今年もよろしくお願い致します。
□【獣神】マグロ
「大変なご厚意、ありがとうございます。まぐろさま」
「いえいえ、こちらとしても有益な取引でしたから。お気になさらず」
思いがけないニエさんの取引材料に面食らいながらも、私は彼女との取引を終えた。
彼女が提示した素材の数々は、まだ私達の知らないモンスターのものが山ほどあり、カトリ様がいつになく好感触を示したのもあって丸ごとその場で買い上げ、多額のリルをニエさんへ支払うことになった。
相場はわからないから、ひとまずニエさんが暫く金銭で困ることのないよう、ある程度常識的な金額をニエさんに支払い、足りない分をニエさんの要請に応じてその都度私が工面する、という風に相成った。
……うん、つまりしばらく行動を共にするということだね。
っていうのも仕方ないよ、だってニエさんを一人にしてたら絶対路頭に迷いそうだったんだから。
なにせ今の今までリルに触れたことがないっていう生粋の箱入りだし、なまじ戦闘力はあるから放置しておくのも怖いし。
何より見て見ぬ振りをするにはあまりに頼りないというか、世間知らずというか、そんな人柄だから放っておくにおけなかったのだ。
カルディナでクジラさんと関わったときもそうだったけど、つくづく私はこの手の人物と縁があるらしい。
ニエさんの場合カイトさんのような保護者役がいないという点で些か難儀なのだが、そこはもう旅は道連れというやつで大目に見ることにした。
幸い彼女の力量は本物で、入場する前に一度お手並みを拝見させてもらったところ……私の目には何が起こったのかわからないまま、ずんばらりと斬り捨てられたモンスターを目撃することとなった。
曰く《剣速徹し》なる防御無視斬撃らしいけど、それ以前に素の力量が常人とは隔絶しているとのカトリ様のお墨付きで、少なくとも天地を旅する上では何ら不足無しとの評価だった。
寧ろカトリ様のほうがニエさんを気に入ったようで、今後旅を共にする上で彼女が私の身辺を護り、仕留めたモンスターの素材をこちらが貰い受けることで、その他の世話を都合するという契約も交わすことになった。
まぁなんやかんやあったが、頼もしい旅仲間ができたということだろう。
私自身、彼女という確かな戦力が傍にいてくれるのはありがたいことでもある。
や、カトリ様は絶対無敵だし自慢の最優ガーディアンだけど、それはそれとして隙が無いというわけでもないしね。
それにカトリ様以外の話相手がいるというのは思いの外新鮮な心地だ。
そういう意味でも彼女の同行は歓迎すべきことに違いなかった。
「さて、無事街に入れたわけですけど……まずは宿を取らないとですね」
「わたくしにはとんとわかりませぬゆえ、まぐろさまにお任せしとうございます」
「そこは任せてくださいな。これでも旅は長いことやってますし、宿の良し悪しくらいはわかりますよー」
ちなみにほんとだよ?
なんせ今の今まで家とかも買わず、寝泊まりは常にどこかの宿か野営だったからね!
それにごく偶にある検診やデスペナルティ以外ではログアウトすることもないから、必然的にそうした知識は勝手に養われていったのだ。
そういうわけなので手頃な宿をてきぱき確保!
取り敢えず一週間で部屋を取って荷を降ろす。
部屋は比較的上等なのを取った。部屋は良いのを取っておかないと、意外と後になって響いてくるからね。
ニエさんとは別々で部屋を取ろうかとも提案したのだけど、やはり一人だと勝手がわからず不安があるとのことで相部屋となった。
……ここまで単身歩いてきた身で言えたことではないとは思うが、戦闘力はともかくそれ以外の面では普通以上に……以下に? おっちょこちょいというかなんというか、やっぱりお姫様なので仕方ないのかな?
