□【獣神】マグロ
「ええと、こちらがニエさんの探してた人で間違いないです?」
「はい、間違いありません……、容貌魁偉なことこの上ないお姿、見間違うはずもございませぬ」
思わぬインパクトに押されながらニエさんに確認してみると、彼女は上から下までもう一度眺めしっかりと首肯した。
容貌魁偉……、まぁ確かにその言葉通りの体格だし、聞いていた特徴そのままな人物ではある。
腕も脚も、首まで太くガッチリしてて、背丈も私より頭一つ以上大きいし、パッツパツのシャツを着込んだ姿は見事なまでのアメフト体型――を通り越してアメコミのヒーローのような印象だ。
何より顔付きの彫りの深さや、全身から溢れ出す溌剌さは、なんというか存在自体が濃いというか煩いまである。
「HAHAHA、素敵なレディにそうもまじまじと見られると流石の僕も照れるね!」
「あ、すみません。つい失礼なことを……」
「構わないとも! 人目を集めることには慣れてるからね!!」
そんな不躾な視線に気づいた彼の言葉に謝るも、彼は鷹揚にサムズアップした。
分かりやすいアメリカンな高笑いとセットで、キラリと光る白い歯が眩しい。
本人の言う通り、一目見ればそうは忘れられない有り余る存在感は、全周囲から注目を浴びること請け合いだろう。
「おっと、僕としたことが自己紹介もまだだったね。僕はGA.LVER、旅の<マスター>さ!」
「あっ、私の方こそ! 私はマグロ、同じく旅の<マスター>です。そしてこちらが……」
「にえ、と申します。ご挨拶が遅れ、申し訳ありません……」
「マグロくんに、ニエくんだね。よろしく!!」
またも突き上がるサムズアップ。光る歯。一挙一動がダイナミックな人だ。
そんな彼に見惚れたように、ぼんやりとした表情で顔を見上げるニエさん。
「がるばぁ、さま……」
「Hmmmmm、……?」
噛み締めるように彼の名を呟いたニエさんに、GA.LVERさんは何かを悩む素振りを見せたが……それも一瞬のことですぐに消えた。
彼からすれば唐突な尋ね人だし、怪訝に思うのも当然だろう。探していた当人を前に緊張しているのか、いつにも増して口数の少ないニエさんに代わり彼を尋ねた経緯を説明する。
すると彼はすぐに心当たりに思い至ったのか、ぽんと手槌を打って笑顔を浮かべた。
「ああ、成程その件か! 確かにそうしたことがあったなぁ、遭遇したのはまったくの偶然だったんだけどね!」
「そうなんです?」
「あの頃は目的も無くあちこちを飛び回ってたからね! 武者修行……というのだったかな? いろんな場所でモンスターを狩り回ってるところで偶然見かけて、モンスターが彼女に無体を働いているようだったから討伐したのさ!」
『それが<UBM>だって気づいたのは殴りかかってからだけどね!』と何でもないように言った彼だが、随分とトンデモな話だ。
ニエさんから聞いていたとはいえそれでも話半分に受け止めていたのだけど、まさか本当に一撃でノックアウトして彼女を助け出していたとは。
アメコミヒーローみたいだと一目見て思ったけど、その印象を裏切らないヒーローそのままの人物だというのが、彼の話を聞いていて抱いた感想だった。
「だけど嬉しいなぁ。わざわざお礼を言うために僕に会いに来てくれたんだろう? 決して短い道程じゃなかっただろうに、単身大名家のプリンセスがだなんて……」
彼は俄に俯いて全身を震わせたかと思うと、次の瞬間には勢いよく顔を上げて咆哮した。
「――感動した!! そうも感謝されたのは初めてだよ! まったく、男冥利に尽きるってもんだぜ!!」
……しかも男泣きしながら。やっぱりサムズアップ付きで。
どうやら感極まっていたらしい。全身から歓喜のオーラを迸らせながら、最高のスマイルを私達に向けていた。
「それほどか」
「そりゃあもう! なんせ正真正銘の大和撫子が、故郷を離れてまで会いに来てくれたんだぜ? そりゃあ男なら当然喜ぶさ!!」
白蛇姿のカトリ様のツッコミにその表情のまま大きく頷くGA.LVERさん。
『なんせ知り合いの女性と言えば皆おっかない』だとか、『はじめて女性らしい女性に出会えた気がする』だとか、彼の言う知人が聞けば激昂間違いなしの本音を漏らしている。
