我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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鬼嘲笑う妖魔工房

 

 □■天地中央・森中

 

 

(わたくしは、どこまで愚かなのでしょうか……)

 

 草木も眠る暗い夜更けに、にえは独り街の外にいた。

 GA.LVERがその日の依頼を終えるまでを見届けた後、宿に書き置きを一つ残して着の身着のまま夜の森を彷徨っている。

 昼とは比較にならないほどに危険が潜む天地の夜。誰もが命惜しさに歩こうとしない街道外れを、にえは心ここにあらずといった様相でいた。

 

 襲いかかるモンスターを一刀のもと返り討ちにしながら、彼女が想うのは意中の彼のこと。

 この数日、昼も夜も無く追い続けた彼の姿を思い返すたびに、彼女の胸は強く締め付けられる。

 いっそ張り裂けそうなほどに痛む心の臓、心の裡。しかしその理由は、決して恋心からではなかった。

 

(あの方が、傍若無人であったなら。……あの方が、ただ己の強さのみを求め続ける益荒男であったなら、こうも迷うこともなかったのに……)

 

 恋慕の情は、最後の引き鉄でしかなかった。

 最初ににえの心中にあった感情は――憎しみ。

 己が窮地を救ってくれたはずのGA.LVERへの殺意こそが、渦巻く感情の源泉。

 

 にえは()()()()()()()()()()()()――そのはずなのに。

 

(なぜ……貴方様はそうも快いのですか……)

 

 彼の笑顔を、行動の一つ一つを思い起こすたびに、心が揺れる。

 的外れでしかない己の殺意が、善良の光に掻き消されていく。

 

 にえは、己の殺意がまったくの理不尽であることに既に気づいていた。

 真に憎むべき、恨むべき相手を弑逆して尚、収まりのつかない感情の矛先に、残る唯一の関係者を選んだにすぎなかった。

 

 そんな稚拙な八つ当たりだからこそ、問答無用の正道を前に立ち行かなくなる。

 心の奥底で叫ぶ良心が、善人そのものを彼を害することを咎め続けていた。

 そしてその声は無視するにはあまりに大きく、己の裡に響き続けていて……いつしかにえは、刃を握る手を解いていてしまっていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(真に愚かなのは、醜きものはこのわたくし……)

 

 滾るほどの殺意は、いつしか焦がれるほどの恋慕へ変わっていた。

 彼を姿を追って湧き上がる感情は、無垢なにえを少しずつ女へと変えていくようだった。

 

 彼の笑顔が。彼の言葉が。彼の愛が。

 向けられたのが己ならどれほどに幸せなことだろうと、そう夢想すらするまでに至って。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、……なんという恥知らずでしょうか)

 

 それを求めるにはあまりにも罪に塗れた己が身の咎を突きつけられ、絶望した。

 燃え上がるほどの恥。引き裂かれるほどの自責に苛まれ、素面に戻ったにえは耐えきれなくなって――堪らず駆けた。

 それ以上己の姿を彼の前に晒すことが恐ろしくなって、逃げ出したのだ。

 

(まぐろさまにも、結局ご迷惑をおかけすることになってしまいました。あの方もまた、善意でわたくしを助けてくださったのに、わたくしはどこまで恩知らずなのでしょう……)

 

 かろうじて残った礼節で書き置きだけは残してきたが、それも稚拙極まりない粗末なものだ。

 なんの説明もなく、ただ帰るとだけ欺瞞を残した書き置きでは、彼女も困惑するしかないだろう。

 これまで親身にしてもらっておきながら、度し難いほどの無礼。如何なお人好しといえこれでは忽ち見限ろうというもの。

 だがそうなってくれればむしろ救われるとすら考えてしまう今の己こそ、真に救い難い愚物でしかない。

 

 にえは、最早死ぬつもりで夜の森にいた。

 

(父上……あの方は何も悪くはございませぬ。所詮人に仇なす<UBM>の力を借りて支えてきた御家の繁栄は、真の正道を前には打ち砕かれるが道理。因果応報でございましょう……。責めるなら、どうかわたくしのみを冥府にて裁かれませ……ッ!)

