は<マスター>です。仮にここで貴方に敗北しても、三日も経てば再び貴方の前に現れる。【修羅】の座を頂くまで、何度でも。故に、これから貴方に安息は無い。何度でも、何度でも、僕は貴方の命を付け狙う」

 

 狂獄は淡々とそう宣告した。

 それは常人にとってはあまりに理不尽な言葉だった。

 しかし彼はそれら一切を斟酌することなく、我欲のためにそれを貫くことを宣言した。

 

「僕と貴方の命は公平ではない。それを先に断っておきます。――理不尽だと思われますか?」

「いいや。――そういうこともあるだろう」

 

 狂座もまた淡々と、なんでもないように答えた。

 そこで狂獄は初めて、澄ました顔を崩して笑みを浮かべた。

 今この夜に浮かぶ三日月のような、冷たくも獰猛な笑顔を見せた。

 

()()()()。ならば是が非でも、今宵貴方の命を頂きたいというもの」

「年甲斐も無く血沸くというものよ。……しかし(わっぱ)、些か不勉強なようだな」

 

 互いに相好を崩し、心を通わせたのも束の間。狂座が好々爺のようにそう諭す。

 狂獄がその言葉の答えを探るよりも前に、彼は再び音を越えて跳ねた。

 

「――(【修羅】)を前に数を恃みとするとは、獣に肉を充てがうが如き愚行よ」

 

 その一言を発する間に、一息に五人の首が刎ねられた。

 血飛沫を浴びて老体はより精彩を増し、意気揚々と殺意を漲らせる。

 そしてそれは、錯覚でもなんでもなく、確かな現象として作用していた。

 

 【修羅】の奥義が一つ、《血祭》

 戦闘中に敵を仕留めるごとに、全ステータスを向上させるパッシブスキル。

 【修羅】の前では有象無象など贄でしかなく、長い天地の歴史では合戦場に現れた【修羅】が多勢に無勢をただ一人で制し、追随を許さぬ戦果を成し遂げた例が枚挙に暇がない。

 即ち多対一こそが【修羅】の本領であり、単独で屍山血河を築くからこその【修羅】とも言えた。

 

 狂獄は己の失策を素直に認めた。

 だが、恥でもなければ損失でもない。彼らは皆己の意思でこの場に参じた者達であり、彼自身としては単独でも何ら問題ではなかった。というよりは、元来はそのつもりでいた。

 しかし今ここにはいない彼の相棒が過保護と打算を発揮し、無理を言って同行させた向きがあった。そして配下達は元より【修羅】という目的を同じくした同志であるが故に、狂獄の当初の目論見は寧ろ抜け駆けでしかない。

 

 狂獄以下の一同は、目的が目的である故に必殺と必勝を期してこの場に臨んだ。

 例え悲願叶わず果てたとしても悔いなど無かった。死地の痛みも恐れも、何の足枷でもなかった。そうした人種でなければ、誰が【剣鬼】の道を征くものかとも言えたが。

 

 しかしその彼らが、今確かに恐怖していた。

 命知らずにして恐れ知らずの【剣鬼】。その上で相棒が施した特別な処置により、一層人間らしい情動を喪っているはずの死狂い共が、一人の老人を相手に意志を挫かれかけている。

 

 【修羅】の第二奥義、《修羅の貫目》。

 その効果は単純にして明快。殺意で敵を呑み【恐怖】させるデバフスキル。

 数多くある状態異常の中で【恐怖】の価値は様々に分かれる。

 常人にとってはそれだけでショック死もあり得るプレッシャーながら、熟練した戦士にとっては足止めにすらならないことも多い。

 その効果も一定せず、耐性が無くとも勇気を振り絞れば振り払うことができることもある一方で、素質の無い者にとっては拭い難い壁として聳え立つこともある感情。

 

 しかし【修羅】の放つプレッシャーは、それらとは次元が異なる。

 死を隣人とする戦闘職、その中でも日夜内乱に明け暮れる天地の住人――その修羅の国をして【修羅】と云わしめる化外が放つそれは、 如何なる猛者であれ完全な耐性を持たない限りは【恐怖】に呑まれる。

 その程度に大小の差はあれ、決して万全のパフォーマンスは望めない。狂獄もまた例外ではなく軽度の【恐怖】状態に陥り、配下に至っては行動不能に陥る者も少なくなかった。

 

 そして【修羅】が有する最後の奥義、《修羅場》。

 戦闘経過時間に比例して全ステータスを上昇させるパッシブスキル。

 