そんなお姫様が私みたいな下々の民と部屋を一緒にしてストレスでないのかと思ったのだけど、意外とその辺は図太いのか気にしてる様子は無かった。こりゃ図太いだけじゃなくて鈍いんだな。
「さて」
「はい」
「ひとまず拠点は確保しましたが、まずはニエさんの用件を済ませちゃいましょう」
「というと……件の冒険者ぎるど、でございますね」
「ですね。そこで依頼を出して、目撃情報か受注者が出るのを待ちましょう」
「報酬も前もってぎるどへ預けておくのでしたね」
ちゃんと把握しているようでなにより。
しかし注意点がいくつかあるのでそれを一つずつ確認していく。
「それであってます。けれどすぐに解決する、とは思わないほうがいいです」
「それはなぜでしょうか……?」
「第一に、人探しって依頼としては人気が無いんですよね。手間がかかる割には旨味も少ないですから。なので塩漬けになる可能性も見ておかないとダメです」
「なるほど、手間が……それは、仕方のうございますね」
ほんのり残念そうなニエさんだが、こればかりは仕方ない。
人探しって大変なんだよー? 捜索系スキルや探知系スキル、いろんな人への聞き込みに情報整理、その他諸々の手間暇をかけても、余程の緊急依頼や重要人物でも無いかぎり、討伐クエストほどの稼ぎにはならない。
で、今回の場合問題なのはそれだけじゃなくて。
「第二。対象が推定……まぁほぼ確定ですが<マスター>ですからね。最初のうちはともかく、見つからないまま時間が経つとやっぱり塩漬け……というか、達成不可能になります」
「不可能……ですか?」
「これは私達<マスター>が、まぁ異世界からやってきてるからなんですけど……長いこと目撃情報が無いとなると、向こうの世界で何かがあった可能性がありまして、そうなると手出しはできなくなっちゃいます。ティアンの方だとちょっとピンとこないかもしれませんが、そういうものと思ってください」
これも、珍しくはあるけどたまにある話だ。
ある<マスター>と親しくしていたティアンが、長らく姿を見せない友人を心配に思って捜索依頼を出したが……実はその<マスター>はいつの間にかデンドロを引退していた、というものだ。
まぁはっきりとした事例ではなくあくまでも噂でしかないのだけど、そういう話もちらほら聞くことがある。
サービス開始当初はともかく、こちらの時間でもう数年も経った今ではティアンと友好を深める<マスター>も多く見るようになった。
すると必然的に出逢いや別れも起こるのだけど、そうした中にはそのようなこともある……らしい。あくまでも噂だけどね。あったとしても外部に漏れるようなことでもないし。
「なのであっさり片付くかもしれませんし、いつまで経っても解決しないかもしれません。そこはよろしいですか?」
「……はい。もしそうであるなら、潔く諦めようと思います」
ニエさんは逡巡したようだが、やがてゆっくりとそう答えた。
こればかりは、納得できなくとも受け入れてもらうしかない。
<マスター>である私はニエさんの気持ちがわかるとは決して言えないけれど、しかし彼女がそう答えたからには全力で協力したいと思った。
「わかりました。なら、それらを踏まえた上で依頼しましょう」
「なにからなにまで、忝のうございます。このお礼はいつか必ず……」
「いえいえ、契約通りですから。それに旅は道連れですし……袖触れ合うも、って言うじゃないですか」
「なんと情け深い……恩が募るばかりですね」
「大袈裟ですよぉ」
畏まるニエさんに私こそ小恥ずかしくなり、やんややんやと謙遜しあって。
その後善は急げと宿を出て、依頼すべく二人で冒険者ギルドへと向かった。
ギルドは流石に盛況で、これはどの国も変わらないんだなと思いながら、発注受付の列に並ぶことしばらく。
「お待たせしました。次の方どうぞ」
「あ、私達の番ですよニエさん。ほらほら、早く前に出なきゃ!」
「はぅ……よろしくお願い致します……」
張り出された依頼の数々や、併設された酒場で屯する冒険者達のあれやこれやに目移りしていたニエさんの背中を押し出す。
ニエさんは緊張しているのか縮こまっていたけれど、受付のお姉さんはそういう人にも慣れているのか、落ち着かせるような微笑を浮かべて優しく応対していた。
そしてニエさんのたどたどしい受け答えからばっちり依頼内容を把握して、それを書面に起こして確認……したところで、ふと驚いたような様子を見せた。
「あら……」
「あの、なにか……?」
「いえ、依頼の尋ね人ですけれども……ひょっとしてあの人かしら」
「もしかして心当たりが?」
だとしたらすごくあっさり解決するんだけども。
