我は彼の奴隷なり   作:ふーじん

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暴君は闇に求める

 

 □【獣神】マグロ

 

 

「すみません! GA.LVERさんはいらっしゃいますか!?」

「はっ? いえ、生憎彼は現在依頼で出ておりますが……」

 

 ニエさんの失踪を知った私達は、まず冒険者ギルドを頼った。

 冒険者ギルドというよりは、そこにいるであろうGA.LVERさんを頼ってのことだったが……タイミング悪く今は不在らしい。

 拭いきれない不安に駆られ、ならばと逸る心で次案を考える。

 

「えと……それなら、依頼をお願いします! 捜索依頼で、対象はニエさんです。ご存知ですよね!?」

「勿論存じております。……彼女を、ですか?」

「はい。……報酬はここに。緊急依頼でお願いします!」

 

 怪訝に思うのも当然だろう。しかし事は濃く一刻を争う。

 狩りが戻ったあと、部屋で見つけた彼女の書き置きには一人で故郷に戻る旨と、無断でそれを行う詫びが綴られていた。

 ニエさんらしい、育ちの良さを窺わせる文脈と筆跡で。しかしその手紙に込められた意図は、その内容とは大きく矛盾していた。

 私の拙い《真偽判定》ですら反応を示すほど、その書き置きは矛盾を胎んでいたのだ。

 

 鈍い私でも、彼女に帰るつもりなど無いことはすぐにわかった。

 しかしそんな嘘を書き残してまで行方を眩ませたニエさんが一体どこへ行こうというのか……それを考えた途端、より一層の不安が湧き上がっていた。

 それまでに見せていたニエさんの思い詰めた様子……それと合わせれば、自分でも驚くほどの悲観的な想像が浮かび上がったのだ。

 

 それが私の思い過ごしであればいいと願いつつ、現状最も彼女と接触しているであろうGA.LVERさんに、彼女に関して何か知らないかを問い質したくやってきたのだが、いないものは仕方ない。

 ならば次案として彼女を捜索すべく、人手と目撃情報を欲して緊急の捜索依頼をギルドへ持ちかけた。

 事の精査も待たず、割り込む形での依頼になってしまうため提示しなければならない報酬は莫大。だが、金を惜しんで彼女の行方を見過ごしてしまうのは、私個人として我慢ならなかった。

 

 カウンターに乗せた高額貨幣を詰めた【アイテムボックス】。

 現状の全財産だが、足りないようなら他のアイテムを売却する用意もある。

 少なくとも、緊急であることを加味しても捜索依頼としては破格の報酬だ。

 受注者が現れるかはともかく、依頼として受け付けられるには十分な内容と見込み……お姉さんが取り出した契約書類を見て間違いではなかったと安堵する。

 

「……かしこまりました。ではこちらに依頼内容の記載をお願いします。報酬はこちらでお預かりしまして、不足が生じた場合は別途請求させていただきます。よろしいでしょうか?」

「構いません。急な依頼に対応していただけて感謝します! あ、それと目撃情報に関しては……」

「高レベルの《真偽判定》が使える職員の立会のもと判断させていただきます。どうかご心配なく」

「助かります!」

 

 こういう急ぎの捜索依頼で厄介なのが、錯綜する情報に紛れ込むデマだ。

 そのほとんどは目撃者の思い込みや思い違いによるものだが、中には意図して誤情報を与え、報酬金をせしめる輩も存在する。

 だが冒険者ギルドを介した正規の依頼ならば、そうした虚偽を見抜く《真偽判定》に長けた職員に判断してもらえるので、偽情報に踊らされるリスクは格段に減るのだ。

 ……無論、そのための料金は別途にかかるし、膨大なのだが。しかし信頼のおける判断を下せる職員を介在させるなら、それくらいの代価は安いもの。

 

 狩りを終えた直後でよかった。

 ここ数日は狩りに専念し続け、売却による持ち合わせも潤沢だったからこうして依頼を出すことができた。

 依頼しようにも持ち合わせがなければ当然ギルドの助力を得ることもできなかったから、そうなるとニエさんの行方を追うのは困難だっただろう。

 私一人で彼女を探すには、地理も能力も不向きにすぎる。捜索のための調()()なんてしてないから、準備だけで大きく時間を食うところだった。

 

「それではお願いします! 私も今から捜索に出ますが、夜明けには一度戻りますので!」

 

 手続きを終えた私は駆け出すようにギルドを後にした。

 忙しない限りだが、店仕舞いの時間になる前に一人でも多くに聞き込みをしたいからだ。

 まずはニエさんが最近アルバイトをしていた地区から始めて、徐々に捜索範囲を広げていくが……やはり芳しくない。

 GA.LVERさんのストーカーと化していたニエさんの日常はとかく目立つので、目撃者そのものは多くいるのだが、失踪に繋がるような情報は得られなかった。

 