 以上三種。いずれも格下が舞台に上がることを許さず、弁えねば尽く糧と成り果てるスキルのみ。

 この特性こそが、戦場において初撃決殺を期さねば()()()()()()()()と恐れられる、【修羅】の修羅たる所以であった。

 

 呼吸を一つ二つ重ねる間に次々と配下を斬り伏せた狂座は、最早同じ戦闘系超級職に就いた<マスター>であっても、生半可な技量では太刀打ち出来ぬほどに()()()()()いた。

 長年の研鑽により主要スキルの尽くを極め、ジョブによらない技量もまた極意に達した彼は、狂獄にとっても間違いなく過去最大の脅威であった。

 否、一人だけ並び立ち得る好敵手の姿も思い浮かんだが、いずれにせよ今までにない難敵であることには間違いがない。

 

 戦場は、いつしか狂獄と狂座、二人だけの決闘空間と化していた。

 各々の打算で以て参じていた配下の生き残り達は、舞台を降りて趨勢を見守っている。

 【剣鬼】らしからぬ臆病と哂う者は誰もいない。舞台を降りた彼らは皆同じ穴の貉であったし、表舞台に立つ二人はそのような些事を気に掛けるような余裕を持ち合わせていなかった。

 

 【修羅】狂座もまた、己の前に立つ美童が過去最大の強敵であることを認めていた。

 隠遁生活でそれとなく届いていた<マスター>の噂。<エンブリオ>なる超常の力を宿した彼ら異邦人は、ティアンを軽々と超越する人種であると聞いていた。

 しかし、そうして前情報を抜きにしても、狂座は彼を認めていた。<エンブリオ>が無くとも、その気概は【修羅】の座を求めるに相応しい器であると確信できた。

 

(素質は間違いなく童が上であろう。いずれ儂を超えうる天稟であることは間違いない……が、()()()()()()()()

 

 だけど悲しいかな、彼には決定的に足りないものがあった。

 それは()()。生涯を【修羅】に捧げた狂座にあって、未だ年若い狂獄に無いもの。

 もし経験を同じくしていたなら、狂座は彼の足元にも及ばなかっただろう。しかし現実はそうではなく、素質において天と地ほどの差がある<マスター>とティアンという関係にあって尚、狂座は狂獄よりも格上であった。

 

 それは過たず狂獄も理解している。だからこそ、いっそ見苦しいまでの宣言を先に述べもしたのだ。

 だが狂座は、それを福音と捉えていた。たとえこの場で彼を撃退しても、彼は宣言通り必ず己の前に立ってくれる。

 そして今のような逢瀬を重ねる内、いつか彼が勝利する時がくる。そうして()を繋げられたなら、【修羅】に全てを捧げた狂座にとって、それに勝る幸福は無い。

 

(【修羅】の末期にしては出来すぎたものだ。儂に孫子(まごこ)がおれば、このような心地であったのだろうか……)

 

 狂座は全霊で狂獄を撃退し、返り討ちにし続けることを決意した。

 いつか終わりを迎えるそのときまで、死合を通じて彼に接し、【修羅】の全てを魅せようと覚悟した。

 不老不死にして不滅の存在たる<マスター>。その彼へと【修羅】の座を明け渡すもまた一興と笑い、必殺を示した。

 

 無論、それは手加減をするということではない。

 寧ろ一等苛烈に彼を斬り刻み、その意志を問う心づもりでいた。

 年若い彼を孫のように想うにしては、あまりに血腥い。しかし、だからこその【修羅】。

 

 それ以上の言葉を二人は交わさなかった。

 改めて全てを剣戟に、ただ命の取り交わしを求めて駆けた。

 一歩で音を超え、二歩で地を縮め、三歩で命を絶つ間合いに達した狂座は、二刀の切っ先を狂獄の急所に突き入れ、油断無く容赦無く躊躇無く、死を齎そうとして……。

 

「――――《■■■■》」

「…………おぉ」

 

 尚も彼の器を見誤っていたことを悟り、歓喜の内に敗北を認めた。

 

(人を、斬り……獣を斬り、妖を斬り――<UBM>も少なからず斬ってきたが――)

 

 末期の眼に映る異形を捉え、その姿を余さず心魂に焼き付けようと、猫のように凝視しながら走馬灯に思いを馳せ――

 

 

(――()()()()()()()()()()()に斬られて果てるとは、まこと浮世は面白きものよ)

 

 

 その言葉が、【修羅】最期の意思となって刃の露と消えた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「――対魔(つしま)さん。こちらは終わりましたよ。今から戻ります」