宿であれこれ注意した私がなんだか間抜けだが、でもニエさんにとっては朗報だろう。
もしそうなったら、せっかく出来た旅の道連れが早々に居なくなってしまうのだが、それはさておき。
「心当たりというか、思い当たる節が一つしかないと申しましょうか……少々お待ち下さい」
そう言うと受付のお姉さんは別の人に応対を引き継ぎ、奥へ引っ込んだあとしばらくしてから再び姿を現した。
受付から酒場のテーブルへと場所を移していた私達のところへやってきて――その後ろから、ぬっと大きな影が姿を見せる。
「お待たせしました。お探しの方というのは、こちらの――」
「やぁ! キミが僕を探しているというお嬢さんかい!?」
どこか困り顔なお姉さんの言葉を遮るように放たれた大音声。
思わず二人して見上げれば、そこにはとても筋骨隆々として逞しい、輝くような金髪と白い歯の、アメフト体型というかアメコミ体型の――
「まぁ……、あのときの大天狗様……!!」
「HAHAHA!! TENGUだなんて……愉快なお嬢さんだ!」
――雄々しい高笑いが良く響く、コッテコテのジョックがそこにいた。
◆◆◆
■白鷺領
西白塔家を筆頭とする天地西方、その一角。
西端と中央のちょうど中程にある小大名領。
"侵さず、侵させず"を標榜し、長きに渡って中立を貫いてきた白鷺家。
地球の日本史で言う毛利家に一部の<マスター>に例えられるその武家領は……寂れた静けさに包まれていた。
人気はあるが、活気が無い。
領民は皆一様に引き篭もって門戸を閉ざし、街路は神経を尖らせた警邏が巡回するばかり。
そしてそれは白鷺家の本邸へ近づくにつれて剣呑さを増し、その正門は固く閉ざされ、厳重に封鎖された上で監視が四六時中付くという物々しさだった。
「……アテが外れましたね」
その警備の様子を彼方から
大樹の枝に立って訝しんだのは、和装と西洋剣の少年――狂獄。
とある目的のために隠れ里めいたこの領に赴いていた彼は、前情報と異なる領の光景に首を傾げていた。
『アテが外れた? どうしたってんだい?』
「領地深部への道が封鎖されてます。人っ子一人出入りが無い様子です」
『なんだそりゃ、どこぞの武家から襲撃でも食らったのかねェ』
「あるいは御家騒動か。それ自体は
常日頃から携えている通信機から届く対魔の声。
それに応えた狂獄の推測の両者ともこの天地では何ら珍しいことではない。
天地西方の西白塔を含む四方の雄、四大大名ならいざ知らず、その他十把一絡げの小大名勢の小競り合いなぞ天地では日常茶飯事だ。
御家の滅亡や興隆に至っても、珍しくはあるが無いではない。人知れずどこぞの武家が滅び、勢力図が塗り替わっているという事例も幾度となくあった。
「そんじょそこらの小大名ならともかく、白鷺家ですからね」
『西方有数の名家……つっても殆ど交流してなくて、世間じゃドマイナーだっつー話だがなァ』
だが、そうした内乱から実力を以て隔絶してきたのが白鷺家だ。
この天地にあって自領安堵に専念し、外部の干渉を跳ね除けることは決して容易ではない。
寧ろ他に類のない難事であるが、それを長きに渡って貫いてきたのが他ならぬ白鷺家である。
そしてそれを可能としていた理由こそが――
『んでも白鷺にァ長いこと懇ろにしてる<UBM>がいるって話じゃねェか、それが今更他所からちょっかい出されるかねェ?』
対魔が言った<UBM>の存在である。
確たる情報ではなく、あくまで風説の類ではあるが……白鷺家は何百年もの古にある<UBM>と契を交わし、代償と引き換えにその力を借り受けているという噂だ。
その信憑の程は、かつて白鷺家に攻め込み生きて帰れた者があまりに少ないがために定かではないが、保有する土の狭さに見合わぬ大戦力の理由としてまことしやかに囁かれ続けていた。
「近頃は<マスター>の
『だからこそ旦那が<UBM>を頂戴しにきたんじゃねェか、<DIN>に高い金払ってまでもさ』
しかしその噂は、果たして真実であった。
手段の限られるティアンだけが存在した<Infinite Dendrogram>サービス開始以前ならばともかく、サービス開始後こちらの時間で三年以上も経った今では、大半の噂は詳らかにされている。
そしてそうした情報収集に長けた<エンブリオ>を持つ一部の<マスター>によって、白鷺家に纏わる噂が事実であることも、少し前には判明していた。
狂獄が白鷺領に赴いていたのも、その情報を<DIN>から得ていたからだ。
長らく上級職に甘んじていた分の停滞を取り戻すべくレベリングに励む傍ら、<超級>となったことで飛躍的に向上した戦闘力で特典武具を得ようと、白鷺家が擁する<UBM>を討伐すべくやってきたのだが、彼はそこでふとある考えに思い至った。