 

 最期に自ら殺めた父――白鷺家当主への詫びを述べ、愛刀の刃先を己が胸に突き立てんとして。

 

 

「――そいつァちょいと、待ってくれんかねェ」

 

 

 それを遮る声と手に阻まれた。

 

 

 ◆

 

 

 妨害の主は、白い作務衣姿の女だった。

 ぼろぼろに擦り切れ、乱雑に裂けた衣服のあちこちから素肌を覗かせた夜鷹の如き女は、傍にぞろぞろと数名を引き連れている。

 その配下の一人が素手でにえの刀の刃を握って留め、彼女の自死を制止していた。

 

「焦ったぜェ……まさか死のうとするだなんて思わなかったからな。お(ひい)さまよ、ちィと吾の話を聞いちゃァくれんかね?」

「……どなたかは存じませぬが、憐れに思うならばどうか止めてくださいますな。わたくしは――」

「ああ知ってるとも、白鷺家のお姫さま。()()()()()()()()の大罪人」

 

 ぴしゃりと言い当てられた己の素性に、にえの全身が強張った。

 初対面のはずの不審な女、どこの馬の骨とも知れぬ輩にすら詳らかにされていることの背後を悟り――例えようもない恐怖がにえを襲う。

 誰にも知られぬ内に消え去ろうと思っていたにえにとって、己を知る他者の存在は、この上ない危機でしかなかった。

 

「っ……」

「待て待て待て、逸るんじゃあない。吾は別にそれを咎めにきたわけじゃねェんだ、だから熱り立つな、殺そうとするんじゃあない」

 

 にえは咄嗟に刃を翻し、それ以上広まる前に女の口を封じようとして、それを周囲の配下に阻まれる。

 掴まれた刀は常人の限界までジョブを極めたにえのSTRを以てしてもぴくりとも動かず、食い込ませた刃から血が流れる様子もない。

 まるで木偶のように生気を感じさせない配下達を、にえは人ならざるものと考え……今の自分では敵うまいと察して、力を抜いた。

 

「本当はもう少し穏便に声を掛けるつもりだったんだが、如何せんお前さんが死のうとしてたからね。まずは自己紹介といこうか。吾は対魔、クラン<悪鬼夜行>が二大頭目の片割れ。しがない【大鍛冶師】さ」

「……寡聞にして、存じ上げませぬ」

 

 クランとは確か、<マスター>が組織する集団の分類であったと街で聞いた覚えがある。

 だが<悪鬼夜行>という名は知らない。字面からして穏やかならざる集団であろうと察しはつくが、にえは首を傾げるばかりだった。

 そんなにえの様子を見て女――対魔は面白そうに嗤う。どこか誂うような、剣呑な笑みだ。

 

「まぁ<マスター>二人だけで切り盛りしてるちんけなクランだからなァ、知らなくてもしょうがない。ましてや箱入り育ちのお姫さまなら尚更さ」

「貴方方は、一体……?」

「吾個人としては、しがない鍛冶屋にして武器商人。クランとしては……野盗や人攫い、たまに傭兵」

 

 『ま、前者は隠れてだけどね』と悪びれもせず宣う彼らは、紛れもない悪党だった。

 野盗の類は天地では珍しくはない。滅びた家の者を狙う落ち武者狩りや奴隷商人、道行く旅人を襲って身包みを奪う山賊などは、内乱続きの天地では掃いて捨てるほど跋扈している。

 中には村ぐるみで山賊働きをする者もあって、延々と続く戦国時代が齎す昏い影だった。

 

「……悪党働きの輩が、わたくしに一体何の用でしょう。存じておられるならお答えしますが、わたくしを拐かしたとて身代を支払うアテなどどこにもございませぬ。もしわたくしの荷をお望みなら、死した後で好きに漁ってくださいませ。これより死出の旅に赴かんとする身、今生の物に未練はありません。……とはいえ、価値あるものはこの刀くらいのものですが」

 

 彼らが野盗の類であると聞いて、にえは開き直るようにしてそう答えた。

 にえは一刻も早く死んでしまいたいのだ。身包みを所望なら、どうぞその後にでも好きに漁ればよい。

 わざわざ死ぬのを阻んで手間をかけるなど……にえは自暴自棄になって身を晒す。

 

 対する女は、そんなにえの反応に一段と笑声を大きくしてより一層の興味を深めたようだった。

 面白い、としきりに口にして……にえの刀に目をやって、口を開く。

 

「ん、まァそこそこいい得物じゃねェか。どこの作かは知らねェが、いい具合に血を吸って殺めてきた、如何にも刀らしい一本だァな」

 

 そこまで言って対魔は、頭を横に振って【アイテムボックス】から一本を取り出して、にえの愛刀と並べて続けた。

 

「だが、()()()ほどじゃあない。いい刀だが、それだけだ。吾の妖刀とは、格が違う」

「これは……」

 

