□■天地中央西街・内区
天地を開始地点とする<マスター>が最初に降り立つ中央の都。
その四方に設けられた街は、常に人足途絶えることなく活気に満ち満ちている。
それは中央と四方の物流の大要地だからという理由もさることながら、それ以上に約束された天稟である<マスター>を抱き込まんと画策する諸大名の手が裏表に伸びているからに他ならない。
天地の<マスター>はその多くがいずれ中央から四方に飛び立つ。
そして天地を選んだ<マスター>の多くは戦闘を目的にしているため、その<エンブリオ>も戦いに長けたものであることが多い。
ティアンと<マスター>を分かつ最大要素は<エンブリオ>だ。そしてティアンと違って生来の才能に縛られない無限の成長性を誇る彼らは容易く歴戦のティアンを越えていく。
内乱に明け暮れ常に戦力を求める諸大名らティアンにとって、彼らを見過ごす理由などあるはずもない。
そうした背景があるからこそ、四方街に留まる<マスター>の数は賑わいとは裏腹に思いがけぬほど少ない。
一時的な拠点とすることはあっても、能力が長じるにつれて河岸を変え、あるいは大名に見込まれ士官する。
天地において名うての<マスター>とは即ち、在野の求道者か武家の戦力に大別されるのが一般的な認識だ。
「…………」
――という常識を、世間知らずのにえは町人から聞いた。
この西街へ足を踏み入れ、意中の相手の背を追う内に自然と増えた交流で、にえの世界は大きく変わっていた。
それまで交流の乏しい辺境の、より排他極まる白鷺領の主城の一画で育てられてきたにえの知見は狭い。
「おや、お嬢ちゃんったら今日もガルさんのおっかけかい?」
「はっ……ご、ご機嫌ようございます、店主殿」
「はいよ、おはようさん。まったくお熱いねぇ、他には目もくれず毎度毎度おっかけちゃってさ」
そんなにえの近頃は、昼も夜も無く意中の相手……GA.LVERを追うことに注力されていた。
目当ての彼は毎日冒険者ギルドで雑用依頼を請け負っては、飽きもせず熱心に仕事を果たしている。
ある時は店番。ある時は人足。またある時は講談師の代行と実に節操が無い。
加えてはその時々に応じたジョブに就き直すという徹底ぶりで、初めて彼を目撃したときの益荒男姿とは似ても似つかない、人が良いにしても良すぎるきらいばかりが目立つお人好しっぷりだった。
「今日は手前の茶店番だったかね? あの人がいると周りも繁盛するからありがたいねぇ。<マスター>ってのは流れ者ばかりと思ってたけど、ああいう御仁もいるんだねぇ」
「そうなのですか?」
「そうとも。どうにもあたしらティアンは眼中に無いっていうか、ほとんどが外で斬った張ったばかりで口を利くことも少ないしねぇ……。夜も宿を取らずに
にえは<マスター>というものをよく知らない。
彼女の知る<マスター>はマグロとGA.LVERの二人だけで、他に交流を持つ相手はいない。
たまに道端で、異邦の装いをしたそれらしい人物を見かけることはあるが、彼らは酒屋の店主の言う通り、どうにも忙しなく落ち着かない。
だが見知った<マスター>二人はそうした例に当て嵌まらず、マグロは見知らぬ彼らのように消える様子を見せないし、GA.LVER程ではないが様々な依頼をこなして街に貢献している。そしてGA.LVERは言うまでもなく人々と打ち解け、完全に街に根付いていた。
共通しているのは二人とも行き過ぎるくらいのお人好しで、一般的な<マスター>の参考にはならないという点だった。
「お嬢ちゃんの連れののっぽの姐さんも、そういう意味じゃあ珍しいねぇ。外からこっちにやってくる<マスター>は珍しいけど、見た目に反して人が好いしね」
「それは……わたくしもそう思います」
「ま、素行で言えばお嬢ちゃんが一番怪しかったけどね! 騒動も起こさないし、ガルさんがいいって言うから気にしてないけどさ」
「はぅ……」
店主の言う通り、当初一番の問題児と目されていたのは他でもないにえであった。
なにせ、常にGA.LVERを付き纏っているのである。決して邪魔にはならないよう、しかし一時も視線を離さず朝から晩まで、彼が姿を消すまでずっと。
有り体に言って不審者そのものであり、ストーカー以外の何者でもなかった。普通なら警邏を呼ばれてお縄についていてもおかしくないところを無事でいられたのは、直截的な被害が無いことと、GA.LVER本人の口添えによるものだ。ついでに言えば見目の麗しさも味方していた。