 その後も駆け回って聞き込みを続けるも同様。

 どうやら街の内部にはいないらしいとあたりをつけ、目指した先は西――外へ繋がる大門だった。

 

 

 ◇

 

 

「ふむ。その特徴に合致する娘なら、確かに拙者が見たぞ」

「本当ですか!?」

「旅人らしからぬ装いだったゆえな。拙者の思い違いでなければ、確かに外へ出ていった」

 

 もしやと思って門番に尋ねてみれば大当たりだった。

 今日の夕暮れ前に単身外へ出たニエさんが、そのまま街道を走り去っていったのを見たのだという。

 

「生憎拙者はこの門を預かる大役があるゆえ見送るしかなかったが……確かに、言われてみればどこか思い詰めた様子であったなぁ」

「やっぱり……」

 

 やや呑気そうな物言いの門番だったが、第三者の彼にもそうと察せてしまえるほど、彼女の様子は深刻だったようだ。

 それをみすみす見過ごした彼への不満が無いわけではないけれど、しかし彼の役目も確かなのでそれを責めるのはお門違い。

 むしろこれ以上無い手掛かりが得られたことを喜ぶべきとして、答えてくれた彼へ礼を言ってからニエさんを追うべく私も急ぐことにした。

 

「ありがとうございます! それでは先を急ぎますので、これで!」

「なにやら事情があるようだが、道中気をつけるようにな。……しかしあの娘の俊足なら、今頃とうに遠くへ行っているやもしれぬ。くれぐれも他領と悶着を起こさぬよう努々注意なされよ」

 

 そんな門番さんの忠告を背に、ジャガーと化したカトリ様の背に乗って駆ける。

 外――西へ向かったとしかわかっていないニエさんを追うにはこれでもまだ足りていないけれど、レベル五〇〇の【剣豪】である彼女は亜音速での移動が可能だ。

 何時間も前に街を出てそのまま走り続けているのだとしたら、音速以上で無ければ到底追いつけやしない。

 捜査や探索系スキルのセッティングもできていないけれど、スキルに依らない察知能力にはこのジャガー形態が最も優れているという判断で私達は行動した。

 

 しかし――

 

「さすがに広すぎますね!」

『仕方あるまい。地理もまだ把握しきれておらぬのだからな』

 

 ――捜索範囲が広すぎる!

 専用のスキルも設定できていない現状で右も左も分からない天地の外を、ただ一人を追いかけて探るなんてやっぱり無謀すぎた!

 

 最初は街道沿いに西進していたものの、行き当たった関所でニエさんの目撃情報が無いことを知ってからは、そのまま街道外れの森の中へ場所を移して捜索している。

 確かに身の回りの世話は私が請け負っていたから、直接金銭を持ち合わせていない彼女では関所の通行料も払えないだろうけど、まさか本当にそのまま獣道へ踏み入ってしまうとは……。

 

 今にして思えば、金銭を持たない彼女が街まで来れたのも、関所を避けて街道外れを通ってきたからだろう。

 確かに関所は人通りのできる街道にしか設けられていないが、かといってそれを避けて進むというのは普通なら無理だ。

 なぜならあまりにも危険だから。街道近くは各大名が手勢を配して獣狩りや警備をしているものの、その他手付かずの山や森――大自然は屈強なモンスター達の縄張りだ。

 そんなところを危険も顧みず歩けるような人間は、腕に覚えのある武芸者か、武者修行目的の求道者くらいのもの。その他大勢の普通の人間――旅人や商人は、金銭を対価に比較的安全な街道を進む。

 

 それはこれまでの旅で私自身十分思い知ってきたことだが、ここでニエさんが武芸者の中でも実力者であったのが災いした。

 彼女は世間知らずで一般常識に疎いが、腕っ節だけは強い。だから普通の人間にとっては危険な領域でも、構わず押し通ることができる。

 彼女自身の腕前なら、並大抵のモンスター程度足止めにもならないことは既に把握していた。だけどそれにも限界はある。街道を外れて人の手が及ばない深部にまで足を踏み入れてしまえば、如何な彼女とはいえ身の安全は保証されない。

 普通なら、可能だからといって街道を外れるなんてしないのだ。それに彼女は、いくら名うての【剣豪】とはいえ本当の意味で武芸を志す人物でもない。

 力こそあるが、お姫様なのだ。

 

『……マスター、何か近づいてくるぞ』

「へっ?」

 