『おう、お疲れさん。どうだった? 随分と上機嫌じゃねぇか』

 

 血戦を終え、狂獄はアイテムボックスから通信用マジックアイテムを取り出して連絡した。

 やや間を置いて通話先から上機嫌な女の声が届き、からかうような声音で具合を問う。

 その言葉を受けて彼は、初めて気づいたように己を振り返り、首肯して同意を示す。

 

「そうですね、素晴らしい御仁でした。これほどの充足は滅多に無いでしょう。言葉では……とても伝えきれないのですが」

『かといって(おれ)がいたんじゃあ足手纏いだからなァ。まぁいいや、事の仔細は()()に訊くとでもするさ。ちゃんと確保してくれたんだろ?』

「ええ、遺体は回収しておきましたよ。死んだメンバーの皆さんも同様に」

 

 小箱のようなアイテムを手遊びしながら狂獄は答えた。

 自ら斬り伏せた狂座の亡骸が収まった棺――彼は【修羅】らしくそのためのアイテムボックスを持ち合わせていなかったので、狂獄が予備に彼の遺体を収めていた。

 そして彼だけではなく、彼との戦いで死んだ十数人の配下の遺体も同様にアイテムボックスに回収し、彼らの装備も同様に纏めていた。

 

『吾はてっきり、【修羅】の爺さんは弔いでもするのかと思ったんだがね』

「いえ……死ねばただの肉ですから。あの人もそのようなことに頓着するような性質(タチ)でもないでしょう。精々有効活用させてもらいますよ。彼もきっと許してくれるでしょう」

『ふぅん……ま、いいさ。それも男の世界ってやつだろうしな。吾としちゃァ元超級職の遺体が手に入るなら、それに越したことは無ェ』

「とはいえ元ですよ? 生きたままならともかく、亡骸ではリソースも消えて、大したアテにはならないと思いますが」

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まァ単なる験担ぎとでも思って持ち帰ってくれよ。――あァ、得物は忘れず頼むぜ? あれはちゃんと打ち直すんだからさ』

「それは当然。ですが【数打物】ばかりですからね。早々に死にましたし、どれほど経験値(リソース)を積めたやら……」

『そこは吾の腕の見せどころさ、旦那が気にするこたァないさ。それじゃ、無事帰ってきなよ』

「お気遣いありがとうございます。それでは、また後程」

 

 通信を切り、狂獄が大剣を背負い直す。

 死体も得物も回収し終え、崩れた庵と染み付いた血痕だけが死闘を物語る廃墟を後にして、彼は下山を始めた。

 その後を生き残った配下達がついていく。その彼らを振り返り、狂獄は何気ないように尋ねた。

 

「ああ、そうだ。ここで僕を仕留めておきたいという方はいますか? 【修羅】の座が空いた以上、これが最後の機会ですからね。今なら正々堂々、受けて立ちますよ?」

「…………イエ」

 

 それは、狂獄から彼ら【剣鬼】達への気遣いだった。

 この機会を逃せば、間もなく彼は【修羅】の座へ就き、<マスター>である以上その座は永久に空くことはなくなるだろう。

 それは、定命のティアンである彼らにとって、己が道を塞がれるに等しい宣告だった。

 仮にここで狂獄を仕留められたなら、三日の猶予の内に【修羅】となり逃げ果せることも出来なくもないだろう。

 しかしそれは終わりなき逃避行の始まりでもある。当然ながら、狂獄もまた諦めなどせず、逃げる某かを追い続けるだろうから。

 

 彼らティアンからすれば意地の悪い問いである。

 狂獄にとってそのつもりはなくとも、事実としてそうでしかない。

 しかし彼らは、先刻まで抱いていたはずの野心をおくびにも出さず観念を示した。

 

 彼らは最早、心を折られていた。

 長きに渡り無敗を誇った歴代最強の【修羅】を降した童子に、心から屈服したのだ。

 

「変ワリナク、オ傍ニ置イテイタダケレバ」

「そうですか。それなら今後ともよろしくお願いしますね」

 

 狂獄は再び前を向いて、悠々と歩を進めた。

 その背を追う彼らの心中には、畏怖しか無い。

 

 

 新たなる【修羅】が率いる一団の名は<悪鬼夜行>。

 彼はその二大頭目の片割れ。武を司る"妖甲悪鬼"狂獄。

 天地に生まれた新たな<超級>が、永世の【修羅】となった。

 

 

 ――日を同じくして西方より獣の神が訪れたのは、全くの偶然である。

 

 

 To be continued

 

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