「それにおっかけはお嬢ちゃんだけじゃないしね。年頃の娘はみんな黄色い声を上げてるもんさ。<マスター>じゃなきゃとっくに誰かを紹介されててもおかしくないだろうねぇ!」
そう上機嫌に笑った店主の言葉は、GA.LVERを知る人間の多くが思っていることだ。
彼は言葉を交わしたときの印象の通りに懐が深い。
常に笑顔を絶やさず、人当たりも良く、その体格と異貌から子供達の興味を引いて群がられても何ら厭うことなく遊び相手にまでなっていた。
それでいて腕っ節も強く、たまに現れる酔漢もあっという間に鎮めてしまう。
こうも美点ばかりを並べられれば、誰だって彼を好いてもおかしくないだろう。
彼は根っからの好漢にして快男児と、この西街では頗る評判であった。
「お嬢ちゃんほどお熱なのはいないけどね! 相手がガルさんだからよかったけど、もし他に好いた男が出来ても辛抱しなよ? 男ってのは案外、重荷がしんどかったりするからねぇ。重い女ってのは、背負う荷の中でもとびきり重いからねぇ」
「はぅぅ……」
ニエ自身にそのつもりはないのだが、事実として彼女の奇行は重い女のそれそのものであった。
相手が相手だけに許されてはいるが、そうでなくば忽ち牢の中であっただろう。
改めて突きつけられると己の恥ずべき振る舞いに顔が真っ赤に染め上がるが、さりとて眼で追うのをやめられぬという始末のなさである。
しかしそれも他に類を見ない美女がすれば、なんだかんだで愛嬌として映るのだから容貌というのは不公平なものだ。
「……っと、ぼやぼやしてたらかあちゃんにどやされちまう。いい加減店も開けないとね。お嬢ちゃんも今日は一日頼んだよ!」
「はい。お務めを果たしてみせましょう」
からかう店主の野暮も暫し、やがて日を増すのを認めると彼はいそいそと暖簾を掲げ店を開けた。
近頃のニエは、ただGA.LVERを追うだけでは迷惑になるということを知り、彼が働く場所の近くで自らも働きつつ見守ることを覚えていた。
今日は手前の茶店で彼が店番をするので、ニエも酒屋の用心棒として私的な伝手で日雇いをすることになっている。
ニエの就く【剣豪】の肩書きは、ある種の免状として彼らに受け入れられ、その腕を格安で買う引き換えに意中の彼の傍にいれるよう配慮が為されていた。
言うまでもなくストーカーである。多少体裁を整えてはいるが、普通ならばそれでもアウトだろう。
だがGA.LVERの寛容さとニエの腕前によって、この奇妙な交流は続けられていた。
「おはようございます!! ……おや、やっぱり今日も居たのかい? まったくモテる男は辛いね!!」
「ご、ご機嫌麗しゅうございます、がるばぁさま……」
そして今日も逢瀬が始まる。
快活な声で挨拶を寄越したGA.LVERに、ニエは蚊の鳴くような声で答えた。
赤らめた頬を袂で隠すニエに、彼は付き纏われる苦をまるで気にした風も無く、変わらぬ親しさで笑顔を見せる。
そんな二人の様子を、店主は微笑ましく眺める。
「おはよう、ガルさん。今日は店の団子があっという間に切れちゃうねぇ」
「HAHAHA! 今日の僕は【料理人】さ! きっと満足できる団子を提供してみせるとも!!」
律儀な彼はこの日のためにメインジョブを【料理人】にしてきたようだった。
西街のあちこちの料理店で依頼という名のアルバイトをこなしてきた彼は、その評判と相俟って今や筆頭売り子としてもウケていた。
「最近は味もわかるようになってきたのか、大分店の味を再現できてきたと思うんだ。店主のお爺さんにはまだまだだって言われるんだけどね、せっかくだからここの味を覚えていきたいね!」
「そりゃガルさん、秘伝を知られちゃあ身内にするしかなくなるぜ? 爺さんの孫娘はとっくに他所へ嫁いでっけどな!」
「HAHAHAHA!!」
一つだけ不思議を挙げれば、彼はこれまでに幾度となく依頼に合わせたメインジョブでクエストをこなしてきた。
いずれも下級職ではあるが、六つしかない枠を大きく超えて発揮される彼の多才っぷり。
しかしニエが見た一撃で<UBM>を仕留めてみせた豪腕は、町中で見る彼のメインジョブからはまるで窺えない。