 そうやって思い悩みながら街道外れの森を捜索していると、ふとカトリ様が警告したのが聞こえた。

 ひょっとしてモンスターだろうかと思い、縄張りに踏み込んだのかと考えて迎撃と掃討をお願いするも、どうやらそうではないらしい。

 ガサガサと木々を掻き分ける音が近づいてくるのを最大限に警戒しながら待ち構えていると……やがて現れたのは思いがけない人物だった。

 

「よーっしそろそろ街道に近づいてきたぞぅ! まったくお転婆なお嬢さんだ、とんだ大冒険だよまったく!」

『にゃー』

 

 ……なぜかGA.LVERさんが、子猫を抱えて藪から姿を現した。

 

 

 ◇

 

 

「が、GA.LVERさん!? どうしてここに!?」

「おや、マグロくんじゃないか! 奇遇だね、キミこそどうしてここにいるんだい?」

 

 あちこちに木の葉や枝を引っ掛けて、泥まみれ姿を見せたGA.LVERさんは、腕に小さな幼獣を抱えて不思議そうにこちらを見た。

 抱えられているのは【タイニー・クァール】というれっきとしたモンスターで、てしてしとGA.LVERさんの腕を叩いてじゃれついている。

 その愛らしさたるや、思わず顔がにやけそうになるほど。とはいえ逼迫した状況なので我慢する。

 

「えっと、その子は……」

「ああ、この子かい? いや実はこの子の捜索依頼を受けて外に出てたんだけどね、まさかこんな奥まで迷い込んでいるとは思わなかったよ! 幼いとはいえやっぱりモンスターなのか、飼い主さんの心配を他所にこうしてピンピンしてるけどね! いやまったく骨が折れたとも!!」

 

 ええ、知ってます。【クァール】って確か、レジェンダリア原産のすっごい強いモンスターですもん……。

 過去にレジェンダリアへ赴いた際に、同系統のモンスターを幾つも狩ったことがある。

 成体にもなると恐ろしく強力な魔法も駆使するようになって身体能力も頗る高い、上位純竜クラスのモンスターだ。

 そんな極西固有のモンスターの幼体がなぜこんなところにいるのかは謎だが、彼曰くさる大商家のご子息の愛猫なのだとか。それがどこぞへ行方を眩ませてしまったのを、GA.LVERさんが捜索を引き受けたらしい。

 冒険者ギルドでお姉さんが言っていた依頼とはこのことだったのか。しかし、こうなると都合がいい。

 

「GA.LVERさん、ニエさんを見かけませんでしたか!?」

「ニエくんかい? いや、見てはいないが……どうかしたのかい?」

「それが、行方不明なんです! こんな書き置きを残したきり……」

 

 唯一の手掛かりとして持ってきていた手紙を見せると、彼は眉間に皺を寄せる。

 

「《真偽判定》に反応があるね。つまり嘘か……」

「はい……あまりにも唐突なので、慌てて探してたんですけど……GA.LVERさんは何か思い当たる節とかありませんか?」

「思い当たる節、か……」

 

 その質問に彼はよし深刻そうに表情を変えて、『あれはそういうことだったのだろうか……』と呟いた。

 やはり彼は何かを知っているらしい。それを問い詰めると彼は、彼自身困惑を隠しきれない様子で、唸るように呟いた。

 

「……確証は無かったから気づかないふりをしていたんだ。いずれ彼女から打ち明けてくれるものと思っていたから、僕もあえて詮索はしないでいた。だけどまさか、それがこうも彼女を追い詰めていたとは……クソッ」

「GA.LVERさん……?」

 

 気づかないふりをしていた……?

 ニエさんの慕情……ではないだろう。それは二人を知る誰もが察していた周知の事実だ。

 ニエさん自身も口には出さないまでも、その態度で彼への興味を全身から示していたし。

 私が知らない何かを、彼はニエさんから悟っていた……ということだろうか。

 

「マグロくん、僕も捜索に協力しよう。……いや、させてほしい! これはきっと、僕の責任でもあるだろうからね」

「それは願ってもないですが、いいんですか? 依頼の途中なんじゃあ……」

「なぁに、期限まではまだまだあるさ。依頼人の子には、少し待たせることになって申し訳ないけどね!」

 

 そう言うと彼は【タイニー・クァール】を抱え上げて、しばらくおとなしくするようお願いしだした。

 まだ人語も解せない幼体ではどれほど伝わったかはわからないが、その幼獣は『にゃー』と可愛らしく一声鳴くと、そのまま【ジュエル】の中へと消えていった。

 彼が依頼人から借り受けていた確保用の【ジュエル】だろう。これなら確かに、破損さえしなければ幼獣は無事だ。

 

「不幸中の幸いと言うべきかな、()()()()()()依頼に合わせてジョブを探索系に割り振っていたところだったんだ。なぁに、小さなモンスターと違って人間は目立つ。すぐに見つけてみせよう!」