彼をしておっかないと云わしめる女性達は果たしてどれほどの女傑なのかと戦慄もしつつ、しばらく歓喜に悶える彼を見守る。
なんというか……根っからの善人オーラが眩い、これまであまり見たことのない人物で私も呆気に取られっぱなしだ。
「でも危ない真似をしたね。無事だったから良いけれど、一人で外を出歩くなんてレディがしちゃいけないぜ? 外は危険なモンスターが沢山いるし……悪党なんかもいるんだからね」
『悲しいことだけどね……』と、遠い目をして注意を告げる彼の声には心からの気遣いがあった。
ああ見えてニエさんが凄腕の【剣豪】だということを知っても、『そういうことじゃない』と首を横に振るGA.LVERさん。
「いくら腕に覚えがあると言っても、大事に育ててきた娘さんが単身飛び出せば家族の方もそりゃあ心配するってものさ。お礼を言いに会いに来てくれたのはとても嬉しいけれど、ちゃんとご家族には言ってきたのかい?」
「……そ、それは」
それまで彼を凝視しきりだったニエさんが初めて動揺を露わにする。
確かに今の今まで気にしてなかったというか、気にする前に流されていたけれど、いくら腕利きの【剣豪】とはいえ大名家のお姫様が一人で飛び出して追いかけるなんて、お転婆にしても程がある……気がする。
大名が王国でいう貴族のようなものなら、それこそ追いかけるにしてもお供くらいは付けるものだろう。
間違っても金銭を持ち合わせずに門前払いを食らうような真似はさせないはずだ。偉い人って、そういう体面とか気にするもののはずだし。
「ニエさん……?」
「…………」
出会って間もない間柄とはいえ、確かに彼女の育ちらしからぬ軽挙妄動を不思議に思い、彼女に視線を向けてみると……彼女は思いつめた表情で俯いていた。
……それほどまでに想い焦がれていた、ということなのだろうか。確かに洋の東西は違えど御伽噺の王子とお姫様のような構図だけど、そういう色恋っぽい方面のことになると私はサッパリだからなー……。
「……申し訳ありません、わたくしが軽はずみでした。思い募らせたゆえのこととはいえ、なんとはしたない……」
たっぷり間を置いた後、彼女はゆっくりと口を開いた。
恥じ入るように小さく呟いたのは、彼女自身それを深く反省しているからだろうか。
縮こまるようにして顔を袂で隠す彼女の肩を、GA.LVERさんは優しく叩いた。
「責めているわけじゃないさ、僕の方こそ意地悪を言ってごめんよ。キミの気持ちは確かに受け取ったとも」
「…………」
隠した表情から潤みがちな瞳を覗かせるニエさん。
そんな彼女を安心させるように、自信に満ち溢れた笑顔を見せるGA.LVERさん。
……成程、御伽噺のように救われた箱入り育ちの彼女が惚れ込むのも仕方がないような、確かに頼もしいことこの上ない佇まいだった。
◇
そうして思いがけず呆気ない再会を果たした私達は、その後も暫し歓談を続けていたのだけど、やがてクエストの途中だったというGA.LVERさんが断りを入れて席を外したのをきっかけにお開きとなった。
どうやら彼は人手の足りていない依頼を多く抱えているらしく、私達が訪ねるまでにも幾つものクエストを解決していたらしい。
その殆どは人気の無い塩漬け依頼であり、それを積極的に消化してくれる彼はギルドにとっても代え難くありがたい人材なのだと、彼を案内してくれた受付のお姉さんが言っていた。
成程、良い人だというのは間違いなかったらしい。様々な困りごとを解決してくれる彼はこの街でも人気者なようだった。
「いい人でしたねー、GA.LVERさん」
「はい……」
GA.LVERさんと別れた帰り道、まだ日が沈むには早い昼過ぎをニエさんと歩きながら呟く。
「最初に話を聞いたときはどんな人なんだろうって、正直不安だったんですけど。全然いい人でびっくりしましたよ~」
「はい……」
私としては、これまで出会ってきた<マスター>の中でも群を抜いて人の良い彼の人柄に感心しきりだったのだが、彼女の反応は鈍い。
鈍いというよりは、上の空とでも言うべきか。彼と再会してからというものニエさんはずっと考え込んでいる様子で、どうにも周囲が見えていないようだった。