まるで落差の激しい、あまりにもかけ離れた二面性をニエは不思議に思うも、しかしその為人だけは確かに思い知らされる。
彼はひたすらに善良で、お人好しで、快男児。
裏も表もなく、ただ良心が訴えるままに人々の困り事を解決していく知られざるヒーロー。
それは彼の為人を知る誰もが認め……ニエもまた、例外ではない。
「――――っ」
彼が笑顔を見せるたびに、ニエの心には影が過る。
――その眩しすぎるまでの善の光を前に、ニエの胸は唯痛みを増すばかりだった。
◇◇◇
□天地中央西街・郊外
「ニエさんって、絶対情が深いタイプですよね」
「どうしたいきなり」
狩りの最中にふとそう呟いたのは、モンスターの乱獲に勤しむテスカトリポカを眺めていたマグロだった。
白蛇姿のテスカトリポカが隠れ潜むモンスターを始末している横での唐突な言及である。
マグロ達は街でクエストをこなす以外は外での狩りに注力していた。
ニエと探し人と引き合わせ、しばらくの逗留を求められてからは、二人の間に立ち入るのも野暮であろうと考え、あえてニエとは行動を別にしていた。
寝泊まりする宿は同じだが、夜が更けて部屋に戻るとき以外は顔を合わせることもほとんどない。
とかくGA.LVERに熱中しているらしいニエは早々に彼に付き纏う手筈を整え、マグロの手から離れていた。
最初こそ不審極まりない彼女の奇行にこわごわとしていたマグロだったが、やがてGA.LVERの口添えのもと周囲の協力を得て半合法的に無事ストーキングを開始してからは、前述の通り放任するに努めていた。
「いやだって、もう一週間になるじゃないですか。いくら一目惚れ? 一目惚れなのかな……まぁ好いた相手にしたって、そうも追いかけたりするのかなーってふと思いまして」
「成程、そなたには到底理解できるはずもない事柄よな」
「ちょっと言い過ぎかなとは思うけど、否定はできない……」
マグロから見てもGA.LVERの為人は確かに素晴らしいものと感じた。
伝え聞く話からおそらく<超級>であろうと察しをつけてはいるが、彼女の知る<超級>の基準からすれば、とてもそうは思えない善良さは殊更際立って見えもする。
人格だけで言えばおそらくレジェンダリアのファンタズマゴリラに匹敵するだろう。奇しくも両者ともにゴリラと形容される(片方はそのままだが)見た目なだけに、マグロは一方的な親近感を覚えもしていた。
「まぁ私の恋愛観はいいんですよ。それよりもニエさん、GA.LVERさんを追いかけるのはいいですけど、なんだか日に日に塞ぎ込んでませんか? 部屋に戻ってきてもすぐに寝込んじゃうっていうか、話す間もないまま別れてばっかりで……ちょっと疎外感」
「ふむ」
「恋煩い? ってやつなんですかねー……」
しかしながら、だからといってただお礼を言いたいがために大名家の姫君が単身で追う程かと言うと、そうは思えない。
引き合わせるまでの当初こそ怒涛の展開に流されてはいたが、そこから日を置いて客観的に彼らの様子を覗いていると、GA.LVERの方はともかく、ニエの執着はとてもではないが尋常ではなかった。
色恋の機微や痴情の縺れといったものに疎い、こと恋愛観に関しては幼児以下のマグロだが、その彼女をして並々ならぬ感情をニエが彼へ向けていることは察せている。
そしてそれが本当に、ただ礼を言いたいがため、ひいてはそこから発展した恋心によるものとは、とてもではないが思えないのだった。
「所詮フィクションでしか恋愛を知らないから、あんまり知った風な口利けないんですけど……本当に大丈夫かなって。失恋するにしても成就するにしても、今のままだと進展する前にニエさんのほうが倒れちゃいそうで」
「なかなかどうして、そなたにしては察しが良いではないか。そなたの言う通り、アレの奇行は単純にGA.LVERめへ惚れ込んだだけではなかろうよ」
マグロの要領を得ない疑惑を、テスカトリポカは悟ったように肯定した。
主とは違って洞察に優れる彼女は、諸々を察した上で敢えて傍観しているのだと言外に語った。
箱入りの度合いで言えばニエと負けず劣らずの育ちなマグロだが、その彼女から生まれたテスカトリポカは察しが良い。
そしてその上で直截火の粉が降りかかるまでは傍観を決め込み、受動に徹するのが彼女の在り方だった。
彼女は傲岸にして不遜であるが、マグロの<エンブリオ>であるという立場を強く弁えている。