()()() ……いえ、助かります! ならGA.LVERさんもカトリ様の背に乗って――」

「いや――それには及ばないとも!」

 

 彼我のAGI差を考慮しての提案だったが、彼は辞退した。

 彼は軽い柔軟運動を挟むと――直後に()()()()()で駆け出した。

 それはジャガー形態のカトリ様にも勝るとも劣らない、驚くべき速さだった。

 

『……ククク、成程。頼もしいことだ。ならば遅れるなよ、GA.LVER!』

「Wow! これは驚いた、僕と並走できる人なんて滅多にいないからね! だけど今は助かるよ、ならば僕も遠慮無しでいくぞぉ!!」

「ちょ、まっ……べ、【ベレロープ】!!」

 

 危うく超音速機動で全身がGでへし折れるところを咄嗟の【ベレロープ】装着で回避する。

 だけど頼もしい味方が増えた。これならニエさんを探し当てられる!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 変化はすぐに現れた。

 GA.LVERさんの指示に従って探索を進めていった結果、とある森の一画でモンスターの名残と思しきドロップアイテムを見つけたからだ。

 

「これは……」

「おそらくニエくんのものだろうね。僅かだが足跡も見える。歩幅や足跡の乱れ具合からして随分と先を急いでいたようだ。……いや、その割には行き先が一定しないな。迷っているのか……随分と無我夢中だったようだね」

 

 モンスターはティアンと違って亡骸を遺さない。

 その存在の全てはドロップアイテムに変換され、死骸を晒すとすれば極稀に【完全遺骸】をドロップしたときだけだ。

 だが、こんな人気の無い森の奥で、ドロップも回収せず放置したままにするのは、今の状況から考えればニエさん以外にないだろう。

 

 私の目には何も映らない痕跡を悟ったGA.LVERさんが推測を立て、再び指示に従って進んでいく。

 彼の探索は実に的確で、その後も次々と彼女のものらしき痕跡を見つけることができた。

 やはり彼女は逃避行の最中で何度もモンスターの群れに襲われたのか、不規則な感覚で同様のドロップアイテムの残留が見受けられた。

 それは街道を大きく外れて森の深部まで続いており、かと思えば急に方向転換もしていて一定しない。

 彼の言う通り、行く宛も無く彷徨っていたことの何よりの証左だった。

 

「徐々にだが、着実に近づいているとも。この様子なら遠からず彼女へ辿り着くだろう……、――むっ!?」

「GA.LVERさん!? ……いえ、カトリ様!」

『来たか……』

 

 順調に捜索を進める中で励ますように言ったGA.LVERさんを不意の一撃が襲う。

 いや、狙われたのは彼だけではない。彼と私の間を遮るように、()()()()()()が木陰から放たれた。

 咄嗟に飛び退き距離を離す。GA.LVERさんは前へ、私を乗せたカトリ様は後方に。

 そうした分断された私達の間に立つように、木陰から飛び出した影が口を開いた。

 

「夜分遅くに失礼します。貴方達がお探しの姫君は、僕達<悪鬼夜行>がお招きしています」

「なっ、えっ……?」

 

 姿を現すなり唐突にそう言い放った彼の言葉を、私は俄に理解できないでいた。

 また、露わになった下手人の姿を捉えることで、その思いがけない正体により混乱が増す。

 

「あなたは……キョウさん!?」

「先日振りですね、マグロさん。道行きで一度会っただけの僕を覚えていてくれたことを嬉しく思います」

 

 それは、西街までの道中で一度会ったキョウさんだった。

 道中で遭遇した<マスター>は彼だけだったから、ほんの少しの間のこととはいえよく覚えている。

 だが、彼がなぜここで関わってくるのかを掴めず……いや、それはついさっき彼自身が告白した。

 

「<悪鬼夜行>……?」

「はい。俗に言う野盗クランです。その僕達の本拠地でお探しの姫君はお預かりしています」

「ど、どうして!?」

「思いの外都合良く事が運んだからですが……率直に言えば、それが僕達の利益になるからです」

 

 動揺する私と対照的に、ごく淡々と述べる彼の姿に不気味さが増す。

 彼の言い分から目的が見えず、ただ彼の動向を待ち構えるしかなく注視するに留まる。

 

「まず、僕の目的からお話ししましょう。――マグロさん、僕は貴方との一騎打ちを所望します」

「……………………えっ?」

 

 そう言い放った彼の視線は、真っ直ぐに私を貫いていた。

 そして今の今まで前例の無い要求に、私の混乱は頂点に達した。

 

 

 To be continued

 




三連休なので頑張って更新。
次回から本章メインパーソナリティの詳細が明かされていく予定です。
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