「……ニエさん?」
「はい……」
案の定、私の声も届いていないようだ。
身を屈めて覗き込むも彼女はそれに気づいた様子も無く、ただただ自分の考えに没頭しているようだった。
「ニエさーん?」
「…………はっ」
気持ち強めに呼び掛けると、そこでようやく我に返って辺りを見回すニエさん。
今の居場所がどこかも掴めていない様子で私と周囲を交互に見ると、しゅんと眉尻を下げて恥じ入る。
「申し訳ありません、まぐろさま。……どうにも、気がそぞろで定まらず……」
「そんなにGA.LVERさんのことが気になるんです?」
「…………」
私の言葉に、彼女はなんとも言えない表情を一瞬浮かべて見せ、それを袂で隠した。
その仕草の意図を私は把握しかね、疑問符を浮かべるに留まる。
こういう心の機微だとかはほんとにもうさっぱりわからないので、私は彼女の言葉を待つしかないのだけど……そうして様子を窺っていると、やがてぽつりと小さく口を開いて彼女は言った。
「……まぐろさま」
「?」
「身勝手極まりない申し出を承知でお願いしたいのですが……、……今しばらく、この街へ留まらせてはいただけませんか?」
深々と頭を下げてそう懇願する彼女の声音は、今までになく真剣味を帯びていた。
そしてちらりと向けた視線の先は、GA.LVERさんと別れた冒険者ギルドのほうを追っている。
それほどまでに彼が気になって仕方がないのかと、彼女の心中を共感できないまでも察して、私も頷く。
「いいですよ」
「っ! よろしいのですか? 何もかもまぐろさまにお頼りせねばならぬ身で、厚かましいことこの上ないのですが……」
「そういう約束ですし、この際だからニエさんの気の済むまでお付き合いしますよ! 中途半端なまま別れても、お互い気になって仕方がないですしね」
「まぐろさま……!」
嬉しげに目を潤ませる彼女だが、何のことはない。
私自身二人の行く末が気になって仕方がないのが事実だった。
それにここでハイおわりと別れを告げて二人の縁を途絶えさせるのはあまりに偲びない。
身分と立場を押して単身彼を追ったニエさんの健気な努力も知る身としては、事の結果がどうあれ納得できる結末を迎えてほしいというのが正直な気持ちだった。
「だけどご家族の方はいいんです? GA.LVERさんも言っていましたけど、やっぱり心配しているんじゃあ……」
「それは……」
唯一の懸念をニエさんに尋ねると、彼女も暫し言葉に詰まるが……やがて首を振って。
「……お叱りは、あとでいくらでも受けましょう。……ただ、今はあの方を――がるばぁさまのお姿を見守りとうございます」
「それなら……いいんですけど……」
いざというときは私も精一杯の弁護に回ろうと決意しながら、彼女の意に従うことを決めた。
当初の目的からは早くもズレ始めた天地の旅だけど、これも縁だ。今ばかりは彼女の恋愛成就……なのかな? その助けになることに専念してもいいだろう。
「――お叱りは、――た後で、いくらでも。詫びましょう、……償いましょう」
……だからだろうか。
彼女の表情の本当の意味に、私は最後まで気付けなかった。
◆◆◆
■鬼
「――見つけた」
『そりゃいい。どんな様子だい?』
「……奇遇なことに、例の彼女も一緒のようです」
『例のってェと、旦那がご執心の余所者かい? そりゃまたトンだ偶然もあったもんだ』
「様子を見るに、すぐに街を離れるわけではなさそうです。暫くは静観することにします。あわよくば……この奇貨を上手く役立てたいところですね」
『吾としては例の姫さんを確保してくれりゃいいさ、他は好きにしてくれよ。出来る範囲で協力もするさ。とはいえ最近は、こっちの貸しに偏ってきた気がするけどね?』
「わかってますよ、ちゃんと返します。対魔さんの目当ては最優先で確保しますから。……彼女もイイですね、超級職でこそないものの、素質は充分かと」
『【剣豪】はレアだからなァ。他の派生上級職はいくらでもいるが、【剣豪】はそうはいない。
「【
『ともあれ、頼んだぜ。慎重にな』
「はい。対魔さんの方もお気をつけて」
――逢魔ヶ刻に異形の影が嗤っていた。
To be continued