行動の指針や意志の決定は常にマグロに委ね、自ら導くことをしない。それが良きにしろ悪しきにしろマグロの選択を尊重し、その上で必要とあらば主の意に従って力を振るう。
マグロは、テスカトリポカこそを主と仰ぎ一見して傅いているが、その実テスカトリポカもまた表面上の言動はともかくマグロに忠実な守護者であった。
そのテスカトリポカの価値基準で言えば、マグロが今こうして疑念を露わにすることで初めて、抱えていた推察を口にしたに過ぎなかった。
「やっぱりそうなんですか……」
「ま、何事もなく終わろうはずもなかろうな。遠からず一事が起ころうよ」
具体的なことは語らず、あくまで匂わせる体のテスカトリポカ。
それはともすれば酷く悪辣で、無責任なようでもあり……事実そうなのだが、マグロがそれを咎めることはない。
意思決定を担うのがマグロであるならば、力の全てを委ねられたのがテスカトリポカだ。
<マスター>としての才分の全てを【四神獣妃 テスカトリポカ】に捧げ、彼女の庇護無くば平穏を生きることさえ立ち行かない歪な<マスター>から生まれた、歪な<エンブリオ>。
互いが互いの主にして奴隷。左手に刻まれた紋章の"血を流す乙女"の意匠は、二人が互いのために血を流すことの顕れ。
そのテスカトリポカが不穏の訪れを口にした。
それは主観的な洞察と推察による、根拠に乏しいイメージだが、マグロにとっては至上の神託に他ならない。
「……今日は切り上げましょう。もう夜も更けてきましたし……ニエさんが気になります」
「で、あるか。ならば戻るとしよう。些か、鼠の眼も鬱陶しくなってきたしな」
テスカトリポカはちらと視線を傾け、マグロに蛇身を巻き付かせて跳躍した。
◆
突風の如く立ち去った二人の跡を、枯葉踏み締め現れる影が一つ。
「……あはは、随分と魅力的な方だ。なるほど、そういう
それは小柄な、剣呑な大物を背負った美童。
隠れ潜み、二人を見張るに幾日を費やしていた人知れぬ鬼の頭領。
「随分と勿体付けてくれました。なかなか劇場的で、
愉しげに笑みを浮かべる少年の懐から着信音が鳴る。
この数日で幾度となく使った長距離通信のマジックアイテムを取り出し、通話を取った。
『旦那、奴さんが動いたぜ。どうなるかと思ったが、
「成程、そうなりましたか。都合がいいですね、ではそちらは配下の皆さんにお任せします」
『おう、ちゃんと招待してやるさ』
「ところで……彼女が執心していた
『いや……こっちはわからん。多分装備で隠蔽してるな、手下どもの目じゃわからん。だがあいつらの報告では、非戦闘系の生産職がメインらしい。ぶっちゃけ怪しすぎるが、わざわざ情報を買うほどかっつーと二の足を踏む感じだな』
「十中八九、例の<UBM>を討伐した<マスター>でしょうね」
『……<超級>かね?』
「可能性としては低くありません、むしろ高いですね。そうなると、僕の知らない推定<超級>が二人もいることになりますが……」
『正直、分が悪くねェか? 状況的に二人同時に相手することになるだろ、正気の沙汰じゃない』
「あはは、それは元からじゃないですか。それに近頃は天地のモンスターからの
『行き当たりばったりにも程があらァな。捨て身だねェまったく、付き合わされる身にもなってほしいぜ』
「それでも見限らないでくれる対魔さんには感謝してますよ。自分で言うのもなんですが、人受けは良くないスタイルですから」
『それを言っちゃァ吾も同じさ。吾と旦那は同じ穴の狢、こっちの人間からすりゃ許し難い鬼畜外道よ』
通話先で対魔が哂った。
受けて狂獄も同じく嗤う。
「僕は力を」
『吾は鋼を』
<悪鬼夜行>の二大頭目が意を表す。
片や"暴君"は力を求め、片や"魔刃"は鋼を求める。
重ねてきた屍山血河と殺戮はそのために。
「もし生きて天地に残れたら祝杯を上げましょう」
『とびきり熱いキスをしてやンよ。
「……がんばります」
最後の一言で差した朱を隠しながら通話を切る。
そして彼は去った獲物を追って跳躍した。
◇◆◇
そして宿の一室に姫君の姿は無く。
「ほんとにもう、嫌な予感ばかり当たって……!」
「征くぞマスター。我らの出番だ」
一通の書き置きだけが、机の上に残されていた。
To be continued
ストーカーだらけの天地編、ぼちぼちクライマックス