「……ひょっとしたら、先を越されたかもしれません」
『あー、その可能性もあったな』
同じ情報を買った他の<マスター>の可能性を彼は考えた。
とかく戦闘熱心な<マスター>の多い天地だ、自分と同じように考えた<マスター>がいてもおかしくはなかった。
<UBM>の情報は数ある商材の中でも取り分け高額な類だが、決して入手不可能ではない。
「
『あっはっは、そりゃ旦那らしくもないヘマこいたもんだ! で、どうする? 文句でも言っとくかい?』
「正当な取引でしたし、そんなみっともない真似はできませんよ。ただ、そうですね。本当に<UBM>が仕留められたのか、その確認だけお願いできますか?」
『あいよ、ちょいと待ってな』
一旦通話が切られ、しばらくした後に再び通信機が鳴った。
随分と早い返答に既に察しをつけながらも狂獄は問うた。
「どうでしたか?」
『ドンピシャ。ついこないだ流れの<マスター>に討伐されたってさ。あっという間だったから人物は特定できてないらしいけど、多分<超級>だろうってさ』
「なるほど……それは、なんとも間が悪いというか、運が悪いというか。ということはあちらも僕以外には情報を売ってなかったと」
『奴さん、面目ないって謝ってきたぜ。おかげでタダで済んだ。で、こっからは有料なんだが……』
「構いません、お願いします」
『そう言うと思ってもう買ってる』
長年連れ添った阿吽の呼吸で対魔は答えた。
やはり日頃のことでは敵わないな、と狂獄は苦笑いを浮かべながらその続きを促す。
すると彼女は周囲を窺うように間を置いてから、息を潜めるように小声で囁いた。
『様子が物々しい理由がわかったぜ。――白鷺家だが、領主共々一族郎党が殺されちまってるらしい』
「…………ほう」
一転して空気が緊張に満ちた。
対魔は小声ながら愉しむように笑い、狂獄も知らず笑みを深くする。
一言呟いて沈黙した狂獄へ応えるように対魔は言葉を続けた。
「下手人は?」
『聞いて驚け、それがなんと――――だってよ』
「なるほど。……
その答えに、狂獄は今日一番の笑顔を浮かべた。
その気配の変化を察した対魔が、同じくからからと笑声を届かせる。
「それはなんとも
『派手にやるのは結構だが、取り零すなよ? あとついでだ、
「ええ、折角ですから手を借りたいと思います」
二人はしばらく愉しげに笑いあったあと、一言交わしてから通信を切った。
次いで狂獄は右手を掲げ――その甲に宿した【ジュエル】から光の塵が立ち昇る。
それは四つの人の形を取って現れ大樹の太枝に跪く。
「【金童子】、【熊童子】、【星熊童子】、【虎熊童子】、此処ニ」
現れた四つの内、狂獄へ最も近い一名が代表して名乗りを上げた。
それぞれが地球は日本の伝承に名高い鬼の名を騙りながら狂獄へ頭を垂れる。
彼らは皆一様に刀を佩き……人ならざる異形を一つ、二つ、その身に顕している。
あるいは人型をしたモンスターかと思われたが、しかし狂獄の目にははっきりと
「お疲れ様です。今回お呼びしたのは、今から狩りを行おうと思いまして」
「狩リ……デ、ゴザイマスカ」
「はい、
狂獄は至極あっさりと――恐るべき所業の実行を告げた。
物怖じするどころか今にも楽しみといった、笑顔すら浮かべる余裕で以て殺戮を宣言する。
「畏マリマシタ」
配下四人はまるで動じず、当たり前のように承知した。
それが主命ならばと私を滅する振る舞いは、さながら武家の如く。
「遠慮は無しの早いもの勝ちでいきます。ただし決して逃さないこと。一人でも逃したら面倒ですからね」
「承知」
「そこだけ気をつければボーナスタイムです。千人は下りませんからね、選り取り見取りですよ」
しかし彼らは武家ではない、忍でもない。
いずれの家にも領にも属さぬ彼らは、ある時は傭兵、ある時は賊。
だが最も知られる名はそのどちらでもなく――――鬼。
<
「今回ばかりは僕も本気で狙っていきますので、皆さんも出し惜しみなくどうぞ。だけど重ねて注意しておきますが――」
「喰ラワバ根マデ」
「よろしい。……それでは今宵の鬼を始めましょう」
彼らは、獲物たる領の人々を見据え。
各々の得物を捧げて唱えた。
「――目覚めよ、《■■■■》」
「「「「
そして五つの異形が白鷺領の夜を駆け――
――その日、白鷺の地から命が絶えた。
To be continued
今章の<超級>が出揃いました。
謎のジョック……一体誰なんだ……?(
そして対魔という名前が対魔忍のタイプミスっぽいなと気づいて煩悶する作者。
「たいま」ではありません、「つしま」です。