 傲岸不遜に言ってのけた対魔が魅せた刀は、およそこれまで見たこともない妖しい輝きを放っていた。

 既存の如何なる鋼とも異なる、まったく神妙不可思議なる地金のそれ。

 とうに浮世に見切りをつけんとしていたにえをして目を惹かれてしまうほどの――紛れもない業物だった。

 

「あなたは、一体何を……」

「そろそろ本題に入ろうか。吾の目的は単純さ、お姫さま。……アンタが欲しい」

 

 唇を間近に近づけ、吐息が頬を撫でる距離から囁かれた言葉は、蕩けるような妖しさに満ちていた。

 堪らず首筋を震わせ、頭を振って払い除ける。制止の手はいつの間にか除けられ、にえは身動きを取り戻していた。

 しかし自死を再開するにはあまりに異様な雰囲気に呑まれ、にえは対魔の言葉の続きを待つしかできない。

 

 対魔はにえの刀をつまんでそっと除けると、代わりに今しがた見せた妖刀を預け、更に囁く。

 

「別に無理強いするつもりはないさ……ただ一目、見てくれるだけでいい。それでお気に召さないなら、もう邪魔はしないさ。自死でもなんでも好きにしなよ。……あァ、そンときはお望み通り、身包みでも漁らせてもらうけどねェ」

「――それだけ……ですか?」

 

 奇妙な鍛冶屋だが、しかし己の死の前座にはらしいのではないかと、にえは朦朧とした頭で思った。

 押し売りするでもなく、襲うでもなく。ただ一目見るだけでよいのなら……平生ならば陥るはずのない思考回路で、にえは対魔の刀を握った。

 

 ()()()()()()()

 

「ッ!? あああああァ、ァアアアアア――!?」

「お、こりゃすげェ。い~い反応じゃねェの」

 

 手にした途端湧き上がったのは、萎えつつあったはずの殺意だった。

 自省と悔恨で殺したはずの負の感情が、止めどなく溢れ返って制御できない。

 燻っていた火種に油を投げ入れられたかのように、爆発的なまでの憎悪が己を焦がす。

 それは紛れもなく魔性の囁きで――手にした妖刀が求めるままに、それの都合に良いように、支配者であるはずの仕手を蝕んでいく。

 

「生き試しだ、やってみな」

「ッ――、――――ッ」

 

 数歩後退った対魔がそう命じると、にえは俄に姿を眩まし――数秒の間を置いて断末魔が響き渡る。

 妖刀を構えたにえが亜音速で駆け、配下達の間を縫って動いた合間に彼らを尽く斬り捨てた結果だった。

 それは【剣豪】であったにえの動きを遥かに越えた……超級職に足をかけるほどの身のこなし。

 明らかに先までのにえとは違う、異様極まる変化だった。

 

「ハッハァ、いいねェいいねェ! やるじゃねェの、こりゃ上級職でも大当たりだなァ! 【数打物】どもとはいえ、純竜クラス十人を鎧袖一触か。い~い拾い物だ、ツイてるねェ……」

 

 髪色を黒から白に変え、白磁の如き柔肌に入れ墨のような紋様を浮かばせたにえは、僅かに残った理性で対魔の首を刎ねんと肉薄したが――その刃を皮に食い込ませる紙一重で、金縛りにあったように動きを止める。

 小刻みに揺れる刃先がにえの必死の抵抗を表していたが、それをあやすような笑みで対魔は見届けると、そっと刃先を摘んで除けた。

 それは即ち、にえが対魔の支配下に置かれた何よりの証左だった。

 

「どうせ死ぬつもりだったンなら、身魂余さず吾の役に立ててくれよ。捨てる神あれば拾う神ありさ、効率的だろう? 安心しなよ。アンタほどの【大業物】、魂魄擦り切れて滅びるまで、大事に大事に吾が面倒見てやっからさァ……」

 

 呵々大笑して腹を抱える対魔は、屍を晒して転がる配下達を得物諸共【アイテムボックス】に収めると、月光へ照らすように左手を掲げる。

 その甲には、萎えた片腕と片脚で鎚を構える異形の意匠が刻まれていた。

 それは対魔という<マスター>が宿す<エンブリオ>の形。漏れ出た光が形を為し、やがて一戸の()()()が現れる。

 

「さァさようこそ、お姫さま。吾の鍛冶場、【妖魔工房 イッポンダタラ】へ。歓迎するぜェ、盛大にな。……クカカッ!」

(がる、ばぁ……さま……――)

 

 対魔の嘲笑が響き渡る夜闇の中、にえは消え行く意識の間際で彼を想った。

 

 

 To be continued

 

 





今更言うまでもありませんが、今回の敵はどっちも悪い奴です。
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